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七海美桜

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罪びとは微笑む

エピローグ

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 家に着く前に、雨は激しくなり雷が響いていた。車を家の前に停めると、雨から逃げるように家へと入った。鍵は、かかっていなかった。
「母さん?いないの?――姉さん?りく?」
 家に帰って来た竜崎は、もう暗いのに門灯が付いていない事に不思議に思いながら中に入り、家族の名を呼んだ。背広に掛かった雨の雫を払うようにハンカチを出して、軽く拭きながら竜崎は胸騒ぎがしていた――いつもは母が、一番遅く帰ってくる竜崎の為に、門灯をつけてくれている。何かあったのだろうか。
 弟の陸は、昨年就職したばかりだ。そして姉の月子つきこは、結婚したものの嫁ぎ先の姑と折り合いが悪かった。頼りの夫は助けてくれなかったので、さっさと離婚して実家に帰っていた。

 この家は、竜崎一家が和歌山から越してきた時に中古で買った、住宅街から少し離れた一軒家だ。その時は、両親が離婚するとは思ってもいなかった。
 姉は広告代理店で遅くまで働き、一番下の弟も地方銀行の総務で働いている。そうして家族で病気がちの母を助けながら、竜崎の家族は父が家を出てからも仲良く生活している。「お母さんの世話は私がするから、あんた達は結婚して出ていきな」と、姉は笑っているが竜崎にはしばらくその予定がない。
「姉さん?」
 キッチンを覗くと、何故か違和感を覚える。何かがおかしい、と辺りを見渡す。匂い、かもしれなかった――と、ダイニングテーブルの向こうの床に倒れているような人の手が見えた。
「…!母さん!?」
 母は、心臓が悪い。もしかして発作でも起こして倒れているのではないかと、竜崎は慌てて駆け寄った。

「……」

 そこに倒れているのは、間違いなく母だった。しかし、床に倒れている母の喉は裂かれていて、恐怖に歪んでいた。もう死んでいる事は、見ただけで分かった。裂かれた時に傷付いただろう動脈からの血が、辺りに飛び散って赤く染まっていた。母の手には、スマホが握られていた。
竜崎は目の前の光景が信じられず、暫く茫然と母の無残な亡骸を見つめている。しかし姉と弟の事を思い出すと、慌ててキッチンを出て2階の姉の部屋に向かって走った。
「姉さん!」
 ノックもせずに姉の部屋を開けると、確かにその部屋には姉の姿があった――だが。

「…嘘や……」

 電気が消された姉の部屋は暗かった。しかし姉がメイクをする時に使うスタンドライトが、無残な姉の姿を照らしていた。
 姉は、両目をくりぬかれていた。そしてその体は、ロフトベッドの頭側と足側の柱に両手を広げる様に縛られて、ぶら下がっていた。心臓から流れ出ていたらしい血の跡で、胸を一突きで殺されたようだ。母と同じく無駄な殺傷痕はない。確かに死んでいる――ピクリとも動かない。
「り…く……」
 もう、竜崎は諦めていた。絶望で胸がいっぱいで息がしにくい。多分弟も殺されている――しかし、確認しなければならない。もしかしたら、弟だけは生き残っているかもしれない…そんな希望を抱きながら、よろめいて転びそうなフラフラの足で、祈るように部屋に向かった。

 電気の付いていない暗い部屋は、廊下の明かりでうすぼんやりと照らされていた。竜崎によく似た面影の弟は、姉と同じロフトベットの柱に足を縛る形でぶら下がっていた。身長とそう変わらない高さなので、頭が床に当たりそうになっていた。その弟の両耳は削がれて、姉と同じように心臓を刺されていた。血の流れを考えると、縛られてから刺されたようだ。


 声もなく、竜崎は膝をついた。どこか遠くで、雷が落ちた大きな音が聞こえた。窓ガラスが、ビリビリと震えていた。

 朝家を出る時はみんな笑っていた。いつもと変わらない、平凡な筈のあれが最後だった。ずっと、続くと――平凡だが平和な日が続くと信じていたのに。



 一家連続殺人事件。

 真っ白だった竜崎の頭に、その単語が浮かび上がった。

 ――次は、連続一家殺害が起きると思う。

 そう篠原に助言したのは、自分だ。竜崎は考える事を辞めると叫びそうになるので、ぐるぐると思考を巡らせる。

 母は、喉を。姉は、目を。弟は耳を。
 喋るな、見るな、聞くな――

「桐生!桐生、…っ――桐生!…くそ!くそ!くそ!卑怯者め…っ!!」
 ドンドンと、竜崎は床を叩いた。知らずに涙が溢れてく。怒りのまま床を強く叩くせいで、手の皮膚が裂けて滲む視界の先で血が飛んだ。自分が「事件の繰り返し」に気付いたから、家族が狙われた。自分のせいだという、背負いきれない後悔で心臓の音が大きく耳鳴りのように響いて苦しくなる。

 固く拳を握っていた掌を開くと、背広が血で汚れるのも構わずにスマホを取り出した。


「宮城課長――俺の母と姉と弟が殺されました…桐生が犯人だと思われます。お手数おかけしますが、応援と鑑識を――」
 竜崎は電話口の上司にそれだけ話すと、呼吸が困難になり気を失って倒れた。興奮のあまり、鼻血が出て竜崎の整った顔を汚していた。
「竜崎!竜崎、どういうことだ!?竜崎?――竜崎!」
 暫く繋がったままのスマホから混乱したような宮城の声が響いてきたが、椅子を倒す音とともに通話は切れた。
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