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第20話 ネーミングセンス

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「誰かの?」
「………」

 白い鷹によって謎の呼び出しを受けた俺は、無視することもできずに校長室の前までやって来ていた。
 失礼があってはならないと襟元を正してから絶妙な力加減で扉をノックすると、中から力強くもゆったりと落ち着いた声音が返ってくる。

 ところが、誰かと問われても返事ができない。
 今口を開けばアルカミア魔法学校の最高責任者であるヴィストラールに、俺は暴言を吐いてしまうだろう。そんなことは絶対にあってはならない。
 よってやむを得ず沈黙を貫くことを選択した俺に、神は助け舟を出してくれる。

「リオニス・グラップラーかの?」
「………」

 イエスと言う意味を込めて再び扉をノックすると、中からお入りなさいと声がかかった。
 ホッと一安心して校長室の扉を開くと、

「(なっ、なんだこれは!?)」
「よく来たのリオニス・グラップラー。さあ、そんなところに突っ立っておらんとこちらへおいで」

 そこは何処までも白い砂浜が続くビーチ。眼前には蒼い海と空が果てしなく広がっていて、頭上からは燦々と陽光が降り注いでいた。

「(暑っ! ――ってかデカい!?)」

 ビーチには不自然なくらい巨大な金魚鉢が設置されており、専用台の上から黄金の金魚にエサを与えるヴィストラールが背中越しに俺の名を口にする。

 奇想天外な光景に度肝を抜かれた俺は、ここが校内であることを確認するように長く伸びた廊下を見渡した。次いで室名札に目を向ける。
 そこにはたしかに【校長室】と書かれてあった。

 そこで俺は前世の記憶をたどるようにヴィストラールについて思い出す。

 最高の魔法使いの一人――エレメンタルマスターと評されるアルカミア魔法学校の校長は、水の精霊や光の精霊、さらに風や土の精霊が好む大規模な空間を作り出し、精霊との間に強固な関係を築いている。

 ここはヴィストラールの空間魔法によって改造された部屋だということを思い出した俺は、しばたたかせていた目にグッと力を込めて表情を引きしめた。
 それからビーチに佇む人影に注目する。

「(なんでアレスがいるんだ?)」

 俺を認めたアレスがふんっ! と厭味ったらしく鼻を鳴らして顔をそむける。

「さて、立ち話もなんじゃ。そこで冷たくて甘いカキ氷でも食べながら話すとしようかの」
「(そこ? ――って嘘だろ!?)」

 砂浜に降り立ったヴィストラールが悠然と見据える方角には、五階建てのビルほどある巻貝がこちらに向かって進んでくる。
 よくよく目を凝らせばそれはただの巻貝ではない。超巨大ヤドカリだ!

「(なんだこの珍生物は!?)」

 ヴィストラールの前方で停止した超巨大ヤドカリが背を向けると、巻貝にはなぜか昔ながらの喫茶店風のドアが付いていた。
 カランコロンとドアベルを鳴らした校長が振り返り、優しく微笑んだ。

「ほれ、二人共何をしておるんじゃ?」

 俺とアレスは何かをあきらめたように歩き出す。
 きっとアレスも考えることがバカらしくなったのだろう。



「儂のおすすめはミルク金時じゃが、二人共同じで構わんかの?」
「僕は構わない」

 巻貝の中にはなぜかヤドカリの本体はおらず、代わりに巨大な鋏の手袋(?)ぬいぐるみ(?)を装着したウエイトレスがいた。
 彼女に案内されて席に着くと、ヴィストラールはお目当ての氷を注文。

 俺もアレス同様同じで構わないと頷いて意思表示。

 隣の席に腰を下ろしたアレスはすでに他のことには興味をなくしたようで、謎のウエイトレスをガン見中。懐から手帳を取り出して何やらメモをしている。

 気になったのでそれを覗き見てみると、

 アリシア推定Dカップ。たぶんビッチなおわん型。
 メグFカップ。すごくビッチな三角型確定! 揉み心地◎。
 サシャール先生推定Eカップ。たぶんビッチなロケット型。
 ダークエルフちゃん推定Gカップ。たぶんビッチなおわん型。
 エッチなウエイトレス推定Cカップ。たぶん――

「(何を書いておるのだこいつは! てか何でもれなく全員たぶんビッチなんだよ! 失礼過ぎるだろ!)」

 おまけにメグという子だけ確定している事実が何とも切ない。
 まず間違いなく痴漢少女のことだろう。


 しかし、気まずいな。

 運ばれてきたミルク金時を黙々と食べる俺は、なぜ自分がヴィストラールに呼ばれたのか、なぜここに居るのかがわからなかった。
 しかも隣で自棄食い気味にカキ氷をかっ食らうアレスは、先程から俺の顔を睨みつけては首をかしげるを繰り返している。余程俺の顔に火傷跡がないことが納得いかないのだろう。

 そんなに急いで食べたら頭がキーンとするぞと思った矢先、案の定キーンとしたアレスがもがき苦しむ。なんと残念なやつ。
 前世の俺はこんなやつに自分を重ねながらプレイしていたのかと思うと、何ともいえない虚しさが込み上げてくる。

「さて、甘味も食したことじゃし、そろそろ本題に入るかの」

 ようやく重たい腰をあげるように、俺たちを校長室(?)白い砂浜(?)この際もうどっちでもいいのだが、ここに呼び出した経緯を説明する最高の魔法使い。

「まず最初に言っておかねばならんことがある。先程の避難訓練は嘘じゃ」
「(はて?)」

 首を傾けてなぜそのような嘘を全校生徒に付いたのかと疑問に思う俺をよそ目に、単刀直入にアレスが問うた。

「嘘とはどういうことだ!」

 俺もアレスの意見に便乗してコクコク首を振る。
 自分の意見を口にできないことがこれほどむず痒いものだとは。

「実はの――」

 俺たちはヴィストラールから校内で次々に生徒たちが石に変えられている事実を知らされた。
 ヴィストラールいわく、石化魔法は十年程前から禁忌魔法に指定されており、学園内で扱える生徒はいないという。

 では、一体誰がこのようなことをしているのかと思案した校長は、ある一つの可能性に思い至った。ネズミの存在だ。

「学園内にスパイがいると?」
「確定ではない。じゃが、アルカミアには各国の未来を担うに相応しい者たちが集まっていることも事実。闇に潜む連中がアルカミアここに目を付けたとしても、なんら不思議ではない」

 たしかにという同意の意味を込めて、俺は深刻そうな表情を作ってみる。

「話は分かったけど、それでどうして絶世の美少年かつ優秀なこの僕と……ゾッ」

 俺の顔を指差しゾンビと言いかけたアレスだが、困ったように眉を曲げては言い淀む。
 火傷跡のない今の俺はゾンビではないので、どうしたものかと言い迷っているのだろう。

「――与太郎が呼ばれるんだよ!」
「(与太郎だと!?)」

 散々悩んだ挙げ句出てきた言葉がそれかよと、ボキャブラリーの乏しさを指摘してやりたいところだが、口を開けぬ俺に為す術はない。

「もしも闇の者たちがすでにアルカミアに潜入していると仮定すれば、教員我々が見つけ出すのは至難の業となる。あちらさんも余程愚かでない限り、教師の前で尻尾は見せんじゃろう」
「そこで、生徒の前なら油断すると考えたということか?」

 如何にもとうなずく校長。
 実際にネズミは生徒のみを石に変えている。

「で、優秀な僕にネズミ退治を依頼したいというわだ」
「頼めるかの?」
「もちろん! と言いたいところだけど、気になることが一つある!」
「何かな?」
「なぜ僕だけではなく、与太郎も一緒なんだよ! そもそもこいつが犯人なんじゃないのか!」
「(なんだとこの野郎ッ! というか堂々と俺を与太郎呼びするでないわ!)」

 男爵家のくせに公爵家の俺に対してあまりにも無礼なアレスの態度に、ムッと眉間にしわを寄せてしまう。ゲーム仕様だとはいえ理不尽だ!

 しかし一方で、実際になぜ自分が呼ばれたのかわからなかった。
 学園においての俺の評判は最悪。それは生徒のみならず教員たちにとっても同じだ。

「ガーブル・ブルックリン先生からの推薦があったんじゃよ」
「あの泥棒同然の気障ったらしい教師かッ!」

 女子生徒から黄色い声援を送られるいつかの師範ガーブルを思い出したのか、アレスは虫の居所が悪くなったように声を荒げた。
 彼は誰のものでもない女子生徒たちを、師範ガーブルに取られたと思い込んでいるらしい。

「自身が著書した書籍を参考に人知れず剣の腕を磨き、驕りを捨てた彼は去年までとは別人じゃとな。こっそり友人の過ちを咎めたことも聞いておる。その際も不遜な振る舞いはせず、貴族然とした立派な態度じゃったという報告も受けておるよ」

 眼鏡の奥の鋭い眼光が俺を捉える。
 俺はそんなつもりは一切なかったのだけど……気まずさから苦笑いを浮かべた。
 アレスはそんな話は聞きたくないと歯軋りを繰り返す。

「なにより、先程の食堂では見事じゃった。武闘派で名高いグラップラー家はじまって以来の神童の復活を予期させるほどであった」

 ふぉっふぉっふぉっ――とヴィストラールが高らかに笑うたび、アレスの歯軋りが一層激しさを増した。

「二つ聞くが、捕まえられなかった場合はどうなる?」

 不機嫌なアレスが指を二本突き立てた。

「少なくとも犯人が判明するまでは、アルカミア魔法学校は封鎖する方針じゃ」

 つまり、最高の魔法使いは捕まえられなかった場合などあり得ないと言っている。

「では最後にもう一つ、報酬は?」
「うむ。考えておくとしよう」

 ヴィストラールは俺にも引き受けてくれるかと聞いてきたので、俺はもちろんだとサムズアップで応え、校長室をあとにした。
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