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二章「幕開け」

10.嘘と生け贄

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 夜明けまで、地下室で休息を取る。ミリアも同じ部屋でややぐったりした様子で眠っていた。
 大丈夫。人質状態はもうじき終わりだ。それよりも、私の体のほうは、持つだろうか。儀式の最後まで。いやあるいは――
 ……余計なことを考えるな。考えるから不安になるんだ。
 大丈夫。最後まで、やりきれる。
 何のために今日まで生きてきた。何のために力をつけてきた。
 すべては、自分のため、だったんじゃないのか。そうでなくてはならないのだ。

「私は、最後の準備に入ります。ミリアはここで待機していてください」
「……あの。レヴィさん」

 私が説明すると、ミリアは不安げに私を見上げてくる。
 私はミリアにそっと手を伸ばす。

「怖がる必要はありませんよ。多く負荷がかかるのは、私のほうですから」
「レヴィさんは――」

 ミリアは何か言いかける。が、額に手をかざして、ミリアの視界を塞いだ。

「……ごめんなさい。ミリア」
「レヴィさん?」
「貴女の声を聞いていると、少し、集中できません。少しの間だけ、眠って、待っていてもらえますか」

 怖がらせないように、そう言う。

「準備が済んだら、戻ってきます。そうしたら、起こしますので。一緒に降臨の儀式を始めましょう」

 ミリアの了承なしに始めることはないと、そう念を押す。
 ミリアはそれに安心したのかどうかはわからないが、了承を示すように、一つ深呼吸をして、肩に入っていた力を少し抜いたようだ。

「……ミリア」

 かざしていた手を、そのまま近づけて、髪に触れる。

「ミリアは、今でも、私を信じれますか?」
「どういう……意味ですか?」
「……ごめんなさい」

 聞いてから、おかしなことを口にしたものだ、と乾いた笑いがこぼれた。

「貴女に聞くのは、おかしな話でしたね。私は、貴女のことを、信じています。必ず私に協力してくれる。私を救ってくださると。……そう信じていますので」

 ミリアは迷ったように、何かを言いかける。

「……ミリア」

 しかしそれを遮るように、催眠の魔術をかける。
 意識を失い、ふらりと前のめりになったミリアを、受け止める。

「……ごめんなさい」

 この「ごめんなさい」は、聞こえない。
 けれどそれに安堵する。
 謝りたい。罪悪感で、手が震えてくる。
 でももう、後戻りはできない。
 できなければ、私が死ぬだけだ。
 だからもう謝ったところで、無駄だ。
 それでも謝りたい。
 そんな私の醜いエゴを、ミリアには見せたくなかった。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 町へ出向く。
 早朝の町の入り口は、これから町を発つらしい行商人や冒険者らで活気づき始めていた。
 それを通り過ぎて、クロウの姿を探す。儀式の、最後の準備のために。
 居場所は、宿だろうか。あまり外をうろついているとは思えないが。
 しかし、ギルドの前に、クロウがいるのを見つけた。
 あの警戒心の塊のような、険しい顔つきはやや失せて、どことなくぼうっとしているように見えた。
 さすがにギルドに入る気はないのだろう。今はミリアの一大事だ。依頼など受けている場合ではない。
 ならなぜそんなところで呆けているのか。もしかして、三日間にも渡る集団討伐の依頼を受けたことを、後悔しているのだろうか。
 不憫なものだ。彼はおそらく、ミリアと二人で旅を続けるために奮闘しているだろうに。

 私が歩み寄ろうとすると、クロウは私に気づいて、顔色を変えた。
 本来なら魔術を使っての伝言手段に頼ったほうがスムーズだが、生憎今の私にそんな余力はない。
 私が直々に来たことにやや驚いている様子だったが、すぐに敵意を剥き出しにした顔つきになる。私は肩を竦めつつ、言った。

「ここでは人目につきますので。ミリアのところまで、ご案内しますよ」

 そう言うと、警戒しながらも、クロウは大人しくついてくるしかなくなる。
 聖堂跡地へとやってきた。ここの大広間なら、離れた地下室で待機しているミリアに影響はない。
 私は、移動の最中も何か仕掛けてくるでもなく、私との実力差を理解してか、あくまで従順でいたクロウに、ある種の敬意を込めて別れの挨拶でも言おうとした。

「ミリアはどこにいる?」

 しかしやはり、聖堂に入るなり、彼は開口一番、それだった。
 辛抱強いものだ。それだけ心配しているというのに、探りを入れてくる素振りさえなかったのだ。
 慎重なのはいいことだ。こちらは正直なところ、ギリギリの状態なのだから。

「何度も言ってますが、彼女に危害を加えてはいないし、加えるつもりもありませんよ。彼女とは、非常に友好的な関係でやらせていただいてます」

 彼の目付きが鋭くなる。
 嘘をつくな、と言いたいのだろう。しかし私が気絶していても逃げ出さなかったのは、ミリアのほうだ。
 ……そうだ。私は悪くない。
 一人で実行しているせいで、粗だらけの計画だ。行き当たりばったりで、上手くいくという目処さえもどこにもない。隙だらけで、もうとっくに頓挫していてもおかしくない目論見なのだ。
 それでもここまできた。あと少し。そう。この時間さえ終わってしまえば。済んでしまえば。
 できる。大丈夫。だって自分の命がかかっているのだ。
 たとえ、あの無垢な少女を騙していたのだとしても。
 それはただあの少女が無知で愚かだったというだけの話だ。
 私のせいではない。
 私は、悪くない。

「彼女とは、穏便に話し合いをしました。その結果、彼女は私に快く協力してくれることになりました。これは彼女の意志でもあります」

 彼は微かに眉を動かし、言ってくる。

「……ミリアと話がしたい」
「それはできない相談です」
「何が目的だ。何の協力だ」
「それも言えません」

 私は、魔力で長剣を生成する。
 周囲に敷いておいた魔術の陣を発動させる。
 私と彼とを円型に取り囲む炎が発生する。
 彼は、ぐるりと周囲を見渡し、逃げ場を失った状況を理解する。
 ……さあ、始めよう。
 私の、罪の行いの時間を。

「貴方には、ここで死んでもらいますから」

 隠さなければならない、嘘の時間。
 このことだけは、ミリアには、絶対に隠し通す。儀式が終わるまでは。
 そうしなければならない。そうだ。私の命がかかっているのだ。
 誰しも自分の命がかかっていれば必死にもなるだろう。他人を犠牲にしてでも生きたいと考えるだろう。
 そうだ。私は正常だ。何も間違ってなんかいない。
 私は悪くない。私は悪くない。
 魔術士である私なら、何も、彼に直々に手を下す必要はない。
 けれどせめても、これは咎として、私自身の手で、決着をつけようと思った。
 それがせめてもの、彼とミリアへの、手向けだと思ったから。

「……やはり青か」
「はい?」

 すると彼は、周囲の炎をまじまじと見て言った。
 危機感が薄いのか、それとももともと抑揚がないだけなのか。彼は淡々と聞いてきた。

「おまえたちが使う火の魔術は、必ず青色にしろという縛りでもあるのか?」

 一瞬、言われた意味がわからなかったが、すぐに思い当たる。
 彼は、以前この青い炎を見たのかもしれない。言われてみれば、魔術としては一般的な色ではなかった。火の魔術は苦手であまり使わないせいで、失念していた。

「ああ……。そうですね。体が外部からいじくり回されていますので。体内の魔素に、通常では起こり得ない異変が起きていてもおかしくないかもしれません」
「……どういう意味だ?」
「私たち魔術士は、体内の魔素を利用して魔術を形成しているでしょう。その生まれ持った魔素に、後から外部からいろいろ手を加えられた、という話です。その影響でしょうね」

 彼はやや眉をひそめている。魔族だということで、その対立的存在の象徴である魔術には、今まであまり触れてこなかったのかもしれない。

「まあ、なんでもいいでしょう」

 魔素や、詳しい原理については、知識が及んでいないのだろう。
 そもそも、精霊についても。儀式についても。自分自身の肉体である魔族についても。おそらく彼よりも、私のほうが遥かに詳しい。
 だが、それも今さら、どうでもいいことだ。

「生け贄に、新しい知識など必要ありませんから」

 私は、長剣を構えて、踏み込む。
 ――そう。生け贄。
 精霊の、降臨の儀式のために、必須のもの。
 彼には、私が生き残るため、儀式の生け贄となってもらう必要があるのだ。

 彼は、形ばかりの剣を抜いて身構える。
 しかし、私が正面から向かってくるとは思っていないはずだ。また魔術反応が起きるタイミングに注意を払っている。
 だから今度は、使わない。
 剣技には自信がない、とは言った。
 しかし、この鍛錬の影さえない男にぐらいなら、今の体でも、私ならやりきれるはずだ。

 案の定、クロウは、私の剣戟を防ぐので手一杯になっている。背後は炎だ。上手く引くこともできないだろう。
 だが、攻撃を防ぐ手には、若干の余裕が感じ取れる。男性だからやはり腕力は私よりある。体力もあちらが勝っているだろう。
 そして何よりも、この状況であっても、彼の精神は揺らいでいる様子がない。前回と同じように、私の剣筋をよく見て、防御の一手に集中して、確実に防いできている。

 彼は、特別、反射神経が優れているわけではないだろう。
 ただ、目の前の変化、それから周囲の物音や気配といったものに異常なほど敏感なのだ。
 そして攻撃に対する恐怖心や、焦りといった感情も薄い。その程度の剣筋の練度なら、普通は目の前の敵に精一杯になるはずだ。しかし戦い慣れていないはずの彼には、そんな様子はやはりない。
 致命傷さえ喰らわなければ問題ない。そんな気構えだ。だから平常心で動き続けられる。
 それはやはり、魔族の強靭な肉体を持つおかげなのか。

「レヴィ、といったか」

 息が上がっているのは、私のほうだ。
 呪術さえなければ。こんな苦戦を強いられることもない。なのに。
 ぐっと奥歯を噛むしかない。一度距離を取ると、彼は声音さえ変わることもなく、言った。

「やはりわからない。組織の者ではない、一個人が、なぜ精霊の力を求める?」

 時間稼ぎのつもりか。心理作戦か。それとも単純な、疑問なのか。

「実態を知りもしない、強大な力にただ目が眩んでいるだけならやめておけ。あれは、おまえごときが扱いきれるものじゃない」

 彼は、さも正論を述べるかのように、そう言った。
 ――ごとき、だと。
 おまえよりか、私は、魔術士としては間違いなく遥かに上のレベルなんだ。
 今は呪術があるせいで、初級程度の魔術を小出しにしてなんとかするしかないだけだ。
 何も知らない、魔族の血筋の残りカスが。偉そうな口をきくなよ。

「……いいですね。生まれつき恵まれている方たちは」

 私は、呼吸を整えながら、自然、口元を歪めて言う。

「持たざる者の労力など、わかりもしないでしょう。私が魔術も剣技も鍛練を怠らなかったのは、そうしなければ生き延びられなかったからですよ。貴方には、そんな辛苦など無縁だったのでしょうね」
「……俺はいい」

 すると彼は、今まであまり変化のなかった表情に、はっきりと怒りを露にした。

「恵まれている、とは、ミリアのことも含んでいるのか」

 私は、彼の言わんとすることを察する。
 呆れてため息をついて返す。こんな問答、無意味だというのに。
 周囲は炎だ。密室に近い建物の中。だんだんと息苦しくなるはずだ。
 私は風の魔術を使えばいつでも逃げられる。時間が経てば経つほど、不利になるのは向こうだというのに。

「彼女も、つらい立場であることはわかっていますよ。ご本人は望まなかった素質なんでしょう。ですが、それがどうしました。狙われる立場だというのは外的要因に過ぎません。その対策もせず、ひた隠しにしようとするほうが愚かだったんです」
「愚か……?」
「ええ。私からすれば、彼女も、その周囲も、ただ愚かだっただけに過ぎません。強大な力を御すことを放棄し、安穏と過ごそうとしていたんでしょう。それで済むとなぜ思ったんですかね。それは力を制御する労力を怠った、ただの怠慢です。ミリアを、なぜ普通の子と変わらないよう育てようとしたのか。私は、理解に苦しみますね」
「……俺には、それが間違っているとは思えんが」
「そうですか? でしたら貴方も相当馬鹿ですね」

 私は、わかりやすいように、さらに彼から距離を取る。

「わかりませんか? その結果がこれなんですよ」

 腕を広げて、周囲の炎を示す。
 この状況を、彼にわかりやすく示した。

「彼女は、貴方の好意を明確に裏切りました。逃げれる隙もあった。警戒する暇もあった。しかしミリアは、自分で選んで私と行動を共にしました。貴方は、ミリアの裏切りによって命を落とすんです。それでも、間違いではなかったと?」

 しかし彼は、怒りというよりも、心からの呆れのようなため息をついた。

「……一つ前の話だが。もしミリアが、精霊の力を手にすることを望んでいたなら……」

 一度考えるように言葉を切ってから、言った。

「根っから、貴様と同じ思考だったなら。俺は、あのとき命を助けようとは思わなかっただろうな」

 吐き捨てるような言い方。
 軽蔑するような眼差しに、怒りが湧く。
 なぜ。心を乱されるな。それは相手の思う壺だ。
 疲弊して精神もすり減っているのか。やはり心身ともに余裕がないのか。
 でもだめだ。
 こいつを、力でねじ伏せてやらないと、気が済まない。

 前へ踏み込む。長剣を叩き込む。
 もういい。何も考えるな。
 保身を捨てろ。死への恐怖を捨てろ。
 そうして今まで生きてきただろ。人としての感情を捨てて生きてきただろ。
 できるはずだ。こんな奴程度。体格差があろうと、肉体面で差があろうと、技術でいくらでもカバーできる。
 私が少し本気を出せば。こんな奴、この程度でしかない。無駄だ。諦めろ。
 おまえにはあの少女を救い出すことはできない。そしておまえ自身が生き残ることもできない。
 だからその目を、諦めの色に染めろ。
 絶望しろ。そして失望しろ。
 あの小娘の愚かさに、すべてを諦めて、嘆け。

「跪け」

 力任せに、クロウの剣を叩き落とす。
 クロウの喉に長剣の切っ先を突きつける。
 ――私の、勝ちだ。認めろ。

「おまえはミリアの行動によって殺される。ミリアの異常なまでの能天気具合と楽観的性質によって、殺されるんです」

 それを認めろ。
 この世のすべてを嘆け。絶望して、そして足掻くのをやめろ。
 私と、同じように。

「本当に馬鹿な子でしたよ。見ず知らずの人間の誘いに、まるで疑うことなくついてきたんです。疑うという頭すらないんです。世の中に悪人などいないと本気で思ってるんじゃないですかね。命を狙われる襲撃に遭いながら、なぜそう思い続けることができるのか。頭のどこかに欠陥があるとしか思えません」

 出てくるのは、乾いた笑み。
 これが本心からの笑みなのか。それとも意図的に出しているものなのか。もはや自分でも、わからなかったが。

「恨み言ぐらい吐いてもいいんですよ? それぐらいなら、あとで彼女に伝えてあげますから。まあ、もっとも、彼女がそれを深刻に受け止めるかどうかは疑問ですが――」
「……ずいぶんとミリアについて詳しい口振りだな」

 すると彼は、ふと思い当たったように、口を開いた。

「おまえも、ミリアに身の上話くらいはしたのか」

 心がまた、乱されそうになる。
 落ち着け。なんであれ、動きは止まっている。狙うなら、今だ。
 陣を発動させる。壁に埋め込んでおいた、もしもの保険のための、魔術陣だ。
 私の体の周りには魔術反応が起きる。彼はそれを見て、瞬時に周囲に目を配るが、私が突きつけた長剣によって動きを封じられる。
 真後ろは炎。どこにも逃げ場はない。気づいたところで無駄だ。
 彼はまた私の長剣を掴もうとする。しかし、もう遅い。長剣を引く。
 彼の背後に張ってあった陣からは、岩石が生成され、発射されていた。

「がッ……!」

 彼の後頭部に岩石が直撃する。
 風と土の魔術を合わせたものだ。こんな体で、何の備えもなしに待ち構えているわけがないだろう。
 勝ちは大事だが、私には、それよりも大事なものがあるのだから。
 意識が揺れたのか、彼は前のめりにふらつく。私は倒れてくる彼を避ける。

「……ふん」

 後頭部からは血が垂れている。
 頭を踏みつける。意識は飛んではいないようだが、朦朧として身動きは取れないようだ。

「憐れ。そして滑稽な魔族。守ろうとした人間に逆に殺される恨みを抱きながら死ね」

 聞こえるように言う。
 周囲の炎の発動を止める。必要なのは肉体だけだが、供物はやはり生きていたほうが有効だろう。
 血に一応触ってみると、熱源に触れたように、指先に強烈に焼けるような痛みがじわりと広がった。
 私の体は、もはやほとんど魔素の塊のようになっている。魔族の持つ、魔術を無効化する力の影響の表れだろう。
 やはりこの肉体は、特別だ。
 私ではなく、精霊にとって。

 床の中央まで彼を引きずって移動させる。
 意識が回復する前に、魔力の剣を生成し、うつ伏せのまま彼の手の甲に突き刺す。

「づうッ……!?」

 突然襲ってきた痛みに、彼は飛び跳ねそうになるが、手が床に縫い留められて動けていなかった。風の魔術で打ち出して後押しもした。手の平まで貫いて、床にしっかりと突き刺さったはずだ。そう簡単に抜けはしないだろう。
 両手。そして次いで、両の大腿にも同じことをする。

「あ、がッ……!」

 刀身を細く、そして少し耐久度を落としたところで、剣を生成するのも四本が限界か。
 四箇所も貫かれればさすがにつらいのか。彼は苦痛に顔を歪めている。しかしふと、傷口から溢れ出てくる彼の血が、ありえない動きをしているのが見えた。
 微かに、ぷつぷつと沸騰しているように見えたのだ。私は疑問に思い、一応聞いてみる。

「……私は、こんな体ですので。貴方の血に触れただけで毒になりますけど。もしやそれは、貴方にとっても同じなんですか?」

 剣は魔力で生成したものだ。つまり、含有されているものは魔力しかない。
 もしかして、私が指先で血に触れたときと同じ現象が、彼の中でも起きているのだろうか。

「なんだ。魔族といっても、やはり現代の生き残り程度ではたいしたことありませんね」

 おかしな話だ。いや、間抜けな話だ。
 古代では、魔術を無効化する力で猛威を振るっていたといわれる魔族が。末裔ともなると、こうまで弱体化しているものなのか。
 今ではただ、相容れない物質同士。反発しあうものであるだけなのかもしれない。
 魔族の血を引くといっても、人間のみが生き残った現代では、やはり薄れていくものだろう。その肉体には魔族のおおよその特徴が残っただけで、実質的な魔族としての強みは消え失せてしまったのかもしれない。

「貴方がこんな体たらくでは、儀式が成功するかどうか、尚更不安になってきてしまいました」
「儀、式……?」

 私はあえて揶揄するように言う。

「ええ。精霊の、降臨の儀式です。私には精霊の力が必要ですが、ミリアも精霊を取り戻したいと言ってくださいましたので。貴方の肉体は、その生け贄、というわけです。なので貴方は、とんでもなく無念ですね」
「生け贄……。そういう、意味か……」
「ええ。ですので、貴方を殺すのは、ミリア、ということに――」

 彼は、はっ、と笑みを漏らした。

「くだらんな……」

 心からの軽蔑をこぼすように。私を、貶める声を放った。

「ミリアが、また精霊の力が欲しい、などと。……二度と、望むはずもないのに」
「……黙れ」

 風の魔術で瓦礫を持ち上げ、もう一度頭に打ち込む。

「ですから。乙女心のわからない朴念仁、と言ったんですよ」

 先ほどよりも重量のあるものだ。彼は抵抗する様子をなくして脱力している。一応確認しておくが、彼は今度こそ昏倒しているようだった。
 魔族の体に、催眠の魔術は効いたかどうかわからない。しかしそれよりも、ただ黙らせたくなっただけだった。

 あとは地下に戻って降臨の儀式だ。
 魔力もない。縁のある土地でもない。そんな中で儀式を行う、唯一の手段。
 魔族の末裔である彼を生け贄に捧げる。生きた魔族の体だ。精霊は喜んで飛び付くだろう。
 精霊術士と魔族が同時に現れたのは、まさに天命だったのかもしれない。
 いや、彼らの出会いこそが、何かしらの運命による導きだったのだろうか。
 今となっては、興味もないが。

 ……大丈夫。私じゃない。
 私は悪くない。
 騙されやすいほうが悪いんだ。裏切るほうが悪いんだ。
 これは、その報いだ。
 ミリアが後にこれを知って、立ち直れなくなったとしても。己を呪ったとしても。
 自分自身が愚かだったせいだ。私には、何の責任もない。
 私はもはや、ただ、儀式を遂行することに尽力するだけだった。
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