上 下
3 / 33

第3話 学園都市ポースター

しおりを挟む
 リグテリア帝国――王都セルダンから馬車に揺られること一週間。
 これから俺がのんびりスローライフを送る予定の地が見えてきた。

 周囲を巨大な外壁に覆われた街――ポースター。
 別名学園都市と呼ばれるそこは、世界各国から選りすぐりの貴族達が集まり、日夜勉学や魔術の勉強に明け暮れている。

 前世でゲームをしていた頃には地名しか聞いたことのなかった場所。ここにやってこれた時点でバッドエンドを回避できたようなものだろう。

 と、いうのも【悪役王子のエロエロ三昧】は、基本的に王都セルダンの街の中で繰り広げられる物語。
 その街から脱出できた時点で、ゲームのシナリオの手が届かない場所に居るということなのだ。

 それに俺はもう王位を放棄したし、シャーリーとも縁が切れた。

 清々しい気分で街に降り立つ。

「綺麗な場所だな」

 学園都市――ポースターを初めて見た俺の素直な感想だ。

 レンガや石造りの家に整理された道。人間種だけではなく、多くの異業種が共に暮らす街並みは、ファンタジーゲームなどでお馴染みのエルフ族に、ウサギのような耳が特徴的なラビッツ族の姿もちらほら窺える。

「ジュノス王子、御自宅の方に向かわれますか?」

 声をかけてくれたのは侍女のレベッカ。俺の身の回りの世話をするために共にこの地にやって来た。
 当初、俺は侍女――メイドを同行させることを頑なに拒否したのだが、さすがにメイドの一人もつけないのは王族として如何なものかと大臣に説得され、仕方なく一人だけ同行を認めた。

 その際、俺と関わりのある侍女以外という条件を元に選ばれたのが、このレベッカという訳だ。
 なぜ俺がそのような条件を出したのかは簡単だ。

 俺の周囲の取り巻きはゲーム内ではメインキャラ扱い、つまり攻略対象キャラ設定ということになる。
 そんな連中を同行させては身も蓋もない。

 そこで見たことも聞いたこともない、メイド見習いのレベッカを同行させたという訳だ。
 歳は俺と変わらないくらいで、ブラウンな髪と瞳がチャーミングなのだが、露出度の高いメイド服が若干気になる。

 そこは元々エロゲなのだから仕方ないと目を瞑ろう。俺が変な気を起こさなければいいだけの話しなのだから。

「レベッカ一人で先に自宅の方に向かってくれないか? 俺は街の様子を見るために歩いて向かうよ」

「かしこまりました。では、十分お気をつけ下さい」

「ん……? 何を気をつけるの?」

「知っての通りポースターには、各国から様々な方々が学びに来ております。中には敵国のスパイが紛れ込んでいるかも知れません」

「まさか……」

 この世界において帝国は一番の大国だ。そのようなことなど……ないとは言い切れないから十分気をつけるか。

 レベッカと別れた俺は街を見て回る。どこを見渡しても制服に身を包んだ者達が行き交っている。

「痛いっ!? ちょっと待ちなさいよ! わたくしの足を踏んでおきながら、謝罪の一つもないのですか!」

「ん……なに?」

 騒がしい声の方に目を細めると、金髪縦ロールと派手な出で立ちの女の子が、涙目になりながらググッと体を寄せてくる。

「ああ、ひょっとして踏んじゃったかな? それは申し訳ないことをした。ごめんね。周りの景色に見とれて前方不注意だったね。あははは」

「なっ、人の足を踏んでおきながら何がそんなに可笑しいのよ! 私をレイラ・ランフェストと知っての無礼かしらっ!」

「ん……?」

 レイラ・ランフェスト……? どっかで聞いたことのある名前だな。って!? ランフェストって隣国――アメストリア国の王族じゃないか!?

 意匠が施されたドレスに、やたらと上から目線な話し口調……その態度からして間違いなく隣国のお姫様だ!
 確か……アメストリア国のお姫様は恐ろしくわがままで、通称悪役王女とゲーム内で設定されていた。

 俺がバッドエンドを迎えるのは、こいつが戦争を仕掛けて来たことが原因だったはず!
 なんでこんなところに居てるんだよ!?

「不敬よ、あなたは死罪確定だわっ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 悪かった、本当に申し訳なかった! 足を踏んだ非礼は詫びる、この通りだ!」

 見事な斜め48度のお辞儀をしてやったのに、お姫様の柳眉は怒りを示したままだ。
 不味い、これが引き金となって帝国に戦争を仕掛けられたりしないだろうな。

 とにかくこの時限爆弾みたいな女、レイラの機嫌を取らなければ!

「ひょっとして……あなたはリグテリア帝国第三王子、ジュノス殿下では?」

「へ……っ!? こいつが?」

 背後に控えていた背の高い女剣士の言葉を聞き、髪をサッと払ったレイラがまじまじと俺の顔を覗き込む。

「こいつがリグテリア帝国の次期皇帝にもっとも近いと言われている第三王子ですの?」

「間違いありません。随分昔ではありますが、一度だけ舞踏会場でお見かけしたことがございます。確か、その時にレイラ様もお会いになっているはずですよ」

「そんな大昔のことなんて覚えていないわよ」

 仰る通り……俺も覚えていません。
 てか、何でアメストリアのお姫様が学園都市にいるんだよ!?
 と、とにかく、今はゴマを擦って機嫌を取っておこう。

「あ、相変わらずとっても綺麗なドリルヘアーだね! 一目でレイラちゃんだって気がついたよ!」

「どどど、ドリルですってぇ!? あなた私に喧嘩を売っているのっ!?」

「ひぃぇっ!? 違うよ! 褒めてるんだよ」

「ドリルのどこが褒めてるっていうのよ! キィーーーッ!? 屈辱、屈辱、屈辱だわぁ!!」

 お姫様らしからぬ地団駄を踏み、頬を紅潮させて怒っている。クソッ、褒めてるのに何で伝わらないんだ!

「エルザっ! この不敬な王子の首を刎ねてあげなさい!」

「え、えええええええええええっ!? ちょっと待ってよ! 俺達は幼い頃に顔を合わせている幼馴染みだろ?」

「幼馴染みですって!? ふざけんじゃないわよ! あなた方リグテリア帝国が私達アメストリア人にこれまでしてきた仕打ちを忘れた訳じゃないでしょうね!」

 帝国がレイラ達にこれまでしてきた仕打ち? 何のことだ?

「え!? それはどういう意味? 帝国がレイラちゃん達に何かしたのかな?」

「……っ!? 信じられないわ! アメストリアを虐げ、多くの者を貧困に追いやって来た張本人が、何かしたですって!?」

 憎き敵を見るような目で俺を見据えるその瞳は、まるで前世で両親が他界した後に、親戚一同から向けられたものによく似ていた。
 胸が苦しくて張り裂けそうで、一瞬足元がふらついた。

「レイラ様、明日の入学の御準備がございます、もう行きましょう」

 睨み続けるレイラを促すエルザだが、彼女の声音も冷たいものに変わっており、一瞬鷹のように鋭い視線をこちらに向けた。
 その目には……やはり憎しみと言った感情が込められている。

 背を向けて歩き出す彼女達を呆然と見つめることしかできない俺は、この世界のことを全く理解していなかったようだ。

「知らなきゃ、俺はここで学ばなければいけない」

 それは強くなるためじゃない。
 バッドエンドを回避することももちろん重要だが、何よりも彼女達にあのような目をさせてしまった理由が知りたい。

 俺はもう、自分さえ良ければそれでいいと思っていた、あの頃のどうしようもないクズには戻りたくないのだから。
 できることなら出会ったすべての人を幸せにできる、そんな優しい人間になりたいんだ。


 見上げる空どこまでも晴れ渡っており、少し目眩がした。

 だけど、臆してなんていられない。誰かの幸せを願えるような人間になりたいと思うこの気持ちに、嘘も偽りもないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

悪役令嬢だって恋したい! ~乙女ゲーの世界に迷い込んだ私が、火あぶりフラグを折りまくる!!~

園宮りおん
恋愛
わたし牧原ひとみは、気が付くと乙女ゲーの世界に迷い込んでいた。 しかもよりにもよって、将来火あぶりにされて処刑される悪役令嬢シャルロッテになって! クールでちょっとワガママな王子と、7人の貴公子達。 そして、華やかで裏切りに満ちた社交界。 でも私は、火あぶりフラグを折りながら何とか生き延びてみせる! 贅沢言えば、少しぐらいは恋だって…… これは乙女ゲーの世界に迷い込んだ女子高生が、恋はもちろん王国の平和の為に頑張る物語です。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

処理中です...