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第一話 Muddle
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今までの人生を、そしてこれからの人生をそっくりそのまま、まるで反転させるほどに変えてしまう出来事など、そうそう起こるものではないと考えていた。僕はこれからも凡庸に生き、凡庸に死んでいくのだ、と、そう考えていた。
しかし『それ』は起こった。前触れなど一切なく、予兆など合切起こらず。僕の人生はその日──2023年7月8日という、まるで特別でもない普通の日──に、ひっくり返るほどの転回をした。
普通の日、普通の昼。普通の授業中、普通の日々。教室の最後列でうつらうつらとしながら、僕は窓の外の景色を眺めていた。
体育の授業を受けている生徒たちと、国道を走る車を交互に見ていたそんな僕の頭に、唐突に『声』が聞こえてきた。
『──「デザイン」』
……何だ? と思った。
ただ、僕はその時真剣に授業を聞いていなかったので、知らないうちに誰かが言った言葉だと思って、真面目に取り合わなかった。おおかた、先生が教科書の文章か何かを読んだのだろう、と、そう考えていた。
その判断が間違っていた、と気付かされるのに、そう時間はいらなかった。
また、『声』が聞こえたのだ。
『事前に選出した、26名の戦士に──』
背筋を舌で舐め上げられたような、ぞわりとした嫌な感覚が僕の身体全体を襲った。この時には既に、先ほどの声が聞き間違えでない事に嫌でも気付いていた。
『戦士たちに、「文字」を与える──。
エイ・トゥ・ズィー、AからZ……。つまり、アルファベットの文字列。
26文字……「参加者」も、26名……』
頭がおかしくなったのかと思った。だが、例の『声』は確実に聞こえる。耳元で囁かれているような、それでいて遠くで叫ぶ声をかすかに聞いているような、薄気味の悪い声は確かに僕の耳に届いている。
しかし。
しかし──。
クラスメイトが皆、水を打ったように静かなのだ。
ざわめいて、どよめいて、混乱して、そして困惑して当然なこんな状況で、誰一人として騒ぎ立てることなく、ノートや黒板から目を離そうとしない。教壇に立つ先生も、素知らぬ顔で授業を続けている。
僕は助けを求めるように、右ななめ前に座っている友人──高田ダイキの方を見た。しかし彼もまた、座ったままポケットに手を突っ込んで、律儀に黒板を見据えている。
──僕だけに聞こえているのだ。
その理屈は自分でも全く分からなかったが、僕は無理やり納得した。だって、そうとしか考えられない。それしか答えは無いのだから、そう納得するしかない。
僕の納得と同時に、『声』は話を再開した。
『──殺し合いだ』
机に伏せて置いていた手指が、その言葉に反応してビクリと痙攣した。
──聞き間違えか……?
いや、決して聞き間違えなどではない、と本当は分かっていたくせに、僕はそれでもごまかす様に、苦しい自問自答をした。
『声』は話を続ける。
『文字とは、「力」だ。「具現化する力」だ。
26の戦士に、26の文字。選ばれた諸君らには、一つずつ文字が与えられる。
「A」の文字を持つ者はアリやリンゴ──。「B」の文字を持つ者は自転車や鳥──。
文字を持つ者同士に、「殺し合い」を強制させる。与えられた文字を操り、戦え。
期間は無期限。場所は参加者全員が居るその地──神奈川県。ゲーム終了まで、諸君らが神奈川を出る事は許されない。
ゲーム開始の鐘は、今この瞬間に鳴らされた。
ゲームは、参加者が残り一人になるまで絶対に終わらないものとする──。以上』
それきり、『声』は途絶えた。
僕は一人、教室の後ろで震えていた。
『馬鹿馬鹿しい』『あり得ない』『非現実的だ』。そんな思考で心を塞ごうとしても、その奥底にある本心は隠しようがない程に恐怖していた。
──マジだ。
僕はただ、その超常現象的な『声』の存在を、そしてその『声』が告げた内容を、すべて現実として受け入れていた。非情なことに、皮肉なことに、それを受け入れた方が辻褄が合ってしまうのだ。受け入れない、という事はあの現実味のまるでない『声』を否定する、という事であり、それが僕にはどうしても出来なかった。
僕は自分でもびっくりするくらいアッサリと、しかし極寒の寒気に襲われながら、この突然の出来事を受け入れていた。
『声』が言った内容は、おおかた理解ができていた。「納得」したわけでは決してない。ただ、言葉の意味が理解できただけだ。
おそらく最も肝心な内容──つまり『声』が最後に言った事については、聞いた直後にピンとくるものがあった。
『声』はこう言っていた。
『文字とは、「力」だ。「具現化する力」だ。「A」の文字を持つ者はアリやリンゴ──。「B」の文字を持つ者は自転車や鳥──』と。
僕であれば──いや、僕でなくとも、察しのいい人であれば──この言葉の意味はすぐに分かるだろう。
つまり、英単語だ。
「A」の文字を与えられた人はAnt(アリ)やApple(リンゴ)を司り、「具現化する」事が出来る。そして「B」の文字を与えられた人はBike(自転車)やBird(鳥)を司り、「具現化する」事が出来る……。
つまり、生み出す事が出来る。
どうやら「文字」にはそういう類の力が宿っている、らしい。
──いやまったく本当に、馬鹿馬鹿しい事この上ない。現実にしては冗談めきすぎているし、冗談にしては手が込みすぎている。
しかし──。
「……なんなんだよ、コレ……」
僕は自分の右手を見て呟く。『それ』は、先ほどの『声』の話が冗談ではない事を表していた。
いつの間にか現れていた『それ』──『文字』はもう僕の手の甲に、まるでナイフで直接刻まれたみたいにして「書かれて」いた。
筆記体で刻み付けられていたその文字は──つまり僕が与えられた文字は、『M』だった。
しかし『それ』は起こった。前触れなど一切なく、予兆など合切起こらず。僕の人生はその日──2023年7月8日という、まるで特別でもない普通の日──に、ひっくり返るほどの転回をした。
普通の日、普通の昼。普通の授業中、普通の日々。教室の最後列でうつらうつらとしながら、僕は窓の外の景色を眺めていた。
体育の授業を受けている生徒たちと、国道を走る車を交互に見ていたそんな僕の頭に、唐突に『声』が聞こえてきた。
『──「デザイン」』
……何だ? と思った。
ただ、僕はその時真剣に授業を聞いていなかったので、知らないうちに誰かが言った言葉だと思って、真面目に取り合わなかった。おおかた、先生が教科書の文章か何かを読んだのだろう、と、そう考えていた。
その判断が間違っていた、と気付かされるのに、そう時間はいらなかった。
また、『声』が聞こえたのだ。
『事前に選出した、26名の戦士に──』
背筋を舌で舐め上げられたような、ぞわりとした嫌な感覚が僕の身体全体を襲った。この時には既に、先ほどの声が聞き間違えでない事に嫌でも気付いていた。
『戦士たちに、「文字」を与える──。
エイ・トゥ・ズィー、AからZ……。つまり、アルファベットの文字列。
26文字……「参加者」も、26名……』
頭がおかしくなったのかと思った。だが、例の『声』は確実に聞こえる。耳元で囁かれているような、それでいて遠くで叫ぶ声をかすかに聞いているような、薄気味の悪い声は確かに僕の耳に届いている。
しかし。
しかし──。
クラスメイトが皆、水を打ったように静かなのだ。
ざわめいて、どよめいて、混乱して、そして困惑して当然なこんな状況で、誰一人として騒ぎ立てることなく、ノートや黒板から目を離そうとしない。教壇に立つ先生も、素知らぬ顔で授業を続けている。
僕は助けを求めるように、右ななめ前に座っている友人──高田ダイキの方を見た。しかし彼もまた、座ったままポケットに手を突っ込んで、律儀に黒板を見据えている。
──僕だけに聞こえているのだ。
その理屈は自分でも全く分からなかったが、僕は無理やり納得した。だって、そうとしか考えられない。それしか答えは無いのだから、そう納得するしかない。
僕の納得と同時に、『声』は話を再開した。
『──殺し合いだ』
机に伏せて置いていた手指が、その言葉に反応してビクリと痙攣した。
──聞き間違えか……?
いや、決して聞き間違えなどではない、と本当は分かっていたくせに、僕はそれでもごまかす様に、苦しい自問自答をした。
『声』は話を続ける。
『文字とは、「力」だ。「具現化する力」だ。
26の戦士に、26の文字。選ばれた諸君らには、一つずつ文字が与えられる。
「A」の文字を持つ者はアリやリンゴ──。「B」の文字を持つ者は自転車や鳥──。
文字を持つ者同士に、「殺し合い」を強制させる。与えられた文字を操り、戦え。
期間は無期限。場所は参加者全員が居るその地──神奈川県。ゲーム終了まで、諸君らが神奈川を出る事は許されない。
ゲーム開始の鐘は、今この瞬間に鳴らされた。
ゲームは、参加者が残り一人になるまで絶対に終わらないものとする──。以上』
それきり、『声』は途絶えた。
僕は一人、教室の後ろで震えていた。
『馬鹿馬鹿しい』『あり得ない』『非現実的だ』。そんな思考で心を塞ごうとしても、その奥底にある本心は隠しようがない程に恐怖していた。
──マジだ。
僕はただ、その超常現象的な『声』の存在を、そしてその『声』が告げた内容を、すべて現実として受け入れていた。非情なことに、皮肉なことに、それを受け入れた方が辻褄が合ってしまうのだ。受け入れない、という事はあの現実味のまるでない『声』を否定する、という事であり、それが僕にはどうしても出来なかった。
僕は自分でもびっくりするくらいアッサリと、しかし極寒の寒気に襲われながら、この突然の出来事を受け入れていた。
『声』が言った内容は、おおかた理解ができていた。「納得」したわけでは決してない。ただ、言葉の意味が理解できただけだ。
おそらく最も肝心な内容──つまり『声』が最後に言った事については、聞いた直後にピンとくるものがあった。
『声』はこう言っていた。
『文字とは、「力」だ。「具現化する力」だ。「A」の文字を持つ者はアリやリンゴ──。「B」の文字を持つ者は自転車や鳥──』と。
僕であれば──いや、僕でなくとも、察しのいい人であれば──この言葉の意味はすぐに分かるだろう。
つまり、英単語だ。
「A」の文字を与えられた人はAnt(アリ)やApple(リンゴ)を司り、「具現化する」事が出来る。そして「B」の文字を与えられた人はBike(自転車)やBird(鳥)を司り、「具現化する」事が出来る……。
つまり、生み出す事が出来る。
どうやら「文字」にはそういう類の力が宿っている、らしい。
──いやまったく本当に、馬鹿馬鹿しい事この上ない。現実にしては冗談めきすぎているし、冗談にしては手が込みすぎている。
しかし──。
「……なんなんだよ、コレ……」
僕は自分の右手を見て呟く。『それ』は、先ほどの『声』の話が冗談ではない事を表していた。
いつの間にか現れていた『それ』──『文字』はもう僕の手の甲に、まるでナイフで直接刻まれたみたいにして「書かれて」いた。
筆記体で刻み付けられていたその文字は──つまり僕が与えられた文字は、『M』だった。
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