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「ぷはぁ。生き返る~」
熱々の湯に肩まで浸かると、誰しも自然とこう口にしてしまうだろう。別におっさん臭くないんだからねっ。
ふぅ、全身から疲労が抜けていく。……こうやって一人で落ち着けるのはいつ以来だろう。昨日は八頭さんたちと事務所三階にある大浴場に入ったし、一昨日はシャワーで軽く流した程度だから……サヤが来てからは騒動の連続でゆっくりできる時間がなかったんだなぁ。
「サヤといえば……。ついに、明日なのか」
湯船に背を預け、湯気が上る天井に向けて呟いた。
そう。翌朝には、死の運命を変えるべく一世一代の大仕事が待ち構えている。といっても俺はじっとしているだけなのだが……やっぱり緊張はする。
サヤを信じてないわけではないが、本当に成功するのだろうか?
疑似とはいえ、運命を書き換えることができるのか。
イキガミ――ナナが誤解から俺の命を狙っている。それはどうなるのか。
体を消滅させる武器がある。あれにはどう対処すればいい。
自分のことだけでも手一杯なのに、後から後から問題が泉のように湧いてくる。
本当に、大丈夫なのだろうか。
サヤを信じてないわけでは――
「ああ! ストップ! 何考えてるんだ俺は!」
危うく負のループから抜け出せなくなるところだった。
寛ぐための入浴なのに、いつの間に後ろ向き発表会になったんだよ。
これは、あれか……? 一人になったから、暇になったから余計な考えが浮かぶのか?
「だとすれば、この密室は危険だ」
桃源郷が一転、憂鬱にさせる地獄へと早変わり。
「……十分温まったし、もういいよな」
そそくさと風呂場から上がると、就寝着を纏い脱出した。
「お帰りなさいです。あ・な・た♪」
「ただいまです。お・ま・え♪」
エプロン姿のサヤの冗談に初めて付き合ってから、ダイニングにあるテーブルにつく。いやぁ、こんな些細なやり取りだけでも随分と心が軽くなった。
「…………順平さん。絶賛調理中なので、まったりとしていてくださいねー。レッツ、フランベッ!」
「おう。テレビでも観て待たせてもらうよ」
フライパンから昇る炎を尻目に、電源を入れる。
丁度、にぎやかなバラエティー番組をやっている。これにしとくか。
「…………んー、何か違うなぁ」
液晶画面の中で忙しなく動いている方々には申し訳ないが、チャンネル替え。ボタンを数回押して、次は旅番組。有名人が温泉に浸かって絶景を満喫している。
「……これも、今一つだなぁ」
楽しい番組を選んでるつもりだけど、今日はどうにも味気ない。
電源を切り、料理をするサヤの姿を眺めることにした。
ふむ、料理が得意と自負しているだけあって動きがこなれている。片方で鍋を掻き回しては、フライパンを「フランベ!」巧みに返す。味見をしては「フランベ!」顎に手をやり微調整。包丁さばきも華麗で、まな板と接する時の独特な「フランベ!」心地の良い音がテンポよく聞こえる。
……立ち上る火柱がやたら多く観測できるのはなぜだろう。
「あの人、フランベの意味をわかっているのか……?」
俺の感心と心配をよそに料理は次々と出来上がり、テーブルにはオムライスとポテトサラダ、海老の塩焼き、コーンスープが並んだ。
これらのどこに計二十四回のフランベが必要だったのか。甚だ疑問である。
「よーしよしよし。完成致しました~」
「お疲れ様です」
エプロンを外し対面に座るサヤに労いの言葉をかける。
「ではでは、冷めないうちにいただきましょう」
「だね。いただきます」
え~と、どれから食べるかな。どれも美味しそうだから迷ってしまう。
「順平さん、この海老は自信作ですよー。新鮮だったので、シンプルな味付けにしてみました。素材の味を楽しむにはこれが一番です」
「ほぉ。じゃあ、それからいってみよう」
尻尾の付いた海老を箸でつまみ、口へ入れる。
小振りだけど、プリッとした歯ごたえがたまらない。これは鮮度が良い証拠、確かに余計な味付けは要らない。でもね……。
「これ、甘いよな。いじょ――――に甘いよな」
噛めば噛むほど広がる砂糖の味。それはもう、ちょっとどころではなく、胸やけがするレベル。
「そんなはずは……」
サヤも砂糖海老をパクリ。
「甘い、ですね。あはは〝うっかり〟お砂糖とお塩を間違えちゃいました~」
「……わざと、やったろ?」
「あはは〝うっかり〟ミスですー。新米主婦にはありがちですよねぇ」
「うっかりを強調すんじゃねえ! 俺にはわかってんだぞ、お前が意図的に砂糖を入れたことがな!!」
以前、超が付く天然の母さんが本気で砂糖と塩を入れ間違えたことがあった。そこで俺と父さんは相談して、塩は赤、砂糖は青の容器と視覚的に判断できるようにした。しかし母さんはその斜め上を行って、詰め替えの時、砂糖の容器に塩を入れた。それを教訓にして、我が家では塩と砂糖は袋のまま使うようになったのだ。
よって、見間違うはずなどない!
「よよよ。怒られちゃいましたよぅ」
「はにかみながら言う台詞じゃねーからな! 反省してるんだろうな!?」
気まぐれによって無残な味付けになった海老たちを貴様の口に詰め込んでやろうか。糖分の過剰摂取確定だぜ?
「あはは。順平さんってばようやくいつもの調子が出てきましたねー」
「うん? なんだそれ」
「……お風呂上りの順平さん、お顔が死んでらっしゃいましたからねー。私なりに元気を出してもらおうと、咄嗟に思いついたのですよ。見事大成功ですねぇ」
「…………」
Vサインするサヤを、俺は只々ポカンと口を開けて見つめていた。
たった一瞬俺を見て、言葉を交わしてただけでそこまで感じ取っていたのか。そして、そのためにワザワザこの味付けを……。
熱々の湯に肩まで浸かると、誰しも自然とこう口にしてしまうだろう。別におっさん臭くないんだからねっ。
ふぅ、全身から疲労が抜けていく。……こうやって一人で落ち着けるのはいつ以来だろう。昨日は八頭さんたちと事務所三階にある大浴場に入ったし、一昨日はシャワーで軽く流した程度だから……サヤが来てからは騒動の連続でゆっくりできる時間がなかったんだなぁ。
「サヤといえば……。ついに、明日なのか」
湯船に背を預け、湯気が上る天井に向けて呟いた。
そう。翌朝には、死の運命を変えるべく一世一代の大仕事が待ち構えている。といっても俺はじっとしているだけなのだが……やっぱり緊張はする。
サヤを信じてないわけではないが、本当に成功するのだろうか?
疑似とはいえ、運命を書き換えることができるのか。
イキガミ――ナナが誤解から俺の命を狙っている。それはどうなるのか。
体を消滅させる武器がある。あれにはどう対処すればいい。
自分のことだけでも手一杯なのに、後から後から問題が泉のように湧いてくる。
本当に、大丈夫なのだろうか。
サヤを信じてないわけでは――
「ああ! ストップ! 何考えてるんだ俺は!」
危うく負のループから抜け出せなくなるところだった。
寛ぐための入浴なのに、いつの間に後ろ向き発表会になったんだよ。
これは、あれか……? 一人になったから、暇になったから余計な考えが浮かぶのか?
「だとすれば、この密室は危険だ」
桃源郷が一転、憂鬱にさせる地獄へと早変わり。
「……十分温まったし、もういいよな」
そそくさと風呂場から上がると、就寝着を纏い脱出した。
「お帰りなさいです。あ・な・た♪」
「ただいまです。お・ま・え♪」
エプロン姿のサヤの冗談に初めて付き合ってから、ダイニングにあるテーブルにつく。いやぁ、こんな些細なやり取りだけでも随分と心が軽くなった。
「…………順平さん。絶賛調理中なので、まったりとしていてくださいねー。レッツ、フランベッ!」
「おう。テレビでも観て待たせてもらうよ」
フライパンから昇る炎を尻目に、電源を入れる。
丁度、にぎやかなバラエティー番組をやっている。これにしとくか。
「…………んー、何か違うなぁ」
液晶画面の中で忙しなく動いている方々には申し訳ないが、チャンネル替え。ボタンを数回押して、次は旅番組。有名人が温泉に浸かって絶景を満喫している。
「……これも、今一つだなぁ」
楽しい番組を選んでるつもりだけど、今日はどうにも味気ない。
電源を切り、料理をするサヤの姿を眺めることにした。
ふむ、料理が得意と自負しているだけあって動きがこなれている。片方で鍋を掻き回しては、フライパンを「フランベ!」巧みに返す。味見をしては「フランベ!」顎に手をやり微調整。包丁さばきも華麗で、まな板と接する時の独特な「フランベ!」心地の良い音がテンポよく聞こえる。
……立ち上る火柱がやたら多く観測できるのはなぜだろう。
「あの人、フランベの意味をわかっているのか……?」
俺の感心と心配をよそに料理は次々と出来上がり、テーブルにはオムライスとポテトサラダ、海老の塩焼き、コーンスープが並んだ。
これらのどこに計二十四回のフランベが必要だったのか。甚だ疑問である。
「よーしよしよし。完成致しました~」
「お疲れ様です」
エプロンを外し対面に座るサヤに労いの言葉をかける。
「ではでは、冷めないうちにいただきましょう」
「だね。いただきます」
え~と、どれから食べるかな。どれも美味しそうだから迷ってしまう。
「順平さん、この海老は自信作ですよー。新鮮だったので、シンプルな味付けにしてみました。素材の味を楽しむにはこれが一番です」
「ほぉ。じゃあ、それからいってみよう」
尻尾の付いた海老を箸でつまみ、口へ入れる。
小振りだけど、プリッとした歯ごたえがたまらない。これは鮮度が良い証拠、確かに余計な味付けは要らない。でもね……。
「これ、甘いよな。いじょ――――に甘いよな」
噛めば噛むほど広がる砂糖の味。それはもう、ちょっとどころではなく、胸やけがするレベル。
「そんなはずは……」
サヤも砂糖海老をパクリ。
「甘い、ですね。あはは〝うっかり〟お砂糖とお塩を間違えちゃいました~」
「……わざと、やったろ?」
「あはは〝うっかり〟ミスですー。新米主婦にはありがちですよねぇ」
「うっかりを強調すんじゃねえ! 俺にはわかってんだぞ、お前が意図的に砂糖を入れたことがな!!」
以前、超が付く天然の母さんが本気で砂糖と塩を入れ間違えたことがあった。そこで俺と父さんは相談して、塩は赤、砂糖は青の容器と視覚的に判断できるようにした。しかし母さんはその斜め上を行って、詰め替えの時、砂糖の容器に塩を入れた。それを教訓にして、我が家では塩と砂糖は袋のまま使うようになったのだ。
よって、見間違うはずなどない!
「よよよ。怒られちゃいましたよぅ」
「はにかみながら言う台詞じゃねーからな! 反省してるんだろうな!?」
気まぐれによって無残な味付けになった海老たちを貴様の口に詰め込んでやろうか。糖分の過剰摂取確定だぜ?
「あはは。順平さんってばようやくいつもの調子が出てきましたねー」
「うん? なんだそれ」
「……お風呂上りの順平さん、お顔が死んでらっしゃいましたからねー。私なりに元気を出してもらおうと、咄嗟に思いついたのですよ。見事大成功ですねぇ」
「…………」
Vサインするサヤを、俺は只々ポカンと口を開けて見つめていた。
たった一瞬俺を見て、言葉を交わしてただけでそこまで感じ取っていたのか。そして、そのためにワザワザこの味付けを……。
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