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第23話 最初の革命

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 スラムから帰ってきた俺は、まず最初に手紙を書いた。
 送り先は王都セルダンに居る大臣、グゼン・マルスロッド。

 内容は以下の通り。
 貴族達の不正を調べさせることと、民草や他国から得た血税の流出と無駄遣いを止めるようにすること。
 さらに、帝国をこれまで以上に繁栄させるためと題し、革命軍(慈善団体)を設立したことを伝える。

 それに伴い、能吏のうり、つまり文官達に税金の使い道と政策を見直すように苦言を呈する。
 その中から捻出した一部を、民草に還元するために革命軍の資金として頂戴する。

 革命軍への資金は、貴族達が不当に得ていた財源をこれまでの帝国の財政に当てれば、埋め合わせは可能だと判断した。
 それに、帝国の優秀な文官達が知恵を絞れば、金策の見直しは難しくないだろう。

 まっ、その分、貴族達の恨みを買ってしまうことが懸念されるが、今は革命軍を発足させないことが一番だ。
 貴族達の恨みよりも、クレバ・バンクレー・マセルガを止めることが今の俺には最も重要だからな。

 次に必要なのは他国の大商人の長子、マーカスだ。
 マーカスには商人達をこの街に連れてきてもらい、ゴミをゴミ処理場まで運んでもらう。
 スラムから出るゴミは大量だと予測できる。

 それらを適切な場所に運ぶために、多くの荷馬車が必要となるだろう。
 それに、大工の手配と建築士の手配も必要だ。これらも商人のネットワークを介すれば、見つけることは容易い。

 次に必要なのは、彼らに与える仕事だ。
 一時的に大浴場の建設でスラムの住人に仕事を与えても、それでは根本的な解決には繋がらない。

 大切なのは安定した職業を与えてあげることにある。
 そのためには、

「ジェネル、海住連合から魚を仕入れることは可能なんだよな?」

「ああ、もちろんだ! 海住の重役じいさん達が聞いたら泣いて喜ぶさ!」

 ジェネルの話しでは、海住が苦労して取った海の恵みを、沖合いの街に下ろしているらしいが、ボッタクリのような値で買い叩かれるというらしい。
 これにはジェネル達も困っているとのこと。

 それならば、新鮮な魚を革命軍で買い取り、海の幸、宅配業者を作ってやればいい。
 この辺りでは干物は頻繁に見るが、新鮮な魚は中々見ないとレベッカが言っていた。

 事実、うちの食卓に魚料理が出たことはない。
 たまには煮魚とか焼き魚定食とか食べたいもんな。
 決して、俺の食い意地が張っている訳ではない、断じて……違う。

 宅配業を勤めるのはスラムの住人達だ。
 しかし、問題が一つある。
 ジェネルの話しだと、陸地からポースターまでは馬車で3日ほどかかるという。
 普通に運んでいては魚が腐ってしまう。

 もちろん、生け簀で運ぶことも考えたが、何分数が運べなくなるのがネックだ。
 そこで商人の息子、マーカスに意見を聞こうと思う。

「なるほど、大量の魚を遠方に運ぶ方法ですか」

「何かないかな?」

「う~ん、氷魔石を使った箱に入れて運ぶのはどうですかね?」

「氷魔石?」

 わかりやすく言えば、クーラーボックスのような物らしい。
 氷漬けにすれば確かに当方まで運ぶことは可能だ。
 それに、竜車を使えばかなり遠くまで短時間で運ぶことも可能とのこと。

「それよりジュノ、賭けの方は本当に大丈夫なの?」

「そうですよ、ジュノス殿下! あのような無茶を言って、万が一負けてしまえば……何を言われるかわかったものじゃありませんよ!」

 その心配はない。

 ゴミ集めの手段はラジオ体操を模範にしようと思っている。
 思い出すのは前世での幼少期、夏休みがやって来る度に、俺は早起きしてスタンプを押してもらうのが好きだった。
 その一番の目的は、スタンプを押してもらうと子供会からちょっとした駄菓子を貰えるからだ。

 これが欲しくてラジオ体操が習慣になったものだ。
 ゴミを持って来るとスタンプを押してもらい、量に応じてお菓子を支給する。
 誰かを雇ってスラムを綺麗にすることに何の意味もない。

 大事なのは彼らが自ら街を綺麗にしようとする心にある。
 初めはお菓子のためにゴミを集めることになるが、一生懸命自分達で綺麗にした街を、再び汚そうとする者はいないだろう。
 何よりも、一人一人の意識改革が革命の肝となる。

「アゼル、スラムの人達は飴玉を貰えれば掃除をするんだよな?」

「うん、少なくとも飴玉貰えるなら、オイラはめっちゃゴミを集めるぞ!」

 願うのは、これが食い意地の張ったアゼルだけじゃないということだな。


 あれから一ヶ月が過ぎた――アゼルの話しではスラムは見違えるほど綺麗になり、活気に溢れているという。
 大成功のようだ!
 見たか、革命の魔女よ! これが知恵の革命だ! なんてね!

「ジュノス殿下、客人がお見栄になられました」

「うん、通してくれ」

 さてと、どうやらアゼルのお兄さんがやって来たってようだな。

「予想外だった」

 無言で部屋に入り、ソファに座るや否や、挨拶もなく一言目がこれだ。
 その表情はとても険しいが、一ヶ月前と違い、敵意は感じられない。

「まさか、ゴミと引き換えに飴玉を与えるとはな」

「う~ん、少し違いますね」

「違う?」

「確かにきっかけは飴玉だったかもしれません。だけど、どうですか? 綺麗になった街はとても気持ちいいでしょ? きっと皆さんも同じだと思いますよ」

「………」

 おや? しおらしくとても素直ないい子じゃないか。
 やっぱり、革命は対話から始まるんだよな。
 根っから悪い子なんている訳ないんだ。おっさんちょっと嬉しいよ。

 クレバも、スラムの人々を救いたいと願っていたからこそ、革命軍を作ろうとしたんだろう。
 やり方は間違っていたけれど、志しは同じ仲間なんだ。

「だが、これでは根本的な解決にはならない! 今は……今はこれでいいのかもしれないが、大浴場が建設し終わればまた……元に戻るだけだ」

 やっぱり、こいつは頭がいい。
 さすが、腐っても革命軍のリーダーであり、俺を処刑台にいざなうだけはある。
 憎たらしい奴だが、そういう奴ほど味方につけると心強いというものだ。

 それに、仲間から絶大な信頼を得るカリスマ性。それがあったから帝国を転覆させるほどの人手を集められたんだろう。

「うん、そうですね。これでは何一つ問題は解決していませんよね。同感です」

 おいおい、そんなに悲しそうな顔をするなよ。おっさん、何も君をいじめているつもりはないんだから。

「クレバさんは文字は読めますか?」

「ば、バカにしてんのかっ!」

 うわぁ、やっぱりおっかないや。

「すみません。そんなつもりはないんですが……えーと、こちらを見てもらえますか?」

「なんだ……これは!?」

 俺がクレバに差し出したのは、マーカスに協力してもらって一緒に作った事業計画書。
 サングラスを取り、それにじっくり目を通すクレバ。

「お茶が入りました」

「……アゼル」

 事業計画書に目を通すクレバの元に、アゼルがそっとお茶を差し出した。

「この一ヶ月間、戦っていたのは俺やクレバさんだけじゃないんですよ。アゼル君もレベッカにシゴかれて、お茶を淹れられるようになったんです」

「お前……本当にこいつの家臣になったんだな」

「へへへ、オイラだってこれくらいできるんだよ!」

「さぁ、お兄さんのためにアゼル君が淹れたお茶です。冷めないうちに召し上がって下さい」

 レベッカほど上手ではないが、お兄さんのために心を込めて淹れたアールグレイは、とても美味しいだろ?
 高級茶葉なんだからね! 不味いとは言わせないよ。

「美味い。ああ、こいつはうめぇな」

 初めて笑った。
 笑うと笑窪ができて意外と可愛いな。

「賭けは俺の負けだ。それは素直に認めてやる。それで……俺は何をすればいい? 俺は約束通り、お前の革命軍に入るんだろ?」

「はい、お約束通り入って頂きます! クレバさんにはこれから革命軍のリーダーとして、そちらに記載されている事業を成功させて頂きたいと思っております。もちろん、それ以外の仕事をお願いする場合もあります。何せ、この世界を革命するのですから!」

「イカれてる……。武力を持たずして、対話と知恵だけで本気で世界を変えるつもりか? 変えられると本気で思ってんのか?」

「はい、思っていますよ! 変えるつもりです! そのために俺はポースターに来たんですから!」

 そう、すべては俺のバッドエンドを変えるため。
 ついでにみんなを笑顔にできたら、俺は胸を張って生きていける。

 数秒――俺の目を見つめるクレバ。
 ゆっくりと立ち上がり、鼻で笑って背を向ける。

「まぁ、約束だからやってやる。ただし、てめぇのやり方が間違っている……そう判断した時は……」

「ええ、構いませんよ。そんな風には死んでも思わせません!」

 その時は俺はあんたに殺されてるからね。死に物狂いで何とかしますよ。

「弟を……頼む」

 一言、聞こえるか聞こえないか……そんな小さな声音が微かに俺の鼓膜を揺らした。

「ふぅー」

 何はともあれ、革命軍発足、破滅フラグは一先ず回避かな。
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