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追う者・追われる者

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女は数人の男たちに囲まれても特に抵抗している様子はなく、ただ俯きその場に立ち尽くしているように見えた。

それは怯えて萎縮しているだけなのか。それとも…?

すると、そのうち一人の男がニヤニヤと笑みを浮かべ、何やら言い寄りながら女の腕を無理やりに掴んで引き寄せようとした。が、次の瞬間その手はパシンッ!と大きな音を立て振り払われてしまう。

「いってぇな!テメェ何しやがるッ」

男が大きく声を荒げるのと同時に女に掴み掛かろうとした、その時だった。


「「えっ?」」


オレたちは我が目を疑った。

それは『目にも止まらぬ早わざ』と言うに相応しい動きだった。腕を掴み掛けた男はその場にうずくまり、腹部を抱えて痛みに呻いている。女の膝蹴りが見事に決まったのだ。

それからの動きは見事だった。

苦しみ膝まづいている仲間の身に何が起こったのか一瞬状況が把握出来ていなかった他の男たちも我に返ると一斉に女へと殴り掛かったのだが、それらを見事に避けながら一人、また一人と地に叩き伏せてゆく。


「なんだ、これは…。いったい…」


その驚く程に優雅な動きで的確に男たちを打ち倒してゆく光景は、暴力的な荒々しさなどは皆無で。あまりに鮮やかなその立ち居振る舞いは神聖ささえ感じる程だった。

オレたちは、ただただ目の前の光景に釘付けになる。ゴクリ…と喉を鳴らしたのは果たしてどちらだったか。

「凄いですね、あいつらじゃ足元にも及ばない。半端ない強さだ…。桐生さん。彼女が恐らく…」

「ああ、間違いない。あれが掃除屋だ」




その数十分前…。


塾での学習時間が終わり、帰り支度を済ませた圭はゆっくりと教室を後にした。いつもより僅かに重い足取りで後から来る生徒に次々と抜かれながらも、顔見知りの生徒には挨拶を交わしながら階段を下りてゆく。

特別身体が疲れているという訳ではなかった。だが、このところ頭の中を占めている『気掛かり』があった。

(もう…何日も紅葉と、まともな会話をしていない…)

会話をしていないどころか、ろくに顔すら合わせていない。それは長い付き合いの中で今まで一度もなかったことだった。

あれはいつだったか。数日前、朝いつもの時刻に紅葉が家の前に出ていなかった日があった。

その時は、たまたま何かあって準備が遅れていたりするのかな?くらいにしか考えていなくて。だから、学校で顔を合わせた時に「今日はどうしたの?」なんて聞いてみればいいだなんて気楽に考えていたのだ。

もともと、自分たちは学校へ行くのに時間を決めたり、待ち合わせをしている訳ではない。だから、もしかしたら具合が悪いのかも?との心配はありながらも、敢えて呼び鈴を鳴らすことを躊躇ってしまった。

その時間には、夜勤明けの紅葉の母が既に眠っているということを以前紅葉から聞いていたのもあるし、何より具合が悪い時は必ず紅葉の方から連絡を入れてくれるものと思っていたのだ。今まで、お互いがそうであったように。

学校ではクラスが違うのですぐに会える訳ではなかったが、休み時間に紅葉の姿を見掛けた時は普通に元気そうで安心した。話す機会はなかったが。

でも翌日も、翌々日も。

朝、紅葉に会うことはなかった。
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