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アリアドネのカタストロフィ
衝撃・上
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『ここ最近、大阪の事件が世間で話題になり過ぎている。もう少し桐生を、抑えてくれないかな? 私も、ここ半年の事件の鎮静化に手を回すのに、かなり大変でね――まあ、彼は君に会えて嬉しいから、子供の様にはしゃいでいると分かっている。君が悪いのではないと、勿論分かっているよ』
刑事局長は、スピーカーで話しているようだ。サインをする為に走らせる、固い万年筆の音。書類に判を押す音が、声の合間に時折聞こえる。
「申し訳ありません」
櫻子は、自分に特権を与えてくれている上司には逆らえない。反論を言わず、素直に謝罪した。
『今回も、桐生が関係している、と?』
「はい、奈良にまで手を出しています。こちらの捜査課長と私の部下一名を含む五人を、奈良に向かわせる予定です。奈良県警には、もう連絡を済ませました。刑事局長からも一言頂ければ、動きやすいと思います。ので、本部長に連絡して頂けないでしょうか? 一家連続殺人が起こらないよう、これからより慎重に行動します」
『そうしてくれると、嬉しいよ。では、今から奈良県警に連絡する。また、こまめに報告を必ず、頼む』
刑事局長は、そこで電話を切った。櫻子は、どっと疲れたように椅子に背を預ける様に体の力を抜いた。
「お疲れ様です」
いつの間にか帰って来た笹部はそう言うと、先ほどふらりと姿を消した時に買ってきたのだろう、コンビニのホット珈琲を櫻子のデスクに置いた。
「有難う。わざわざ、買ってきてくれたの?」
「僕は、篠原君の様に上手に珈琲淹れる事が出来ないので」
笹部は夏の暑い外に出ていたにもかかわらず、一筋の汗も流していないような涼しそうな顔をしている。自分用にも買っていた珈琲が冷めるまで、カップはパソコンの脇に置いていた。
「森さんも鑑識の二人も、特に目立った素行は見当たりませんでした。総務部に連絡して、車を手配しています。それからいつでも滞在できるよう、近隣のホテルの空室状況が確認できるサイトを、篠原君のタブレットに登録しておきました」
奈良には、新幹線が走っていない。しかし、大阪からは大和路快速に乗れば、乗り換えなしで行ける意外に便利なエリアだ。JRより安く行こうと思えば、乗り換えがあるが近鉄電車で向かえる。しかし鑑識の荷物や着替えがあり、まとまって行動する為に車で向かう事に決めた。宮城たちは、今急いで用意をしている。
櫻子は、奈良県警から送られてきた宮城家で起きた爆発物の写真を、タブレットで見ていた。箱がプラスチック製であったとはいえ、これと同じ爆弾で二人の男が死んでいる。この爆弾は海藤が作ったように、火薬の量や釘が少なく作られていた。
「……また、過去の判例と同じような――何かをする気なのかしら」
櫻子が呟くと、笹部はカップの蓋を開けてふぅふぅと冷ましながら、首を僅かに傾げた。
「さぁ……ボス、どういうことですか」
笹部が、僅かに怪訝そうな声で尋ねた。
「伊丹警察署の検視で、確認して貰っていた事があるの」
櫻子は、タブレットの画面を切り替えた。リンクしているのか、笹部はパソコンを操作してモニターを見つめた。
竜崎月子の解剖所見、抜粋。
『一度掌により首を絞められ、心肺蘇生された形跡あり。気絶する程度だったのか、強い心肺蘇生ではなかった模様。その後に、心臓を刺されてショック死』
「第一の事件、国府方紗季の行った事件も模倣している。だから、宮城さんに連絡して実家にある食べ物や飲み物は、絶対口にしないように頼んでいるの。ご家族が、『シアン化合物』を摂取しないように。第二の事件、吉川美晴の手口の被害に遭わないように」
「……僕は、聞かされてませんでした」
「篠原君にも、言ってないわ。この指示をしたのは、宮城さんにだけ」
珈琲カップに口を付けた櫻子は、熱い珈琲を一口飲んだ。
美味しくなったコンビニの珈琲だが、櫻子は篠原の珈琲の味を懐かしむように瞳を伏せた。
「五十六点……」
刑事局長は、スピーカーで話しているようだ。サインをする為に走らせる、固い万年筆の音。書類に判を押す音が、声の合間に時折聞こえる。
「申し訳ありません」
櫻子は、自分に特権を与えてくれている上司には逆らえない。反論を言わず、素直に謝罪した。
『今回も、桐生が関係している、と?』
「はい、奈良にまで手を出しています。こちらの捜査課長と私の部下一名を含む五人を、奈良に向かわせる予定です。奈良県警には、もう連絡を済ませました。刑事局長からも一言頂ければ、動きやすいと思います。ので、本部長に連絡して頂けないでしょうか? 一家連続殺人が起こらないよう、これからより慎重に行動します」
『そうしてくれると、嬉しいよ。では、今から奈良県警に連絡する。また、こまめに報告を必ず、頼む』
刑事局長は、そこで電話を切った。櫻子は、どっと疲れたように椅子に背を預ける様に体の力を抜いた。
「お疲れ様です」
いつの間にか帰って来た笹部はそう言うと、先ほどふらりと姿を消した時に買ってきたのだろう、コンビニのホット珈琲を櫻子のデスクに置いた。
「有難う。わざわざ、買ってきてくれたの?」
「僕は、篠原君の様に上手に珈琲淹れる事が出来ないので」
笹部は夏の暑い外に出ていたにもかかわらず、一筋の汗も流していないような涼しそうな顔をしている。自分用にも買っていた珈琲が冷めるまで、カップはパソコンの脇に置いていた。
「森さんも鑑識の二人も、特に目立った素行は見当たりませんでした。総務部に連絡して、車を手配しています。それからいつでも滞在できるよう、近隣のホテルの空室状況が確認できるサイトを、篠原君のタブレットに登録しておきました」
奈良には、新幹線が走っていない。しかし、大阪からは大和路快速に乗れば、乗り換えなしで行ける意外に便利なエリアだ。JRより安く行こうと思えば、乗り換えがあるが近鉄電車で向かえる。しかし鑑識の荷物や着替えがあり、まとまって行動する為に車で向かう事に決めた。宮城たちは、今急いで用意をしている。
櫻子は、奈良県警から送られてきた宮城家で起きた爆発物の写真を、タブレットで見ていた。箱がプラスチック製であったとはいえ、これと同じ爆弾で二人の男が死んでいる。この爆弾は海藤が作ったように、火薬の量や釘が少なく作られていた。
「……また、過去の判例と同じような――何かをする気なのかしら」
櫻子が呟くと、笹部はカップの蓋を開けてふぅふぅと冷ましながら、首を僅かに傾げた。
「さぁ……ボス、どういうことですか」
笹部が、僅かに怪訝そうな声で尋ねた。
「伊丹警察署の検視で、確認して貰っていた事があるの」
櫻子は、タブレットの画面を切り替えた。リンクしているのか、笹部はパソコンを操作してモニターを見つめた。
竜崎月子の解剖所見、抜粋。
『一度掌により首を絞められ、心肺蘇生された形跡あり。気絶する程度だったのか、強い心肺蘇生ではなかった模様。その後に、心臓を刺されてショック死』
「第一の事件、国府方紗季の行った事件も模倣している。だから、宮城さんに連絡して実家にある食べ物や飲み物は、絶対口にしないように頼んでいるの。ご家族が、『シアン化合物』を摂取しないように。第二の事件、吉川美晴の手口の被害に遭わないように」
「……僕は、聞かされてませんでした」
「篠原君にも、言ってないわ。この指示をしたのは、宮城さんにだけ」
珈琲カップに口を付けた櫻子は、熱い珈琲を一口飲んだ。
美味しくなったコンビニの珈琲だが、櫻子は篠原の珈琲の味を懐かしむように瞳を伏せた。
「五十六点……」
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