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会社の飲み会ではビールしか飲まないタイプ
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「おっとっと」
賑わう居酒屋でも向こうのテーブルからそんな声がはっきりと聞こえた。お酌されたおじさん社員は仕事中には決してみせない幸せそうな顔をしている。
今日は社員20名ほどで飲み会。チェーン店ではないものだからそれほど広くない店内はうちの社員でほぼ貸しきり。どういうわけなのか、世間とは違うらしく、うちの若い子たちは会社の飲み会に毎回顔を出してくれる。
彼らがどう考えているのかわからないけど、私たちの職場は風通しがよく理不尽な人間関係はなく非人道的な労働環境じゃないからだと思いたい。
少なくとも私はそう思っているし、それほど大きな会社じゃないこともあって居心地のいい職場だと感じている。
「野乃香ちゃんは気がきくなぁ」
件のおじさん社員は私には決して見せないゆるんだ赤ら顔で言った。そうなんだよ、新入社員だっていうのに愛山野乃香ちゃんってば気が利いて助かるんだよ。そこにちょっと打算的な感じはあるけれど、そうだとしても気が利くことには変わりない。おかげでリーダーになってまだ一年目の私は非常に助かっているしさ。
「ビールの注ぎ方も上手いし。ほら見てよこの泡のバランス」
「ちょっと泡多くないですか?大丈夫でしたか?」
「これが一番美味しいんだよ」
「ありがとうございます!」
そうやって首を小さくかしげるところなんて小動物のようで可愛い。語尾を少し上げたり、うるっとした大きなめで見つめたり、ちょっとあざといけど。でもやっぱり可愛い。おかげで彼女と一緒なら男どもは将棋かチェスの駒のように文句も言わずに忠実に動いてくれる。
リーダーになってみてよくわかった。予想通りに仕事をしてくれることのありがたさを。
「このくらいが一番美味しいんだよ、ほら7対3になってるでしょ」
ああ、あぁ。鼻の下伸ばしちゃってみっともない。私が新入社員の頃なんてお酌しても誰も鼻の下を伸ばしてくれなかったぞ。
私も真似をして注いでみたけど泡ばっかりになっちゃった。
飲まされないようにするためか、単にお酌が好きなのか愛山さんはビール瓶を持ってそそくさと席を移動した。
「豊崎先輩もビールどうですか?」
今度は彼女の一年先輩、二年目の豊崎大道君にお酌だ。
「いや、僕は飲めないんで」
豊崎君は顔が真っ赤だけど鼻の下は伸ばさないな。ああいうのは好みじゃないのかな。真面目そうだから、愛山さんみたいなタイプには簡単にコロッと落とされそうだけど。
「じゃあ私と一緒ですねっ、烏龍茶でいいですか?」
あっ、触った。ここからじゃよく見えないけど、あの姿勢は豊崎君の太もも触ってるなこりゃ。
一応は上司だし、こういうのって言った方がいいのかなぁ。性別が逆なら文句なしにセクハラだけど、でも男性全員に触ってるわけじゃないみたいだし彼だけにってことなら言わなくてもいいのかな。
社内恋愛禁止ってわけでもないし、禁止したって法律で禁止されてるわけじゃない。あくまでも控えてくれってお願いだけ。男女の仲にあれこれ言うのはさすがに野暮だよな。
それに彼女からすればカラカラに乾いたアラサー女の僻みと思われかねない。
今、彼女の信頼を失うと男どもを自由自在に動かせなくなる。それどころか男どもは愛山さんについていき、チームリーダーとしての私はレームダックに。
それなら二人の行く末を肴に飲む方がいいか。いや、もしかして既に付き合っているってこともあるのか。
周りにバレないように気を付けているけど、だけど豊崎君にはそれとなく周りに伝えたい、覚って欲しくて豊崎君だけ触ってみた、とか。
いやぁ、入社して半年でさすがにそれはないか。いくらなんでも早すぎるだろ。でもでも、出会って半年あれば付き合ってもおかしくないのか。
2人ともまだ若いからサクッと付き合いそうだしな。
*
それにしてもこの店、当たりだな。出てくる料理が全部美味しい。
韓国風だろうか、サラダのドレッシングはゴマ油がベースでニンニクと唐辛子が少し効いている。レタスは手でちぎってあり、家で料理を作らないせいだろう、確かに人の手で作られたその痕跡だけで美味しく感じてしまう。我ながらまったくチョロい。
焼いたキャベツと豚バラをオムレツのように玉子で包んだとん平焼きはビールが進む。小麦粉を使わないお好み焼きみたいなものだからお腹にはそれほど重くなくビールが進む進む。
簡単そうに見えるけど実際に作ったらこうはならないんだよな。不思議なことに。
次に出てきたのが海老のオーロラソース和え。大きなエビを炒めてオーロラソースで和えたもの。マヨネーズとケチャップを混ぜた日本流のオーロラソースだけど隠し味になにか入ってるな。
ケチャップとは別の甘味があってなんとなく親しみのある味だけど、でもそれがわからない。まさに隠し味。
オーロラソースが口に残るからこれはビールよりも少し強いお酒をゆっくり飲む方が合うだろうな。焼酎か、少し中華っぽい感じがあるから紹興酒のロックかなあ。
まぁ、飲んべえと知られるのが嫌だから会社の飲み会じゃビールしか飲まないけど。
「篠山先輩、手酌なんてしないでくださいよぉ」
無心で海老を噛み締めていると、いつの間にか愛山さんは私の向かいに移っていてビールを注ぐ姿勢を見せた。
「ありがとうね」
コップの残りをぐいっと飲み干す。
ビール瓶の口からいい音を立ててコップに注がれたビールは確かに見事な泡のバランスだ。
「本当に上手いね」
エヘヘと目を細めて嬉しそうに笑った。
「子供の頃からお父さんの晩酌に付き合わされていたんで、これだけは得意なんです」
「これだけってそんなことないよ。愛山さんはまだ入ったばっかりなのに仕事もちゃんとこなしてくれるし、報連相だってしてくれて本当に助かるよ。ああ、ごめんね。お酒の席なのに仕事のことなんか話しちゃって」
「大丈夫です。まだまだ勉強不足なのでお仕事のこともっともっと知りたいですし。でも本当は篠山さんとガールズトークしたいんです。まだまだなんで私、仕事のことも勉強になりますが、そっちの方も勉強したいので。でも今日は人がいますから、今度二人だけで行きましょうね」
「私とガールズトーク?もうそんな年じゃないよ、だってアラサーだよ」
「アラサーって、まだ26でしたよね」
「今年27、立派なアラサーだよ」
私自身、本当はまだまだ若いって思ってはいるけれどここ数年は浮いた話なんてないし、軽く男を手玉に取る彼女より多くの恋愛経験をしてきたなんてはずもない。
彼女が期待するようなガールズトークなんて出来るはずもない。
「お酒の席くらい本音を聞かせてくださいね。それじゃあ私向こうの方もお酌してきます」
まだたっぷりと入った瓶を持って嬉々として行ってしまった。本当にお酌が得意で好きなのかもしれない。
右手に持ったままのコップを見るとまだ泡はしっかりと残っていて確かに自信があるのは頷ける。口にすると生ビールのように泡が細かくて口当たりがいい。それに泡の下からはホップがよく香る。つまり美味しい。
愛山さんの一つ先輩、豊崎君は私の同期となにやら熱く語っている。何事にも真面目なんだよな。仕事は終わってるってのに会社の先輩の話を真剣に聞いちゃって。
ただ、会社の飲み会が嫌いじゃない新入社員なんてどうにも納得できない。
若いうちはもっと嫌そうに、仕方がなく、奢りだからしょうがなく、そんな感じで会社の飲み会に参加するものだと思っているし、実際私がそうだった。それなのに彼女にそれが伺えない。無理をしていなければいいのだけど。
*
「篠山先輩はビールですか?」
愛山さんの行く末を妄想していたら、いつの間にか豊崎君が横に来ていた。彼もお酌してくれるみたいだから遠慮なくまた一杯いただく。
愛山さんと比べるとビールの注ぎ方はぎこちないけれど、うん合格点。ただ一つ心配なことがある。
「豊崎君大丈夫?顔真っ赤だよ」
180センチはあろう大柄な体格を縮ませるようにちょこんと座る彼の顔は一足早い紅葉のように見事なほど真っ赤に色づいている。
「大丈夫です。酔ってません」
「ホントに?それダメな酔っぱらいが言う台詞だよ」
「飲める量はわかっているんで大丈夫です、酔ってません」
「それならいいけど、お酌されたって無理に飲まなくていいんだよ。今はそんな時代じゃないんだから、なんだったら最初からビールじゃなくて烏龍茶でもいいしさ。飲み会だって断っても」
「お酒は弱いんですが居酒屋の料理は好きなんで、飲み会にはむしろ行きたいっていうか」
「ああ、そうだよね居酒屋の料理ってファミレスとかにあるわけじゃないもんね」
あまりお酒を飲まないなら一人で居酒屋に入って夕御飯にする、なんてことはないだろうし。そんな事は私だってあまりしない。時々しかしない。
ましてお酒が飲めない豊崎君なら。
美味しいものだから思わず三つ目のエビに箸を伸ばしてしまった。料理は四人につき一皿、お皿にはたしか最初に8つのエビが載っていたから私の分は食べてしまったけど、もう遅い。既に箸でエビをつまんでいる。
すると彼はじいっと私の箸の先を見つめてから言った。
彼の力強い目線は「エビは一人二つまで」と咎めるものかと思ったがどうやら違うらしい。
「エビ、美味しいですよね!美味しいのに向こうのテーブルは誰も食べないから一人でほとんど食べました」
「はは、あそこは飲んべえが集まってるからね。豊崎君みたいな食べてくれる人がいると助かるよ。そうだ、このソースの隠し味ってなんだと思う?」
「甘味ですよね。ケチャップとは少し違う甘みが効いていて、それが思いの外エビと相性がよくて」
「そうそう、知ってる甘みなんだけど」
「オーロラソースの隠し味に甘いものだと蜂蜜か練乳でしょうか」
オーロラソースの定番の隠し味なんて知ってるんだ、豊崎君は。
「でも、それとは違うような気がします」
「詳しいんだね」
「居酒屋で食べたので美味しいのを自分で作ってみたりしてるんで」
「へえ~、凄いじゃん」
「凄くはないっす、自己流なんで」
居酒屋メニューを自分で作れたら晩酌が捗るよなぁ。ポテトサラダだけでもいいから、そんな能力が私にもあればな。
ポテトサラダだけじゃなくて、納豆を挟んだ栃尾揚げ、茄子の揚げ浸しに鰹節、カリカリの手羽先にかぶりつき、サクサクのレバカツに人目を気にせずたっぷりソースをかけて、あぁ妄想も捗る。いいなぁ。
*
きっちり二時間で飲み会は終わり、若いもの達は二次会へ行くみたいだけど、老兵はただ去るのみ。社交辞令だろう、二次会に誘ってくれたけど後は若い者同士で。私は帰って飲み直すよ。
賑わう居酒屋でも向こうのテーブルからそんな声がはっきりと聞こえた。お酌されたおじさん社員は仕事中には決してみせない幸せそうな顔をしている。
今日は社員20名ほどで飲み会。チェーン店ではないものだからそれほど広くない店内はうちの社員でほぼ貸しきり。どういうわけなのか、世間とは違うらしく、うちの若い子たちは会社の飲み会に毎回顔を出してくれる。
彼らがどう考えているのかわからないけど、私たちの職場は風通しがよく理不尽な人間関係はなく非人道的な労働環境じゃないからだと思いたい。
少なくとも私はそう思っているし、それほど大きな会社じゃないこともあって居心地のいい職場だと感じている。
「野乃香ちゃんは気がきくなぁ」
件のおじさん社員は私には決して見せないゆるんだ赤ら顔で言った。そうなんだよ、新入社員だっていうのに愛山野乃香ちゃんってば気が利いて助かるんだよ。そこにちょっと打算的な感じはあるけれど、そうだとしても気が利くことには変わりない。おかげでリーダーになってまだ一年目の私は非常に助かっているしさ。
「ビールの注ぎ方も上手いし。ほら見てよこの泡のバランス」
「ちょっと泡多くないですか?大丈夫でしたか?」
「これが一番美味しいんだよ」
「ありがとうございます!」
そうやって首を小さくかしげるところなんて小動物のようで可愛い。語尾を少し上げたり、うるっとした大きなめで見つめたり、ちょっとあざといけど。でもやっぱり可愛い。おかげで彼女と一緒なら男どもは将棋かチェスの駒のように文句も言わずに忠実に動いてくれる。
リーダーになってみてよくわかった。予想通りに仕事をしてくれることのありがたさを。
「このくらいが一番美味しいんだよ、ほら7対3になってるでしょ」
ああ、あぁ。鼻の下伸ばしちゃってみっともない。私が新入社員の頃なんてお酌しても誰も鼻の下を伸ばしてくれなかったぞ。
私も真似をして注いでみたけど泡ばっかりになっちゃった。
飲まされないようにするためか、単にお酌が好きなのか愛山さんはビール瓶を持ってそそくさと席を移動した。
「豊崎先輩もビールどうですか?」
今度は彼女の一年先輩、二年目の豊崎大道君にお酌だ。
「いや、僕は飲めないんで」
豊崎君は顔が真っ赤だけど鼻の下は伸ばさないな。ああいうのは好みじゃないのかな。真面目そうだから、愛山さんみたいなタイプには簡単にコロッと落とされそうだけど。
「じゃあ私と一緒ですねっ、烏龍茶でいいですか?」
あっ、触った。ここからじゃよく見えないけど、あの姿勢は豊崎君の太もも触ってるなこりゃ。
一応は上司だし、こういうのって言った方がいいのかなぁ。性別が逆なら文句なしにセクハラだけど、でも男性全員に触ってるわけじゃないみたいだし彼だけにってことなら言わなくてもいいのかな。
社内恋愛禁止ってわけでもないし、禁止したって法律で禁止されてるわけじゃない。あくまでも控えてくれってお願いだけ。男女の仲にあれこれ言うのはさすがに野暮だよな。
それに彼女からすればカラカラに乾いたアラサー女の僻みと思われかねない。
今、彼女の信頼を失うと男どもを自由自在に動かせなくなる。それどころか男どもは愛山さんについていき、チームリーダーとしての私はレームダックに。
それなら二人の行く末を肴に飲む方がいいか。いや、もしかして既に付き合っているってこともあるのか。
周りにバレないように気を付けているけど、だけど豊崎君にはそれとなく周りに伝えたい、覚って欲しくて豊崎君だけ触ってみた、とか。
いやぁ、入社して半年でさすがにそれはないか。いくらなんでも早すぎるだろ。でもでも、出会って半年あれば付き合ってもおかしくないのか。
2人ともまだ若いからサクッと付き合いそうだしな。
*
それにしてもこの店、当たりだな。出てくる料理が全部美味しい。
韓国風だろうか、サラダのドレッシングはゴマ油がベースでニンニクと唐辛子が少し効いている。レタスは手でちぎってあり、家で料理を作らないせいだろう、確かに人の手で作られたその痕跡だけで美味しく感じてしまう。我ながらまったくチョロい。
焼いたキャベツと豚バラをオムレツのように玉子で包んだとん平焼きはビールが進む。小麦粉を使わないお好み焼きみたいなものだからお腹にはそれほど重くなくビールが進む進む。
簡単そうに見えるけど実際に作ったらこうはならないんだよな。不思議なことに。
次に出てきたのが海老のオーロラソース和え。大きなエビを炒めてオーロラソースで和えたもの。マヨネーズとケチャップを混ぜた日本流のオーロラソースだけど隠し味になにか入ってるな。
ケチャップとは別の甘味があってなんとなく親しみのある味だけど、でもそれがわからない。まさに隠し味。
オーロラソースが口に残るからこれはビールよりも少し強いお酒をゆっくり飲む方が合うだろうな。焼酎か、少し中華っぽい感じがあるから紹興酒のロックかなあ。
まぁ、飲んべえと知られるのが嫌だから会社の飲み会じゃビールしか飲まないけど。
「篠山先輩、手酌なんてしないでくださいよぉ」
無心で海老を噛み締めていると、いつの間にか愛山さんは私の向かいに移っていてビールを注ぐ姿勢を見せた。
「ありがとうね」
コップの残りをぐいっと飲み干す。
ビール瓶の口からいい音を立ててコップに注がれたビールは確かに見事な泡のバランスだ。
「本当に上手いね」
エヘヘと目を細めて嬉しそうに笑った。
「子供の頃からお父さんの晩酌に付き合わされていたんで、これだけは得意なんです」
「これだけってそんなことないよ。愛山さんはまだ入ったばっかりなのに仕事もちゃんとこなしてくれるし、報連相だってしてくれて本当に助かるよ。ああ、ごめんね。お酒の席なのに仕事のことなんか話しちゃって」
「大丈夫です。まだまだ勉強不足なのでお仕事のこともっともっと知りたいですし。でも本当は篠山さんとガールズトークしたいんです。まだまだなんで私、仕事のことも勉強になりますが、そっちの方も勉強したいので。でも今日は人がいますから、今度二人だけで行きましょうね」
「私とガールズトーク?もうそんな年じゃないよ、だってアラサーだよ」
「アラサーって、まだ26でしたよね」
「今年27、立派なアラサーだよ」
私自身、本当はまだまだ若いって思ってはいるけれどここ数年は浮いた話なんてないし、軽く男を手玉に取る彼女より多くの恋愛経験をしてきたなんてはずもない。
彼女が期待するようなガールズトークなんて出来るはずもない。
「お酒の席くらい本音を聞かせてくださいね。それじゃあ私向こうの方もお酌してきます」
まだたっぷりと入った瓶を持って嬉々として行ってしまった。本当にお酌が得意で好きなのかもしれない。
右手に持ったままのコップを見るとまだ泡はしっかりと残っていて確かに自信があるのは頷ける。口にすると生ビールのように泡が細かくて口当たりがいい。それに泡の下からはホップがよく香る。つまり美味しい。
愛山さんの一つ先輩、豊崎君は私の同期となにやら熱く語っている。何事にも真面目なんだよな。仕事は終わってるってのに会社の先輩の話を真剣に聞いちゃって。
ただ、会社の飲み会が嫌いじゃない新入社員なんてどうにも納得できない。
若いうちはもっと嫌そうに、仕方がなく、奢りだからしょうがなく、そんな感じで会社の飲み会に参加するものだと思っているし、実際私がそうだった。それなのに彼女にそれが伺えない。無理をしていなければいいのだけど。
*
「篠山先輩はビールですか?」
愛山さんの行く末を妄想していたら、いつの間にか豊崎君が横に来ていた。彼もお酌してくれるみたいだから遠慮なくまた一杯いただく。
愛山さんと比べるとビールの注ぎ方はぎこちないけれど、うん合格点。ただ一つ心配なことがある。
「豊崎君大丈夫?顔真っ赤だよ」
180センチはあろう大柄な体格を縮ませるようにちょこんと座る彼の顔は一足早い紅葉のように見事なほど真っ赤に色づいている。
「大丈夫です。酔ってません」
「ホントに?それダメな酔っぱらいが言う台詞だよ」
「飲める量はわかっているんで大丈夫です、酔ってません」
「それならいいけど、お酌されたって無理に飲まなくていいんだよ。今はそんな時代じゃないんだから、なんだったら最初からビールじゃなくて烏龍茶でもいいしさ。飲み会だって断っても」
「お酒は弱いんですが居酒屋の料理は好きなんで、飲み会にはむしろ行きたいっていうか」
「ああ、そうだよね居酒屋の料理ってファミレスとかにあるわけじゃないもんね」
あまりお酒を飲まないなら一人で居酒屋に入って夕御飯にする、なんてことはないだろうし。そんな事は私だってあまりしない。時々しかしない。
ましてお酒が飲めない豊崎君なら。
美味しいものだから思わず三つ目のエビに箸を伸ばしてしまった。料理は四人につき一皿、お皿にはたしか最初に8つのエビが載っていたから私の分は食べてしまったけど、もう遅い。既に箸でエビをつまんでいる。
すると彼はじいっと私の箸の先を見つめてから言った。
彼の力強い目線は「エビは一人二つまで」と咎めるものかと思ったがどうやら違うらしい。
「エビ、美味しいですよね!美味しいのに向こうのテーブルは誰も食べないから一人でほとんど食べました」
「はは、あそこは飲んべえが集まってるからね。豊崎君みたいな食べてくれる人がいると助かるよ。そうだ、このソースの隠し味ってなんだと思う?」
「甘味ですよね。ケチャップとは少し違う甘みが効いていて、それが思いの外エビと相性がよくて」
「そうそう、知ってる甘みなんだけど」
「オーロラソースの隠し味に甘いものだと蜂蜜か練乳でしょうか」
オーロラソースの定番の隠し味なんて知ってるんだ、豊崎君は。
「でも、それとは違うような気がします」
「詳しいんだね」
「居酒屋で食べたので美味しいのを自分で作ってみたりしてるんで」
「へえ~、凄いじゃん」
「凄くはないっす、自己流なんで」
居酒屋メニューを自分で作れたら晩酌が捗るよなぁ。ポテトサラダだけでもいいから、そんな能力が私にもあればな。
ポテトサラダだけじゃなくて、納豆を挟んだ栃尾揚げ、茄子の揚げ浸しに鰹節、カリカリの手羽先にかぶりつき、サクサクのレバカツに人目を気にせずたっぷりソースをかけて、あぁ妄想も捗る。いいなぁ。
*
きっちり二時間で飲み会は終わり、若いもの達は二次会へ行くみたいだけど、老兵はただ去るのみ。社交辞令だろう、二次会に誘ってくれたけど後は若い者同士で。私は帰って飲み直すよ。
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