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「…………」

 両足が地面に付いても、ぼんやりと数メートル先に着地したナナの背を見つめていた。
 力が入らない。これが……本当の死の恐怖。さっきのが……死の境界線。

「順平さん!!」
((っ))

 サヤの声に我を取り戻し、慌ててさらに十歩――十メートルくらい離れる。必要以上の間、この距離が心の怯えなのかもしれない。

「気をしっかりです! 三分です!」
「…………ああ。ああ!」

 なぜだろうか。何の根拠もない、何の効能のないはずなのに、傍に来てくれたサヤの姿を見たら気力が充実してくる。

「……三分。時間がない」

 ナナが向き直り、相変わらずの声色で呟いた。絶好の機会を逃した後でも表情は一切変化しない。

「俺としては、三分も、なんだけどな」

 人生で一番長いカップラーメンの完成を待つことになりそうだ。

「……違う。魂に作用して、消滅が終わるまでに一分くらい必要」
「へぇ。つまり、実質一、二分ってことか」

 俺の問いに、小さく頷いた。
 嬉しい誤算――と言いたいところだが、時間が過ぎて諦める保証はない。結局、まだ三分あるってことだ。

「よし、油断せずいくぞ!」

 自分の頬を叩き、ナナに対して正面に構える。本来前に立つべきではないが、それ以外の位置からの攻撃を受けてないから対処しにくい。

「……すぐ、終わらせる」

 両手で柄を持ち右脇の近くに引き、身体を低くして膝を曲げる。明らかに、力を溜めている。

「……はっ」

 それを合図に右足で地面を大きく蹴り、こちらへ直進。一瞬で最高速度に達すると重心を上げ、冷静な瞳で俺の一点を見据える。
 これは、突進の刺撃。
 射られた矢のように風を纏い接近。俺はそれを――同じように凝視していた。
 この状況で下手に避けてしまったら、相手もそれに合わせて軌道を変えるだろう。だから、ギリギリまで引きつけて、捌くしかない。

「…………」

 心臓が一度打つ間に距離が詰まり、二メートル、一メートル、ナナの腕が僅かに反応した――

「うらぁ――!!」

 裂帛の気合と共に左方向へ横っ飛び。肩から地面に付き、そのまま回転して隙を作ることなく立ち上がる。

「……よく、避けた」
「自分でも驚いてるさ」

 あれは賭けみたいなモノだった。一秒でもタイミングが狂えば失敗していたし、ナナが手を動かさずに突撃する可能性だってあった。

「順平さん、ナイスですっ! 残り時間は……頑張って下さいですっ!」

 時間を言わなかったのは正解だ。これ以上力を出されたら困るからな。

「……あと、二分四十五秒」
((くっ))

 把握してる。コイツ、あの動きの中でもカウントしてたってのか。

「……余裕を持ちたい。猶予は、四十五秒」
「そうかい」
「……全身全霊をかける」

 目の色が変わりやがった。全身から出るのは……気合か?
 なんにせよ……ここからが正念場だ!!

「……いくっ!」

 相変わらず感情の起伏はないが、初めて聞く強い声。それに比例するように刃を振る動き――すべてが数段上がった。

「来いよっ! 全部防ぎきってやらぁ!」

 気勢に負けないようそれ以上の大声を出し後方へ跳ぶ。
 正直、息は限界だし、後ろへの移動ばかりだから両ふくらはぎ、背筋が悲鳴を上げている。でも、ここでへこたれちゃあ努力が無駄になる。今だけは骨が折れても筋肉が切れても動けと、満身創痍の全身を使役させる。

「……はっ!」

 空気ごと切り裂く突き、それを避けると大地を割るような斬撃。明らかに別人じゃねーかよ。

「……ふっ!」

 斜め切りを避ける――それがわかったら中心で止め、左足を流れるように後ろにやって体を捻る強烈な突き。

「まだまだぁっ!」

 こんな攻撃を避けるのは擦れ擦れが限界。舞踏のような細かいステップで凌いでいく。汗が目に入るが……瞬きしてる暇はねえ!

「……やっ!」

 右半身を俺に対し垂直にしてから捻り、勢いを付け速さを高めてからの薙ぎ。
 それもどうにか対処して――

「……まだ」
「なっ!?」

 軸足だった右を中心に、横に振った勢いを利用して回転、俺に背を向ける。その状態から後ろ――俺めがけ小さく跳びながら空中でさらに半回転。今度は正面を向く動作を生かし、二つの回転を利用しての、一閃。

「ちぃっ!」

 咄嗟に体を刃の方に向け、円を描く動きに合わせて体幹をずらし回避。
 機転が効かなければ、やばかった。


 
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