混濁の中に咲くアセビ

まめ

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疑問が身体の中を虫が這いずり回るように、薄気味悪い不快感を抱かせる
その疑問を口にしようとも、まるで吐瀉物が口を塞ぐようで、言葉にすることも出来ない

ミネルバ夫人と過ごす時間は息をすることさえ辛いものだった

平静を装いなんとか授業を終え、夫人は一通の手紙をすっと差し出した

「アネッサから預かって参りましたわ。あの娘もとても楽しみにしていたようで、残念がってました」

「…はい」

「では、また明日参りますわね」

その日は最後まで夫人の顔をまともに見ることが出来なかった


この手紙には何が書かれているのだろう
わたしだけが無事だったことへの恨み辛みだろうか

胃の中の物が迫り上がってきそうだった

ふぅー、と一息吐き、恐る恐る、その手紙を手に取り中を見た



ー初めまして

 先日はお会い出来なくてとても残念でした

 馬車酔いをされると存じ上げず、ご無理をお願いしました

ごめんなさい
 
 急な配属転換で慌ただしく登城することになり、お詫びすることも出来なかったと、兄も悔やんでおりました

 お詫びも兼ねて、お見舞いにお訪ねしたいのですが、お許しいただけませんか
何より貴女とお会いしたいです

 お返事お待ちしております

          アネッサ・カインズ


 
…どういう…こと?
ヘンリーの妹の真意が掴めず、素直にその文面を受け入れられなかった


いつまでもこの得体の知れない気持ち悪さを抱えたままでは居られない
意を決して、夜を待ちヴィンセントに尋ねることにした


「エリィ、もう寝ちゃった?」

「ううん、起きてるよ」

「部屋の灯りを落としてるから、もう寝ちゃったかと思った」

「ヴィー、…訊きたいことがあるの…」

「何?」

わたしの姿を確認するように寝台に近付いてきたヴィンセントの腕を掴み、両腕でぎゅっと囲み込んだ

「…カインズ様のお屋敷へ招待された日、…あの日、どうやって帰ってきたの?」

「ん?あの日?向かう途中で馬車酔いしちゃったからってそのまま戻ってきたよ」

「嘘!だって、目覚めた時ジェノライド様は確かに"ここに居れば安全だ。何も心配は要らない"そう言ったのよ!何か事件が起きたんでしょう?カインズ様は白鷲騎士団に入団されなかったのよね?代わりに夫人の息子が繰り上げになったんでしょう?わたし聞いたもの!」

「エリィ、どうしたの?落ち着いて」

掴まれていない方の腕を背中に回して、ヴィンセントはトントンと宥めるように叩いた

「お屋敷の手前の舗装がされていない林道を通ったから、馬車酔いして気を失ってしまったと、道を選ぶべきだったって、すごく申し訳なさそうにしてた。覚えて無いの?その後王城勤務が決まったからって報告しに来てた。自分から任命式に誘っておいてそれに自分が参加しないなんてって。でも、王族専門の近衛に選ばれたんだから、まぁ、ある意味事件だね」

クスっと冗談めかして言うヴィンセントを見て、益々混乱した

「そういえば、あの時うなされてたから、怖い夢でも見た?」

「夢………なの…?」

「どうする?まだ怖い夢を見そうなら、眠れるまで一緒に居ようか?それとも、久しぶりに一緒に寝る?」

「今日だけ…、今日だけで良いから…、一緒に寝て」

「分かった。ほら、エリィ、もうちょっと寄って」

ヴィンセントも一緒に横になった

「エリィが楽しい夢を見れますように」

チュッと音を立てて額にキスをし、優しく頭を撫でてくれた
自分より少し体温の高いヴィンセントの隣で、少しずつあの騒めくような胸のむかつきが治まり、段々と瞼が重くなった

「…ヴィー…ありがと…」

「おやすみ、エリィ…」

部屋が分けられる前はこうして一緒に丸まって寝ていた
幼い頃から、ヴィンセントの隣だけが安心出来る場所だった
彼が言うなら…カインズ家へ向かっていた時のことも…夢………





「ヴィンス坊っちゃま、起きて下さいませ!お嬢様も!」

「リタ…もう少しだけ…」

隣でもぞもぞと動く気配
掛け布の中の温かさが起きるのを邪魔する

「坊っちゃま!いい加減になさって下さい!朝の鍛錬に遅れますよ!」

ガバっと掛け布が捲られ、冷たい空気にさらされた

「まずい!寝坊だ!エリィ、ごめん、行ってくる!」

「ん…行ってらっしゃ…い」

目を開けずに、掛け布を手探りで引き寄せようとし、阻まれた

「早寝早起きですよ、お嬢様!規則正しい生活をしてお身体を少しは鍛えませんと!お出かけもままなりませんからね!」

返さんとぐるぐると掛け布を丸め始め、リタに強制的に起こされた
もう少し優しく起こして欲しい

お母様がご存命の頃の騒々しいぐらいの朝に似ていた

ヴィンセントと共に寝て久しぶりにぐっすり眠れた
頭もすっきりしている
リタの言う通り出掛けることすら覚束ない身体
変に意識も引き摺られていたのかもしれない

パンっと両手で頬を叩き、よし、と手を握り気合いを入れた

「お嬢様、ご令嬢はそのようなことされませんよ」

戒めるというよりは微笑ましい者を見る顔で、水桶とタオルを手にこちらを振り返った

「見なかったことにして」

「ふふふ、朝食をたくさんお召し上がりになるとお約束してくださるなら、良いですよ」

「なら、見なかったってことね」

「今朝はグリーンスープのようですが?」

「……頑張って食べる」

もう、あんな夢を見なくて済むように
ヴィンセントのように鍛錬は出来ないけれど、少しずつ身体を鍛えようと誓った


この時は気が付いていなかった

昨日のヴィンセントが、ジェノライドの言った"ここに居れば安全だ。何も心配は要らない"という言葉に対して何も答えていなかったことに…

悪夢は眠りの中ではなく、日常に潜んでいた









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