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27話 炸裂、涅槃仏

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 チビオークは気怠そうに首を鳴らしながら嘲笑った。

「この程度で余を倒せるとでも思ったか? 愚かな」

 不味い!
 確かに太郎さん一人では勝てないと思っていたが……こんなに呆気なく倒されるなんて予想外だ。

 瓜生のボケはまだかよっ!
 時間を稼がないとマジでヤバい!
 こうなったら一か八かだっ!!

「プリンちゃん戦うんだっ!」
「は? 無理ですよ! 僕ゴブリンですよ。ゴブリンのステータス知ってますか?」
「うるさいっ! ならお前は俺のステータス知ってんのかよっ!」
「…………頼りにならないマスターですねぇ」
「いいから口を開けろっ!」
「へっ!?」

 俺はプリンちゃんの口に色鮮やかな角砂糖みたいなのを投げ込んでやった。
 これは本来オーガ三人衆に使おうと買って置いた進化玉だ。
 ゴブリンなんかに使いたくはなかったが、こうなった以上仕方ない。

 俺が進化玉をプリンちゃんの口内に次々と放り込んでいくと、プリンちゃんの体が発光し巨大になる。

 ゴブリンからホブゴブリンに進化し、ライダーゴブリン、チャンピオンゴブリン、ダークゴブリン、パラディンゴブリン――etc.
 もうとにかくあるだけ進化玉を口に放り込んでやった。

 最後の進化玉をプリンちゃんの口内に放り込むと、凄まじい輝きがボス部屋を包み込み――光の中から緑色の髪の美少年が現れた。

「へっ……!?」

《ユニーク個体 妖精王に進化しました》

「妖精王……ゴブリンて進化し続けたら妖精の王様になるのか……嘘だろ?」

 見た目は人間で8歳ほどの容姿なのだが、背中に透明な四枚羽が生えている。
 頭には片角の折れた奇妙な兜を被っている為、かろうじて元子鬼ゴブリンだということが……わからなくもないが。

 しかしだっ! 妖精王というくらいなのだから多分強いのだろう?
 上手くいけば豚の王様と互角に渡り合えるんじゃないのか?

「プリンちゃん! あれを倒すんだっ!」

 俺は豚を指差して妖精王となったプリンちゃんに命令を出したのだが、プリンちゃんは目を擦りながら気の抜けた声を出した。

「マスタ~、いきなり……あんなに沢山は無理ですよ~。僕、寝ます」
「なっ、ななな、なに言ってんだよお前っ! こんな時に寝るなっ!!」

 プリンちゃんはその場で横になり、スヤスヤと眠ってしまった。
 俺はプリンちゃんの肩を思いっきり揺すり、何度も頬にビンタしてやるが……まったく起きない。

「……なんでなんだよっ! 起きてよプリンちゃん!!」

《進化玉 一度進化させると24時間の冬眠期間に入ります》

 目の前に浮かび上がる羅列に怒りが込み上がる。

「そういうことは先に教えろよっ! クソの役にも立たないじゃないかっ!!」

 思わず地団駄を踏み頭を掻き毟ると、俺を一睨する豚がとんでもないことを口にしている。

「では、貴様の処刑を執り行うとするか」

 冗談じゃないっ!
 豚を食うはずの人間が豚に食われるなんて聞いたこともないっ!
 瓜生の野郎はまだかよっ!!

 豚がゆっくりとこちらに近付いてくる。

「ちょっ、ちょっと待てっ! お前が探しているのは瓜生だろ? あの人間の居場所を教えてやるから見逃せっ!!」
「貴様は余の食事を邪魔した挙句、余を愚弄した。貴様の死は覆らん」

 ふざけんなよっ!

「テメェーは冗談も通じねぇー豚なのかっ!」
「貴様の戯言を聞くつもりはない。死ね」

 豚が地面を蹴りつけると同時にその姿が消えた。
 あまりの速さに躱すことは愚か、その姿を捉えることさえ俺には出来ない。
 このままでは殺される。

 それは刹那の思考だった。
 消えた豚が目の前に現れ、その拳を振り抜くコンマ1数秒前に俺はマスタールームに転移した。

「あっ、ああ、あっぶねぇー!」

 くそっ! 瓜生のボケは何してんだよっ!
 額の汗を拭ったその時――

 どうしてここがわかったのか、豚が壁を突き破りマスタールームに侵入してくる。

「イヤァァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 砂塵舞い散るマスタールームに俺の悲鳴が木霊すると、豚は言った。

「妙な技で余の一撃を躱したようだが、どこへ逃げても無駄だ。貴様の気配はダダ漏れだ」

 気配ってなんだよっ!
 俺はへっぴり腰のまま石版に駆け寄り最後の手に出る。

 瓜生が戻ってくるまでの間だけでいい。
 稼いだポイントを注ぎ込み時間を稼ぐんだ!

 俺はポイントで買えるだけゴブリンを大量に購入すると、石版が放つ魔法陣からゴブリンが次々と飛び出してくる。
 こうなりゃ質より量だ!!

「お前たち! 俺の盾になれっ!」

 俺の指示に忠実に従い次々と豚に飛びかかるゴブリン軍団だが、あかん弱すぎる。
 豚のパンチで簡単に水風船のように破裂していく。

 肉壁も虚しく、100匹ほど召喚したゴブリンは1分と持たずに全滅してしまった。
 終わりだ。

 もう打つ手がない。
 転移で1階層まで逃げるか?

 尋常じゃない汗が吹き出してポタポタと床にシミを作ると、

 その時――

 豚の土手っ腹から血しぶきが舞い上がり苦悶に表情が歪んだ。

「ぐぅ……貴様何をしたぁぁあああああああああっ!!」

 豚の怒りに満ちた声がマスタールームに響き渡ると、俺は嫌らしい笑みを浮かべて小汚い体液を撒き散らす豚に言ってやる。

「はぁ? お前気配がわかるとか偉そうに言ってた割には全然わかってないじゃないか! 後ろ見てみろよバーカ!」

 俺の言葉で豚が振り返ると、そこには半透明の瓜生が剣を構えて佇んでいた。

「貴様……いつの間に!?」

 豚が驚くのも無理はない。
 確かに瓜生は今の今までここに居なかったのだから。

 そう、俺が瓜生に伝えた作戦はこうだ。
 トロッコがボス部屋にたどり着くと同時に最後の幽体化を飲み、お前は1階層を目指せ。
 そしてそのままダンジョンを出て、持ってこれなかった自分の武器を回収してこい。

 残念なことに力ステータスFの俺では瓜生の武器を持ち上げることは疎か、1ミリも動かすことができなかったのだ。
 そのため瓜生本人に回収させるしかなかった。

 瓜生が完全回復したなら走って戻ってくるまで15分ほどで可能だと俺は踏んでいた。
 そして瓜生は全速力でこの場に戻ってくるなり、幽体化が切れる数秒前に豚に刃を突き刺したのだ。

 完全に幽体化が切れて姿を現した瓜生に、豚は驚愕している。

 それにしても危ないところだった。
 あと少し瓜生が遅ければ俺が死んでいた。

「待たせたな月影!!」

 まるでヒーロー見参と言うように声を張り上げて、瓜生が豚に剣先を突きつけて微笑んだ。

「第2ラウンド開始や。ぶち殺したらぁあああああああっ!」
「なめるなよっ人間無勢がっ!」

 対峙する瓜生と豚。
 とは言え瓜生の顔色は悪い。

 体の傷は完全回復したものの、失った体力と血液までは再生薬では戻らないのだ。

 早めに決着を着けなければ不味い。
 そのことを瓜生も十分わかっているからこそ、突っ込んで来た豚の動きを奇妙な技で止めている。

 ありゃーなんだ?
 瓜生の周囲を取り囲むようにドーム状の結界みたいなのが発生し、豚が苦しそうに片膝を突いた。

「最大重力やぁぁああああああああああっ!!」

 重力!?
 どうやら瓜生の野郎はとんでもないチート技でドーム内の重力を変化させているらしい。

 おそらく瓜生のチート技でドーム内の重力はとんでもないことになっているのだろう。
 その証拠に豚は身動き一つ取れないどころか、地面に倒れ込んでしまっている。

 俺はマスタールームから出て、額に血管を浮かび上がらせる瓜生に声を掛けた。

「豚の身動きが取れない今のうちに刺し殺せ瓜生!」
「あかん! それはできへん!」
「はぁ? 何言ってんだよお前……絶好のチャンスだろうがっ!」
「違うんやっ……このスキルを使用してる間、俺は一歩も動かれへんのや!」

 なにを堂々と言ってんだよ……つーかなんだよその中途半端なチートはっ!

「じゃあどうやって倒すんだよ!」
「このまま潰れてくれると助かるんやけどな」

 豚を見据えながら苦しそうに微笑む瓜生。

 確かに豚は重力で押し潰されそうになってはいるものの、俺の目から見ても決定打にはなっていない。

「潰れなかったらどうすんだよっ! 豚は耐えてるじゃないかっ!」
「そないなこと言ったってしゃあないやろ! そういうスキルやねんボケッ」

 ボッ、ボケだとこのヤロウっ!
 クッソーこのまま瓜生のスキルで倒せなかったら万事休すじゃないか!

「お前の面白アイテムでなんとかしてくれや」
「は? 無茶言うなよ」
「時間がないねんっ! このスキルは最大3分間しか持続できひんねんっ!!」
「なんだとっ!? 3分てもうすぐじゃないか!」

 不味すぎる!
 勇者瓜生が思いのほか役立たずだ!!

 俺はポッケの飴玉をタヌキ型ロボットのように取り出しては地面に投げ捨てた。
 なにかないかっなにかないかっ!

 「!?」

 この飴……。
 これならひょっとしたら上手く行くかもしれん!

 えーい! もうこうなりゃ焼け糞だ!!

 俺はポケットから取り出した飴玉を握りしめて、倒れ込む太郎さんに駆け寄り掴み起こす。

「おい、起きろ!!」
「マスター……面目ありません」
「そんなことはいいから立てるか?」
「はい……」
「なら俺をオークの真上に投げ飛ばせ」

 太郎さんは瓜生の方を一瞥して、表情を曇らせた。

「しかし……あの者の作り出す結界に足を踏み入れてしまえば……」

 太郎さんは瓜生の作り出す重力結界を見て息を呑んでいる。
 確かにあんな物騒な所にまともに入って行ったら、俺の耐久では一瞬でぺちゃんこだろうな。

 しかし――

「問題ないから早くやれっ! 瓜生のスキルがもたんだろうがっ!」
「りょっ、了解です」

 太郎さんは戸惑いながらも俺の体を持ち上げて、ジャイアントスイングで重力結界の真上へと俺を放り投げた。

「マスターお気をつけてぇええええ!」
「うわぁああああああああああっー!! なんでジャイアントスイングなんだよっ!!」

 くるくると宙を舞う真下にクソ生意気な豚が見える。俺は覚悟を決めて握り締めた飴玉を口に放り込んだ。

「くそがぁぁあああ! これでもくらえやぁぁああああああっ」!

 そのままジャンピングエルボーの体制で俺は重力結界の中へと落ちていく。

 重力によって加速された体はドスーンッと凄まじい音を立てながら、俺の渾身のエルボーが豚の背中に炸裂する。

 圧倒的衝撃が背中に伝うと、豚の口から勢いよく内臓が飛び出した。

 当然だ。
 俺の体は瓜生の重力結界のせいで重さ数トンに変わっている。
 そんな俺が肘を立てて降ってきたのだ、耐えられるはずがない。

 だが俺は問題ない。
 何故なら俺が食べた飴玉は鋼飴だ。
 これを食すと体は鋼になり身動き一つ取れなくなるが、小一時間もすれば元に戻る。

 ヴァッサーゴの説明だとアダマンタイトとか言うとんでもなく硬い物質と同じくらい硬くなるという話だ。
 これなら耐久力のない俺でもとんでもない防御力を手に入れられる。

 しかし、難点は今言ったように体が鋼と化して身動きが取れなくなるということだ。
 はっきり言って使い道は皆無だと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは予想外だった。

「月影……お前なんかピカピカになっとるけど大丈夫なんか?」
「……」

 馬鹿野郎っ! 見てわかんだろうっ!
 鉄になってるから喋れねぇーんだよ、ボケッ!

 豚の王様が完全に死んだことを確認した瓜生は気が抜けたように地面に座り込み、情けなく固まった俺を見て笑いやがった。

「ハハハッ、ほんまお前なんやねん。おもろすぎるわっ!」

 ダンジョン内に瓜生のボケの大笑いが響き渡ると、それが激闘の終わりを告げる合図だった。


 珍百景涅槃仏ねはんぶつのような俺の、運命を懸けた戦いはこうして幕を閉じたのだ。
 本当に情けない……トホホだぜ。
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