上 下
27 / 28
第一章 エトワール学園へようこそ

日本

しおりを挟む
 わたしたちはスウェーデンへと辿り着いた。オスカルの国だ。もう安全だ。

「詩織、着いたよ、大丈夫かい?」
「うん・・・」
「二人なら絶対大丈夫だよ?彼達の強さは僕が1番身をもって知っているからね」
「うん・・・」
 何故か涙がこぼれる。オスカルがぎゅっと抱きしめてくれる。それでも涙が止まらなかった。

 わたしは別室で服を着替えさせられた。たしかに学園での戦闘服のままだと目立つだろう。それ以外にもいろいろよごしちゃったし。。

 着替えを終えるとオスカルも着替えを終えたようで、わたしはオスカルに言われるがまま着いていくことになった。

「詩織、詩織は一旦日本へ帰るんだ。大丈夫、ここからの安全はスウェーデン王国と日本政府が保証するよ」
「うん」

わたしはオスカルが準備してくれた王国専用機に再び乗り込んだ。

「詩織、しばらくお別れになるけど、必ず向かえに行くからね。それまで元気にしててねっ」
「オスカル、ありがとうっ。あなたに会えて本当によかったよ」
「僕もだよ、詩織」

 オスカルは不意に唇を重ねて来た。

「愛してる」

 そして強く抱きしめてくれた。キィィーンというジェット機のエンジン音だけが聞こえてくる。

 そして今度はわたしから唇を重ねた。

「それじゃぁ日本に帰るね」

「うん」


 わたしを乗せた飛行機は再び大空へと舞い上がった。



「海部さん、約束は守りましたよ。次はあなたの番だ」



 2度目の王室専用機。でもこのサイズだと日本へ直行はできないよね?どこか経由するのかな?ふとそんな疑問もよぎったけど、エトワールがどうなったか、今はすこしでもそのことを知りたかった。

 2時間くらい経過しただろうか。わたしはフランスの空港へと辿り着いていた。案内されるがままに着いて行く。そしてここで座ってまっていれば日本政府の人間と合流できると指示される。わたしは外交特別ルートのゲートからフランス入国手続きをすませ、空港内の一般旅客スペースにある椅子でその人を待った。
(ここで二人と合流するのかな?きっとそうだ。そうに違いない。)
そう思うと急に安堵が漂いはじめた。
(オスカルとキスしちゃったけど・・・オスカルも命がけでわたしを守ってくれたんだし、お礼って意味だからねっ。うん、大丈夫。あ、でもそれだと小泉さまにもキスしなきゃいけないのかな?でもでももしキスの先もとめられたらどうしよぅ。さすがにまずいよね?はぅ、、わたしこんな一大事なときに何かんがえてるんだろぅ・・・。)

 見知らぬ男性が1つあけて私の横に腰掛け、私との間のあいた席にカバンを置く。
(うっー、そこは海部さまの席なのにっ!)
 わたしは手ぶらだし、なにか椅子をキープできるものもないので、うらめしく思いつつもその人が去ることを祈った。
 ほどなくして周囲の人が一斉に立ち上がっていく。どうやらその人たちが乗る予定の便が到着したみたいだ。一気に半数くらいの人が立ち上がり、搭乗ゲートへと向かっていった。
 そんな光景を3回くらい繰り返したときに隣から不意に日本語が聞こえた。

「日高さん、こちらを見ないで話だけ聞いてください」
 不意の出来事に体が硬直する。
「私は日本政府のモノです。あなたのとなりにあるカバン、その中にあなたのパスポート、旅券、財布、スマートフォン、帰国に必要なものが入っております。出国はゲートD2、18:40発になります。それに乗り帰国してください」

 男の人はそう言うとカバンを持たず立ち去っていった。わたしはちらりと横目でその人の背中を見つめる。
(日本政府っていうからもっと大勢で迎えがくるとおもってたけど、ずいぶんと慎重なんだな。)

 わたしは何食わぬ顔でカバンを手に取り中身を確認した。たしかにパスポートと旅券と財布とスマホがはいっている。でもすべてわたしの知っているものではなかった。
(あれ?こんな財布わたしもってたっけ?スマホの機種変もした覚えないんだけどな。)

 パスポートを確認する。写真は確かにわたしだ。でも名前が違う。
 名前は「Yui Kaibe」と記載されていた。
(これって偽造パスポートだよね?すっごく精巧にできてるって当たり前か。日本政府がつくった偽造だもんね。もはや偽造ってレベルじゃなくて本物か。ちゃんと出国のはんこも押してあるし。)

 そのはんこの日付を見るにわたしは1週間前にフランスへ入国したことになっていた。
 わたしはそのカバンをもってD2ゲートへと向かった。最初に乗ったイギリス行きと同じく、エコノミー便。10時間くらいの空の旅、窮屈だけど運よく隣が空席ですこしリラックスして帰ってこれた。行き先は東京ではなく北海道だった。近年は海外旅行者も多く、北海道への直行便も増えているのであまり不思議には感じなかった。
(北海道からまた隠密行動で東京入りするのかな?聖女って大変だね。)

 2度の機内食を取りわたしは日本へと帰国した。

(日本、帰ってきちゃったな。エトワールどうなったんだろう?もどれるのかな?スマホいれてくれてるのはいいけどSIMはいってないのかつかえないし。。いつでもこれで連絡とれるとおもって公衆電話スルーしてきちゃったよ。まぁいいか、すぐに合流できるだろうし、そこで確認してもらおう。) 

 わたしが出口にでるとすぐにスーツに身を固めたいかにも華族の召使って人がやってきた。

「おかえりなさいませ。結お嬢様」
(あ、わたしのことか。これってここは華族っぽく振舞えばいいのかな?幸い服は王室御用達だ。)

「はい、ただいまもどりました」
 わたしは出来る限り上品に答えた。
「では、こちらへ」
 ここでも案内されるがままに着いて行く。
(海部さまの使いだし、何も問題ないよね?海部さまにあったらいろいろ聞かなきゃ。)

 空港から3時間ほど車で移動しただろうか、ただただ平坦な道を進む。車窓からライラック畑を眺めながら。いつか見たいなっておもっていた風景。一人で見る予定ではなかったんだけど。

 そして大きな私邸へと到着した。海部さまのご実家だろうか。案内されるがままに中へ入る。そこで出てきたのは海部さまではなかった。いや、厳密には海部さまなんだろうけど、わたしの知る海部さまではなかった。


 その人はやさしくわたしに語りかけてきた。



「はじめまして、だね。結。僕の妹」


「はい?」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



日本のとある私邸・・・


「小泉慎之介、ただいま戻りました」

「小泉、今回は随分と苦労をかけたね。ありがとう」

「いえ、主の命は絶対です」

「あいかわらず頼もしいね。小泉の人間は」

「郵政民営化、あのとき主の父君がわが父小泉派について頂いていなければ、未だに日本政府は汚職にまみれた官僚支配が続いていたでしょう。そのご恩に報いることができるのであれば、この命、投げ出すことも厭いません。とはいえ寸前のところで聖女を海部のモノに奪われてしまいました。申し訳ございません」

「なに、気に止むことはないさ。むしろ好都合といったところだよ」

「好都合、ですか」

「海部はおそらくこの事件で平民戸籍から聖女を消し去るだろう。平民戸籍は数が多い割りに管理だけは行き届いている。あちらで戸籍消去と華族戸籍を用意してくれるんだ。手間が省けるというものだ。華族の戸籍管理は緩いからね。それに華族となったのならば嫌でも土俵にあがってくることになる。皇立鳳凰学園。いずれそこで再会することとなるだろう。それまでは海部にあずけておくさ。パシフィックブルーと一緒にね」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



わたしは泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。


“  海部さまが 死んだ  ”

わたしを守って、死んだんだ。

もう逢えない。もう2度と、あの人のぬくもりを知ることができない。

いつもきびしくて、でもやさしくて。

約束したのに。
ぜったい帰ってくるって。
もう逢えない。

逢いたい。もう一度振り返って。ちゃんと大好きって言わせて。

泣きつかれてうごかないわたしのそばに腰かけ、その人は言葉を続けた。
「角栄のためにそこまで悲しんでくれて、ありがとう」
「角栄は華族として、海部の男として、その責務を全うしたんだ」
「僕は誇りに思う。その矜持と強さに」
「君はその角栄が命に代えて守り抜いた、日本最後の希望の一欠けらなんだ」
「わかってほしい。でも彼の為、強くなって彼の意思をついで欲しい」

「・・・・・・・・・・。」

わたしは一言も発することができなかった。
まるで言葉を失ったかのように。


外を見る。すでに夜の帳が下りていた。

空にはエトワールで見たおなじ月が輝いている。

おもえばたった2ヶ月。

わたしがあの地ですごせた日々

星を見ても、未来は見えてこない。


海部さまから頂いた贈り物

そのネックレスにそっと指をおきながら

思い出が駆け巡る。

「形見に、なっちゃったね」

恋しくて。逢いたくて。

一筋の涙がこぼれおちる。


いっぱい厳命された。

最後の約束

なにがあっても生きろ

もう一度、夜空を見上げる。

「海部さま・・・」



翌日 ━━━ 

 部屋に兄と称する人が入ってくる。
 海部さまの兄なのだろう。たしかに面影はある。
 わたしはこの人の名前すら知らない。でもここで生きていかないといけないんだ。
 今は何も情報がない。すこしづつ、整理して行こう。

「おはよう、起きてたのかい?」
「・・・はい」
「やっと、返事してくれたね」
「あなたは・・・?」
「僕は 海部 一誠、角栄の兄だよ」
「わたしは、どうなっちゃうんですか?」
「君はあの事件の中で死んだことになっている」
「そうなんですね」
「おどろかないんだね」
「そうじゃないかと、思ってました」
「君はこれから僕の妹として、生きていくことになる」
「・・・はい」
「すべてを受け入れる覚悟は出来ているみたいだね」
「約束しましたから。生きろって」
「それじゃぁすべてを話そう」


 魔力の軍事利用を推し進める自民党 魔力の平和利用を推奨する民守党

 わたしは今その政闘の渦に巻き込まれたのである。

 そしてわたしが授かった聖女という力、この人類がもてあます未知なる領域の魔力は災いとも救いともなる存在だということ。

 この星は2度の世界大戦を経験している。

 1914年、ヨーロッパで勃発した第一次世界大戦、そして1939年ドイツナチス第3帝国によって引き起こされた大災悪、第二次世界大戦、これは地球の裏側にある日本にも飛び火し太平洋戦争へと発展する文字通りの世界大戦となった。

 次の大戦が起こればこの星は滅ぶであろうと言われている。だが歴史は繰り返す。人類は再びその引き金を引こうとしている。
 わたしにその留め金に成れという事のようだった。
 民守党は旧幕府軍の流れを組む政党で長く自民党の1党独裁に抗ってきた政党であり、それ故本拠地が北の最果て北海道でわたしがなぜ北海道にいるのかもようやく理解できた。
 そんな話を義理兄から聞かされている最中、来客がやって来た。

「こちらの尊が我等が救世の星、聖女様であらせられるか。おぉ、、その胸に輝きたるは元首の証、パシフィックブルー。これぞ誠の王女の証」
 いきなり現れて仰仰しく言葉をならべて膝をおる初老の男性、見覚えがある。たしか任期こそ短かったが総理を務めた経験もある政治家だ。たしか鳩川元総理だったかな?
 その初老の男性は目に涙を浮かべながらわたしを見上げていた。
「よくぞ、生きて戻られた・・・。神に感謝する」
わたしの手をそっととり、額を当てる。これは華族の絶対忠誠を誓う儀式だったはず。海部さまが守ろうとしたわたしは、つまりはそういうことだったのかな?
「命に代えて姫を守り抜いた海部の倅、その命、決して無駄にはせぬ。この鳩川が必ずや我等が使命を全うしてみせる」
 わたしの意志などお構いなく物語は進んでいるようだった。わたしは知らぬ間に大人たちが描くストーリーのメインキャストに仕立て上げられていた。でもこれが運命というものなのかもしれない。受け入れるほかないということ。数ヶ月前までランドセルを背負っていたこの肩に、世界を救えと言っている。でもわたしは海部さまにギアスをかけられたんだ。生きろって。

 それから程なくして民守党の要人が集まり始めた。民守三銃士とよばれる鳩川、菅野、原田の3名など、そうそうたるメンバーだった。わたしはただの神輿だということは理解している。わたしも名前はしっている、程度で政治に詳しいわけでもなく、まして外から政治を傍観するだけの平民の参政権もまだもってない小娘が渦中での会話についていけるわけもなく、熱心に議論されているのは見ていても理解できるけど、さすがに退屈になってきた。

 ぐぅ~っとおなかがなる、、。あぁ、空気よんでわたしのおなかちゃん。。

 たしかになにも食べてないよ?わかるけどね?いまはダメなんだよ?とちょっとはずかしいなとうつむいてしまう。

「いやはやつい熱が入ってしまった。3人揃うのも久方ぶりだが、こうも熱弁するのも随分久しい。時間を経つのもわすれとったわ。姫様は食事を御所望されている。先に昼食にしようではないか」
 そう豪弁を振るう原田元総理の言葉で皆で昼食を頂くことになった。当然ながらお誕生日席はわたしだった。

(久しぶりの日本食だな。)

 出された食事はみなどれもおいしかった。北海道の食材はおいしいと聞いてはいたけど、本当においしかった。わたしは料理の味を聞かれて、どれもおいしいですと素直に答える。
 菅野元総理が北海道についていろいろ教えてくれた。政治背景は聞いていたけど、この豊かな食材や自然の恵み、それ自体が魔力の源であり、北海道の活力なんだと。北海道産の材料をつかって生成される魔術具や魔力回復薬など、北海道が民守の聖域であることと併せて説明してくれた。魔法の話に食いついたわたしの反応を快くおもったのか、菅野元総理は魔法についてもすこしお話をしてくださった。聞けば鳳凰在学中は主席で白眉再来と謳われていた稀代のマジックキャスターであったことも。

 それからも菅野元総理は魔法についてわたしの知らなかったことを語ってくれた。そうして今度まとめて魔術本を進呈すると言ってくださった。置かれる立場はかわっても、わたしはすでに魔法という未知なる力の虜になっていたのだ。

 食事もとるようになり、すこし元気になってきたのを見計らって義理兄がわたしに屋敷内の案内してくれた。そういえば家のことなどまったくしらない。

「あの、、これからはお兄様とおよびすればよろしいのでしょうか?」
「そうだね、そうしてくれると嬉しい。僕も君の事を実の妹として接していくつもりだ。これからよろしくね、結」


“ 結 ”


 これがわたしの新しい名前なんだ。

 こうして華族として、聖女としての私が始まった。




 聖女奪還計画

 これが今回の全容のようだ。ここからは私の推論にすぎない。日本ですら聖女誕生を予言して2名の使者が派遣されたんだ。他国からも私達が知る以前より派遣されていたと見ていいかもしれない。

 あの動乱の中、どこまでが味方でどこまでが敵なのか、その線引きが判らない最中、私達が取れる選択肢はすでになかったのかもしれない。

 間違いないことは、海部さまが命に代えて私を守り抜いたこと。

 事件が起こって数日経ってもエトワールの情報は入ってこなかった。ただ事件は海部さまのおっしゃってた通りに国際テロ組織ISIS(アイシス)が犯行声明をだし、各国はそれに便乗する形で事の収束に務めている。
 死者48名、各国のエリートを狙った卑劣なテロとしてニュースでも大々的に取り上げら、被害者を出した国々は互いに責任を転嫁しつつ本質を覆い隠す。


 それから私は 海部 結 として生きていくこととなった。そんな私の首には1つの術具が取り付けられている。過去の名前を封印する術具、自分が詩織であること、そのことを口外してはならない。当初は詩織の記憶そのものを消し去ることも考えられていたが、それによって聖女の記憶を失い、再び封印されてしまうことを懸念した菅野元総理の発案でこの術具がつけられたのだ。無論聖女であることは当面極秘となっている。18になるまで、すなわち参政権を得るまでは一人の華族として学園生活を送らねばならない。使える魔法は第5位階まで。それ以上の魔力を行使したらその術具は効果を発動する、という代物らしい。発動すれば首輪が絞まる。物理的に絞まるということではなく、魔力的に絞まるという代物。魔法使いの体内は血流と同じように魔力が流れている。その流れが止まるのだ。

 そんな自分の境遇を恨めしく思うこともある。大事な家族、大切な人、そんな人とも切り裂かれたのだ。強い遺憾を覚えるのは当然だ。そんな時はきまって海部さまの部屋に一人訪れる。そして物思いに耽る。そして自分の運命を受け入れるよう強く言い聞かせる。散っていった華の為に。

 わたしはできる限りのことをした。エトワールでならった基礎知識を元に、菅野元総理や他の支援者から頂いた書物の数々、旧幕府の貴重な古典、古文書、北海道の地元神に至るまで、ありとあらゆる知識を吸収していった。幸い身分が上流華族ということもあり魔術関係の情報は以前の平民時代と比べようもないほどに充実していた。また北の大地の豊かな自然や食材は魔術具、特に私が研究に没頭していたお菓子作りにも最適な環境だった。
 魔法の練習にも最適だった。東京とは違う。広大な余地、わたしはここで思う存分魔法をぶっぱなしていた。時には地形が変形するほどの大魔力を行使して、さすがにやりすぎだとお兄様におこられることもあった。
 無論学校にも通っている。そこは一般生徒以外に地方華族も通う学校で数は少ないけど、小さな派閥もできており同世代の生徒達はみな鳳凰進学予定だ。私はその中で頭角を現し、気がつけば海部派として民守党左派系の旗印になっていた。そしていつも3人の男の子が寄り添うように私を守ってくれていた。

 いつからか彼らは三銃士と呼ばれるようになっていた。



 そして私達は来春から鳳凰学園へと進学することになった。


しおりを挟む

処理中です...