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第11話 セルーヌと魔女のお茶会

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「ハァー……」

 舞踏会は散々だったな。
 屋敷に帰ってきた俺は疲れ果ててベッドに沈み込んだ。
 すると、ふとジャケットのポケットに違和感を感じる。

「ん……なんだこれ?」

 ジャケットのポケットには見覚えのない手紙が一枚入っていた。
 白の封筒には蓮の模様が描かれており、裏にはジュノス様へと書かれている。

 しかし、俺にはこの手紙に心当たりがない。
 パーティーではミニチュアレイラことヘレナちゃんに翻弄されていたし、特に誰かと話した記憶もなかった。

「一体いつ手紙を俺のポケットに忍ばせたんだ?」

 考えられるのはあの時、ヘレナちゃんに強引に引っ張られて女性と肩がぶつかった瞬間だ!
 あの時、ぶつかった相手が俺のポケットに手紙を忍ばせたのかも知れない。

 それ以外に誰かと接触した覚えがないからな。
 呪いの手紙とかじゃないよな? と、警戒しながら封を開けると、

 お金持ちでイケメンのジュノス様、遂にこうしてお会いできることが叶いました。
 ステラは嬉しくて嬉しくて、高鳴る鼓動を止めることができません。
 入学式でジュノス様を一目見て、私の乙女探知がビビビっと反応したのです。

 この気持ちを少しでもお伝えいたしたく、筆を取らせて頂きました。
 明日、学園でお会いできることを楽しみにしております。

 ステラ・ランナウェイ。


「すす、テスラ……ランナウェイだとっ!?」

 こ、腰が抜けてしまった。
 どうしてこいつがここにいるんだ!?

 手紙を見た俺はそれを放り投げると、驚愕に青ざめた。
 意味がわからない!!

 ステラ・ランナウェイ――その名は【悪役王子のエロエロ三昧】をプレイしたことがある者なら誰もが知っている。
 一番関わりたくない本作のメインヒロイン……聖女様だ!

 メインヒロインと関わりたくないという時点で、ゲームをプレイしたことのない者なら頭にクエスチョンマークが浮かび上がることだろう。

 彼女のことを説明するには、まず【悪役王子のエロエロ三昧】を知らなければならない。
 これは謂わば闇そのもの、カオスな怨念だ。

 このゲームを作ったのはある有名な美人女性監督とプロデューサー。
 女性タッグによりエロゲが作られたということもあり、発売当初はネット上でかなり話題になった。

 しかし、これはエロゲをプレイするすべての男性に復讐するために作られた作品なのだと、真しやかに囁かれていた。
 その一番の理由がエンディングがバッドエンドしか存在していないということ。
 そして、2つ目がメインヒロインステラ・ランナウェイの存在だ。

 本作のメインヒロインの癖に、このステラ・ランナウェイという女は、とにかくイケメン好きで超がつくほどお金持ち大好きなヒロインなのだ。
 プレイし始めた当初は、誰もがステラの容姿に惹かれて彼女から攻略しようと試みる。

 正直……攻略はイージー、とても簡単だ。しかし、問題は最後の最後でどんでん返しのようにやってくる。

 主人公が皇帝の座に着きエンディングを迎える直前、ステラは他国のイケメン王子の元へと去ってしまう。
 おわかりだろうか?
 必死こいてゲームを全クリ直前まで進めて、突然最愛のヒロインに浮気されて捨てられるヲタの気持ちが……。

 もう発狂ものですよ!
 しかもこの女、聖女様ポジションなんですよ!
 この女が主人公(帝国)を捨てなければ、聖女の力で戦争に勝てたかもしれない。

 ヲタはビッチを嫌います! はい、もちろんネット上で大炎上ですよ!
 なんでこんなクソみたいなキャラを、物語を作ったのかとインタビュアーが監督とプロデューサーに質問したところ、

『えっ、元カレがエロゲばかりで構ってくれなかったから? 幻想を打ち砕いてやろうかと思っただけだけど』
『世のエロゲ好きなすべてのキモヲタよ、私達がお前達のくだらん幻想に終止符を打ってあげるわ』

 つまり、ステラ・ランナウェイとは製作者である2人の亡霊なのだ!
 こんな亡霊キャラと関わったら、悲劇しか待っていないことは明白。

 だけど、おかしい……。

 ステラが魔法学校に入学していたなんて初耳だ。そんな設定は俺がプレイしていた【悪役王子のエロエロ三昧】にはなかった。
 まるで運命が……死神が俺を追いかけて来るように、物語全体の流れが変わりつつあるのかも知れない。

 もし、俺の考えるように物語のシナリオが追って来ているのだったら、何をどうすれば破滅を回避できるのかまったく持って不明となる。

 ステラ・ランナウェイ――最悪なヒロインである彼女の登場が、俺の運命にどう影響を及ぼすのだろう。
 ただ一つ、彼女自身に悪意はまったくないということだけが救いだ。


 翌日、学校にやって来た俺は物陰に隠れながら教室を目指す。

 右よし、左よし!
 ササッと安全を確保しながら慎重に進めば、ステラ・ランナウェイとバッタリ遭遇することもないだろう。

「あの、ジュノス殿下ですよね?」

「ヒィヤァァアアアッ!?」

 突然背後から何者かに肩を叩かれ、びっくらこいて跳びはねてしまった。

「だだ、誰だ!?」

「私はメネス・マスタングと申します。お会いできて光栄です、ジュノス殿下」

 メネス……マスタング?
 彼女のことは知らないが、マスタング家なら知っている。
 帝国――伯爵家の一族にそのような名家があった。確か……有力貴族の一つだ。
 つまり、俺の支援者か。

 胸のエンブレムが青なので……一学年上の先輩ということがわかる。

「そ、それで……何か御用でしょうか?」

「はい、セルーヌに殿下をお誘い出来たらと思いまして」

「セルーヌ……?」

 なんだそれは? 怪しい宗教の類いじゃないだろうな?
 前世でも俺はその手の宗教団体には関わらないようにしていた。
 もちろん、現世でも無宗教を貫くつもりだ。

「ここでは何ですので、セルーヌが所有するサロンの方で詳しいお話しを」

 メネス先輩に案内されるまま、セルーヌなる謎の組織が所有するサロンへと向かうことにした。
 マスタング家の人間を無下に扱い友好関係を悪化させる訳にもいかないからな。

「あの、行かないんですか?」

 なぜかメネス先輩は広くて長い廊下の中央で立ち止まってしまわれた。
 周囲を気にしておられる御様子。

 立ち止まった廊下の壁には、とても大きな絵画が飾られている。
 薔薇の庭園の中にひっそりと描かれたテラスは、神話の神々が一時を過ごした場所を描いたのかと思うほど幻想的で優美。

 1900年にクロード・モネによって描かれた、ジヴェルニーのモネの庭にも少し雰囲気が似ている。
 神話の一部を切り取った絵画なのだろうか?

「さぁ、こちらです殿下」

「え……っ!?」

 こちらですとメネス先輩が掌を差し向ける場所は絵画。
 絵画に向かって歩けとでも言うのだろうか?
 と、首を傾げていると、

「この先に代々セルーヌが所有するサロンがございます。さぁどうぞ」

 絵画の向こう側に……サロン?
 半信半疑で両手を伸ばしながら絵画に向かって歩くと、手が絵画の中に吸い込まれる。

「げっ……!? なんだこれ?」

 なんと、絵画の中に入り込んでしまった。
 思わず幻想的な景色に瞠目してしまう。
 初夏を感じさせる暖かな温もりと、懐かしくも優しい薔薇の香りが全身を包み込んでいく。

「こちらですよ、ジュノス殿下。皆さん是非、殿下のお話しをお聞きしたいとお待ちしております」

「皆さん……?」

 メネス先輩の案内で庭園内を少し歩いた先には、数名、ローブに身を包んだ生徒が陽だまりの下でお茶会を楽しんでいる。
 側にはタキシード服を着用した者の姿、コンシェルジュだろうか。

「先輩、ジュノス殿下をお連れ致しました」

「あらあら、しっかり連れてきて下さったようね、メネスさん」

 優雅に席を立った女性がこちらに歩み寄ってくる。

「お久しぶりですございます、ジュノス殿下」

 と、おしとやかな微笑みで慇懃いんぎんに答える目前の女性。
 濡羽色の髪はとても美しく、夜空のような瞳に見つめられると吸い込まれてしまうんじゃないかと錯覚してしまう。

 ゆっくりとこちらに歩み寄り、お手本のような淑女のような礼をとる女性。
 再び目前で上品に微笑むと、目が眩むほどの薔薇の香りが鼻腔に充満していく。

 睫毛をパチクリ鳴らす俺に、女性はふんわりと笑った。

「私のことは覚えていらっしゃるでしょうか?」

「え……と、その」

「その御様子、覚えていらっしゃらないようですね」

 正直覚えていない。
 というか、記憶を取り戻した俺は、それまでの記憶が酷く曖昧なのだ。

「も、申し訳……ない」

「いえいえ、王宮内に居られた頃、殿下は多くの方々とお会いなさっていたので、無理もありません」

 凄く丁寧な人だな。それに優しい方のようだけど……なんか怖い。
 闇をまとった容姿は麗しの魔女のようで、そこはかとなく不安めいたものが込み上げてくる。

「私はリズベット・ドルチェ・ウルドマンと申します。リズとお呼び下さい、ジュノス殿下」

 ウルドマン……公爵令嬢かっ!
 彼女も有力貴族の一角であり、公爵家の中でもその権力と財力はトップクラスだったはず。
 ゲーム内では名前しか出てこなかったキャラだが……。

 危険過ぎる人物だ! 機嫌を損ねないように慎重にしなければ。


「さぁ、立ち話しもなんですから、お紅茶でもいかがですか? 学園について知らないことも沢山ありますでしょ?」


 促されるまま席についた俺の顔をまじまじと見つめてくる淑女方……そんなに見つめられると緊張するからやめて欲しい。

 上品に微笑む彼女達の中心で、ひときわ美しく目元だけ笑みを称えたウルドマン公爵令嬢の勧めで、口へ運んだ紅茶と一緒にゴクリと喉を鳴らし、嫌な汗が吹き出した。
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