アナグラム

七海美桜

文字の大きさ
上 下
135 / 188
罪びとは微笑む

犯人・中

しおりを挟む
「あいつは危険や。ホンマに、篠原と笹部だけの護衛で、大丈夫なんか?」

 帰りの高速で、香田は静かに櫻子に尋ねた。先ほどまで香田に抱かれていた体は、ほかほかと何処か温かい。櫻子は周りの男を意識するようになってから、若くて優しい流星と年上で何処か気持ちの読めない香田、2人にいつの間にか心惹かれていた。


「信用できない人間は、傍に置かないようにしているの。それに、私は守って貰う女じゃないわ。篠原君も笹部君も、10年前ほどからの行動を、ちゃんと調べているの」
 櫻子はそう言うと、左の掌を撫でた。その仕草が何故か気になり、香田はそれを見ていた。
「…何かあれば、『共通の敵』である貴方に連絡するわ」
「そうしてくれ――アイツがあの牢獄から出てる時は特に、な」
 警察同志の繋がり以上に、組で酌み交わした盃の関係は強い。桜海會は総出で、桐生を殺す気だろう。桐生が自分で自由にあの牢獄を出ている事を、既に調べているようだ。

 ――それも悪くない、と櫻子は不意に思ってしまった。桐生と出会ってから、自分は弱くなってしまっている気がする。自分以外は、本当は頼りに想ってしまってはいけないのだ。その人物が、もしかしたら桐生の息がかかった人かもしれない。どこに『桐生の陰』が存在するのか、分からないからだ。

 だから、そんな状況が長くなればなるほど――誰かに、桐生の存在を消して欲しい、と願う時が多くなった。


 曽根崎署近くに来ると、桜海會の顧問弁護士の真田が立っていた。暑い日差しを避ける様に、ビルの陰に立っている。今日は涼やかな、落ち着いた色合いの青いスーツ姿だ。今は『海藤冤罪事件』の再審請求で忙しいと思うが、疲れた様子はない。
「お疲れ様です。池田君、交代です」
 その言葉に、素直に池田はシフトをパーキングにしたままサイドブレーキをかけて、運転席から降りた。そして代わりに、真田が運転席に乗り込んだ。そして運転席の窓から、池田に手にしていた赤い紙袋を渡す。
「一条さん、うちの店のホストへのストーカー行為を行っていた女性が殺害されてきた件で、捜査一課の方と話してきました。また、何か分かりましたら教えてください。私たちは、これから被害に遭っていた彼に会ってきます。池田君は、今日は護衛代わりに置いて行きますね」
「え?ちょっと、それは…」
 こんなに目立つ姿の池田は、護衛にならない。焦って断ろうとする櫻子側のドアを開けて、池田が「さあ、姐さん」と促してきた。
 戸惑いながらも降りようとした櫻子の肩を、不意に香田がぐいと掴んで引き寄せた。そうして、また唇を噛んでいた櫻子の薄く血が滲んだ唇を舐めた。
「折角綺麗な唇やねんから、あんまり噛むな」
 そう言って手を離すと、その背を軽く押した。ドアから押された櫻子の体を、池田が受け止める。その合間にドアが閉まると、軽く頭を下げた真田は車を発進させた。
「姐さん、まだ痛いですか?なんなら、俺も舐めますけど?」
「――大丈夫よ、揶揄からかわないで」
 楽しそうに笑う池田を横目に、櫻子は腕時計で時間を確認した。もう、15時を少し過ぎている。
「さくらこちゃーん!」
 取り敢えず曽根崎警察署に向かおうとした櫻子の耳に、幼い少女の声が聞こえた。
「え?――唯菜ゆいなちゃん?」
 そこには、半袖に水兵をイメージしたような可愛らしいデザインのワンピース姿の唯菜が、麦わら帽子を被って笑顔で走り寄ってくる姿が見えた。その唯菜が転びそうになるのを、池田が受け止めて抱き上げた。
「こら、唯菜!…え?一条警視と池田さん?」
 そこに、彼の叔父でもある篠原が慌てて追いかけてきた。そうして、奇妙な櫻子と池田の姿を不思議そうに見つめた。
「あなた、だれ?」
 自分を抱き上げる池田を、唯菜は不思議そうに見下ろした。
「俺は、池田哲平。さくらこちゃんと大雅たいがお兄ちゃんの友達やで」
 池田は子供が好きなのか、優し気な笑みを浮かべてそう唯菜に話しかけた。唯菜はそれで納得したのか、池田の髪のピンを「かわいいね」と指さして笑う。
「池田さんと――『彼』に会いに行ったんですか?」
 篠原は、状況が分からない。唯菜を抱かせたままなのも申し訳なく池田に謝り、それから櫻子に視線を向けた。
「池田君は、運転してくれてたの。それより――カルテ、手に入った?」
 兵庫県赤穂を出る前に、櫻子は篠原に電話をして竜崎と例の廃病院に行って、桐生が話した『カルテ』を探してくるように言っていた。
「はい、それは持って帰ってきました」
「そう、じゃあ――とりあえず…」

「小腹補給に、おやつもありますよ」
「わぁ、豚まん!」
 櫻子と篠原の会話を遮ったのは、池田だ。真田に渡されたのは、大阪が誇る『551蓬莱ほうらい』の紙袋だ。それに、唯菜が嬉しそうに声を上げた。

「…お茶にしながら、話しましょうか」
「はい…」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

警狼ゲーム

如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。 警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日月神示を読み解く

あつしじゅん
ミステリー
 神からの預言書、日月神示を読み解く

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...