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第一章
3 ハイラ族とローラ族
しおりを挟む「この格好も板についたよなー……」
奴隷商人の扮装をした俺は、騎馬で西へと向かう。
俺も毎日の練習の甲斐あって、やっと馬に乗れるようになった。
先の反乱鎮圧のとき、キッサの操る馬車馬に乗ってたせいで、「馬車馬騎士」とかそんなアダ名をつけられたとかいう噂を聞いたけど、今はちゃんと軽種のイアリー馬に乗っている。
イアリー馬というのは、イアリー領でしか産出できない特殊な馬で、本来門外不出らしいけど、ヴェルが「ま、あんたは身内みたいなもんだし」ということで十頭だけ送ってくれたのだ。
イアリー家は獣の民の国の宿敵ともいえる。
その獣の民の国にイアリー馬で乗り込むのは危険じゃないかとも思うんだけど、
「外見からではイアリー馬だと判別できないから大丈夫でしょう」
とキッサもいうし、その言葉を信じることにしよう。
騎馬は三頭。
俺が乗る馬、キッサとシュシュが二人乗りで乗る馬、そしてサクラの乗る馬だ。
この四人だけで、婆さまの救出作戦をおこなわなきゃいけない。
現在、獣の民の国は二つの民族によってなりたっている。
遊牧の民、ハイラ族と、農耕の民、ローラ族だ。
どちらの民族にも魔石を飲み込む風習がある。
それによって魔獣を意のままにあやつる能力を持つ。
その能力によって、魔獣を農耕のための労働力として使ったり、食肉用の魔獣を遊牧させたり、そしてもちろん戦争の際の戦力として利用したりする。
その魔獣を操る風習によって、彼女らは『獣の民』と呼ばれ、やがて自称するようになったそうだ。
ハイラ族が遊牧に使う主な家畜は、牙ヒルビという魔獣。
ヒルビってのは、鹿と羊の合いの子みたいな家畜だけど、それを魔獣と掛けあわせて産まれた牙ヒルビは、穫れる肉の量も多く、しかもうまい。
ただし、非常に狂暴で野生化した牙ヒルビは肉食化して人を襲うこともあるらしい。
その牙ヒルビを魔石の力によってコントロールして遊牧しているのだ。
「現在のハイラ族の長は、リコリ家のカルビナ・リコリです。ハイラ族内ではここ数年、暗殺が相次いでいて、カルビナ・リコリも暗殺に次ぐ暗殺を繰り返して現在の地位にいます」
キッサが詳しく教えてくれる。
「私の知っている範囲だけでも、カルビナ・リコリが暗殺した人数は百人を下りません。中にはまだ三歳の子どもや、産まれたばかりの赤ん坊も含まれます。それによって長の家系でも傍流だったカルビナ・リコリがハイラ族の長となったのです。長となってからも粛清を繰り返し、ハイラ族内では恨まれる以上に恐れられています」
俺は馬上の生徒となってキッサの講義を聴く。
俺の領土は獣の民の国とは接していない。
ので、イアリー領を通って獣の民の国へと入ることになる。
馬上からみるだけでも、イアリー領はかなり栄えているように見えた。
あんな脳筋っぽいヴェルでもきちんと内政してるんだな。きっといいブレーンがいるんだろう。もしかしたらヴェルの妹のエステルが内政屋なのかもしれない。
「それに対して、ローラ族はアビアンナ・ローラを長とした一枚岩。ローラ族長アビアンナは、、ハイラ族内の混乱に乗じて、ハイラ族の長の座をも狙ったのです。そして、ハイラ族長カルビナ・リコリへ暗殺者を送り込みました。それは失敗に終わったのですが、これによりハイラ族とローラ族との間の対立は決定的なものになったのです」
なるほど、ラータがいっていた獣の民の国の内紛ってやつがこれか。
どこもかしこもどろどろしてやがるなあ。
「今回婆さまを誘拐したのはハイラ族なんだよな?」
「はい、騎士さまはそうおっしゃっていましたね……でも、私としてはちょっと違和感を覚えます……もしこの誘拐がハイラ族長カルビナ・リコリによるものだとしたら、手元においておくはずで、グラブ市に監禁することなど……」
グラブ市というのは、遊牧民族であるハイラ族の数少ない定住地の一つで、もっとも大きな町だ。
代々族長はそこに住んでいたので、事実上の首都だったという。
ただし、現在のハイラ族長カルビナ・リコリは自身の暗殺を恐れて、遊牧しながら移動し続けているらしい。
「そこがおかしいな、って思うんですよねえ……」
キッサは首をかしげる。
「いずれにしても、現地にいってみないとわかんねえかもな」
「そうですね、あ、その分かれ道は右側です」
キッサは故郷に戻れるせいか饒舌で、サクラはじっと黙ってついてきている。
ほんと、奴隷としては最高だよ、サクラは。
「しかし、ハイラ族にも奴隷商人っているのか? 俺みたいな日本人……じゃないな、ガルド族がハイラ族の奴隷を連れて歩くなんて、あるのか?」
「もともとハイラ族には奴隷制度はありませんでした。が、百年前……ちょうど男が生まれなくなる奇病『神のきまぐれ』が大流行したころ、足りなくなった労働力確保のために奴隷制が始まったとされます。ターセル帝国の文化の影響もあったでしょうね。最初は異民族が奴隷にされましたが、そのうち内乱などで捕まった捕虜をも奴隷にするようになり、現在ではハイラ族の奴隷も珍しくはありません。ガルド族の奴隷商人は珍しいでしょうが、首都グラブ市くらい大きな都市ならそこまで目立つこともないでしょう」
この大陸では奴隷制が必要不可欠なものになっているらしい。
なにしろ、男が死滅したのだ。
法術の力を借りられるとはいえ、今まで男がやっていたような苦しい肉体労働を女が担わなければならなくなった。
しかも、魔王軍を名乗る勢力が肥沃な土地を狙って侵食してきて、作物の生産性は大陸全土で最盛期の数分の一程度まで落ちたという。
皇帝たるミーシアや上級貴族であるヴェルレベルならともかく、末端の人々の暮らしはまさに暗黒時代。
畑に水を引くにも狩りや漁をするにも人が足りなすぎて土地は荒れ、大きく手を加えなくても耕作しやすい肥沃な土地をめぐって戦争が起き、痩せた土地を開墾するために過酷な労働を奴隷に強いる。
基本的にこの大陸の文化レベルではすべての基盤が農業にあるので、戦争と奴隷制が今日を生き抜くためにどうしても必要になり、それがさらに国全体を疲弊させていく。
他人事みたいに語っているけど、日本だって古代には奴婢と呼ばれる奴隷身分がいたとされるし、近代まで労働力確保のために人身売買をしていた小島もあるのだ。
俺の領土でも奴隷は一定数いて、俺の領土内に限り奴隷制を廃止する案も検討してみたけど、結局あきらめた。
奴隷制の廃止ということはつまり私有財産の一方的な没収でもあるという一面もあり、アメリカの南北戦争じゃないけどまじで住民の反乱までありうると判断したのだ。
ターセル帝国の法では、悪政によって住民の反乱を引き起こした領主は死刑までありうるからな。まあ日本の江戸時代も似たようなもんだったけど。
さて、俺たちはいよいよ国境までやってきた。
もちろん街道沿いなんてハイラ族の厳重な監視下なので、キッサの道案内で馬がやっと一頭通れるような獣道を行く。
イアリー領内は安全だったが、これからは危険と隣合わせだ。
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