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1.初日

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「ぎゃーーーー、断罪イベント終わって、牢屋に入れられちゃってるーーーー」

 薄暗いドブねずみ色の空間にわたしの悲鳴が響き渡った。
 
 なんということでしょう。念願の悪役令嬢転生を成し遂げたというのに、もうバッドエンドが確定しているなんて……。

「わたし、百日後に処刑されるイグワーナじゃないの……。えー応答願います、神様、転生の神様、転生日時の設定間違ってますよー。せめて一年前ぐらいに修正してくださーい」

 切なる祈りは無慈悲な天井に吸い込まれて消えていった。クッ、神にも見捨てられたか。ひどい。

「問合せや苦情に対する、自動返信メールぐらい設定しておけってのー」

 冷たい石の床から起き上がって、簡素なワンピースの汚れをはらう。
 本来なら、お屋敷のガーリー&メルヘンなお部屋で覚醒して、殺伐お嬢さまライフが始まるってのが鉄板なはず。どうしてこんな、断捨離しまくったミニマリストの部屋みたいなところで思い出した、わたし……。

「それにしても、この扱いはないわー」

 ベッドと簡易トイレだけの空間。そうです、オマルです。乙女の尊厳が踏みにじられています。ないわー、無理無理。世界で最もトイレが充実している国からきたレディーですよ、こんな丸見えオープンなところでできるかーい。紙もねーじゃねーか。

 とりあえず、行き当たりばったりだけど、交渉してみましょう。

「ちょっと男子ー、ヘーイ看守ー、どなたかいーませんかー」

 しばらくすると階段を降りる足音が響き、鉄格子の前にくたびれたおっさんが立った。

「なんだよ、公爵家のお嬢さま。寝酒の注文には応じられませんぜ。添い寝なら喜んでー」

 グェッヘッヘと下品な笑い声。おまけに息がくさい。

「あのー、床が冷たいので敷物をください。あと、人間の生理的現象をどうこうする場所を隠す布か板をください。そして、夜寒いので毛布を追加で三枚ください。さらに、体を拭くお湯と布をください。また、手……」

「えーい、やめろやめろ。黙れ。いいかここは宿屋じゃねー。添い寝以外の用事で呼ぶんじゃねー。いいな、次また面倒かけたら、痛い目にあわせてやるからな、まったく」

 ペッとつばを吐くと、男は鍵束をジャラジャラさせながら戻っていった。クッ、わたしが王になったら、ツバを吐いたやつには石を食べさせる法律を作ってやる。みちょれーーー。

 こうして、わたしの記念すべき悪役令嬢転生、第一日目はなんの成果もなく終わったのでした……ーーーーっとどっこい、ゲットしたぜーカギ! かーっかっかっかー。

 ふっ、自分の有能さが怖い。ホホホホホホ、土壇場でイグワーナのスキル思い出したー。ふははははは、このスキルがあれば、世界征服も夢ではない。

 テレレレッテレ~ 抜け毛操りスキル~

 誰やースキル名考えたやつー、出てこーい、やっつけ過ぎるしダセーー……。


 ま、ダサかろうがやっつけ設定スキルだろうが、あるものは有効活用。これぞ悪役令嬢道。ふっ、実際役に立ったしな。よもやわたしの抜け毛一本で、カギ束からひとつくすねることができるとは。

 それでは、いざ。……開きません……。

 ひーん……。

 ちょっと隅っこで体育座りで泣いてもいいですか? くそーどこのカギやこれーーーー。


 いやいや、諦めるのはまだ早い。抜け毛をね、こうね、いい感じでグルグルっとね。

 合鍵、これは万能カギ、信じるものは救われる。

 いざ。……カッチャン……きたーーーーーー。
 膝立ちでガッツポーズ。ゴーーーール



 よっし、とりあえず偵察。トイレ行きたいし。抜き足、差し足、忍び足~で階段を上がっていくと、入口の前でさっきの看守が寝ておる。アホなのかな?

 そーっと扉に手を伸ばすと……ぽんっ……肩に手を置かれた。

「大人しくしてろ。今度抜け出したら、手枷と足枷をつけることになるぞ。その細っこい手足にはキツいお仕置きだぜ。分かったか」

 看守、二人いたのね。
 襟首つかまれて、ポーイと牢屋に戻された。ひどい、猫じゃないわ、イグワーナよ。
 
 ううう、アホはわたしやった。でも、泣いてすがったら、トイレを隠す布はもらえた……。カギをかけ忘れたってことで、最初の看守は怒られてた。ほんのちょっとだけざまぁ……。

 こうして一日目はそこそこの成果で終えたのでした。



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