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罪びとは微笑む
発見・下
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一行は曽根崎警察署に戻ると、直ぐにシャワー室に向かった。細菌などの消毒を兼ねた特殊清掃人も使うもので全身を清めた。
櫻子はいつもの化粧ではなく、ほぼ素顔で特別心理犯罪課に戻って来た。服は、ジャケットを着ないで白いブラウスに黒いタイトスカートだった。時刻はもう21時を過ぎていたが、笹部は変わらずパソコンに向かっていた――が。
「…」
部屋に入って来た櫻子をじっと見つめ、どこか彼らしからぬ顔をしていた。
「どうかした、笹部君?――あ、メイク薄くてごめんなさいね」
櫻子は薄化粧の自分を何処か恥ずかしそうに、手にしていた薄紫のタオルで隠しながら笹部から顔を隠した。
「いえ、……ボスって、意外と幼い顔だったんですね」
ポツリと呟いてから、笹部はまたモニターに顔を向けた。櫻子は不思議そうに彼を見ていたが、やはり化粧をちゃんとすべきだったと深く反省していた。
「あれ?一条課長?」
そこに、篠原も戻って来た。彼はシャワーを終えてから、夕食もまだの櫻子と笹部の為に軽食になりそうなサンドイッチをいくつかコンビニで買ってきたのだ。
「一条課長、とても可愛らしいです。女の人はお化粧で、こんなにも変わるんですね」
追い打ちの様な篠原の言葉に、櫻子は羞恥で赤くなった顔を隠した――可愛い?そんな事、成人してから言われる事は少なかった。だから、それがひどく恥ずかしい。
「よく、似合います」
にっこりと笑う篠原は、裏に意味なく本心で素直にそう言っているのだ。櫻子は恥ずかしさで赤い顔のまま、誤魔化すように咳払いした。
「笹部君、私達が外に行っている間何か分かった?」
「実は、被害者たちと容疑者とのやり取りを見ていて…『孑イ共』って文面がたまにあるんです。その他は、『女壬女辰』『才爰交』が見受けられました。意味が分からず調べてみたら、『ギャル文字』と呼ばれるものでした」
途端、櫻子は息を飲んだ。
「それは――『子供』と『妊娠』、『援交』ね?」
「はい、そうです」
「――何らかの原因で、子供が出来たから死にたいなんて思ったのかしら…?」
今は、あまり良い事ではないかもしれないが、『中絶』を選択することも出来る。死を選ぶほどの理由があるのか、櫻子は考え込んだ。確かに、スナックのママの鯵川も『騙されて子供が出来た』と言っていた。この事件は、子供、もしくは妊娠がキーワードなのだろうか?
「あの――よかったら、どうぞ」
考えている櫻子に、篠原はサンドウィッチが入った袋を広げた。その言葉に、笹部も椅子から立ち上がって袋を覗き込んできた。
「篠原君、すごい成長だね。前回の遺体見た後は、あまり食欲なさそうだったのに。今回は遺体を見ても、食べれるようになったんだね」
笹部は揶揄う風でもなく、どちらかと言えば感心したように篠原を眺めた。
「今回は、前回よりマシだったので…それに、今日は昼食べる機会逃したんで」
今日は、櫻子に言われて篠原は竜崎と昼過ぎまで南扇町のアパートの周辺の聞き込みに行っていた。勉強になるから、と宮城が提案したそうだ。捜査一課の他の人員は、容疑者の家や学校に行っているので人数は多い方がいい。
「僕、ハムサンドがいいな」
袋を覗いていた笹部が、ハムにマヨネーズと辛子が塗られているサンドウィッチを手にした。
「好きなのをどうぞ」
櫻子がそう言うと、笹部は「有難うございます」と言ってそれを手に席に戻った。
「最近、ゆで卵ばっかりなんで変わった味を食べたかったんです」
「野菜食べなさい、明日の昼は皆で食べに行くわよ」
笹部と櫻子の会話を聞きながら、篠原はぼんやりと竜崎の言葉を思い出していた――笹部は、身体を鍛えているのではないか?と言われた事を。
「笹部さん、竜崎さんが言っていたんですが――身体鍛えているんですか?」
「…ううん。身体を動かすのは好きじゃない」
そう返事をしてから、笹部はサンドウィッチにかぶりついた。
「ですよね。あ、一条課長はどれがいいですか?」
意外な会話に櫻子が口を挟もうとしたが、篠原がコンビニで買ってきたサンドウィッチの入ったエコバックを広げた。
その袋はキャラクターもので、多分唯菜が選んだのだろうと櫻子は少し笑顔になった。
「じゃあ、玉子サンドを頂くわ。有難う、篠原君」
その日は、サンドウィッチを食べると揃って帰路についた。篠原はカツサンドとツナサンドを食べて、満足したようだった。だが、「今日は夕食天ぷらなんです」と、帰ってからも食べる事を嬉しそうに言っていた。
櫻子はいつもの化粧ではなく、ほぼ素顔で特別心理犯罪課に戻って来た。服は、ジャケットを着ないで白いブラウスに黒いタイトスカートだった。時刻はもう21時を過ぎていたが、笹部は変わらずパソコンに向かっていた――が。
「…」
部屋に入って来た櫻子をじっと見つめ、どこか彼らしからぬ顔をしていた。
「どうかした、笹部君?――あ、メイク薄くてごめんなさいね」
櫻子は薄化粧の自分を何処か恥ずかしそうに、手にしていた薄紫のタオルで隠しながら笹部から顔を隠した。
「いえ、……ボスって、意外と幼い顔だったんですね」
ポツリと呟いてから、笹部はまたモニターに顔を向けた。櫻子は不思議そうに彼を見ていたが、やはり化粧をちゃんとすべきだったと深く反省していた。
「あれ?一条課長?」
そこに、篠原も戻って来た。彼はシャワーを終えてから、夕食もまだの櫻子と笹部の為に軽食になりそうなサンドイッチをいくつかコンビニで買ってきたのだ。
「一条課長、とても可愛らしいです。女の人はお化粧で、こんなにも変わるんですね」
追い打ちの様な篠原の言葉に、櫻子は羞恥で赤くなった顔を隠した――可愛い?そんな事、成人してから言われる事は少なかった。だから、それがひどく恥ずかしい。
「よく、似合います」
にっこりと笑う篠原は、裏に意味なく本心で素直にそう言っているのだ。櫻子は恥ずかしさで赤い顔のまま、誤魔化すように咳払いした。
「笹部君、私達が外に行っている間何か分かった?」
「実は、被害者たちと容疑者とのやり取りを見ていて…『孑イ共』って文面がたまにあるんです。その他は、『女壬女辰』『才爰交』が見受けられました。意味が分からず調べてみたら、『ギャル文字』と呼ばれるものでした」
途端、櫻子は息を飲んだ。
「それは――『子供』と『妊娠』、『援交』ね?」
「はい、そうです」
「――何らかの原因で、子供が出来たから死にたいなんて思ったのかしら…?」
今は、あまり良い事ではないかもしれないが、『中絶』を選択することも出来る。死を選ぶほどの理由があるのか、櫻子は考え込んだ。確かに、スナックのママの鯵川も『騙されて子供が出来た』と言っていた。この事件は、子供、もしくは妊娠がキーワードなのだろうか?
「あの――よかったら、どうぞ」
考えている櫻子に、篠原はサンドウィッチが入った袋を広げた。その言葉に、笹部も椅子から立ち上がって袋を覗き込んできた。
「篠原君、すごい成長だね。前回の遺体見た後は、あまり食欲なさそうだったのに。今回は遺体を見ても、食べれるようになったんだね」
笹部は揶揄う風でもなく、どちらかと言えば感心したように篠原を眺めた。
「今回は、前回よりマシだったので…それに、今日は昼食べる機会逃したんで」
今日は、櫻子に言われて篠原は竜崎と昼過ぎまで南扇町のアパートの周辺の聞き込みに行っていた。勉強になるから、と宮城が提案したそうだ。捜査一課の他の人員は、容疑者の家や学校に行っているので人数は多い方がいい。
「僕、ハムサンドがいいな」
袋を覗いていた笹部が、ハムにマヨネーズと辛子が塗られているサンドウィッチを手にした。
「好きなのをどうぞ」
櫻子がそう言うと、笹部は「有難うございます」と言ってそれを手に席に戻った。
「最近、ゆで卵ばっかりなんで変わった味を食べたかったんです」
「野菜食べなさい、明日の昼は皆で食べに行くわよ」
笹部と櫻子の会話を聞きながら、篠原はぼんやりと竜崎の言葉を思い出していた――笹部は、身体を鍛えているのではないか?と言われた事を。
「笹部さん、竜崎さんが言っていたんですが――身体鍛えているんですか?」
「…ううん。身体を動かすのは好きじゃない」
そう返事をしてから、笹部はサンドウィッチにかぶりついた。
「ですよね。あ、一条課長はどれがいいですか?」
意外な会話に櫻子が口を挟もうとしたが、篠原がコンビニで買ってきたサンドウィッチの入ったエコバックを広げた。
その袋はキャラクターもので、多分唯菜が選んだのだろうと櫻子は少し笑顔になった。
「じゃあ、玉子サンドを頂くわ。有難う、篠原君」
その日は、サンドウィッチを食べると揃って帰路についた。篠原はカツサンドとツナサンドを食べて、満足したようだった。だが、「今日は夕食天ぷらなんです」と、帰ってからも食べる事を嬉しそうに言っていた。
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