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【短編】悪役令嬢とヒロインは王子を賭けてガチ勝負

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「いざ、尋常に勝負せよ!」

 澄んだ空に少女の高い声が響く。

「勝者、ヘレナ!」
 
 冷静に男爵家令嬢ヘレナの勝利を告げる審判に

「またですの、キィイイイイイ」

 森の獣のような奇声で遺憾の意を表する公爵家令嬢イザベラ。

 連日繰り広げられる茶番に、困惑の色を隠せない生徒たち。一体どうしてこうなった、王国の第一王子ガブリエルは頭を抱えた。


 そもそも、なぜ私の意見を聞いてくれないのか。私の婚約者の立場を、貴族のほぼ頂点に立つ公爵家令嬢イザベラと、平民に毛が生えた程度の男爵家令嬢ヘレナが争っていることがおかしいのだ。

 どう考えてもイザベラの圧勝である。

 それとなく口を挟もうとしたが、「殿下は黙って見てればヨシ」と言われたのだ。少し不敬ではないか、イザベラよ。

 はあ、ため息をつくガブリエル王子の切ない表情に、イザベラとヘレナが釘付けになる。ふたりは顔見合わせると、「ではまた明日」とガッチリ握手を交わし、去っていった。


 ふふふ、ガブリエル王子の背後に立つ従者がこらえきれず笑いをもらす。

「笑い事ではないぞ、ジェイ」

 ガブリエル王子はふてくされた顔でジェイをにらんだ。

「失礼しました。しかし、学園での人気を二分する美少女ふたりに、殿下の愛を巡って競われるというのは、男冥利に尽きるのでは?」

「いや、競われてもなあ。男爵家令嬢に王子の妃は荷が勝ちすぎるであろうよ。なぜ競っているのか理解ができぬ」

 ガブリエル王子は両手をこめかみに当ててグリグリする。最近頭痛が治らないのだ。

「ふふっ、学園内の不穏な空気は消えましたから、よかったではないですか」

 
 それはまあ、確かに。ガブリエル王子はうなずいた。
 

 平民上がりの男爵家令嬢ヘレナが、異例の特待生として学園に編入したのは貴族の耳目を集めた。さらに、初めての試験で並み居る貴族子女を抑えてヘレナが一位になったときは、かなり物議を醸した。誇りを傷つけられた貴族たちは、どうにかヘレナを追い落とそうと画策を始めていたのだ。

 あのままでは、平民と貴族の対立を引き起こしかねなかった。まあ、今まさに対立してはいるが、こうも大っぴらにやられるとなあ。過激派の貴族たちもすっかり毒気を抜かれてしまっている。


「ヘレナ様、ガブリエル第一王子殿下の婚約者の座を賭けて、わたくしと勝負しなさい」

 学園にギスギスとした雰囲気が漂い始めたとき、衆人環視の中でイザベラが言い放ったのだ。そして理解不能なことに、本来ならうやうやしく辞退すべきヘレナが受けてたったのだ。


 なぜなのか。


 それからだ、おかしな勝負が繰り広げられるようになったのは。

「体に傷ができて遺恨を残すような勝負はやめましょう」

「そうね、淑女ですもの、かわいらしい勝負をいたしましょう」

 ふたりは分かり合っていたようだが……周りからは、それは一体どんな勝負だ、という心の声がもれていた。


 不思議なカードを使った目まぐるしい速さで行われるスピードという勝負。ヘレナの勝ち。

 ふたりで一斉に走り出し、木枠に吊るされたパンを口でとり、くわえて走るという、淑女にあるまじき勝負。ヘレナの勝ち。

 目隠しをしてグルグル回ってから、棒でスイカを叩くという勝負。ヘレナの勝ち。イザベラは転んでスイカまみれになっていたな……。

 ガブリエル王子クイズというよく分からない勝負。これは引き分けであったが……。私自身すっかり忘れていた過去のことを、なぜふたりは知っていたのだ……?


 まあ、今のところヘレナが勝ち越しているが、これはいつまで続けるつもりでいるのか。

 生徒たちは最初の頃は遠巻きに見ていたが、しばらくすると賭けが始まり声援を送るようになったな。ヘレナの圧勝すぎてもはや賭けにならず、最近ではいつまでやるんだという空気になっている。


 仕方ない、気は進まないが、割ってはいるか……。気は進まないが……はあ……。



 雲ひとつない青空。王子を賭けて乙女たちがしのぎを削るのに、ふさわしい日和である。

「いざ、尋常に勝負せよ!」

「ちょっと待ったあーーーー」

 イザベラの声にかぶせ気味に、ガブリエル王子が声を上げた。

「まあ、殿下ったら。乙女の勝負に口を出すだなんて。無粋ですわよ」

 プクーと頬を膨らませるイザベラ。

「いや、君たちね、もういい加減にしたまえ。ちょっと楽しくなってきているのを止めるのもなあ、とは思ったが。さすがにもう目にあまるよ。今日は私が審判を務めよう。この勝負に勝った方が私の婚約者だ」

 ふたりの少女はチラリと視線を交わしてから、王子を見て真剣な目でうなずいた。

「では、私を口説いてくれたまえ。公正を期すために、順番はコインで決めるよ。さあっ…………ヘレナ嬢、君が先行だ」

 ヘレナは少しうつむいて考えていたが、キッと顔を上げ手を胸の前で組み合わせた。ガブリエル王子の目を真っ直ぐ見つめるヘレナは、歴戦の戦乙女のようであった。

「覚えていらっしゃらないと思いますが、私は幼い頃、殿下に助けられたことがあります。街でひったくりに財布を奪われたとき、殿下が取り返してくださったのです。あのときから、ずっと、殿下は私の騎士様です」

 覚えてはいないが……いや、なにかが引っかかる、確かそのようなことがあったか? 頭が、割れるように痛い……。

「……いやだ……ガビー。わたしとの約束、忘れちゃったの……? 大きくなったら結婚するって……わたしずっと楽しみに待ってた」

 いつも自信満々な笑顔で高笑いするお嬢さまが、道に迷った幼な子のような顔をする。

「忘れるものか、イジー。私のお姫様」

 ガブリエル王子は晴れやかに笑った。ずっと続いていた頭痛はすっかり消え去った。もうふたりを邪魔するものはない。


 ガビーは幼なじみのイジーの頬にキスをする。

 抱き合うふたりに生徒たちはやんやの喝采を送る。



 やれやれだぜ、ヘレナはそっと肩をすくめた。推しカプが見事に成立し、心の中は今日の青空のように晴れ渡っていた。



<完>
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