文字戦争

逢良イト

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第二話 Knave

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伊藤の背後にあった灰色の車が、唐突に、爆発した。

「──なんだ!?」
伊藤が振り返った瞬間、今度は彼の足元が爆発した。爆発した位置のすぐ近くに僕の顔があったが、不思議なことに僕は無事だった。
足を爆破され、伊藤は転倒する。スーツの裾の部分は焼け焦げ、赤黒く焦げた肌が露出していた。

「クソ、岩橋ぃッ!!」
伊藤は手に握っていたカラシニコフ銃をこちらに向け、引き金を引いた。
しかし弾は発射されず、引き金の部分を中心に、カラシニコフ銃は崩壊した。そう、まるでボロボロに錆びているかのように、黒い鉄の塊は伊藤の足元に、粉になって消えた。
「なんだ……! 何をした!」
伊藤が激高する。
違う、僕じゃない。僕がそう言おうとした、その瞬間だった。

伊藤の頭上から、バスが降ってきた。
冗談ではない。誇張でもない。突如として伊藤の上にバスが現れ、落下した。

尋常ではない音を響かせ、ガラスが派手に散乱し、教職員の車を押しつぶしながら、バスは伊藤を踏み潰した。
確認すらしたくない、確実に最悪な方法で、伊藤は潰された。
恐らく、即死だろう。十秒ほどの、あっという間の出来事だった。

突然の出来事に放心状態だった僕は、しかし、その時確かに見た。
落下してきたバスの陰を抜け、そのまま駐車場の奥へと走り去っていく、一つの人影を。

アイツが助けてくれたのだ、と、直感で分かった。しかし、追いかける勇気も体力も、今の僕には無かった。薄れゆく意識の中で一つだけ確かに記憶に刻んだのは、その走り去っていった人影が、この学校の制服を着ていた、という事だった。



目を覚ましたのは、自分の寝室。夜中の事だった。日付と時刻を確認すると、伊藤との戦闘から五時間が経っていた。
「なんでここに居るんだ……?」
そう呟きながらも、僕はひとまず自分の部屋に居る事に安堵し、胸を撫で下ろした。

伊藤コウタロウ──『K』の文字の所持者と戦い、なんとか生き延びた。それが僕にとってはとても嬉しい事であり、同時にとても恐ろしい事実でもあった。
僕は、やはり「殺し合い」に巻き込まれたのだ。冗談でもドッキリでも、夢でもない。『文字』を巡る非現実的な争いに、知らず知らずのうちに巻き込まれた。
いや、もはや殺意をもって人にナイフを突き立てた時点で、僕はもう『巻き込まれた』とは言えない身分なのかもしれない。とにかく、僕はさっきまで死と隣り合わせの状況で必死に戦っていた。

あの短い時間──二十分か三十分ほどの時間──で僕は、何度「死」を覚悟しただろうか。
僕はそう、自分の心に問いかけてみる。

答えは──ゼロだった。

最後の最後──伊藤がバスに押しつぶされ、息絶える瞬間まで、僕は心のどこかで「まだ生きられる」「死ぬはずがない」と考えていた。これは手の込んだ茶番で、本気で命を落とすワケなんてない、と、僕は考えていた。
「やっぱ……マジなんだ……」
これで言うのは三度目になるが、僕はこの時、ようやく夢から醒めたような気がした。この「力」もマジだし、「殺し合い」もマジだ。僕はそれをようやく実感した。
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