閑かなる鼓動

ショウ(´∀`)

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第1章 望蜀

一つの望みがかなうと、さらにその先を望むこと。

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気付くと私は部屋にいた。ここはどこ?なぜ私はここにいる?分からない。勿論、ここの住人の名前も顔も全く知らない。そもそもここは誰の部屋かもわからない。でも。どうしてだろう。不思議。私はこんな状況に置かれているにも関わらずこの家に不信感を抱かない。そんな事はさておき、辺りを観察する。すると、住人があの有名芸能人、神室さんの熱狂的なファンであることを私はすぐに察した。居間と繋がる私のいる部屋のドアは完全に空いている。そこから覗く居間にはKAMUROと書かれた派手なタオルが無造作に置かれていた。それらをボーッとしながら考えていた私はTVの存在にやっと気付く。TVから流れてくる映像を観ると、顔立ちの整った綺麗な女子アナウンサーが「9月15日‼︎本日で神室さんが引退されます!最終日の今日は生まれ育った札幌のショッピングホールにて、これからサイン会を行うとの情報が入ってきました‼︎これは異例中の異例で神室さんたっての要望だそうです!」という言葉と同時に先日のライブ映像へと切り替わった。待ってましたと言わんばかりに居間の死角から突然私の目の前に登場した恐らく父と娘であろう二人がライヴ映像の神室さんの格好を真似、巧妙な踊りをしている。2人は私に「ほら、君も踊りなさい」と言わんばかりの熱視線を送ってきた。訳わからないけど、不思議と速いテンポの曲に興味を覚えた私は踊りには自信がないものの、歌に踊りを合わせる行為。いやこれは踊りに歌を合わせる行為だろうか。昔からバンド経験者であった私は楽器演奏やフィーリングには自信があった。だから必死に二人の踊りを見様見真似で合わせて見る。その巧妙な踊りというのはこうだ。メリハリの効いた躍動的な音楽の伴奏に合わせて腰を左右に振り、両手をバタバタと上下させた後、真上に伸ばし波の様に肩から指先まで反動を効かせる。こんなような動き以前にTVで見たことがある。最新カメラを使いスロー再生された動画では、花の上に留まった蝶々が飛び立つために最初は羽をゆっくりと羽ばたかすも徐々に最大速度まで加速させる。それを彷彿させるような踊りだった。しかしこれがなかなか難しい。音楽が得意な分、歌と踊りを合わせることくらい容易であると思ったのだが、いざやってみると動きが物凄くぎこちなくなってしまい何回チャレンジするも歌と踊りのテンポが噛み合わなくて、しまいには無意識にくねくねと踊ってしまう。だめだ自分には踊りはむいてない。決して歌のせいではない。そうこうしてるうちに、父らしき人物と娘らしき人物が「そろそろ行くか。ゴミ捨てだけ頼むな」とだけ私に告げ、玄関を出て行ってしまった。状況が分からない為、それらしく二人を見送ったのち、私はごみを捨てに玄関を後にした。きっと頭のどこかでは泊まらせてもらうという罪悪感と、行為で何かお礼を示したいという気持ちの両方で取った行動だと思う。玄関を出る前に居間の時計の針は深夜2時を指していた。私はこんな時間まで起きていて赤の他人と出来もしないダンスを踊っていたんだと思うとなんだか馬鹿らしくなる。あの家庭はいつもこんな遅い時間まで起きているのだろうか。いやいや。そんな事よりもあの父、娘らしき人物はこの遅い時間にどこに行ったんだ。父親の夜遊びに娘を付き合わせているのだろうか?考えれば考えるほど心の中の不安材料が私を煽り立ててくるのでここは一旦忘れよう。玄関を出るとどうやらここは数階建てのマンションの2階の一室であることが廊下の窓からの景色で分かった。上から見下ろす地上は近い距離に感じるも、漆黒のように暗く深い闇のようだ。今からそこへゴミ捨てに行くと思うと少し表情が強張る。するとその時、突然背後から女の子の甲高い声が廊下中に響き渡り、反響した声が私の耳の中で音に変換されそこから脳へと伝わり体へと危険信号を発令する。心臓の鼓動が一気に波打つように早くなっていくのが分かる。先程までひと気の無かった廊下から急に声をかけられて驚いた私は振り向いて相手を確認する。すると目の前にいたのは小学校低学年くらいの女の子。肌が白く艶のある長い髪。ランドセルを背負ってポツンと立っている。「行ってきます!!」またしても不意打ちのようにして彼女は私に話しかけてきた。そうか。きっとさっきもこう言ってきたのだろう。それにしても何度聞いても真夜中のマンションの廊下で大きな声を子供から聞かされると恐ろしく怖く思ってしまう。警戒していることをバレないように必死に顔から恐怖感を隠しぎこちない笑顔で「行ってらっしゃい」と合わせるように私は返事する。私の返事に満足した彼女の表情を見る限りこれから学校に向かうのであろうことが伝わってくる。何故この時間に?いつからそこにいたのか?なぜこんなにも遅い時間に幼い子供が親の監視下から外れ、一人で外に出られるのだろうか?呆気にとられてるうちに彼女は勢いよく走り出し私を通過してかつかつと靴の音を鳴らしながら階段を駆け下りて外へ行ってしまったのであった。幼い子供の危険を感じた私は行方を追うために、窓に目をやると彼女は走るペースを落とすことなく進み闇に吸い込まれていった。その勢いはまるで、夏休み明け久しぶりの学校へ沢山の想いを込めて作りあげた自由研究を持参して登校している子供のように。本当に学校に行ったのだろうか?この短時間に起きた意味不明な数々の現象を少しずつ頭の中で整理した私の背中には一滴の汗が滴る。薄気味悪いと思いながらも自分はごく日常的な簡単な任務達成に向け階段を降りる。外へ出ると、上から見下ろしてた時と比べて闇は思ったより浅く閑散とした空間を所々の街灯が照らしていた。地上から先程までいたマンションを見上げると10階建てくらいの高さがあることが分かる。同時に視界に入ったものは青黒い空とあたり一面に広がる静かな闇。まるで何もない場所に聳え立つ塔の如く、マンションが孤立感を露骨に表現している。初めて訪れた場所。初めて歩む土地。右も左も分からないが、ゴミ捨て場を探しに私は一歩一歩と前進する。土が柔らかいせいか、所々歩く箇所によっては足が持っていかれそうになる。雨が降った形跡もないのに。マンションの構造や周りの景色を何となく自分で予想して頭の中で構築する。そして頭の中で描いた地図を真上から観察するようにして考える。きっとゴミ捨て場はこの辺だろう。効率よく進みたい私はそんなこと考えながら歩いていると、全面ガラス張りで電気が煌々と付いている管理室が真横に現れる。私の思い描く地図には管理室は意外にも存在していなかった為、びくりと反応してしまった。外から覗く管理室は広く、中には若めで地味な女性と中年くらいの男性と年配いわゆる部長クラスの人間であることを物語っているような男性がいる。私は彼らのことを心の中で地味女、中年男、部長さんと名付け区分した。彼らは全員目の前のパソコン画面に食い入るように頭を前のめりにし、猫背になりながらパソコンをカタカタと必死に打っている。ふと思うと、そんな私は管理室の真横に呆然と立って中をジロジロと眺めていた為、見つかると何となくマズイ気がし咄嗟に屈んだ。気配を消しつつ継続して管理室の中を覗き見する私をさておき、中の人たちは全く私の存在に気付いていない。というよりか私の方を気付くところか外の様子を全く気にしていない。その様子から私はロボットを連想させられ、正気を失った人間。仕事をできるだけ早く終わらせたい。残業の多い国日本現代が生み出した具の骨頂といったところだろうかと考えてしまう。何も見なかったことにして私は改めてゴミ捨て場に向かう。早くゴミを捨てて家に帰ろう。そう思っていた矢先ゴミ捨て場らしき場所が微かに見えてきた。街灯が照らしてるせいか、ここだよと言わんばかりの合図を感じ私はそっと胸を撫で下ろす。「よかったこれで帰れる。早く帰ろう。早く早く」自分に言い聞かすように小声で呟き必然的に早歩きになってしまう。まるでマラソンランナーがゴール目前にして盛大な歓声と自分への達成感により失った体力を振り絞り再度走り出すかのように。ゴミを無事に捨て終えた私は早歩きどころが走って踵を返す。すると先程の管理室を見ていた私の居た場所に男性二人が立っており何処かを指差している。この二人の男性は管理室にいた、中年男と部長さんではないか。私は帰るついでに二人に近付いて声をかける。「こんばんは。夜分遅くに。何かあったんですか?」部長さんが指差す方向に対する答えが知りたくて伺うも、二人はお互いの顔を合せた後に、お前には関係ない、こんな遅くにたかがゴミを捨てに来た迷惑な分際で野次馬のように声をかけないでくれと言わんばかりの表情をぶつけて来た。結果無視という流れに至ってしまう。二人はひそひそ会話を続けた。「あれ人なのか?」部長さんが指差した方向を改めて確認し中年男に尋ねる。「さぁ何でしょうね?熊ですかね?いやまさかね」中年男が笑いながら頼りない返答をする。もう一度部長さんの指差す方向を私も横から覗いてみる。すると一本の大きな樹木の後ろに何か人影を感じる。そしてそれと同時にその人影が白いなにかを身に纏っていることに気が付いた。なんだか恐い。そう単純に思った私は怪訝な表情を浮かべ改めて二人と目を合わせようとする。しかし二人は相変わらず放っておいてくれオーラ全開といったところだろうか。一体指差す方向にいるあの物体はなんなのだろうか。色々遡ると、知らない人の家に知らず知らずのうちに転がり込み、深夜だというのに出かける家族それに小学生と出くわす。マンションの一階には謎の管理室もあり、そこにいた男性二人は見知らぬ物体に対してお互いの意見をぶつけ合っている。ただでさえ先程から気味の悪いことが連続している私からすれば興味本位で余計なことに首を突っ込む事はやめておこうという結論に至る。考えていたらキリがないこの世界に対する嫌悪感全体が闇に包まれているような異変を体の節々に染みていた。ふと我に返ると目の前にいた二人は私の目の前から消えており、指差していた方向に向かって歩いていた。きっと指差した先に野生の動物でもいたのだろう。それを確認しに行ったんだ。という事を理由付けにして私は恐怖心を搔き消すようにして二人を背にしてマンションに戻った。少し歩いたその時だった、背後から「ぎゃぁあ痛いぃぃぃ!!!助けてぐれえぇぇぇぇ。」と濁音と異音が入り混じったような男性の蠢く声が聞こえてきた。きっとこの声は先程までいた部長さんの声だ。頭の中で瞬時に判別した私は急いでぎょっと後ろを振り向き、声のする方向を確認する。だめだ。距離が少しあるせいか辺り一面は闇で包まれており遠くの状況まで把握できない。しかも二人とは互いに反対方向に進んでいたので尚のこと様子は確認出来ないことに気付く。私は駆け足で先程までいたゴミ捨て場の方へ向かう。「早ぐうぅぅぅ。だずげてぐれえぇぇぇ!早ぐっ。」進めば進むほど私の耳の中に響く血の混じったような惨い悲鳴は増す一方であった。部長さんはきっと何者かに襲われたに違いない!。もう一人の中年男は何処へ行ったのだろうか!。なににせよ急いで現場に向かわねば状況も把握する事も出来なければ救出する事もできない。辺りの闇は先程よりも更に深く増していっているように感じた。「ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ」「ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ」私が現状を把握しきれる距離にまで達したその時だった。絶望的な景色を目の当たりにした私の身体は、全身に行き渡る全ての血液循環が一斉に静止した。脳から指令が発令され警告レベルを最大限にまで引き上げるようにして頭痛、吐き気、眩暈、動機、冷や汗、全ての表現を駆使して危険な状況を訴えていた。目の前に広がる血の海。それはまるでライオンが子牛を両腕で力強く捉え、子牛が必死に逃げようと抵抗するも、ライオンは子牛の急所である首元から豪快に喰らいつき、子牛の首元からは多量の血液が噴き出し目ん玉の黒目は頭上を見上げている。ライオンは満足げに内臓を抉り出し、無我夢中で貪る。そう。ライオンとは先程まで指差ししていた物陰にいたであろう白い毛を身に纏った獣らしき生き物の事で、子牛は見るからに部長さんである。だがしかしもうすでに部長さんは原型を留めていないくらい身体を捕食されている。全くもって想像もしなかったこの悲惨で残酷な現実に私は思わず足が竦みその場に尻餅をついてしまう。怖くて怖くて堪らなくなり、助けを求める為に全力で叫びたい筈なのに喉の奥から絞り出る声は悲鳴ではなく、「ゔゔぅ」といった鈍い微かな声。どうして声が出ないの。そう思うのと同時に恐怖のあまり口から血を吐き出してしまう。私の物音を耳にした獣は、ピエロのような気味の悪い笑みを浮かべ此方の存在に気付く。

本当の恐怖はこれからだ。

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