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56話 完全復活

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 しかし、メアちゃんに首を噛みちぎってもらわなければ……今頃確実に死んでいたな。
 考えただけで全身が栗立ってしまう……って全身ないんだった。

 俺は先ほどのことを思い出していた。



 ◆



「クスクス。痛いですか~、せ・ん・ぱ・い。体を貫かれるってどんな感覚ですか~? ねぇ~教えて下さいよ~」
「ぐわ゛ぁぁあぁああぁぁあ゛」

 俺の口からはトマトジュースでも吹き出してしまったのかと疑いたくなるような量の血が留めど無く溢れてきやがる。

 もう痛いとかいう次元の話しじゃない。
 何が何だかわからなかった。

 俺の体に突き刺さった槍をクスクスと押し殺したような笑いの中、千金楽は勢いよく引き抜いた。

 刹那――満タンに入ったペットボトルに穴が空いたように漏れ出す血液。

 痛みで倒れ込む俺をニコニコと見下ろしながら、千金楽のクソガキは甚振るように蹴り上げる。宙に舞い上がりリバウンドする体、目の前が何度もグルグルと回る。

 このままでは確実に殺される!
 俺は錆び付いてしまったような鈍い体に力を込めて、這いずりながら倒れこむメアちゃんの元まで移動した。

「メア゛……ち゛ゃん゛、お゛での、ぐびをがみじぎれ……」

 メアちゃんはゆっくりと起き上がり、その瞳に俺を映した。

「クスクス。影月先輩って意外とタフですね~。ていうか~本当にゴキブリみたいだな~。ああ~勿体無いことしたな~、こんなに愉快なゴキブリ人間がいるなら、僕の可愛い側室ペットたちに見せてあげたかったや~」

 千金楽の足音が徐々に近付いてくる。
 俺はタイミングを見計らってメアちゃんに目で合図を出す。

「さてとっ、じゃあトドメと行きますか~。ゲームオーバーになったらどこからスタートになるんですかね~。或は元の世界に戻っちゃったりして。まぁ何れにせよ、これはただのゲームなんですから~恨まないで下さいね~せ・ん・ぱ・い~」

 千金楽が槍を再び俺に突き刺した時――俺はメアちゃんに言う。

「ぐわぁぁぁあああああぁっぁぁあぁあああああ!? メア゛……ち゛ゃん゛、ころじでぇぐれぇええ゛……ごんなにぐるじぃなら……しんだほうが、まじだぁ……」
「クスクス。スゴイや~まさか自分のペットに殺してくれってお願いするなんて~、先輩傑作ですよ~」

 嘲笑う千金楽を尻目にメアちゃんは俺の首を噛みちぎり、頭部を咥えて穴の端で身を丸めた。それはまるで俺を守るように。

 体を切り離された俺は苦しみから解放され、メアちゃんのモフモフに顔を埋めながら安堵の溜息を小さく吐いた。

「あっははははっ! スゴイや~本当にペットに首チョンパされちゃった~! あっはははははははっ!!」

 千金楽はその後も何度も俺の体にグサッグサッと槍先を突き立てていた。
 しばらくすると千金楽は飽きたのか、つまらなさそうに来た道を引き返し始めた。

 俺は千金楽が背を向けたことをメアちゃんの毛並みの隙間から確認して、速やかに小さな穴を掘り、メアちゃんに移動するよう指示を出す。


 その後、俺は首だけでミスフォーチュンへと出向き、再生薬を購入してそれを飲み、メアちゃんに運ばれているところだ。

 体の一部分を破損した場合、再生薬を飲めば10分足らずで再生するはずなのだが……全然再生しない。
 破損箇所が頭部以外だから……相当時間がかかるのかもしれないな。

「メアちゃん、もうこの辺でいいよ。ありがとう。メアちゃんも休んでくれ」
「ムキュッゥゥウウウ」

 メアちゃんは優しく俺を地面に置くと、余程体力を消耗していたのか、すぐにその場で丸くなって眠りについた。

 明智の奴は大丈夫だろうか?
 それにフィーネアとゆかりは5人の居場所を突き止めることができたのかな?

 この場に今すぐダンジョンを設置して戻ることもできるけれど……万が一明智やフィーネアたちが戻っていなかったら合流できなくなってしまう。

 明智やフィーネアたちの知らないところで設置場所を変えるのは良くないな。

 体が戻るまでの間は……この穴の中に居るしかないな。
 首だけになったからなのか、腹も空かなければ便意を催すこともないし、意外と便利かもな。

 そんな呑気なことを考えていると、あっと言う間に3日が過ぎた。
 いや、正確には多分3日くらいじゃないかなと思うだけ。

 なんたって穴の中では太陽が出たのか落ちたのかすらも確認できない。
 要は正確な時間経過がわからないんだ。

 だが……寝て起きて寝て起きてを繰り返しているのに、体の戻りが異常に遅い。
 多分3日くらい経った現在、俺の体は上半身までは戻っているのだが……下半身はまだだ。

 そのせいで腹が減る。
 これなら頭部だけだった頃の方がよほどマシだな。

 まぁ幸いというべきか……メアちゃんが見たこともない芋虫みたいなのをどこからともなく持ってきてくれるので、それを食べて空腹を紛らわせている。

 初めは食べることに抵抗があったが、食してみれば意外とクリーミーで濃厚。味は悪くない。見た目があれなだけだ。

 それに昔なんかのテレビで観たことがある。
 虫は凄く栄養価が高いって。
 アフリカの奥地に住んでいる部族なんかは毎日こういうのを食べているみたいだしな。

 何れにせよ空腹で死んでしまうよりはマシだ。
 と、いうことで俺はもぐもぐむしゃむしゃ食べる。

 それからさらに3日くらい経過し、俺の体は完全に元通りに戻った。

「ああー! 完全復活だぜ!」
「ムキュッゥゥウウウ!」

 すっかり元に戻った俺を見て喜んでくれているのか、メアちゃんが飛びついてきたので久しぶりにモフモフを目一杯なで回した。

「ハックシュンッ! ああ、それにしても寒いな。風邪ひいちゃう」

 穴の中は陽が差し込まないのでかなりひんやりしている上に、俺は全裸だ。

「とりあえず服と武器の回収だな。さすがに全裸で地上を歩くのは抵抗がある」

 ということで、俺は駆け出した。
 暗いトンネルの中を突き進んでいると……とんでもなく強烈な悪臭が漂ってきた。死臭だ。

 自分の死臭を嗅いだことがある奴なんて、世界広し探せど俺くらいだろう。
 俺は腐った俺から服と装備を剥ぎ取り、着替えて装備する。

「うん! 完璧だ! それに心なしかお肌がスベスベになった気がするな。体を新調したからだろうか? とにかくとっととダンジョンに戻ってフィーネアのご飯をもりもり食べるぞ! もう虫は飽きたしな」

 ということで、俺はメアちゃんと共に穴を出る。
 穴を出ると大きく勇ましい姿になったメアちゃんの背に乗り、ダンジョンを目指す。

 荒野を疾風の如く駆け抜けるメアちゃんはやはり恐ろしく速い。
 すぐにダンジョンが見えてきて、ダンジョンの入口で門番のようにおっかない顔で座り込む冬鬼に手を振った。

「おーい、冬鬼! 今帰ったぞー!」
「ボスッ!」

 俺に気が付いた冬鬼は透かさず立ち上がった。
 けど、その顔はどことなく険しい感じがする。

 メアちゃんから「よいしょっ」と下りて冬鬼に話しかけた。

「いやー、心配かけて悪かったな。それより明智やフィーネアたちはちゃんと戻ってきているか? 明智にはちゃんと礼を言わなきゃな。ついでに股間も元に戻してやらないと」

 楽しげに笑う俺とは対照的に、冬鬼は眉間に皺を寄せて言いずらそうに口にする。

「ボス、まずは無事の帰還なによりだ。それと……フィーネアたちのことなんだが」
「うん。どうかしたのか?」
「5人を救出すべく王都に向かわれた」
「はぁ……?」

 意味がわからず睫毛をパチパチと鳴らす俺に、冬鬼は手紙を差し出してきた。
 その手紙を受け取りすぐに中を確認する。

『ユーリへ
 フィーネアたちは5人の所在を突き止めるべく大聖堂に侵入し、5人の行方を追ったのですが……事態は最悪な方向に向かっていました。

 教会側は張り付けの刑に処していた魔物を助け、逃がした5人を処刑すべく王都へ輸送していたのです。

 あのとき瓜生がおっしゃっていた通り、現在王都の国王たちはかなり不味い状況にあるらしく、教会側に自分たちは崇高なる信仰者だとアピールするため、大々的に5人を公開処刑にすることを決めたらしいのです。

 それが王都で開かれる『悪魔処刑祭』
 フィーネアたちは5人を救出すべく王都へ向かいます。

 ユーリから勝手な行動はするなと注意を受けていたのに……申し訳ありません。
 しかしながら、今回は一刻を争う事態だと判断し、ゆかりと明智と共に行動を開始致します。

 明智からはユーリの状況について窺っております。
 どうかご無理をなさらずに、ゆっくりと休息をお取りになって下さい。
 こちらはフィーネアたちでなんとかなりますので……。

 追伸、通信コンパクトミラーを許可なく借りております。
 お許し下さい。

 フィーネア』

「なんだよこれっ!?」

 手紙を読んだ俺は驚きのあまり声を荒げてしまった。
 一体何がどうなってんだよ。
 混乱する俺に冬鬼が宥めようと言葉を掛けてくれる。

「落ち着いてくれボス」
「落ち着けるわけないだろっ! フィーネアたちは王都に殴り込をかけてんだぞ! あそこには王国兵や騎士団がごまんといるんだ! それに……千金楽のクソガキも居る。瓜生と神代が居るかはわからないが……何れにせよ危険すぎる!!」

 だけど……フィーネアが通信コンパクトミラーを持ち出したということは、瓜生に協力を求めたということか?

 だとしてもだ……瓜生の奴が大っぴらに国王と敵対する道を選ぶだろうか?
 いくら同盟関係にあるとは言え……瓜生には瓜生で守らなければいけない仲間がいる。

 すべてを捨ててフィーネアたちに協力してくれるのか?
 仲間の安全と見ず知らずの5人の……フィーネアたちを天秤に掛けたとき、瓜生はどう判断する?

 仮に俺ならどう判断する……?

「不味い……」

 喉の奥からはつい本音が漏れてしまう。
 この糞みたいな世界で本当に信用できるのはフィーネアと明智にゆかりくらいだ。

 瓜生は目的が一緒だというだけで……仲間じゃねぇーんだよ。

「敵にだってなりえるんだよっ!!」
「ボス……」

 また……目の前が霞む。
 フィーネアが……明智にゆかりが……いなくなってしまったら……俺は生きていけない。

 こうしちゃいられない。
 助けに行かなきゃ。

「ボスッ!」

 俺はおぼつかない足取りでダンジョンに入り、すぐにマスタールームへ転移して、フィーネアたちの援護に向かう準備を整える。

 俺に付き添う形で共にマスタールームへやって来ていた冬鬼に伝える。

「冬鬼、皆にいつでも戦闘ができるように準備をしとくように伝えるんだ。大戦闘になるかもしれない」
「了解した……」

 それだけ言うと冬鬼は転移の指輪を使用し何処かへ消えた。
 きっと魔物たちに伝えに行ったのだろう。

 俺は戦力を増やすためにポイントを注ぎ込んで、魔物を増やすことにした。
 できるだけのことはしておかなければ。


 それからも俺は王都での大戦闘を視野に入れて、忙しなく準備をした。

「待ってろよフィーネア、明智、ゆかり、それと5人。今行くからな!」



 俺の……俺たちの壮絶な戦いが、静かに幕を開けようとしていた。
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