上 下
129 / 186

世界を渡る男

しおりを挟む
 男は腹が減っていた。 
 
 死ぬ事の出来ない男、死ねない男、そんな人間がいるとしたら、通常の人間が耐えきれず死んでしまう事柄の全てが男にとっては死ぬほど苦痛や痛みを伴う拷問に変わる。 
 
 通常の人間なら痛みによるショック死や脳なんかをいじられでもしたら、一瞬で意識を失い死ぬ、だがその男は死ねなかった。 
 
 どれだけの高さから落ちても、毒でも病気でも心臓をえぐり出しても、脳をいじくりまわしても死ねず、本来なら死ぬので感じるはずのない、死と言う概念を超えた痛みを受け続ける男、どれだけの寒さに体が壊死して凍ろついても、地球の熱核の溶岩の海に溺れても、重力の圧力で5分の1に押しつぶされ丸められても、男は死なない。 
 
 耐えがたい苦痛に意識を失う事もできない。 
 
 異常である空間、人間が死んでしまう空間ですら、発狂する事も別人格を生み出し逃避する事も壊れる事も許されず、狂気の空間の中で、その中ですら正常である事を強いられる。 
 
 爆発の衝撃で肉体が溶けて行っても、分子の様に散り散りに細かくされても、新鮮な状態で痛み、激痛を味わい続けなければいけない地獄。 
 
 そして人間ではあるはずの適応能力、痛みに慣れ、耐えると言う機能を止められた如く、新鮮にまるで赤子の頃の様に、初めての時の様に舞振る痛み。 
 
 こういった人間がいる話になると、よく切り刻まれた程度では痛みに慣れ、痛みを感じないんだ、なんて狂人は陳腐なセリフを吐くが、地獄ではその慣れると言う、耐えると言う事が一切できない。 
 
 衝撃なのだ!初めての痛みの衝撃、何度も何度も何度でも繰り返し心臓をくり抜かれても、毎回初めての時の様に感じる痛み。 
 
 どれだけ懇願しても淡々と繰り返される、新しい地獄の日々、壊れる事すら許されない、正常であり続けなければいけない自分。 
 
 ありとあらゆる拷問の中では空腹ですら、拷問の様に自らに苦痛をもたらす。 
 
 腹が空きすぎて死ぬ事もなければ、正常でい続けなければいけない故に、空腹に耐えると言う事すらできない体、常に食べ物を渇望して、暴れ、倒れ、それでも空き続ける腹。 
 
 男は思い出す。 
 
 時空の果で、食事をした日々を思い出しては空服にのたうち回る。 
 
 そうこの男は、どんな時空のどんな人類史でも存在する事の出来る男、人類が霊長類の長としての時空など幾多もある可能性の世界の一つでしかない事を観測した男。 
 
 並行する無限の人類史、人間以外の新たな人類と認められた生物が、あらゆる生物が頂点にたった世界を観測し、そして世界を渡る男。 
 
 無間地獄を知るが故に、無限の可能性を知る男、神ですら彼を救う事は不可能であり、時には善として時には悪として存在するジョーカー。 
 
 そんな男が、舞い降りた世界、目の前にある建物の名は八百万だった。 
 
 男は八百万にはいり、食事をする。 
 
 米を食い、パンを食い、肉を食い、魚を食い、野菜を食い。 
 
 その食べ物達の、絵も知れぬ味わいに酔いしれ、食べる事、それは生を実感する事だと得る。 
 
 全ての生ある生き物に与えられた、食物連鎖と言う神が生あるもの達に与えた罪の一つ。 
 
 食べると言う事を、今の現代で、人間だけが生き物を食べる罪深い存在として扱う者が多いが、それは違う。 
 
 生きている者は誰であろうと、どんな生物であろうと、自分とは異なる他者、他物を消費して生きているのだ。 
 
 人間が動物を食べなければ、より良き未来が来ると思っている人間がいるなら?それはきっとその人間にとってはよ良き未来なのだろう?だが他の動物達はどうだ?人間が彼らを食べなくなったから幸せになる事があるか?そんなものは空想だ。 
 
 人間がいなくなろうと、野生に生きる動物たちは他の命を自分より弱いもの達を消費する事を辞める事はない、むしろ人間が牙を失うならそれに乗じて人間をエサとするだろう。 
 
 種を超えて分かりあう事もあるだろう、友人になり家族になる事もあるだろう、だが極限状態の時、種として食べて生き残る事を選ぶか、個として死を受け入れるか?それはその生き物の野生によって変わってくる。 
 
 悲しいかな、人間はどれだけ愛した人間が家族が、友が死んでも腹は減り、そして食べているからこそ生きている。 
 
 だが、稀に見える野生ではつがいの死を受け入れると同時に、自分の生命活動を辞める野生も存在する。 
 
 人間がどれだけ環境を汚そうと、極端な話地球は滅びない、どれだけの種族が絶滅しようとも、隕石が落ちてありとあらゆる生物が死に絶え、緑をほとんど失っても、惑星としての地球は滅びない、人が生物がすめない環境だとしても星としては生きているのだ。 
 
 地球の為と言う人間の多くは、先の未来人類や生物が繁栄する為の未来を予想し、環境を改善しようとする。 
 
 星の地球のといいつつも、結局は自分達人類の未来、生物たちの未来の為に動いていると言う事であり、地球の惑星としての未来など夢見ていないのだ。 
 
 そして惑星としての生命を考えてのベストの状態を人間はしらない。 
 
 生物が溢れて命が豊かなら、健康な状態なのか?人類にとっては住みやすく都合よく生きやすい寄生先といっていいだろう。 
 
 だが惑星としてのベストな状態など人類には図れない。  
 
 人間が食べなければ、自由な動物たちが増えると盲目的に感じている人間も多い事だろうが、野生と言う篩にかけられた時、家畜として存在していた時の方が繁栄していたか、それとも野生として戦ってでも自由に生きたいか?難しい事だろう。 
 
 人間がもし獲物として狩り狩られる側だったら?君は相手に食べられるために命を投げ出せるかと言う話になる。 
 
 自分達より強力な種族がいて、常日頃外を歩くときはその魔物に気を付けなければいけない世界、それが魔物の蔓延る異世界であり、自分がエサとして食べられる世界である。 
 
 家畜として育った自分、このまま食べられる未来を待つか?抵抗して戦うか?人によって意見は変わる事だろう。 
 
 話が大きく脱線したが、男は食べて生きる事を望んだ。 
 
 なんのために?自分の喜びの為に、満たされる為に、生きる為、難しい話など一切なくただただ満たす為に。 
 
 この男は世界の壁を越えて、いくつもの世界を幾重にも張り巡らされた世界を超えて、何がしたかったのか? 
 
 「光が浴びたかったのだ」 
 
 自分だけの!自分の為の世界!それが欲しかった。 
 
 誰もがもっている自分という、自己パーソナリティー、絵本をみて子供が自分を主人公と重ねるように、自分の為の自分のに都合のいい世界が自分にもほしかった。 
 
 誰の為でもない、自分にだけ優しい世界、自分にだけ都合がいい世界、自分を中心に思うがままに巡る世界。 
 
 でもどれだけ男が、世界を巡り歩いても、世界を超えて超えて超えて超えて超えた果てにさえ、自分の世界は存在しなかった。 
 
 他の人間はこんなに幸せなのに!?あれだけ苦痛を耐え!耐えられずに叫ぶ日々を超えて、地獄すらも乗り越えたのに!?僕のぼくのボクのおれのわれのわたしの世界だけはないなんて!?どれだけの未来と過去と異世界を除き続け、果はパラレルワールドに人々の作った物語の世界をのぞいて歩いても、探しても自分の居場所がないなんて!!!。 
 
 そんなことが許されるのか?許せるのか?認められるのか? 
 
 周りを見ると食に満たされる人々の笑顔に笑い声、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!どいつもこいつも幸せそうに飯を食い、喜び、生き、まるで自分が主役みたいに幸せそうに笑いやがって、俺の世界はないのに、お前たちが幸せな世界があるなんて、ああなんてなんてなんて気持ちが悪いんだ。 
 
 人の幸せぇ?人の喜びぃ?そんなものに何の価値がある!?自分以外が幸せに笑っている世界になんの価値がある!?薄ら笑いで語るな!他人の幸せなんて気持ちが悪く反吐がでる。 
 
 どいつもこいつも呪われればいい、醜く歪み苦痛に泣き叫べ、その横で酒を飲みながら幸せそうに笑い転げて踊ってやる。
 
 つまるところ、俺にはここが妙に気持ち悪く、気に入らない、奪い去って踏みつけてぐじゃぐじゃにしてやりたい。 
 
 男の口は半月を割った様に狂気に口元が吊り上がり、歪んでいた。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

七瀬美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...