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邪神モーロックの都
その23
しおりを挟む「う、うん・・・」
深い眠りについていたレダは何時間かして目覚めました。
彼女は相変わらず酒場の地下室に置かれたベッドに寝かされていました。
部屋はすっかり暗くなっておりおそらく時刻は真夜中近くだと思われます。
そして部屋の中には大勢いた市民の姿は既になく彼女のベッドの側にいるのはすぐ横でうずくまっているボボンゴとその反対側で椅子に座っている吟遊詩人のデイスだけでした。
おそらく他の人々はボボンゴとデイスにレダの付き添いをまかせいったん秘密通路を通って自分の家に帰宅し来たるべき決戦の日に備え準備しているのでしょう。
ベッドの上に横たわっているレダは自分に付き添ってくれている二人に声を掛けようとしましたがその際、二人とも寝息を立てて寝ているのに気がつきます。
ボボンゴは床にうずくまりそしてデイスは椅子に座りそれぞれ気持ち良さそうに寝ています。
自分の臥せっているベッドの両脇で眠りこけている二人を横目で見つめぐったりと横たわるレダはため息をつきます。
そして今日は色々あったので二人は疲れているのだろうと思いました。
だけどレダは仕方ないとは思いつつこのまま誰にも看取られずに死ぬのは少し寂しいなと思いました。
(痛っー!!)
彼女の身体を昼間から波状的に襲って来る鋭い痛みが再び襲います。
仲間の前では気丈に振る舞っていましたが彼女は自分の死が近い事をうすうす察していました。
ジュドー将軍の必殺の槍で受けた傷は深くペガサス族の再生能力をもってしても回復は望めなかったのです。
自らの死期を悟った彼女でしたがやはり心残りなのは今は敵の虜になっている青灰色の髪の少年シュナンの事でした。
そしてなんだか生意気な妹みたいに思えるメデューサの事も。
でももはや彼女には二人の苦難に満ちた旅を手助けする事も見守る事も出来そうにありません。
頼りになるボボンゴに事後を託したもののやはり彼女は心配でした。
レダはベッドに横たわり苦痛に耐えながら旅の仲間であるシュナンとメデューサの旅の先行きを神に祈りました。
何故ならもう彼女にはそれしか出来る事が無かったからです。
「神さまー。良い神様なら誰でもかまいません。どうかあの二人の前途をお守りください。いつかあの子たちが自分自身の幸せをつかめます様にー」
レダの祈りの声が暗い地下室の部屋に響いたその時でした。
レダは自分の横たわるベッドの側にボボンゴとデイス以外の人影が立っているのに気づきました。
しかも二人の人物がー。
最初はこの建物の住人であるジムやテトラかと思いましたがベッドの側に立つ二人の人物のかもし出す雰囲気は明らかに尋常なものではありませんでした。
その二人の人物はレダの寝ているベッドのすぐ横に並んで立っていました。
二人ともゆったりとしたマントを羽織っており背格好も髪型も瓜二つでした。
暗くて容姿は良く判りませんでしたが何故だか顔も双子の様にそっくりな気がレダにはしました。
この二人の醸し出す異様な雰囲気に怯えたレダはベッドの側で寝ているボボンゴとデイスを起こそうかと思いました。
しかし二人とも床と椅子で熟睡しており簡単には起きそうにありません。
やがてそのマントを羽織ってレダの枕元に立つ二人の人物はどこか不思議な響きを持つ声でベッドの上の少女に順番に話し掛けて来ました。
「わたしは死」
ベッドの上のレダから見て左側の人物が言いました。
「わたしは眠り」
今度はレダから見て右側の人物が言いました。
「死と眠り・・・」
思わずつぶやくレダ。
彼女は怯えながらも暗がりの中、自分の寝ているベッドの近くに並び立つ二人の人物から目を離す事が出来ません。
やがてレダから見て左手の「死」と名乗った人物が言いました。
「我々はモーロック神など足元にも及ばないある偉大な神の使者である」
「死」と名乗る人物はベッドにぐったりと横たわるレダを見下ろしつつ不思議な声で話し続けます。
その声はまるで頭の中に直接響いて来るみたいでした。
「わたしは神として勇敢に戦ったあなたに名誉ある死を与えるつもりであった。だが事情が変わった。主人の命によりあなたには「死」の代わりに隣にいる弟が「眠り」を与えるものとする。眠りから覚めた時、あなたの身体は癒され完全に回復している事だろう」
そして今度はレダから見て右手にいる「眠り」と名乗った人物が一歩前に出てレダの方へ近づきベッドに臥せる彼女の頭上に己の手をかざしました。
「汝の勇気に祝福あれ」
その人物の放った言葉と共にレダは再び深い眠りに落ちていきました。
そして、翌朝ー。
「レダ、レダ、起きろ」
ボボンゴの声で再びレダは目を覚まします。
目を覚ました彼女が周囲を見回すと自分は相変わらずベッドに寝かされていました。
だけどすでに夜は明けており地下室の中にもどこからか朝の日差しが差し込んでいます。
そして彼女が寝ているベッドの周りにはボボンゴやデイスそして昨日より人数は少なかったのですがオロやジム夫妻ら何人かのレジスタンス市民が立っており彼女の様子を心配そうに見守っています。
しかし昨夜レダを驚かせた二人の人物の姿はどこにも見当たりません。
ベッドに横たわりながらあたりをキョロキョロと見回すレダを変に思ったのか一番彼女の近くにいるボボンゴが心配そうに尋ねます。
「どうした、レダ。大丈夫か。昨日より、顔色良いが」
その時レダは初めて自分の体調の異変に気付きました。
昨日、負傷してから続いていた傷の痛みや身体の苦しみがいっさい無くなっていたのです。
驚いたレダはベッドの上で横たえていた身体を起こし足を伸ばして座る姿勢を取るとあらためて自分の傷を確認します。
するとどうでしょう。
あれほど流れ続けた傷口からの出血も止まっています。
そしてレダが恐る恐る傷口に巻いた包帯をとるとなんと腹部を切り裂いた傷や両手首の刺し傷は跡形もなく消え失せていました。
傷口を縫ったはずなのにその痕跡すらありません。
ベッドを取り囲んでレダの様子を見つめていた人々は最初は驚きのあまりその顔に呆けたような表情を浮かべていました。
しかしレダの体調が奇跡的に回復したのが明らかになると彼らの間に徐々に喜びと興奮の気持ちが広がっていきます。
「レダさんが助かった!!」
「し、信じられない!!」
「ペガサスの剣士の復活だ!!」
市民の誰かが次々と叫びます。
「これは神の起こした奇跡ですぜ!!」
吟遊詩人デイスも叫びます。
そしてー。
「レダーッ!!!!!」
そしてレダの旅の仲間、ボボンゴは感極まって絶叫と共にベッドの上に座る彼女を抱きしめていました。
「ち、ちょっとボボンゴ。苦しい」
いきなりボボンゴに抱きつかれ戸惑うレダ。
しかし目に涙を浮かべながらレダをギュッと抱きしめるボボンゴは中々彼女を離そうとはしません。
ベッドの側の床にひざまずくボボンゴはそこからベッド上に長い赤髪を腰まで垂らして座るレダを両手でしっかりと抱いていました。
ベッドの上で上半身を起こし脚を伸ばして座るレダはいきなりボボンゴに抱きしめられ顔を赤く染めています。
そしてそんな二人の様子を周りを取り囲む街の人々は昨日とは打って変わって明るく穏やかな表情で見つめていたのです。
やがて市民の列の中からレジスタンスのリーダーであるオロが進み出て来てベッドの上に座るレダに尋ねます。
「でも、よく助かりましたね、レダさん。これもペガサス族の能力なのですか?」
しかしやっとボボンゴの身体を引き離しベッドの横に押し戻したレダはオロのその言葉を首を振って否定します。
彼女はベッドの上にあぐらをかき腕を組んで首をひねります。
「昨夜、不思議な事が起こったの。信じてくれないかもしれないけどー。「死」と「眠り」と名乗る二人の男の人が現れてわたしの身体を直してくれたの。彼らは自分たちはある神の使いだと言っていた。夢みたいな話だけどー」
その言葉を聞いたオロの顔色が変わりました。
「死と眠りー。ま、まさかー」
ベッドの横でレダに付き添うボボンゴがオロに聞きます。
「オロ、何か知ってるか、話せ」
オロは戸惑った表情を浮かべながらも自分の考えをベッドの上のレダやその側で付き添うボボンゴそして周囲にいる市民たちに説明しました。
「死と眠りを従える神など一体しか存在しません。冥皇神ハデスですよ。わたしたちがモーロック神の前に崇めていたギリシャの神々の中の一体でゼウスやポセイドンと並ぶ最高神です。もしかしたら彼がレダさんを助けたのかもしれないー」
オロの言葉を聞いた周囲の人々の間に驚きの感情がさざなみの様に広がります。
ついにオリンポス山に住まうギリシャの神々がモーロック神を討つ為に立ち上がったのでしょうか?
レダがいるベッドの横で彼女に付き添うボボンゴが顔に考え込む様な表情を浮かべて聞きました。
「レダ、どう思う?」
レダはベッドの上であぐらをかき腕を組んで部屋の天井を見つめます。
そして首をひねりながら言いました。
「うーん、神様か・・・どうもピンと来ないわね。そんなに簡単に神様が人間の手助けをしてくれるものなの・・・」
その時、レダのベッドの側で椅子に座る吟遊詩人デイスが彼らがいる部屋の隅の方を指差して叫びます。
「あ、あれを見てくださいっ!!」
部屋にいるみんなが驚いて一斉にそちらの方を見ます。
デイスが指差したその先にはー。
なんとデイスが指差した地下室の部屋の四隅の一角には一本の剣がさりげなく立てかけられていました。
それは先日の戦いでへし折られ確かに失われたはずのレダの持つペガサスの剣でした。
その地下室の隅に立てかけられた剣はまるで今まさに作られたかの如く部屋のどこかから差し込む朝日を浴びてまばやく光り輝いていたのです。
[続く]
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