混濁の中に咲くアセビ

まめ

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「お披露目会のことだが、陛下の身体が芳しく無いため、取り止めになった」

正式にジェノライドの子となった私達は居室を別邸から本邸に移され、その慌ただしさの中告げられた

「余り長くは持たないとの医師の判断だ。披露目に充てられていた日を王太子の戴冠式と婚儀に充てる。暫く、城に詰めることになるだろう。お前達もそのつもりでいるように」

執務室を出て先程告げられたことについてヴィンセントに質問をしている時だった

従者の一人が青褪めた顔でこちらに走ってきた

「何があった」

「ヴィンセント様、大変です、…アネッサ様が…」

「アネッサに何かあったの」

「シエラ、すまないけど、エリィを僕の部屋へ。エリィ、ジェノライド様の所へ戻るね」

わたしの手をギュッと握った後、従者と共にヴィンセントはジェノライドの元へ戻っていった

「お嬢様、参りましょう」

「アン…。シエラ、ヴィーの部屋に行く前に、アネッサの所に向かうわ」

「なりませんよ、お嬢様。何があったのか分からないじゃないですか。今ヴィンセント様も報告を受けてみえます。詳しいことが分かってからにしましょう」

「ずっと慣れない環境で一人この屋敷に居たのよ。先日も体調を崩したし。アネッサに会いに行くわ」

「お嬢様、お待ち下さい!」

シエラの呼びかけを無視して、本邸の離れに居るアネッサの方へ向かった


護衛の騎士が立つ部屋から、この屋敷の専属医師と二人の従者が担架を運び出しているのが見えた


「アン!!!!」

布からだらりと爛れた腕が
周りからは煤けた匂いと鼻を突くような匂いが立ち込めている

担架に駆け寄り、声を掛けると掠れた声というよりは最早音となった物が発せられた

「…ベス……」

先程目にした腕がだらりと力を失った

「アン、いや、アン!!!」

しゃがみ込み担架にしがみつくようにしていたわたしの後ろから、今わたしが呼びかけている正にその人の声がした

「エリィ、私は無事よ」

「えっ…」

振り返るとそこには腕をさすりながらアネッサが立っていた

「それはミネルバ夫人」

「夫人…、夫人がどうして…、何が、何があったの…」

よろよろと立ち上がり、アネッサの方へ向き直った時、報告を受けたジェノライドとヴィンセントが先程の従者と共に現れた

「無事か」

「はい。この部屋はもう使い物にはなりません。部屋を移していただけますか」

「ああ、登城までの間、客間を使うと良い」

従者達に指示を出し、場所を変え、わたし達はアネッサから何があったのかを詳しく聞くことになった

人払いをされた客間の一室に通され、アネッサに寄り添うようにわたしはソファに腰掛けた

「で、何があった」

「体調を崩した私を心配して、叔母が訪ねてきました。兄のことで話したいことがあると、人払いを願い出てきましたので、それに従ったところ、叔母は豹変し、私が王太子妃になるのは許せないと、懐から液体の入った瓶を取り出し私にかけました。そして、近くにあった燭台で殴りかかってきましたので、恐ろしくなり、突き飛ばしてしまい、運悪く暖炉に…。あっという間のことでした…。助けを呼びましたが、人払いをしていたため、駆けつけるのが遅くなって…」

「…そうか。アネッサ嬢が無事ならそれで良い。身体の具合はどうだ」

「ええ、私も…、無事ですわ」

「アン…」

アネッサの背を摩りながら、顔を見ると、そこにはああんな事があった後だというのに、平然とした顔をしていた

「大丈夫よ、エリィ。久しぶりに会えたのがこんな時だなんて申し訳ないわね。城に行くまでまだ日があるわ。それまでここでたくさん語りましょう」

「…ええ」

「先程のこともある。急場で用意させたこの部屋だが、ゆっくり休め」

「有り難うございます」

そう告げ、ジェノライドは部屋を後にした

続くようにヴィンセントも立ち上がったため、わたしも同じように立ち上がった

「エリィ、一緒には居てくれないの?」

「…ええ、アン、ゆっくり休んだ方が良いわ。また、後で来るから…」

「…そう、待ってるわね」

アネッサを残し、扉の前で待っていてくれたヴィンセントの腕を取り、少しでもその場を離れたかったわたしは何も言わず私室の方へ向かった

ヴィンセントも先程から口を噤んでいる

隣合った二人の部屋まで到着し、先に口を開いたのはヴィンセントだった

「シエラ、お茶の用意をして」

「かしこまりました」

後ろに控えていたシエラに聞かれたくないのは、わたしも同じだった

二人でヴィンセントの部屋に入り、ソファの長椅子に腰掛けた
自分でも気が付かなかったが、先程から手が震えていたようで、膝に置いたその手をヴィンセントが優しく包んだ

「エリィ、…怖かったね。夫人のことは…まさか、アネッサを襲うなんて…」

「ヴィー…、あの…、おかしなことだと分かってるけど…あれは本当にアネッサなの…?」

「…何故?」

「わたし達、お茶会の時…お互い愛称を…。わたしはアンて呼ぶことに…。アネッサはわたしをベスって…。さっきはエリィって呼んだの。…それに夫人がわたしをベスって…。そんな風に呼ばれたこと無いのに…。ヴィー、…なんだか…恐ろしいわ…」

ふわりとヴィンセントは抱きしめ宥めるように頭部に唇を落とし、こめかみにもキスをした

「エリィ、そのことは忘れて…。エリィは楽しいことだけ………

ヴィンセントの声が遠くなるのを感じながら、視界がぼやけ始め、何かに従うように瞼を閉じた


…………

「エリィ、お茶が冷めちゃうよ」

いつの間に眠っていたのか、ヴィンセントの肩に頭を寄り掛からせていた

「ん、わたし…いつの間に…」

テーブルにはお茶が既にセットされていた

「シエラは…?」

「エリィの部屋で控えてるよ。冷めない内に飲もう」

そしてわたしはお茶を飲みながら辛そうな顔でヴィンセントから伝えられた

「エリィ、…ミネルバ夫人がアネッサを害そうとして、逆に亡くなったよ」

「えっ?…アネッサは無事なの…?夫人は亡くなった…?」

「アネッサは無事だよ。ただ、僕の予感は当たってた…。夫人はやはり何かを目論んでたみたい。またこんなことが起きないとは限らないし、アネッサもここより、城に居た方が安全だから、早急に城へ行ってもらうよ。後少しだけだから、エリィ…」

穏やかな言い方だったが、何故かヴィンセントの目に仄暗い物を感じた…










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