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後編⑦
しおりを挟む元来、デュークは女にだらしのない男であった。
数多の事業に手をかけるやり手の男ではあったものの、彼の屋敷には日替わりで数多の女性が出入りし、性に節操がなかった。
その為、デュークがマリーを婚約者として公示されても、ほとんどの者が遊びであり、何かの冗談か何かだろうと思って、失笑した。
何より、公爵家当主の彼が、何の家柄も持たないマリーと本当に結ばれるはずがない。
――そう考えていた。
が、その予想は外れる。
公示以降、デュークの屋敷に出入りする女性はピタリと途絶えた。
代わりに、どこに行くにしてもマリーを自分の傍に置き、人目を憚らず、寧ろ見せつけるように彼女に愛を囁き、彼女もそれに応えるかのように、デュークの傍を片時も離れることは無く、公然と愛し合う程。
――このデュークの変化に、公爵家に仕える者の大半が、主の代わり様に目を丸くし、またそうさせたマリーに感謝した。
「運命の相手に主は出会ったのだ」
そう思い、最初は婚約を反対していた者も、徐々に二人が正式に結ばれる事に賛成の意を示し出した。
☆★☆
ただ当たり前だが、周囲の思惑とは裏腹に、肝心のマリーは全くと言っていい程デュークを愛していなかった。
いくらデュークに『贅沢』という言葉では表せない程の待遇を受けても、その気持ちに全くの揺らぎはない。
マリーは思考を放棄し、全てをデュークに委ねる事で心に安定を保とうとしただけなのだから。
デュークに恋人のように振る舞えと言われれば、ぎこちなくも言われたようにした。
デュークが笑えと言われれば笑った。
キスを求められればキスをした。
そして、デュークの言う事を聞いていく内に、いつしか偽りの自分をデュークに言われずとも自ら演じるようになっていた。
☆★☆
そんな二人の歪な関係にほとんどの人間が祝福する中、たった一人だけ苦々しい気持ちを抱くものが居た。
――それは屋敷で仕える者の中で最も年長者の老執事。
(……お労しや)
全ての経緯を知っていた彼はマリーに同情し、デュークが居ない隙を見計らってマリーに意を決して打ち明けた。
デュークがマリーを手に入れる為にロディを嵌めた事を。
☆★☆
「これが全てでございます。貴方様は主に何を申されたか存じ上げませんが……決して貴方が気に病むことではございません」
「……そう。教えてくれてありがと。でも、もういいわ、下がって。デュークが来ちゃうわ」
驚いたことに、真実を全て耳にしても、マリーは眉一つさえ動かさかった。
「……? それ…だけでございますか? もっと……こう……何かあるでしょう?」
戸惑う老執事だが、マリーはあっけらかんとした口調で言った。
「……別にもう過ぎた事だもの。怒っても仕方がないじゃない」
「昔の事、ですか……」
「そ。それにね、私はデュークの事が好きなの。あんなに私の事を大切にしてくれる彼に不満何て言ったらバチが当たっちゃうわ」
「……」
その時、遠くから足音が聞こえ、マリーが察した。
「……デュークが来るわ。いい? もうこんな話二度としないでね。デュークに聞かれたら貴方、首が飛んじゃうわ。それは嫌でしょ?」
「……しかしですな」
「ほら早く」
急かすマリーに、老執事はマリーは自力ではもう戻れぬ所まで来てしまったのだと悟った。
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