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「はい」
『……どうして、来てくれなかった』
「はい?」

 聞こえてきたのは、静かに呟く機械みたいな声。

『……ワタシ、ジュンペイに言ったはず』
「…………」

 ま、まさか。玄関の、ドアの向こうにいるのは……。

『……本部で調べたらここに居たから、もうすぐ期限だから、迎えにきた』
「…………」

 俺の為に家まで来てくれるなんて、年頃の男子ならば誰もが憧れるシチュではないか。
 命がかかっていなければねっ!

『……覚悟して』
「人違いですっ!! お帰り下さいっっ!!」

 全力で通話終了のボタンを押した。
 ……こ、これは、今一番距離を置きたいヤツが招かざれる客として現れてしまった。

「順平さん? 酷く狼狽しているように見えますが、どうなさいましたかー?」
「…………ナナが来ちゃった」
「な、なんですって!?」

 サヤが勢いよく立ち上がると同時にテーブルからカップが落下し、割れた。それはまるで、俺たちの心境のようだった。

「す、すみませんっ」
「そんなこと今はどうでもいいんだ! ど、どうする? アイツ、俺を消滅させる気満々でいるぞ!」
「ま、まずは落ち着きましょう。焦っていては正しい判断ができません」
「そ、そうだな」

 サヤの言う通りで、ここで一人右往左往していても進展はない。心配するな、まだ何も起きてはいない。
 ピンポーン♪
 無情な悪魔の音色が室内に響き渡る。
 そ、そうだ! 室内――俺たちがいるのは家の中じゃないか。このコンクリートと鉄筋に囲まれた城にいる限り手出しは出来ない。外から何を言われようと無視していればどうってことないんだ。
 やっぱ冷静沈着になってみるってのも大切――
 ピンポーン♪ ガコガコガコガコガコ
 何かドアをこじ開けようとするような音が聞こえてくるっ!?

「あ、アイツっ。何やってんだ!!」
「玄関を壊して、入ってこようとしてますね。……それだけ必死なのでしょう」
「どんだけ力があるだよ……。化け物か……!」
「イキガミさんは身体能力が群を抜いてますからね」
「身体能力云々のレベルじゃないぞ……。これ、このままこじ開けられるのか……?」

 最初に襲われた時の恐るべき投てき、二階からの跳躍。なによりこの音――ほぼ間違いなく、こじ開けられてしまう。
 ガキョ ボキョ
 金属が曲がるような音がした。

「きっと数分も持たない……。マズイぞ!」
「順平さん! ここを放棄して、逃げましょう!」
「逃げるってどこへっ」
「八頭さんの建物へ行きます」

 な、なるほど。現在地から距離はあるが、イキガミが苦手な負の溜まり場ならそう簡単には侵入できない。

「だが、あくまで苦手ってだけでその気になれば無理して突入することは可能なんじゃないの? 居場所だって、本部に調べられる」
「ナナさんはイキガミの中でも特に不幸に弱い体質とお見受けするので、侵入は不可でしょう。二日前の静観が証拠です。不幸慣れした人物が本部から派遣されればその可能性もあると危惧してましたが、世界を行き来する扉を開くには相当の力と時間が必要なので間に合わなかったようです。なので、全てにおいて心配はありません」

 確かに、サヤは決められている時間以外では帰れないと言っていたし、あの時に襲う気があれば実行していたはずだ。

「よし。そうと決まれば防衛線が破られないうちに脱出しよう」
「はいです! 出口は塞がれてますので、はしたないですが窓から飛び降りましょう。二階なのでクッションなどがあれば怪我はしません」
「なら俺の布団を使おう。用意するから窓を開けて準備してて!」
「承知致しました。それでは、すぐに――」
「待って、その前に俺たちは靴を履いてなかった。玄関から持ってこないと!」

 脱出した後は、最短でも駅まで走る必要がある。靴下の装備はあるけど、地面を移動するには不向き。

「では私が玄関から光速で取ってきますので、準備をお願いします」
「ああ、任せてくれ!」

 俺たちは反対に走った。
 俺は自室のベッドから、敷き、掛け布団を剥ぎ取り両脇に抱えたままでリビングの窓を開け放ちベランダへ。階下に人がいないことを確認してから、衝撃を緩和させるべく重なるように一枚ずつ落とす。
 あとは――

「お待たせしましたっ」
「助かる!」

 サヤが持ってきてくれた靴を装着するだけ。
 履きやすいように揃えてくれていたから、すんなりことが運んだ。

「順平さん、どうぞ!」
「うん!」

 先に作業を終え、ベランダの手すりに足をかける。二階とはいえ、覗けば相当高さがあるけど……悠長にしてる暇はない。

「だぁ!」

 意を決して踏み切り壁を乗り越えた。落ちているはずなのに浮いているような矛盾した感覚に支配された直後、着地。膝が僅かに痛むが、問題はない。

「サヤ、いいぞ!」

 より負担を減らすために布団を折り曲げてから、頭上のサヤへ声をかける。

「はいですっ」

 サヤがふわりと落下して俺の傍へ。よっしゃ、作戦成功! 管理人さん、後で回収するから許してくださいねっ。

「ナナさんの姿は見えません。急ぎましょう」
「追ってくるはずだから、最後まで気を抜くんじゃないぞ!」
「はいっ!」

 俺たちは目的の場所にいるスキンヘッドを思い浮かべ、最寄りの駅めがけコンクリートを強く蹴り、自らの腕と足を酷使し続けた。
 八頭さん……早く会いたいっ。

                   ☆
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