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エピローグ 三つの香り
しおりを挟むエピローグ 三つの香り
「わたくし、思うのです」
さっきまで夕食が並んでいた掘りごたつ式のテーブル。
今は、教科書や参考書を並べて、みんなで勉強をしている。
ツナが、シャープペンシルでノートをコツコツ叩きながら、
「どうも、おかしいとは思いませんか?」
「何がですか、そりゃメイドより女給より愛想美のバレリーナ衣装はおかしいけど」
苦手な三次関数と格闘している星多が、参考書から目を離さずに訊く。
今日もなぜか愛想美は白鳥姿だ、勉強会だって言ってんのに、もう頭がおかしいとしか思えない。
大正浪漫風女給が、手を顎にそっと当て、憂いのある表情で、
「お嬢様がおかしいのは普通ですので。それより、小僧のお部屋を掃除したときですが」
「あれ? 俺カギかけてませんでしたっけ?」
「ご心配なく、きちんとかけておりました。ので、マスターキーで開けて入りました」
「いやいや、なに勝手に入っちゃってんの!」
怒る星多を無視し、ツナは眉をひそめて愛想美と凛々花に向かって話す。
「どうも、おかしいおかしいと思っていたのです。だって、小僧、やりたい放題なのに、なぜわたくしたちに何もしないのか? こんなにも魅力的なわたくしたちに? おかしいですよね? そこで、わたくしと凛々花さんは、小僧の部屋を漁ってみたわけです」
「……凛々花先輩まで!?」
クラシカルメイド服の凛々花は、少し頬を染め、
「ごめんね、星多くん……ツナさんがしつこく誘うし……私も、男の子の部屋ってどうなってるのかなあって、興味あったし」
「やめてください!」
女給が立ち上がり、サイドテールにした髪を振り乱して大仰にポーズをとる。
「小僧、あなたの部屋には、何もなさすぎる!」
「どういうことですか」
「エロ本も! エロDVDもない! PCの中を覗いてみましたが、エロ動画すらない!」
「覗くなよ! やべえよ!」
「わたくしの昔の写真と、凛々花さんの写真のデータ、それにお嬢様のもありましたが、でもそれ以外、他になんにもオカズがないのです!」
「やめて……」
「白米ばかり食べてると脚気になりますよ!」
古典の参考書を眺めていた愛想美は呆れたように、
「じゃあ玄米でも食べればいいじゃない」と言う。
「お嬢様、話はまだ続くのです。さらに、わたくしたちはいろいろ漁りました、しかしながら、ゴミ箱の中にも何もない。ティッシュペーパーも減ってない! 男子高校生の! 部屋の! ゴミ箱が! 綺麗! ティッシュも使ってない! つまり!」
星多はげっそりして、
「ほんとやめてください、ツナさん……シモネタ大好きですよね」
ツナはやめない。むしろエスカレートする。
「お風呂場かトイレ、ということになるではありませんか! お風呂場の排水口見てみましたがその痕跡はありませんでした。つまり、オカズもなしに便所飯! かわいそうですわ、小僧」
もう、なんというか、中学生の頃星多が恋したユキさんと、目の前でオカズがどうのと熱弁をふるうツナが同一人物だということがもはや信じられない。
「そんなわけで小僧、深夜にトイレでご飯食べるとき、脳内で凛々花さんにどんなことしてるんですか?」
「え、私限定?」
クラシカルメイドがビクンと身体を硬直させる。
「ツナさん、もうやめてください、どんなこともなにも、してませんから」
「あらそう。てっきり縛られてろうそく垂らされるのとか、そういうのかと思いましたが」
なんなんだ、この会話の目的がわからない。
「黙っていてはわかりません。それとも、スカトロとかそっち系ですか?」
「気持ち悪いな! 普通ですよ、普通! 普通な感じで……先輩だけじゃないし……」
あ。誘導尋問に、引っかかってしまった。
凛々花を見ると、頭の上にハテナマークを出しているような表情で首を傾げている。
だけど、その横の愛想美が、獲物を前にした猛禽類のような目で睨んできている。
白鳥じゃなく、鷹の目をしている。怖い。
動揺して汗をだらだら流し始めた星多を見下すような冷たい視線で一瞥するツナ。
「それはつまり、凛々花さんは普通だとしても、わたくしとお嬢様はイロモノ枠として、小僧の脳内ではイロイロされてるわけですね、四肢切断のリョナ的な?」
「だからツナさん使うときも愛想美使うときも普通ですって! ……あ」
またもあっさり誘導尋問に引っかかってしまった。我ながらアホだ。
「小僧……。やっぱりわたくしもですのね。ここにいる三人を脳内で陵辱してオカズに使ってるのですね。おぞましいことこの上ないわ、あの時ジャンプに失敗して落ちればよかったのに」
「……星多……あんた……そういうのってね、女の子はね、マジでマジで生理的に嫌悪するんだから、口には絶対だしちゃ駄目なことなのよ……今すぐ死ぬべき」
「星多くん……あのね、男の子のそういうのはよくわからないけど、健康に悪いことだと思うの、多分。あのね、控えた方がいいと思うよ? あとやっぱりなんだか気分悪いし」
ああ、ほんとに死にたくなってきた。
どうして三人の女子の前でこんな目に合わなきゃいけないのだ。
しょうがないだろ、高校生男子の身体ってのはなあ、本人にも制御できないほどのやんちゃな暴れ馬が住んでいるんだよ!
お前ら全員オカズにしてて何が悪い! と叫びたかったけど、そんなことしたら本格的に軽蔑されそうなのでぐっと我慢、ちょっと涙目。
星多はあまりにも恥ずかしくて俯く。目の前の三人の少女が、口で言うほど嫌がっていない表情でアイコンタクトをとりあっているのにも気づかない。
もう、この場にいるのもいたたまれなくなって、逃げ出そうと腰を浮かした瞬間。
「ま、でもあんた、いざとなったら命を捨ててでも、あたし達を助けに来てくれるんだもんね。実際、そうしてくれたもんね」
そういって、いつの間にやら背後に来ていたバレリーナが星多の身体を押さえつけた。
「その気持ちと行動にさ、なんかお礼しようってことになってさ。ついでに、三人で紳士協定も組んだんだけどね。ま、それはいいとして、ね、星多、だから、ちょっとだけ、プレゼント。ほら、あたしが押さえつけてるから、ツナも凛々花先輩もはやく」
クラシカルメイドと和装の女給が、星多のそばにやってくる。
ミルクとフルーツと和風なお香、三つの香りが交じり合う。
「ありがとね、星多くん」
右の耳からは凛々花の軽やかな声。
「お礼を言うわ、小僧」
左の耳からはツナのハスキーな声が聞こえてくる。
星多が恋した二人の少女の唇が、ほっぺたへと近づいてくる。
そして、二人同時に……いや、どさくさに紛れて、
「星多、ありがと」
愛想美も星多の首筋へと唇を寄せる。
そして、星多は三人から同時に、チュッ、とキスをされたのであった。
少女たちの柔らかい唇の感触、女子の匂い。頭の中がほわわーんとして、胸の奥が暖かくなった。
「こんなんじゃ、足りないかもしれないけど」
おずおずという凛々花に、
「いや、お釣りがきますよ」
と、星多は言った。
十分すぎる報酬だった。
この少女たちがいつか、幸せになれますように。
そのために、俺は力をつけなきゃいけない。
勉強して、医学部合格を目指さなきゃな。
立場を利用してこの娘たちに手を出すなんて、考えられない。
俺は絶対そんなことしない。
積極的に誘惑されたら自信ないけど、この娘たちがそんな自分を安売りするようなこと、もうするわけがない。
それぞれが、それぞれの夢に向かって、今は走るべきだ。
星多は思う。
これからもいろいろあるかもしれないけど、きっと俺たち、平和に生活していくに違いない。普通の高校生として、普通に仲良く楽しく暮らしていこう。
俺がそう決めたら、そうなるんだ。
チークを塗りたくったかのように頬を赤くして照れている三人の少女を見る。
こいつらをずっと守り続けられる男になるために。
俺は、今は勉強するんだ!
星多は顔がにやついてしまうのを必死に抑え、シャープペンシルを握る。
「よし、じゃあ勉強の続きするぞ!」
四人の少女に星多は言って、三次関数に取り組み始めるのだった。
………………ん?
待て待て、四人?
星多は顔を上げる。
クラシカルメイドに大正浪漫風な女給さんに、バレリーナに、そして執事。
執事?
「お、お前、誰だっ?」
「えっへっへー。あなたが、十万円?」
黒の燕尾服に身を包んだ男装の少女がそこにいた。切れ味鋭い美貌、でもその幼さを感じさせる笑顔を見るに、星多達と同じ高校生くらいの年齢だろう。
「十万円かー。どーしても欲しいものがあるんだよねー。スパイさせておいてこの私はのけものとか、ひどいなー。十万円だもんね。でもなーこの顔かー。うーん、十万円じゃあ、安いね、私ちょっと奥様のとこいって価格交渉してくる」
なんだか失礼なことをぬかして執事は立ち上がり、スタスタと部屋を出ていこうとして。
振り返って、言った。
「交渉妥結したらさっそく今から始めましょうね。だーいじょうぶ、天井のシミを数えてたらおわるからさっ。あ、乳臭いガキ女三人は見学してなさい、私達のエッチを見て勉強するがいいさっ」
自分だって同じくらいの年齢だろうにそんな言葉を残し、リズミカルな足音とともに、執事少女が去る。
どうも、まだまだ、星多の生活は平和どころか波乱が続くようであった。
―――――――――――――――――――――――――――
次回で完結です。
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