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8 side貴司

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 星野 若葉という人間は自分にとってずっと忘れられない奴だった。

 小学校に入学したと思ったら、しばらくして母さんは俺を田舎のばあちゃんに預けてどっかに行ってしまった。母さんはいつも食事と言えばハンバーガーとポテトを買って置いてくだけだったから、小学校入るころにすでに俺は丸々してたし、駄菓子屋やってたばあちゃんはばあちゃんで、たらふく食事を食わせた後に、店の駄菓子を好きなだけ食べさせてたから、まあそりゃ『ふとし』ってからかわれるよなって感じだ。

 だけど俺はそんなの全然気にしてなかった。どっかで自分は他と違うって思ってたから、好きに言いたきゃ言えって感じで。
 
 絵を描くのが好きだったから、ひとりで描いてれば、それで楽しかったし。

 描いてたのが漫画のイラストとかそんなガキっぽいのじゃなかったから、周りのわかってない奴らはからかってきたけど、そんなの気にならなかった。

 ……でも、いや、だからか、あいつが、俺の描いてた絵を『すごいね』、『好きだな』って言って、描き終わるまでずっと横で見てくれてた時はすごい嬉しかった。俺のことわかるやつがいたんだ、みたいな。

 記憶の中の若葉はいつも楽しそうで、何か女子で集まって歌って踊ってたりとか、俺とは遠い存在だと思ってたけど、そういうやつが俺のことわかってるんだって意外だった。

 それからも、別にひとりでも良かったんだけど、ぼっちで隅の方いたら話しかけてきたりとか。あいつにとってはクラスメイトのひとりかもしれないけど、俺にとっては俺のことをわかってくれてる外部の存在は当時は若葉だけだった。

「ここ東京出店してるんだぜ」

 しばらく車で走って、地元のご当地ファミレスに入る。ハンバーガーが有名なファミレスだ。

「――うわぁ、懐かしい」

 席に座ってメニューを開くと、若葉は声を詰まらせたようにそう呟いた。
 ……何か、店の選択ミスした気がする。

「――前に、家族でよく来てたんだよね……」

 俺は自分の頭を殴りたくなった。懐かしくて良いかなと思ったけど、駄目だったわ。
 こいつのこういう沈んだ顔を見ると自分も胸が痛くなる。
 まだ好きなんだなって実感した。

「そっか、俺、たまに食べたくなって来るんだよね」

 話を変えて、店員を呼んだ。

 □

 カチャカチャとフォークを動かしていると、横からきゃははっと笑い声をした。
 何となく二人とも顔を上げると、大学生くらいの女子が3人、机を囲んでノートを出しながら喋っていた。

 若葉が呟く。

「大学生かな――、羨ましいなぁ」

「何で?」

 大学生がうらやましいって発想は俺はわかんないけど、若葉は違うみたいだ。

「私なんか、結局大学落ちて、逃げるみたいに家出て、フリーターだもん。挙句、自転車で事故ってクビになって今無職だし」

「――カフェっていうのは?」

 あの作文みたいな手紙で、カフェで働いてるって書いてあった。
 若葉は苦笑した。

「クビになったバイト先」

「何でカフェでバイトしてたの?」

「時給良かったし?」

 若葉はまた苦笑する。
 俺の覚えてる彼女はこんな表情はしなかった。
 あんなに何でも楽しそうにやってたこいつが何でこんな顔してんだろ。

「他には?」

 少し考えて、若葉は、ゆっくり言葉を選んだ。

「――ちょっとみんなが一息つけるような場所で働くの、良いかなと思ったから」

「良いじゃん、それ」

「何それ」

 そう言って彼女はくすっと笑った。笑顔は昔と変わっていない。可愛いと思った。

 その時、横で小声がした。
 「ねえ、ちょっと、あれ」「うそ」「TAKA」みたいな内容。
 顔を上げると、さっきの大学生がこっちを見て何か喋ってた。

 ……ニット帽かなんか被って来れば良かった。
 俺は自分の髪をくしゃっといじった。やっぱり金髪は目立つかな。

「出ようか」

 ちょうど食べ終わったところなので、立ち上がってささっと会計を済ませて店を出た。
 ……もっとゆっくり話したかったのに。

 若葉を家の前まで送る。
 
 「なあ」

 と声をかけると、「うん?」と彼女が振り返った。
 
 ――本当は家に来れば、と言いたかったけど。

 この純粋な気持ちはそんな勢いで流してしまうのは駄目だと自分に言い聞かせると、彼女を抱きしめた。電話番号を書いた紙を握らせる。

「連絡しろよ。しなきゃまた来るからな」

「うん」と彼女は頷いて、それから小さい声で「ありがと」と言った。
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