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第28話 二人きりの茶会
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「さすが夜の警備員だな!」
黒い双頭の犬の案内で目的地、迷いの回廊にたどり着いた俺は、入口付近で立ち止まった。
そこから長く続く回廊を見渡す。
回廊には誰の趣味か、大量の絵画が壁に掛けられている。
それを一つずつ確認しながら進んでいく。
《世界樹の森》に《死者の門》、統一性のない絵と題名を流し見て、俺は歩みを進める。
そして、あの絵の前で足を止めた。
《魔女の茶会》と書かれた何の変哲もない、夕暮れに沈む森の小道を描いた一枚の風景画。
「さて、試してみるか」
俺はおそるおそる絵画に手を伸ばした。
「!?」
そうしたら、まるで水面に手を入れたように腕がスーッと絵の中に入っていった。
「師範ガーブル凄すぎだろ!」
師範ガーブルの著書には、月が満ちたおやつ時、とある絵の中で茶会が開かれると記されていた。
そこで俺はピンと来た!
この《魔女の茶会》と題された絵こそが、師範ガーブルが云っている絵なのではないかと。
著者である師範ガーブル自身、幾度となく絵の中に入ったらしいのだが、いつも空席には淹れたてのティーカップが置いてあるだけで、現在まで一度も絵の中で茶会の主催者に会うことはなかったらしい。
しかし師範ガーブルのお陰で、俺はアルカミア魔法学校の謎を一つ解き明かせそうだ。
「この先は何があるかわからん。お前はここで待つのだぞ、いいな?」
『アン!』
俺は黒い双頭の犬に待てを命じ、一人絵の中に入っていく。
「すごいな! ここが絵の中だなんて信じられない」
絵の中に身を投じると、そこは恐れ知らずの生徒が歩いていたという夕暮れの森だった。
「この先に茶会の会場があるのか?」
枯葉の絨毯が続く森の小道は一本道となっており、迷う心配はなさそうだ。
どこか懐かしくも幻想的な小道を歩き続けること数分、開けた土地に出る。
その先には小高い丘が見えた。
「誰かいる?」
丘の上に人の気配を感じ取った俺は腰の柄を握りしめながら、警戒を怠ることなくなだらかな坂を登っていく。
「あれは!?」
丘の上の中央付近には、不自然なほど真っ白なテーブルと椅子が二脚置かれており、その一つに見覚えのある女性が腰を下ろしていた。
どこか気品を感じさせる後ろ姿。背まで伸びた艷やかな黒髪はあの夜、禁書庫で出会した女子生徒と酷似していた。
いや、間違いなく本人だ。
何とも言えないミステリアスなあの雰囲気。なにより、俺のラスボスとしての本能があの日と同じようにピリピリと警鐘を鳴らす。すぐにあれから離れろと。
が――ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
仮にすべて俺の思い過ごしだったとして、彼女が石化事件に関わっていなかったとしても、だとしてもあの夜のことを一言ガツンと言ってやりたい。
拳を握りしめて気合を入れた俺は、そろそろと背後から近付いた――そのとき。
「あらあら、まぁまぁまぁ。そのような歩みではせっかくの紅茶が冷めてしまいますよ?」
「――――!?」
ゆったりと席を立った彼女が身を翻す。
緊張から全身に力を込めては動けなくなってしまった俺に、彼女は仮面を付けたような微小を向けてくる。
俺はすーっと神経が凝結したような気味悪さを感じ取っていた。
「うふふ―――ダージリンはお好きかしら?」
「え?」
それから現在――なぜか俺は彼女と向き合う形で席に着いている。
眼前には淹れたての紅茶と、焼き立てのクッキーが入ったバスケットが置かれていた。
その芳ばしい香りに堪らずお腹が鳴ってしまい、「うふふ」と彼女に笑われてしまう。
「あらあら、遠慮なさらず召し上がれ」
「結構だ!」
ビシッと断った矢先、空気を読めないこの腹が食べたいと鳴く。
穴があったら入りたいとはこのことだ。
「まぁまぁまぁ、そう仰らず。毒など入っていませんから」
赤面する俺に、彼女は様々な形のクッキーが山盛りに入ったバスケットを差し出してくる。
彼女はそこから適当に一つ取って、齧ってみせた。
ほら、毒など入っていないでしょと言わんばかりの微笑みを向けてくる。
「ゆ、夕食を食べていないからなっ!」
精一杯の虚勢を張りながらも、結局空腹には勝てずにクッキーを頬張る。
「まぁまぁまぁ、それより良く此処が分かりましたわね」
「当然だ! この程度で隠れられると思わないことだ」
「あらあら、師範ガーブルに伺ったのですね」
「…………」
ムッと眉根を寄せてしかめっ面を作る俺は、きっと完熟トマトみたいに真っ赤だったことだろう。
――知っているなら聞くなッ!
大声で言ってやりたかった。
「うふふ――かつては彼も夜な夜な此処へ来ていたようですし」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「あらあら、いつか読んだ魔法書にそう書いてありましたから」
「魔法書に?」
「ええ、ええ。図書室のどこかの棚に、彼は誤って自身の魔法書を収めてしまったそうです。それをわたくしが偶然読んだだけのこと」
師範ガーブルはなんて間抜けなんだ。
「師範ガーブルのことなんてどうだっていい。そんなことよりお前は何者なんだ! なぜあの日禁書庫にいた!」
「あらあら、まぁまぁまぁ。わたくしはアルカミアに通うただの一生徒に過ぎませんわ。あの夜禁書庫に居たのもただの好奇心からです」
優雅にダージリンを味わう彼女が、嘘をついているようには見えなかった。
「なんだよ?」
彼女がじっと俺の顔を見つめてくる。
「あらあら、顔の痣……少し濃くなっていますわね」
「へ?」
顔の火傷跡のことを指摘され、思わず左頬に手を伸ばすと、
「!?」
彼女の言う通り火傷跡が濃くなっているような気がした。
慌てて琥珀色の液体を覗き込み、水鏡に映った自分の姿を確認してみる。
「………痣が濃くなっている?」
いや――広がっている!?
「どうなっているのだ!?」
以前は顔の左側にしかなかった火傷跡が、左の首にも薄っすらと広がっていた。
「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方の中にある魂も相当強い憎しみを抱いているのですわね。お可哀想に」
「憎しみ? 一体何のことだ!」
「あらあら、貴方はまだ自分を知らないのですわね」
自分を知らないとはどういう意味だ?
「まぁまぁまぁ、貴方が抱える呪いはあと数年で心臓に達し、何れ貴方を灰に変えてしまいますわね」
「は? 灰に変えるだと!? お前はさっきから何を言っているのだ!」
「ええ、ええ。貴方の呪いはとても強力ですものね。憎しみの連鎖を断ち切るためには魂に抗わぬことですわ。素直になることが一番ですわよ」
彼女はティーカップにそっと唇を押し当て、紅茶を流し込んだ。
空になったカップをソーサーに置くと、徐に立ち上がる。
「あらあら、まぁまぁまぁ。もうこんな時間。そろそろお暇しなければ」
「おい、待てよ! まだ話は終わってないだろ!」
「あらあら、心配なさらずともまた会えますわ。目的を果たすためにわたくしが貴方を必要とするように、貴方も必ずわたくしを……引かれ合う引力には誰も何も逆らえないのですから――うふふ」
さっきからこいつは何を言っているんだ。
全然意味がわからない。
「あぁ、そうそう」
背を向けて歩き出す彼女が立ち止まり、背中越しに声を発した。
「貴方が知りたがっている事件の真相は、たぶん貴方の考えている通りですわよ」
「―――!?」
「ええ、ええ。それが知りたくてわざわざ会いに来てくださったのですわよね? うふふ」
それはつまり、石化事件の真犯人はやはり彼女だということだ。
「浴室でクレアたちを石に変えたのも、サシャール先生が飼っていたバジリスクを逃したのも、全部お前の仕業だな!」
「ええ、ええ。ですからそう言っているではありませんか」
「なぜそんなことをした!」
俺も勢いよく立ち上がり、いつ戦闘になってもいいように杖剣に手を伸ばす。
「あらあら、まぁまぁまぁ。説明している時間はなさそうですわよ?」
「前回のように逃しはしないぞ!」
「あらあら、師範ガーブルに聞いていないのですか? 魔女の茶会が開かれるのは午前3時から午前5時までの2時間のみ。それを過ぎると一度出入口は閉ざされてしまうのです」
「なんだと!?」
「まぁまぁまぁ、あと5分で明日の午前3時まで閉じ込められてしまいますわ」
丸一日ここから出られなくなってしまうということか。
しかし―――
「お前をここで逃がすくらいなら、一日くらい何だというのだ!」
彼女はやれやれと大袈裟に首を横に振り、大きなため息を落としながら振り返る。
「あらあら、それはおすすめ致しませんわ」
「お前の意見など聞いていない!」
「まぁまぁまぁ、道が閉ざされてしまった後では、こちらとあちらの時間の流れは異なりますのよ?」
「時間の流れが、違う? ……どういうことだ」
「ええ、ええ。ですから外での1分間がこちらでの一日に値しますわ。つまり、一度出口が閉じられてしまえば、次に外に出られるのは1320日後ということになりますわね」
「1320日後だと!?」
単純計算で約3年8ヶ月後ではないか。
冗談ではない!
その間ずっとこいつと二人きり、森の木のみを食して生き延びろと? ふざけるな!
「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方がどうしても悠久の時を共にここで過ごしたいと仰るのでしたら、わたくしは別に構いませんわよ。で、どう致します?」
「―――出るに決まってるだろ!」
「うふふ。賢明な判断ですわ」
そう言って微笑んだ次の瞬間、彼女の体が黒い霧状となって霧散していく。
「!?」
「わたくしの名はモルガン・ル・フェ――またお会いできるその時を楽しみにしておりますわ」
「あっ、待て! こらっ! 逃げるなッ!」
モルガン・ル・フェと名乗った奇想天外な女が、風に消えていく。
「くそッ!」
俺はモルガンを捕まえ損ねた悔しさをグッと堪え、やって来た方角に向かって駆け出した。
「あれ?」
どうやって絵の中から出るのだろうと来た道を全力で駆けていた俺だったが、気が付くと回廊を走っていた。
「どうなっているのだ」
『アン!』
狐に化かされた気分とはこのことだ。
「すっかり朝ではないか」
俺の足下にはずっと帰りを待っていた黒い双頭の犬がすり寄ってきて、外はすっかり夜が明けていた。
黒い双頭の犬の案内で目的地、迷いの回廊にたどり着いた俺は、入口付近で立ち止まった。
そこから長く続く回廊を見渡す。
回廊には誰の趣味か、大量の絵画が壁に掛けられている。
それを一つずつ確認しながら進んでいく。
《世界樹の森》に《死者の門》、統一性のない絵と題名を流し見て、俺は歩みを進める。
そして、あの絵の前で足を止めた。
《魔女の茶会》と書かれた何の変哲もない、夕暮れに沈む森の小道を描いた一枚の風景画。
「さて、試してみるか」
俺はおそるおそる絵画に手を伸ばした。
「!?」
そうしたら、まるで水面に手を入れたように腕がスーッと絵の中に入っていった。
「師範ガーブル凄すぎだろ!」
師範ガーブルの著書には、月が満ちたおやつ時、とある絵の中で茶会が開かれると記されていた。
そこで俺はピンと来た!
この《魔女の茶会》と題された絵こそが、師範ガーブルが云っている絵なのではないかと。
著者である師範ガーブル自身、幾度となく絵の中に入ったらしいのだが、いつも空席には淹れたてのティーカップが置いてあるだけで、現在まで一度も絵の中で茶会の主催者に会うことはなかったらしい。
しかし師範ガーブルのお陰で、俺はアルカミア魔法学校の謎を一つ解き明かせそうだ。
「この先は何があるかわからん。お前はここで待つのだぞ、いいな?」
『アン!』
俺は黒い双頭の犬に待てを命じ、一人絵の中に入っていく。
「すごいな! ここが絵の中だなんて信じられない」
絵の中に身を投じると、そこは恐れ知らずの生徒が歩いていたという夕暮れの森だった。
「この先に茶会の会場があるのか?」
枯葉の絨毯が続く森の小道は一本道となっており、迷う心配はなさそうだ。
どこか懐かしくも幻想的な小道を歩き続けること数分、開けた土地に出る。
その先には小高い丘が見えた。
「誰かいる?」
丘の上に人の気配を感じ取った俺は腰の柄を握りしめながら、警戒を怠ることなくなだらかな坂を登っていく。
「あれは!?」
丘の上の中央付近には、不自然なほど真っ白なテーブルと椅子が二脚置かれており、その一つに見覚えのある女性が腰を下ろしていた。
どこか気品を感じさせる後ろ姿。背まで伸びた艷やかな黒髪はあの夜、禁書庫で出会した女子生徒と酷似していた。
いや、間違いなく本人だ。
何とも言えないミステリアスなあの雰囲気。なにより、俺のラスボスとしての本能があの日と同じようにピリピリと警鐘を鳴らす。すぐにあれから離れろと。
が――ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
仮にすべて俺の思い過ごしだったとして、彼女が石化事件に関わっていなかったとしても、だとしてもあの夜のことを一言ガツンと言ってやりたい。
拳を握りしめて気合を入れた俺は、そろそろと背後から近付いた――そのとき。
「あらあら、まぁまぁまぁ。そのような歩みではせっかくの紅茶が冷めてしまいますよ?」
「――――!?」
ゆったりと席を立った彼女が身を翻す。
緊張から全身に力を込めては動けなくなってしまった俺に、彼女は仮面を付けたような微小を向けてくる。
俺はすーっと神経が凝結したような気味悪さを感じ取っていた。
「うふふ―――ダージリンはお好きかしら?」
「え?」
それから現在――なぜか俺は彼女と向き合う形で席に着いている。
眼前には淹れたての紅茶と、焼き立てのクッキーが入ったバスケットが置かれていた。
その芳ばしい香りに堪らずお腹が鳴ってしまい、「うふふ」と彼女に笑われてしまう。
「あらあら、遠慮なさらず召し上がれ」
「結構だ!」
ビシッと断った矢先、空気を読めないこの腹が食べたいと鳴く。
穴があったら入りたいとはこのことだ。
「まぁまぁまぁ、そう仰らず。毒など入っていませんから」
赤面する俺に、彼女は様々な形のクッキーが山盛りに入ったバスケットを差し出してくる。
彼女はそこから適当に一つ取って、齧ってみせた。
ほら、毒など入っていないでしょと言わんばかりの微笑みを向けてくる。
「ゆ、夕食を食べていないからなっ!」
精一杯の虚勢を張りながらも、結局空腹には勝てずにクッキーを頬張る。
「まぁまぁまぁ、それより良く此処が分かりましたわね」
「当然だ! この程度で隠れられると思わないことだ」
「あらあら、師範ガーブルに伺ったのですね」
「…………」
ムッと眉根を寄せてしかめっ面を作る俺は、きっと完熟トマトみたいに真っ赤だったことだろう。
――知っているなら聞くなッ!
大声で言ってやりたかった。
「うふふ――かつては彼も夜な夜な此処へ来ていたようですし」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「あらあら、いつか読んだ魔法書にそう書いてありましたから」
「魔法書に?」
「ええ、ええ。図書室のどこかの棚に、彼は誤って自身の魔法書を収めてしまったそうです。それをわたくしが偶然読んだだけのこと」
師範ガーブルはなんて間抜けなんだ。
「師範ガーブルのことなんてどうだっていい。そんなことよりお前は何者なんだ! なぜあの日禁書庫にいた!」
「あらあら、まぁまぁまぁ。わたくしはアルカミアに通うただの一生徒に過ぎませんわ。あの夜禁書庫に居たのもただの好奇心からです」
優雅にダージリンを味わう彼女が、嘘をついているようには見えなかった。
「なんだよ?」
彼女がじっと俺の顔を見つめてくる。
「あらあら、顔の痣……少し濃くなっていますわね」
「へ?」
顔の火傷跡のことを指摘され、思わず左頬に手を伸ばすと、
「!?」
彼女の言う通り火傷跡が濃くなっているような気がした。
慌てて琥珀色の液体を覗き込み、水鏡に映った自分の姿を確認してみる。
「………痣が濃くなっている?」
いや――広がっている!?
「どうなっているのだ!?」
以前は顔の左側にしかなかった火傷跡が、左の首にも薄っすらと広がっていた。
「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方の中にある魂も相当強い憎しみを抱いているのですわね。お可哀想に」
「憎しみ? 一体何のことだ!」
「あらあら、貴方はまだ自分を知らないのですわね」
自分を知らないとはどういう意味だ?
「まぁまぁまぁ、貴方が抱える呪いはあと数年で心臓に達し、何れ貴方を灰に変えてしまいますわね」
「は? 灰に変えるだと!? お前はさっきから何を言っているのだ!」
「ええ、ええ。貴方の呪いはとても強力ですものね。憎しみの連鎖を断ち切るためには魂に抗わぬことですわ。素直になることが一番ですわよ」
彼女はティーカップにそっと唇を押し当て、紅茶を流し込んだ。
空になったカップをソーサーに置くと、徐に立ち上がる。
「あらあら、まぁまぁまぁ。もうこんな時間。そろそろお暇しなければ」
「おい、待てよ! まだ話は終わってないだろ!」
「あらあら、心配なさらずともまた会えますわ。目的を果たすためにわたくしが貴方を必要とするように、貴方も必ずわたくしを……引かれ合う引力には誰も何も逆らえないのですから――うふふ」
さっきからこいつは何を言っているんだ。
全然意味がわからない。
「あぁ、そうそう」
背を向けて歩き出す彼女が立ち止まり、背中越しに声を発した。
「貴方が知りたがっている事件の真相は、たぶん貴方の考えている通りですわよ」
「―――!?」
「ええ、ええ。それが知りたくてわざわざ会いに来てくださったのですわよね? うふふ」
それはつまり、石化事件の真犯人はやはり彼女だということだ。
「浴室でクレアたちを石に変えたのも、サシャール先生が飼っていたバジリスクを逃したのも、全部お前の仕業だな!」
「ええ、ええ。ですからそう言っているではありませんか」
「なぜそんなことをした!」
俺も勢いよく立ち上がり、いつ戦闘になってもいいように杖剣に手を伸ばす。
「あらあら、まぁまぁまぁ。説明している時間はなさそうですわよ?」
「前回のように逃しはしないぞ!」
「あらあら、師範ガーブルに聞いていないのですか? 魔女の茶会が開かれるのは午前3時から午前5時までの2時間のみ。それを過ぎると一度出入口は閉ざされてしまうのです」
「なんだと!?」
「まぁまぁまぁ、あと5分で明日の午前3時まで閉じ込められてしまいますわ」
丸一日ここから出られなくなってしまうということか。
しかし―――
「お前をここで逃がすくらいなら、一日くらい何だというのだ!」
彼女はやれやれと大袈裟に首を横に振り、大きなため息を落としながら振り返る。
「あらあら、それはおすすめ致しませんわ」
「お前の意見など聞いていない!」
「まぁまぁまぁ、道が閉ざされてしまった後では、こちらとあちらの時間の流れは異なりますのよ?」
「時間の流れが、違う? ……どういうことだ」
「ええ、ええ。ですから外での1分間がこちらでの一日に値しますわ。つまり、一度出口が閉じられてしまえば、次に外に出られるのは1320日後ということになりますわね」
「1320日後だと!?」
単純計算で約3年8ヶ月後ではないか。
冗談ではない!
その間ずっとこいつと二人きり、森の木のみを食して生き延びろと? ふざけるな!
「あらあら、まぁまぁまぁ。貴方がどうしても悠久の時を共にここで過ごしたいと仰るのでしたら、わたくしは別に構いませんわよ。で、どう致します?」
「―――出るに決まってるだろ!」
「うふふ。賢明な判断ですわ」
そう言って微笑んだ次の瞬間、彼女の体が黒い霧状となって霧散していく。
「!?」
「わたくしの名はモルガン・ル・フェ――またお会いできるその時を楽しみにしておりますわ」
「あっ、待て! こらっ! 逃げるなッ!」
モルガン・ル・フェと名乗った奇想天外な女が、風に消えていく。
「くそッ!」
俺はモルガンを捕まえ損ねた悔しさをグッと堪え、やって来た方角に向かって駆け出した。
「あれ?」
どうやって絵の中から出るのだろうと来た道を全力で駆けていた俺だったが、気が付くと回廊を走っていた。
「どうなっているのだ」
『アン!』
狐に化かされた気分とはこのことだ。
「すっかり朝ではないか」
俺の足下にはずっと帰りを待っていた黒い双頭の犬がすり寄ってきて、外はすっかり夜が明けていた。
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