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78.フィリップ(影)
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俺の名はフィリップ。エリザベート様の影だ。お嬢は俺のことフィーって呼ぶ。俺のことをフィーって呼ぶ人はたくさんいるけど、お嬢の呼ぶフィーは特別だ。どんなに小さな声だって、聞き逃さない。
俺は奴隷だった。最初の記憶は奴隷小屋の檻の中だ。だから、産まれた時から奴隷だったんだろう。お嬢が俺を買ってくれた。そのときの記憶はない、残念だ。
ボロボロの俺をお嬢の侍女たちが世話してくれたらしい。食べること、服を着ること、風呂に入ること、ベッドで寝ること。朝はおはようといい、夜はおやすみということ。ごはんは温かく、ケーキは甘いということ。人の手は柔らかく、殴られない体は痛くないということ。俺は少しずつ人間になったらしい。
お嬢の髪はもいだばかりの瑞々しいリンゴ色で、おやすみなさいの少し前の空の色で、世界で一番綺麗な花の色だ。
お嬢の目は小路の端に咲く小さなスミレ色で、胸元に揺れる紫水晶みたいに輝いて、俺がいつまでも見ていたいものだ。
お嬢の声は、……俺は……お嬢にフィーって呼ばれたい。俺は……。
お嬢は俺みたいな奴隷を少しずつ買ってくれた。お嬢の事業がうまくいってからは、奴隷店ごと買ってくれた。そのあと奴隷の売買を禁止する法律を作るように動いてくれた。
元奴隷は、俺みたいに影をやったり、下働きや力仕事をしてる。みんなお嬢のためならなんだってやる。俺たちにとっては神様より上だ。
お嬢に命じられて、王族や貴族を長い間監視していた。お嬢と年が近い男が多かった。腐りかけのイチゴみたいな髪の女は、俺と腕のいいやつらで張りついていた。
イチゴ頭が卒業式のエスコートをお嬢に頼んだとき、お嬢の中で何か区切りがついたらしい。その後徐々に監視の目はゆるめられて、張りつきで監視してるのは今はひとりだけだ。
影たちの誰も口に出しては言わないけど、皆がなんとなく感じている。
あいつがきっと。
あいつの報告を聞くとき、お嬢の目元が柔らかくなる。
ふとしたとき、お嬢が声を出さずにあいつの名を呼ぶ。
でも、お嬢は、まだ一度だって、あいつの名を声に出して言ったことはない。
俺をフィーって呼ぶように、いつかあいつの名を呼ぶんだろうか。
俺が初めてお嬢の名を呼んだときの、震えるような喜びを、お嬢も感じるんだろうか。
お嬢……俺は……お嬢……
俺は奴隷だった。最初の記憶は奴隷小屋の檻の中だ。だから、産まれた時から奴隷だったんだろう。お嬢が俺を買ってくれた。そのときの記憶はない、残念だ。
ボロボロの俺をお嬢の侍女たちが世話してくれたらしい。食べること、服を着ること、風呂に入ること、ベッドで寝ること。朝はおはようといい、夜はおやすみということ。ごはんは温かく、ケーキは甘いということ。人の手は柔らかく、殴られない体は痛くないということ。俺は少しずつ人間になったらしい。
お嬢の髪はもいだばかりの瑞々しいリンゴ色で、おやすみなさいの少し前の空の色で、世界で一番綺麗な花の色だ。
お嬢の目は小路の端に咲く小さなスミレ色で、胸元に揺れる紫水晶みたいに輝いて、俺がいつまでも見ていたいものだ。
お嬢の声は、……俺は……お嬢にフィーって呼ばれたい。俺は……。
お嬢は俺みたいな奴隷を少しずつ買ってくれた。お嬢の事業がうまくいってからは、奴隷店ごと買ってくれた。そのあと奴隷の売買を禁止する法律を作るように動いてくれた。
元奴隷は、俺みたいに影をやったり、下働きや力仕事をしてる。みんなお嬢のためならなんだってやる。俺たちにとっては神様より上だ。
お嬢に命じられて、王族や貴族を長い間監視していた。お嬢と年が近い男が多かった。腐りかけのイチゴみたいな髪の女は、俺と腕のいいやつらで張りついていた。
イチゴ頭が卒業式のエスコートをお嬢に頼んだとき、お嬢の中で何か区切りがついたらしい。その後徐々に監視の目はゆるめられて、張りつきで監視してるのは今はひとりだけだ。
影たちの誰も口に出しては言わないけど、皆がなんとなく感じている。
あいつがきっと。
あいつの報告を聞くとき、お嬢の目元が柔らかくなる。
ふとしたとき、お嬢が声を出さずにあいつの名を呼ぶ。
でも、お嬢は、まだ一度だって、あいつの名を声に出して言ったことはない。
俺をフィーって呼ぶように、いつかあいつの名を呼ぶんだろうか。
俺が初めてお嬢の名を呼んだときの、震えるような喜びを、お嬢も感じるんだろうか。
お嬢……俺は……お嬢……
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