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第21話 飛んで火にいる夏の虫

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「(ネズミか)」

 俺は誰もいない校内を歩きながら考える。

 こんな展開ゲームにあったかな?
 そもそも敵が本当に黒の旅団ならば、一体誰が立ち上げたというのだろう。

 ゲームの矯正力によって誰かが俺の代わりを務めていると仮定しても、やはり妙だ。
 その場合は誰が何の目的でアルカミア魔法学校を攻撃しているというのか。

 アルカミア魔法学校を退学になった俺が、幾度となくアルカミア魔法学校を襲ったのには理由がる。
 アレス・ソルジャーとアリシア・アーメントの両名に復讐するためだ。

 では、俺に代わって組織を立ち上げた者の目的はなんだ? 本来の俺の目的を引き継いでいるとすれば、二人への復讐が目的となるのだけれど、それはいくら何でも無理があると思う。

 【恋と魔法とクライシス】のメインヒロインでもあり、アメント国第三王女という立場のアリシアは人から恨みを買うような人物ではない(但し、かつてのリオニス・グラップラーは例外とする)。

 人から恨まれる可能性があるとすれば、アリシアではなく――

「おい与太郎!」
「(ん?)」

 先を行っていたはずの恨まれそうな男NO.1が、前方で傲然と俺を待ち構えていた。
 彼は相変わらず公爵家の人間に対する振る舞いとは思えぬ不遜な態度で、人差し指を向けてくる。

 アレス・ソルジャーならば男女問わず恨みを買っていたとしても、俺はきっとこれっぽっちも驚かないだろう。

「僕はお前なんかと共闘するつもりなんてサラサラないから勘違いするなよ! というか目障りなんだよ!」

 それはこっちの科白だと盛大に嘆息してしまう。

「そこで僕と賭けをしないか?」
「(賭け?)」

 意味がわからないと眉根を寄せる俺に、アレスは不敵に微笑んでは身勝手に話を進める。

「どちらが先にネズミを倒せるか賭けるんだよ。当然、僕が勝ったらアリシアからは手を引いてもらう! 意味わかるよな?」

 婚約破棄に同意しろということか。
 さすがに頭にきた俺は、呪いなど知ったことかと口を開いた。

いいだろう身の程をわきまえろ三下! 俺が負けたら甘んじて受け入れよう男爵家ごときが俺に挑むなど大罪と知れだが俺が勝った暁にはが、暇つぶしがてら受けてやる二度とアリシアに近づくな俺の勝利は確定しているのだから、今よりあの女に近付くでない!」
「なっ、なんだと!? 僕を侮辱してただで済むと思わないことだッ!」
それはこっちの科白だ飛んで火にいる夏の虫とはお前のことだ!」
「今に吠え面をかくなよッ!」

 怒り狂っては、叫び散らしたアレスが立ち去っていく。

 勢い余って口を開いてしまったことに後悔はない。
 少し、いやかなり。災いの口によって伝えたかった言葉のニュアンスは改変されてしまったようだが、心は不思議とスッとしていた。

 我慢は体に毒だということを改めて学ぶ結果となった。

「(そうと決まればまずは協力者、仲間が必要だ)」

 ネズミ探しをするためにもまずはクレアを勧誘しようと寮に戻った俺は、まっすぐ転移魔法陣から部屋に帰ろうとしたのだけれど、何やら騒がしい声に気がついた。

「(なんの騒ぎだろう?)」

 大浴場の前に人集りができていた。
 人混みをかき分けて確認すると、乱れた衣服に泣き崩れる女子生徒と、蒼白い顔の女子生徒たちが数名肩を寄せ合っている。

 その中の一人が叫んだ。

「誰かサシャール先生を呼んで来てッ!」

 状況が判らずざわつく野次馬たちに向かって、別の女子生徒が悲鳴のような声を発した。

「先に入浴していた人たちが――「静かになさい!!」

 大騒ぎする女子生徒の大声をかき消すほどの大音声を発しながら、師範ガーブルが何処からともなく早足に現れた。

「でもッ! 中でみんなが――「無音サイレント!」

 パニックに陥っている女子生徒に向かって躊躇うことなく闇魔法無音サイレントを放つ師範ガーブル。

 女子生徒目撃者たちから次々と声を奪い去っていく師範ガーブルは、もう一度静かにするよう語気を荒らげる。
 教師陣は意地でも石化問題を公にはしたくないのだろう。凄まじい執念を感じる。

 やがて騒ぎを聞きつけた先生たちが続々とやって来た。
 目撃者は別の教師によって速やかに何処かへと連れて行かれ、群がっていた野次馬たちは部屋に帰るよう言われた。

 まだ陽も傾いていないというのに、夕食まで一階が使用禁止になってしまった。
 俺も皆に混じってステーションへと向かおうとしたのだけど、「Mr.グラップラー!」師範ガーブルに残るよう言われる。

「まずは私たちが様子を確認して来ます」
「お願いします」

 現場が女湯ということもあり、サシャール先生たち女教師が先に中を確認するらしい。
 待っている間、師範ガーブルに話しかけられた。

「その様子だと、すでにヴィストラールから事情は聞いているようだね」
「……」

 イエス、その通りだと相槌を打ち、俺は一応師範ガーブルが俺を推薦してくれたことに感謝していますという意味を込め、恭しく頭を下げた。

 これくらいのおべっかは必要だ。
 せっかく推薦してやったのに、この恩知らず。などと思われたら堪ったものではない。
 師範ガーブルが意外とねちっこい性格だということを俺は知っている。

「いやいや、そう頭を下げることはない。私は私の弟子、、ッ! である君を高く評価しているだけのこと。あっ、そうそう! これは今度魔法出版から発売される私の新作だ。発売前だが、特別にMr.グラップラーには私のサイン付きであげよう」

 ニコニコ顔で渡された彼の新作の帯には、

【嘗て神童と謳われたあの生徒リオニス・グラップラーが、再び魔法界の頂点――王国聖騎士キングスブレイドを目指すことに至った指南書第二弾! 遂に登場!】

 嘘八百が書き連ねられていた。

「……………………」

 俺がいつ王国聖騎士キングスブレイドを目指すなどと言っただろうか。

書籍ここには授業では決して語られることのなかったガーブル・ブルックリンの冒険譚(続)の他に、ニ、三年生ではまだ教わることのない剣術についても多く語られている。先程Mr.グラップラーが食堂で魅せた闇魔法、黒鎖呪縛チェーン・レストリクシオン絶望叫喚デスペレイション・プルレ。あれは実に見事だった。私の冒険譚第一章【ガーブルと賢者の石】にて、私が闇の魔法使いを倒す際に使った魔法を真似るとは、実に粋な演出だったとだけ言っておこう!」
「………………………」

 言うまでもなく初耳だ。
 快活に笑う師範ガーブルは放っておいて、女湯に先行したサシャール先生が入って構わないと手招きする。

 俺は特に何も感じなかったのだけど、男性教諭の中にはあきらかに鼻息が荒くなった変態が混じっていた。即刻クビにすべきだと思った。

 脱衣場を通って湯気に覆われた浴室に足を踏み入れる。ザッと十数名の女子生徒が石像と化していた。石にされた彼女たちの体には、サシャール先生たちによってしっかりとタオルが巻きつけられている。

「(ん?)」

 すごく残念そうなため息を吐いた男性教師が嫌でも視界に入る。絶対にクビにすべきだ!
 あとでこっそりヴィストラールに報告しておこう。

「(―――って!?)」
「Mr.グラップラー!」

 とある石像まで駆け出してしまった俺の腕を掴んで止める師範ガーブル。
 しかし、俺はその手を払って石像の前まで歩みを進め、膝から崩れ落ちた。

「(そんな、嘘だろ………クレア)」

 眼前には目を瞠るほど美しい少女の石像があったのだ。
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