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罪びとは微笑む
犯人・中
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「あいつは危険や。ホンマに、篠原と笹部だけの護衛で、大丈夫なんか?」
帰りの高速で、香田は静かに櫻子に尋ねた。先ほどまで香田に抱かれていた体は、ほかほかと何処か温かい。櫻子は周りの男を意識するようになってから、若くて優しい流星と年上で何処か気持ちの読めない香田、2人にいつの間にか心惹かれていた。
「信用できない人間は、傍に置かないようにしているの。それに、私は守って貰う女じゃないわ。篠原君も笹部君も、10年前ほどからの行動を、ちゃんと調べているの」
櫻子はそう言うと、左の掌を撫でた。その仕草が何故か気になり、香田はそれを見ていた。
「…何かあれば、『共通の敵』である貴方に連絡するわ」
「そうしてくれ――アイツがあの牢獄から出てる時は特に、な」
警察同志の繋がり以上に、組で酌み交わした盃の関係は強い。桜海會は総出で、桐生を殺す気だろう。桐生が自分で自由にあの牢獄を出ている事を、既に調べているようだ。
――それも悪くない、と櫻子は不意に思ってしまった。桐生と出会ってから、自分は弱くなってしまっている気がする。自分以外は、本当は頼りに想ってしまってはいけないのだ。その人物が、もしかしたら桐生の息がかかった人かもしれない。どこに『桐生の陰』が存在するのか、分からないからだ。
だから、そんな状況が長くなればなるほど――誰かに、桐生の存在を消して欲しい、と願う時が多くなった。
曽根崎署近くに来ると、桜海會の顧問弁護士の真田が立っていた。暑い日差しを避ける様に、ビルの陰に立っている。今日は涼やかな、落ち着いた色合いの青いスーツ姿だ。今は『海藤冤罪事件』の再審請求で忙しいと思うが、疲れた様子はない。
「お疲れ様です。池田君、交代です」
その言葉に、素直に池田はシフトをパーキングにしたままサイドブレーキをかけて、運転席から降りた。そして代わりに、真田が運転席に乗り込んだ。そして運転席の窓から、池田に手にしていた赤い紙袋を渡す。
「一条さん、うちの店のホストへのストーカー行為を行っていた女性が殺害されてきた件で、捜査一課の方と話してきました。また、何か分かりましたら教えてください。私たちは、これから被害に遭っていた彼に会ってきます。池田君は、今日は護衛代わりに置いて行きますね」
「え?ちょっと、それは…」
こんなに目立つ姿の池田は、護衛にならない。焦って断ろうとする櫻子側のドアを開けて、池田が「さあ、姐さん」と促してきた。
戸惑いながらも降りようとした櫻子の肩を、不意に香田がぐいと掴んで引き寄せた。そうして、また唇を噛んでいた櫻子の薄く血が滲んだ唇を舐めた。
「折角綺麗な唇やねんから、あんまり噛むな」
そう言って手を離すと、その背を軽く押した。ドアから押された櫻子の体を、池田が受け止める。その合間にドアが閉まると、軽く頭を下げた真田は車を発進させた。
「姐さん、まだ痛いですか?なんなら、俺も舐めますけど?」
「――大丈夫よ、揶揄わないで」
楽しそうに笑う池田を横目に、櫻子は腕時計で時間を確認した。もう、15時を少し過ぎている。
「さくらこちゃーん!」
取り敢えず曽根崎警察署に向かおうとした櫻子の耳に、幼い少女の声が聞こえた。
「え?――唯菜ちゃん?」
そこには、半袖に水兵をイメージしたような可愛らしいデザインのワンピース姿の唯菜が、麦わら帽子を被って笑顔で走り寄ってくる姿が見えた。その唯菜が転びそうになるのを、池田が受け止めて抱き上げた。
「こら、唯菜!…え?一条警視と池田さん?」
そこに、彼の叔父でもある篠原が慌てて追いかけてきた。そうして、奇妙な櫻子と池田の姿を不思議そうに見つめた。
「あなた、だれ?」
自分を抱き上げる池田を、唯菜は不思議そうに見下ろした。
「俺は、池田哲平。さくらこちゃんと大雅お兄ちゃんの友達やで」
池田は子供が好きなのか、優し気な笑みを浮かべてそう唯菜に話しかけた。唯菜はそれで納得したのか、池田の髪のピンを「かわいいね」と指さして笑う。
「池田さんと――『彼』に会いに行ったんですか?」
篠原は、状況が分からない。唯菜を抱かせたままなのも申し訳なく池田に謝り、それから櫻子に視線を向けた。
「池田君は、運転してくれてたの。それより――カルテ、手に入った?」
兵庫県赤穂を出る前に、櫻子は篠原に電話をして竜崎と例の廃病院に行って、桐生が話した『カルテ』を探してくるように言っていた。
「はい、それは持って帰ってきました」
「そう、じゃあ――とりあえず…」
「小腹補給に、おやつもありますよ」
「わぁ、豚まん!」
櫻子と篠原の会話を遮ったのは、池田だ。真田に渡されたのは、大阪が誇る『551蓬莱』の紙袋だ。それに、唯菜が嬉しそうに声を上げた。
「…お茶にしながら、話しましょうか」
「はい…」
帰りの高速で、香田は静かに櫻子に尋ねた。先ほどまで香田に抱かれていた体は、ほかほかと何処か温かい。櫻子は周りの男を意識するようになってから、若くて優しい流星と年上で何処か気持ちの読めない香田、2人にいつの間にか心惹かれていた。
「信用できない人間は、傍に置かないようにしているの。それに、私は守って貰う女じゃないわ。篠原君も笹部君も、10年前ほどからの行動を、ちゃんと調べているの」
櫻子はそう言うと、左の掌を撫でた。その仕草が何故か気になり、香田はそれを見ていた。
「…何かあれば、『共通の敵』である貴方に連絡するわ」
「そうしてくれ――アイツがあの牢獄から出てる時は特に、な」
警察同志の繋がり以上に、組で酌み交わした盃の関係は強い。桜海會は総出で、桐生を殺す気だろう。桐生が自分で自由にあの牢獄を出ている事を、既に調べているようだ。
――それも悪くない、と櫻子は不意に思ってしまった。桐生と出会ってから、自分は弱くなってしまっている気がする。自分以外は、本当は頼りに想ってしまってはいけないのだ。その人物が、もしかしたら桐生の息がかかった人かもしれない。どこに『桐生の陰』が存在するのか、分からないからだ。
だから、そんな状況が長くなればなるほど――誰かに、桐生の存在を消して欲しい、と願う時が多くなった。
曽根崎署近くに来ると、桜海會の顧問弁護士の真田が立っていた。暑い日差しを避ける様に、ビルの陰に立っている。今日は涼やかな、落ち着いた色合いの青いスーツ姿だ。今は『海藤冤罪事件』の再審請求で忙しいと思うが、疲れた様子はない。
「お疲れ様です。池田君、交代です」
その言葉に、素直に池田はシフトをパーキングにしたままサイドブレーキをかけて、運転席から降りた。そして代わりに、真田が運転席に乗り込んだ。そして運転席の窓から、池田に手にしていた赤い紙袋を渡す。
「一条さん、うちの店のホストへのストーカー行為を行っていた女性が殺害されてきた件で、捜査一課の方と話してきました。また、何か分かりましたら教えてください。私たちは、これから被害に遭っていた彼に会ってきます。池田君は、今日は護衛代わりに置いて行きますね」
「え?ちょっと、それは…」
こんなに目立つ姿の池田は、護衛にならない。焦って断ろうとする櫻子側のドアを開けて、池田が「さあ、姐さん」と促してきた。
戸惑いながらも降りようとした櫻子の肩を、不意に香田がぐいと掴んで引き寄せた。そうして、また唇を噛んでいた櫻子の薄く血が滲んだ唇を舐めた。
「折角綺麗な唇やねんから、あんまり噛むな」
そう言って手を離すと、その背を軽く押した。ドアから押された櫻子の体を、池田が受け止める。その合間にドアが閉まると、軽く頭を下げた真田は車を発進させた。
「姐さん、まだ痛いですか?なんなら、俺も舐めますけど?」
「――大丈夫よ、揶揄わないで」
楽しそうに笑う池田を横目に、櫻子は腕時計で時間を確認した。もう、15時を少し過ぎている。
「さくらこちゃーん!」
取り敢えず曽根崎警察署に向かおうとした櫻子の耳に、幼い少女の声が聞こえた。
「え?――唯菜ちゃん?」
そこには、半袖に水兵をイメージしたような可愛らしいデザインのワンピース姿の唯菜が、麦わら帽子を被って笑顔で走り寄ってくる姿が見えた。その唯菜が転びそうになるのを、池田が受け止めて抱き上げた。
「こら、唯菜!…え?一条警視と池田さん?」
そこに、彼の叔父でもある篠原が慌てて追いかけてきた。そうして、奇妙な櫻子と池田の姿を不思議そうに見つめた。
「あなた、だれ?」
自分を抱き上げる池田を、唯菜は不思議そうに見下ろした。
「俺は、池田哲平。さくらこちゃんと大雅お兄ちゃんの友達やで」
池田は子供が好きなのか、優し気な笑みを浮かべてそう唯菜に話しかけた。唯菜はそれで納得したのか、池田の髪のピンを「かわいいね」と指さして笑う。
「池田さんと――『彼』に会いに行ったんですか?」
篠原は、状況が分からない。唯菜を抱かせたままなのも申し訳なく池田に謝り、それから櫻子に視線を向けた。
「池田君は、運転してくれてたの。それより――カルテ、手に入った?」
兵庫県赤穂を出る前に、櫻子は篠原に電話をして竜崎と例の廃病院に行って、桐生が話した『カルテ』を探してくるように言っていた。
「はい、それは持って帰ってきました」
「そう、じゃあ――とりあえず…」
「小腹補給に、おやつもありますよ」
「わぁ、豚まん!」
櫻子と篠原の会話を遮ったのは、池田だ。真田に渡されたのは、大阪が誇る『551蓬莱』の紙袋だ。それに、唯菜が嬉しそうに声を上げた。
「…お茶にしながら、話しましょうか」
「はい…」
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