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エピローグ
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その少年は畑の真ん中で手にした鍬の長い柄に寄りかかりながら深いため息をつきました。
彼が周りを見回すと自分が耕していた狭い畑とその側に建つ平屋建ての粗末な一軒家が目に入ります。
その一部屋しかない小さな家の中には同じく粗末なベッドに横たわった病気の母親が自分の帰りを静かに待っているはずでした。
彼は貧しい集落の一員で村はずれの場所に建つ小さな家に住んでいる少年でした。
父親は既に亡く病気がちの母親と共にこのへんぴな場所に建つ一軒家に身を寄せ合う様に住んでいました。
野良仕事や村でたまにもらえる雑用でかろうじて生計を立てており今日も今日とて大して収穫も見込めない家の前の田んぼを一生懸命耕していたのでした。
一日の労働がやっと終わりに近づき手にした鍬の長い柄に疲れた身体を寄りかからせるその少年は果てなく続く日々の辛い労働と貧しい暮らしに思いをはせると再び暗い顔で深いため息をつきます。
そんな彼がようやく家に帰り母親の世話をしながら食事でもしようと重い足を引きずりながら歩き出そうとしたその時でした。
彼は山の手へとつながる一本道の方から一台の馬車がこちらに向かって近づいて来る事に気付きます。
その馬車は二頭立てで山道でも越えれる仕様になっており前の方には御者の男性と地図を眺めている女性が乗っていてどうやら二人は夫婦のようでした。
車輪の音を響かせながら近づいて来たその馬車は少年が見守る中、やがて畑の側を走るあぜ道の上にガタンという音を立てて止まりました。
すると馬を御していた男性が畑の真ん中にぼうっと立つ少年に向かって声をかけて来ました。
「タターラ村にはどう行けばいいのか教えてくれないか?」
その青灰色の髪をした若い男性は馬車の前列で馬を御しながら傍らに広がる粗末な田んぼの中に立つ鍬を持った少年に向かって穏やかな声で尋ねます。
農夫の少年が片手に鍬を持ったまま無言で村がある方角を指差すとその馬車に乗った若者は少年にペコリと頭を下げてから丁寧にお礼を言いました。
「どうも、ありがとう」
それからその馬車の御者台に座った若者は馬に付けた手綱を握り直すと再び移動を開始し教えられた方向に向かって馬車を駆ってあぜ道の上を慎重に進み傍らの田んぼの中に立つ少年の目の前から去って行きます。
その少年は側に通っているあぜ道の上をその馬車が通り過ぎる瞬間に御者席で馬車を駈る青年の隣に座る金色の髪をした美しい婦人が自分に向かって笑いかけたのに気づき思わず息を飲みます。
更にその馬車が引く白い布が被せられた大きな荷台の中には見たことも無い黄金色の植物の苗が山積みにされており布の隙間から覗くそれを馬車が去りゆく際にかいま見た少年は驚きで大きく目を見開きました。
田んぼの中に立つ少年が呆然と見送る中、その若夫婦を乗せた幌馬車は徐々に彼の視界から遠ざり村へと続く一本道の向こうへとやがて消えて行きます。
馬車の姿が視界から消えても件の少年はしばらくの間は田んぼの中で鍬を片手に立ちすくみ彼らが去っていった村がある方角をじっと見つめていました。
その土で汚れた顔に夢見るような表情を浮かべながらー。
もちろん馬車に乗っていた若夫婦はシュナンとメデューサであり彼らは「黄金の種子」を世界中に広めるためにその苗株を大量に育て各地の貧しい村々を巡りそこに住む人々に分け与えていたのです。
二人の努力の甲斐あって「黄金の種子」は徐々に世界中に拡散しその広まった作物を祖先として我々が現在主食としている三大作物(麦、米、トウモロコシ)が生まれました。
それに伴い人類の人口は爆発的に増えその社会形態も狩猟採集生活から農耕生活へと急速に移り変わって行きました。
一方、人類が圧倒的にその数を増やしたのに反比例してレダやボボンゴたちの種族を含む様々な異種族は彼らを創造した神々が地上を去った事が契機になったのか徐々に人間の前に姿を現わす事は少なくなりやがて伝説の彼方へと忘れ去られていきました。
また、かつては多くの人間が持っていた魔法などの不思議な力も使える者は段々と減ってゆき科学技術の台頭と共にその存在自体が否定されるようになりました。
シュナンたちが生きた時代から長い歳月が過ぎ去り人間が地球上で最も繁栄した生物である事は今や誰の目にも明らかであるように見えます。
しかしシュナン少年が仲間たちと共に目指した理想社会の実現は未だに道半端であり彼の戦いの真の成否はその後継者である我々一人一人の双肩にかかっていると言えるのではないでしょうか。
さて、シュナンとメデューサのその後の様子と彼らの活動が後世に及ぼした影響について少しお話ししたところで大変恐縮ですがいよいよこの長い物語にも一つの区切りをつける時が来たようです。
人間の歴史には区切りはありませんが物語には区切りや結末がありどこかで終わらせる必要があるからです。
もちろん夫婦となった主人公たち二人の生涯はこれからも長く続きそこで起こる出来事の波乱万丈さや興味深さは決して今までの物語に劣るものではありません。
また彼らがこの世を去った後もその子孫と同胞である我々第五人類の歴史は果てなき川の流れのごとく延々と続き決して絶える事はないでしょう。
けれどももしこの希望を求める物語に一つの区切りをつけるとしたらシュナンとメデューサが伴侶として新しき旅立ちの時機を迎えた今こそがそれにふさわしいとわたしには感じられるのです。
ですからわたしはやはりいったんここで筆を置く事とします。
そしてこの物語の語り部であるわたしはこれまでシュナンとメデューサの二人の行く末をわたしと共に見守り今や彼らの親しき友であるあなたに感謝と敬意をこめて最後に一つの言葉を贈ろうと思うのです。
シュナンがメデューサと最初に出会った時に彼女に贈った言葉をー。
タルク アビィーナ ダルス エムス
(あなたの人生の旅路に幸多からん事を)
[完]
彼が周りを見回すと自分が耕していた狭い畑とその側に建つ平屋建ての粗末な一軒家が目に入ります。
その一部屋しかない小さな家の中には同じく粗末なベッドに横たわった病気の母親が自分の帰りを静かに待っているはずでした。
彼は貧しい集落の一員で村はずれの場所に建つ小さな家に住んでいる少年でした。
父親は既に亡く病気がちの母親と共にこのへんぴな場所に建つ一軒家に身を寄せ合う様に住んでいました。
野良仕事や村でたまにもらえる雑用でかろうじて生計を立てており今日も今日とて大して収穫も見込めない家の前の田んぼを一生懸命耕していたのでした。
一日の労働がやっと終わりに近づき手にした鍬の長い柄に疲れた身体を寄りかからせるその少年は果てなく続く日々の辛い労働と貧しい暮らしに思いをはせると再び暗い顔で深いため息をつきます。
そんな彼がようやく家に帰り母親の世話をしながら食事でもしようと重い足を引きずりながら歩き出そうとしたその時でした。
彼は山の手へとつながる一本道の方から一台の馬車がこちらに向かって近づいて来る事に気付きます。
その馬車は二頭立てで山道でも越えれる仕様になっており前の方には御者の男性と地図を眺めている女性が乗っていてどうやら二人は夫婦のようでした。
車輪の音を響かせながら近づいて来たその馬車は少年が見守る中、やがて畑の側を走るあぜ道の上にガタンという音を立てて止まりました。
すると馬を御していた男性が畑の真ん中にぼうっと立つ少年に向かって声をかけて来ました。
「タターラ村にはどう行けばいいのか教えてくれないか?」
その青灰色の髪をした若い男性は馬車の前列で馬を御しながら傍らに広がる粗末な田んぼの中に立つ鍬を持った少年に向かって穏やかな声で尋ねます。
農夫の少年が片手に鍬を持ったまま無言で村がある方角を指差すとその馬車に乗った若者は少年にペコリと頭を下げてから丁寧にお礼を言いました。
「どうも、ありがとう」
それからその馬車の御者台に座った若者は馬に付けた手綱を握り直すと再び移動を開始し教えられた方向に向かって馬車を駆ってあぜ道の上を慎重に進み傍らの田んぼの中に立つ少年の目の前から去って行きます。
その少年は側に通っているあぜ道の上をその馬車が通り過ぎる瞬間に御者席で馬車を駈る青年の隣に座る金色の髪をした美しい婦人が自分に向かって笑いかけたのに気づき思わず息を飲みます。
更にその馬車が引く白い布が被せられた大きな荷台の中には見たことも無い黄金色の植物の苗が山積みにされており布の隙間から覗くそれを馬車が去りゆく際にかいま見た少年は驚きで大きく目を見開きました。
田んぼの中に立つ少年が呆然と見送る中、その若夫婦を乗せた幌馬車は徐々に彼の視界から遠ざり村へと続く一本道の向こうへとやがて消えて行きます。
馬車の姿が視界から消えても件の少年はしばらくの間は田んぼの中で鍬を片手に立ちすくみ彼らが去っていった村がある方角をじっと見つめていました。
その土で汚れた顔に夢見るような表情を浮かべながらー。
もちろん馬車に乗っていた若夫婦はシュナンとメデューサであり彼らは「黄金の種子」を世界中に広めるためにその苗株を大量に育て各地の貧しい村々を巡りそこに住む人々に分け与えていたのです。
二人の努力の甲斐あって「黄金の種子」は徐々に世界中に拡散しその広まった作物を祖先として我々が現在主食としている三大作物(麦、米、トウモロコシ)が生まれました。
それに伴い人類の人口は爆発的に増えその社会形態も狩猟採集生活から農耕生活へと急速に移り変わって行きました。
一方、人類が圧倒的にその数を増やしたのに反比例してレダやボボンゴたちの種族を含む様々な異種族は彼らを創造した神々が地上を去った事が契機になったのか徐々に人間の前に姿を現わす事は少なくなりやがて伝説の彼方へと忘れ去られていきました。
また、かつては多くの人間が持っていた魔法などの不思議な力も使える者は段々と減ってゆき科学技術の台頭と共にその存在自体が否定されるようになりました。
シュナンたちが生きた時代から長い歳月が過ぎ去り人間が地球上で最も繁栄した生物である事は今や誰の目にも明らかであるように見えます。
しかしシュナン少年が仲間たちと共に目指した理想社会の実現は未だに道半端であり彼の戦いの真の成否はその後継者である我々一人一人の双肩にかかっていると言えるのではないでしょうか。
さて、シュナンとメデューサのその後の様子と彼らの活動が後世に及ぼした影響について少しお話ししたところで大変恐縮ですがいよいよこの長い物語にも一つの区切りをつける時が来たようです。
人間の歴史には区切りはありませんが物語には区切りや結末がありどこかで終わらせる必要があるからです。
もちろん夫婦となった主人公たち二人の生涯はこれからも長く続きそこで起こる出来事の波乱万丈さや興味深さは決して今までの物語に劣るものではありません。
また彼らがこの世を去った後もその子孫と同胞である我々第五人類の歴史は果てなき川の流れのごとく延々と続き決して絶える事はないでしょう。
けれどももしこの希望を求める物語に一つの区切りをつけるとしたらシュナンとメデューサが伴侶として新しき旅立ちの時機を迎えた今こそがそれにふさわしいとわたしには感じられるのです。
ですからわたしはやはりいったんここで筆を置く事とします。
そしてこの物語の語り部であるわたしはこれまでシュナンとメデューサの二人の行く末をわたしと共に見守り今や彼らの親しき友であるあなたに感謝と敬意をこめて最後に一つの言葉を贈ろうと思うのです。
シュナンがメデューサと最初に出会った時に彼女に贈った言葉をー。
タルク アビィーナ ダルス エムス
(あなたの人生の旅路に幸多からん事を)
[完]
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