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キルケゴールの挫折
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「何故今回、わざわざトリカブトを自分で運んだの?」
「さあ?僕はここから出られないから、君の許に運べるはずないよ。でもあの花屋は、もうないんじゃないかな?」
わざわざ架空の花屋を作り、桐生自ら運んできた。カメラに映る事で、自分の存在もアピールして。
「ねえ、真田先生」
桐生は、真田に視線を向けた。急に呼ばれた事で、僅かに真田の体が強張る。
「真田先生は、お父さんの影響で弁護士になったのかな?真田源治は、検事では有名な悪だったそうだね。お父さんみたいな悪から、人々を守りたかったのかな?でも今回、お父さんのせいで犯罪者になってしまった人を見て、どう思ったのかな?」
桐生は柔和で、天気の話をするような口調で真田に問いかける。真田は、一瞬辛そうな表情を浮かべたが、答えなかった。桐生の挑発には乗らないと、じっと黙っていた。
「櫻子さん。桜海會とあまり付き合わないようにね。でないと、僕は余計な事をしなければなくなるんだ」
話さない真田に飽きたのか、桐生は櫻子に向き直った。
「余計な事って、何をする気なの?」
「虫を払うだけだよ。昔、一度桜海會がどんなものか試した事があるけど、馬鹿しかいなくて楽しめなかった。今回も、そう時間はかからないだろうけどね」
「「昔桜海會を試した」…?今、そう言いましたね」
真田が、ようやく口を開いた。
「何年前かは覚えてないけど、桜海會の息子とその周りにいた5人ほど殺したかな?あれ?それ、ニュースになってないのかな」
ガタン、と大きな音を立てて真田が立ち上がった。池田はまだ震えていて、櫻子が驚いたようにその真田に視線を向けた。
「雪近さんを殺したのは…貴方だったんですね…!」
桐生が桜海會に手を出した事は、櫻子にとっても初めて聞いた。怒りを滲ませる真田と、かわらず笑みを絶やさない桐生を見比べた。
「雪之丞さんも、気を付けた方がいいね」
「若に手を出さないでください!」
真田がガラスに近づくと、その硬い表面をバンと殴った。その様子が楽しいのか、桐生はくすくすと笑っている。
「真田先生!」
握った拳に血が滲んでいるのに気が付いた櫻子は慌てて駆け寄り、もう一度殴ろうとした真田の腕を掴んで止めた。
「櫻子さん」
淡いピンクのハンカチを取り出して真田の血を押さえる櫻子に、楽しそうな表情の桐生が話しかけた。
「今日は楽しませてくれたから、特別に教えてあげようかな――掛川の部屋から見つかったもの。それが、僕が『0人目』であるヒントだよ」
桐生は、唇の端を上げて笑みを深めた。そうして、満足したのか立ち上がった。
「開けて下さい」
「待って、桜海會に何をするつもりなの?まだ、犯行を続けるつもりなの?」
櫻子が桐生の後ろ姿に声をかけると、彼は僅かに首を櫻子に向けて歪んだ笑みを浮かべた。
「僕が事件を起こさなくても、毎日事件は起きるだろう?それが、人間の世界なんだよ、櫻子さん。『死に至る病とは絶望のことである』――今までの犯人たちは、絶望したことによって死を選んだ。そのついでに、人を殺しただけに過ぎない」
「…キルケゴールね?死に至る病、それは絶望である…」
セーレン・キルケゴール、デンマークの思想家だ。『現実世界でどのような可能性や理想を追求しようと、「死」によってもたらされる絶望を回避できないという考えだ。そして絶望からの死こそが、神による救済である』という現実主義の先駆者だ。「信じる者は救われる」という、それまでの宗教的思想を否定している。
しかし今、思想の解釈の話を、延々とする気はない。
「池波は、違うのでは?少なくとも、絶望を感じて人を殺したわけではない」
自分の手を押さえる櫻子の手を左手で押さえる様に握り、真田は桐生の背中をじっと見た。
「彼は、人を殺した事を警察に暴かれて、それが「罪」だと指摘され「後悔」したから死んだんだ。人間は、面白い。色々なパターンが合って、見ていて飽きないよ」
「貴方は…後悔したことはないのですか?沢山の罪を重ねて」
真田の苦々しい言葉に、桐生はにっこりと笑った。
「僕は神を信じていないし、死ぬ事を恐れていない。そもそも僕は、絶望を感じた事はないしね…僕は、僕が神だと分かっているからだよ。神が人を殺しても、それは罪だろうか?」
桐生の言葉に、櫻子と真田はぞっとした…狂っている、と改めて感じた。桐生を人間だと思う事が間違っていると、分かっていた筈なのに。
桐生はそんな2人に軽く手を振ると、開けられたドアをくぐり自室へと帰って行った。
「さあ?僕はここから出られないから、君の許に運べるはずないよ。でもあの花屋は、もうないんじゃないかな?」
わざわざ架空の花屋を作り、桐生自ら運んできた。カメラに映る事で、自分の存在もアピールして。
「ねえ、真田先生」
桐生は、真田に視線を向けた。急に呼ばれた事で、僅かに真田の体が強張る。
「真田先生は、お父さんの影響で弁護士になったのかな?真田源治は、検事では有名な悪だったそうだね。お父さんみたいな悪から、人々を守りたかったのかな?でも今回、お父さんのせいで犯罪者になってしまった人を見て、どう思ったのかな?」
桐生は柔和で、天気の話をするような口調で真田に問いかける。真田は、一瞬辛そうな表情を浮かべたが、答えなかった。桐生の挑発には乗らないと、じっと黙っていた。
「櫻子さん。桜海會とあまり付き合わないようにね。でないと、僕は余計な事をしなければなくなるんだ」
話さない真田に飽きたのか、桐生は櫻子に向き直った。
「余計な事って、何をする気なの?」
「虫を払うだけだよ。昔、一度桜海會がどんなものか試した事があるけど、馬鹿しかいなくて楽しめなかった。今回も、そう時間はかからないだろうけどね」
「「昔桜海會を試した」…?今、そう言いましたね」
真田が、ようやく口を開いた。
「何年前かは覚えてないけど、桜海會の息子とその周りにいた5人ほど殺したかな?あれ?それ、ニュースになってないのかな」
ガタン、と大きな音を立てて真田が立ち上がった。池田はまだ震えていて、櫻子が驚いたようにその真田に視線を向けた。
「雪近さんを殺したのは…貴方だったんですね…!」
桐生が桜海會に手を出した事は、櫻子にとっても初めて聞いた。怒りを滲ませる真田と、かわらず笑みを絶やさない桐生を見比べた。
「雪之丞さんも、気を付けた方がいいね」
「若に手を出さないでください!」
真田がガラスに近づくと、その硬い表面をバンと殴った。その様子が楽しいのか、桐生はくすくすと笑っている。
「真田先生!」
握った拳に血が滲んでいるのに気が付いた櫻子は慌てて駆け寄り、もう一度殴ろうとした真田の腕を掴んで止めた。
「櫻子さん」
淡いピンクのハンカチを取り出して真田の血を押さえる櫻子に、楽しそうな表情の桐生が話しかけた。
「今日は楽しませてくれたから、特別に教えてあげようかな――掛川の部屋から見つかったもの。それが、僕が『0人目』であるヒントだよ」
桐生は、唇の端を上げて笑みを深めた。そうして、満足したのか立ち上がった。
「開けて下さい」
「待って、桜海會に何をするつもりなの?まだ、犯行を続けるつもりなの?」
櫻子が桐生の後ろ姿に声をかけると、彼は僅かに首を櫻子に向けて歪んだ笑みを浮かべた。
「僕が事件を起こさなくても、毎日事件は起きるだろう?それが、人間の世界なんだよ、櫻子さん。『死に至る病とは絶望のことである』――今までの犯人たちは、絶望したことによって死を選んだ。そのついでに、人を殺しただけに過ぎない」
「…キルケゴールね?死に至る病、それは絶望である…」
セーレン・キルケゴール、デンマークの思想家だ。『現実世界でどのような可能性や理想を追求しようと、「死」によってもたらされる絶望を回避できないという考えだ。そして絶望からの死こそが、神による救済である』という現実主義の先駆者だ。「信じる者は救われる」という、それまでの宗教的思想を否定している。
しかし今、思想の解釈の話を、延々とする気はない。
「池波は、違うのでは?少なくとも、絶望を感じて人を殺したわけではない」
自分の手を押さえる櫻子の手を左手で押さえる様に握り、真田は桐生の背中をじっと見た。
「彼は、人を殺した事を警察に暴かれて、それが「罪」だと指摘され「後悔」したから死んだんだ。人間は、面白い。色々なパターンが合って、見ていて飽きないよ」
「貴方は…後悔したことはないのですか?沢山の罪を重ねて」
真田の苦々しい言葉に、桐生はにっこりと笑った。
「僕は神を信じていないし、死ぬ事を恐れていない。そもそも僕は、絶望を感じた事はないしね…僕は、僕が神だと分かっているからだよ。神が人を殺しても、それは罪だろうか?」
桐生の言葉に、櫻子と真田はぞっとした…狂っている、と改めて感じた。桐生を人間だと思う事が間違っていると、分かっていた筈なのに。
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