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第五章 僭称

95 僭称

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 そんなの訊かれてもなあ。

 俺にわかるわけもない。

 攻城兵器とかあるんだろうか?

 トレビュシェットとか、カタパルトみたいなやつ。

 あればそれで……。

 いやだめだ、そういう攻城兵器は準備だけでかなりの時間がかかる。

 今回はあまり時間をかけられないのだ。

 なにしろ、いつ敵の主力である第二軍がやってくるかわからない。

 できれば、第二軍とは正面から決戦したい。

 決戦をして、殲滅する。

 それでこそ全国の諸侯は俺たちに恭順するのだ。

 攻城中に第二軍がきたら、挟み撃ちされる形になるし、それはよくない。

 城塞の地形もよく考えられていて、城塞を攻めるには一度川の手前の盆地に入らなければならない。

 つまり必ず高所の敵との戦闘になる。

 そんな場所で第二軍と交戦したら……。

 ダメだな、ここでは決戦の場としては不利すぎる。

 うーん……。

 ……俺の頭だと、この答えしか浮かばないなあ。


「俺なら」

「うんうん」

「無視して先にすすみますね」

「うん?」


 ラータが首をかしげる。


「要は補給路を分断されなきゃいいのです。見たところ、川を挟んで堅牢につくられている城塞ですが、それだけに城内から打って出るのも簡単ではない。ならば、備えに千人ほどの兵をおいて、敵を城塞内に釘付けにしてしまえば補給隊が襲われる心配もないし、無駄な戦いをせずにすみます」


 俺がそういうと、ラータ将軍は「おお」といってポンと手を打ち、そのツインテールを揺らして「はっはっはっ」と豪快に笑った。


「百点だよ、エージ卿。そうか……そうだ、君の言うとおりだった。私もどうかしてたよ、どうやってこの城塞を落とそうかとしか考えていなかった。そうだ、落とさなくていいんだ、それでいいんだ。さすがだね、エージ卿」

「いやぁ……」


 べた褒めされてちょっと照れる俺。照れ隠しにさらに言う。


「さらに、城内へ向けて説得の矢文を何度も入れましょう。ヘンナマリより好条件でこちらに寝返らせるのです。寝返らなくても良い。とにかくヘンナマリより好条件を出す。そうすれば、ヘッツ城塞の第六軍としては、どちらが勝つのか戦況を見極めようとするでしょう。必ず有利な方に味方するはずです。……決戦で負ければ、背後を衝かれてしまうかもしれませんが」

「どちらにせよ決戦で負ければ負けだよ。来るべき第二軍との決戦にすべてを賭けるべきだね。君の案を採用しよう。君は戦術面でも頼りになるねえ」


 かくして、ヘッツ城塞攻略戦は、作戦自体がとりやめになった。

 そのかわり、千五百ほどの兵が盆地手前の高台に陣地を作り、そこで城塞側と睨み合う形をとった。

 その間にも城塞への離反工作を行い続ける。

 その条件は破格のもので、第六軍の将は官位をひとつあげ、荘園の所有をみとめる、兵たちもそれぞれの地位にあった褒美を与えるというものだった。

 もし降伏を認めなければ、城塞も開門して破れかぶれの突撃をしかけてくるかもしれないが、降伏の道を残しておくことで城塞内で徹底抗戦派と降伏派の勢力を拮抗させ、結果的に動きを封じ込めることができるのだ。

 と、突然、俺と同じ馬に乗っていたシュシュが、大声をあげた。


「おなかすいたー!」


 おまえさっきでっかいパンを食ってたばかりじゃねーか!

 食糧には限りがあるんだぞ!

 しかしそこは妹に甘いキッサ、


「しょうがないわね、シュシュ、これを食べなさい」


 と自分のパンを渡す。

 それに幸せそうな顔でかじりつくシュシュ。

 うーん、こんなに食欲あるんなら、まだ幼いシュシュもあっという間にでかくなって、胸も姉のキッサと同じくらいになりそうだな。

 しかし姉の分までくっちまうのは問題だ。

 あとで釘を指しておこう。

 シュシュが自分のコントロールができない人間に育つのも困るし、なによりキッサの分の食い物まで食ってしまったら、キッサが痩せこけちまうだろうが!

 具体的にいうとせっかくのIカップが縮んだらどうすんだ!

 俺の奴隷の胸のサイズが小さくなるのは看過されるべき出来事じゃあないぞ!


「ふふふ、君の奴隷は元気がいいね」


 ラータ将軍が言う。


「困ったことで……」

「たしか、宮廷法術士に拘束術式かけられていて、その子たちは君から離れられないんだよね?」

「そうなんです……」

「ふーむ……乱戦の中だとちょっと不利かな」


 正直、この世界の普通の人から見ればキッサもシュシュもただの奴隷にすぎないわけで、そんなの捨て置けって話になるのかもしれないが、俺にしてみればもう、今更この二人を見捨てることなんて出来る訳がない。ここまで来たら、一蓮托生だ。

 ラータ将軍はふっと俺に尋ねた。


「私達の勝利条件って、なんだと思う?」


 なんだ、突然。

 そんなの、わかりきっている。


「皇帝陛下のご健在はもちろんのこと、帝都の奪還、第二軍の殲滅です」

「そうだね、その通りだ。ところで、もう一つ面白い手があるんだけど」


 ん?

 ほかになにかあるか?


「エージ卿、ヘンナマリは誰がどう見ても逆賊だよ。彼女は駆け落ちだのなんだのといろんな噂を流しているようだが、こうして皇帝陛下自ら親征して帝都奪還にきているのだから、そんなのは嘘だったってもう諸侯もわかっている。それでもヘンナマリに与する人間がいるのは、今のところヘンナマリの方が若干有利だからだ。私の第三軍は全軍を連れてくることができなかった。獣の民や魔王軍の勢力のために半分はあそこに置いておかなければ、それこそ挟撃の恐れがあるからね。ヘンナマリは第二軍の二万五千人を自由に使え、もちろん自分の騎士団八千、そのほか縁戚や利害関係の一致する騎士たちの軍勢も勢力にいれている。合計すれば四万から五万の軍勢だ」

 ふむ。

 対して俺たちの軍勢は第三軍の一万と、ヴェルの騎士団五千、そしてイアリー家の分家だというリーサ卿から借りた千。そのほかの勢力を合わせても一万五千ほどにすぎない。

 ラータの言うとおり、もともと獣の民と戦争中だった第三軍のうち半分ほどは、停戦合意したとはいえ備えのために置いてこなければならなかった。

 ヴェルの持つ騎士団一万だってそうだ、ヴェルの領地は獣の民と魔王軍の両方と接しており、その戦力の全てをもってくることはできない。

 対して第二軍は将軍だったリューシアを俺が殺し、また前回の戦で騎兵旅団二千を壊滅に追い込んだとはいえ、もともとは予備兵力として温存されていた軍。その主力は健在で、しかも周りの領地を縁戚でかためているヘンナマリは自分の軍勢をすべて帝都方面に引き連れてきているのだ。

 数の上からだけ見れば、必敗だ。

「しかしラータ閣下、我々は他にも手を打っているはずです。たとえばプネル卿の工作……」

 そう、山賊の首領、プネル。

 あの日本人男性そっくりの顔をした、ガルド族の女山賊だ。

 ラータの進言によって、彼女にはすでにアルゼリオン号、つまり騎士の位がミーシアから与えられている。

 ちなみに『号』とは称号のことだ。

 だから俺もプネル『卿』と敬称をつけたのだ。

 プネルは帝国全土にネットワークを持つ没落貴族の団体に連絡を入れ、それをまとめ、今は蜂起の準備をさせている。

 没落した貴族が欲しがるのは二つ、地位と土地だ。

 その二つをミーシアが保証し、事実ミーシアは騎士号だけではなく、その直轄領の一部、一万人ほどの人口がいる地域を領土としてプネルに分け与えている。

 もちろんこの地位はミーシアによるもので、もしヘンナマリ派が勝てばその約束はなかったことになるも同然。

 これでプネルが俺たちを裏切る心配はほぼなくなったといってよかった。

 当然のことだが、反乱を起こしたヘンナマリの領土は、俺たち皇帝派にしてみれば『書類上では』没収されており、その領土を没落貴族たちに分け与えることを条件として蜂起させようというのだ。

 この没落貴族たちの団体については、ミーシアもヴェルも知らないほどだったから(ラータは存在そのものは知っていたがどんなものかまでは把握していなかったらしい)、それはヘンナマリも同様だろう。

 いきなりの全国的な蜂起は、俺たちの大きな助けになるはずだ。


「しかし、それだけじゃあ足りないね、エージ卿」


 他にどういう手があるというのだろうか。


「ヘンナマリは帝都の民衆の鎮撫のため、帝都に限って言えばほぼ通常の状態に戻しつつあるそうだよ。そこでは焼け落ちた宮殿の再建が始まっていて、商人たちの行き来も復活しつつあるらしい。……ところで、エージ卿、君はまだ騎士になって日が浅い。騎士というよりもガルド族の商人にしか見えないね」


 本来の騎士としては怒るべきセリフなのだろうが、その通りだからなあ。

 ほんの数日前まで俺は保険の営業マン、まさに商人だったのだから。

 騎士号をもらって騎士になったからといって、その日から騎士っぽくなるわけじゃない。

 俺は、ラータがなにをいわんとしているか、少し理解し始めた。


「閣下、それはつまり、商人として帝都に潜入せよと?」

「察しがいいねえ。エージ卿みたいに頭がいい人は、私は好きだよ。君はすでに騎士、私の命令に従う義理はないけれど……だがぜひこの作戦に協力してほしい」

「俺は帝都でなにをすれば? それこそ民衆蜂起の扇動とか、貴族をこちらがわに引きぬくとか?」

「できればいいが、ソレは主目的じゃないね。主目的は……」


 ラータは馬を俺たちの馬によせ、上半身を伸ばすようにして俺に耳打ちをした。


「ヘンナマリによって第十九代皇帝を僭称させられている皇族――つまり、……セラフィ殿下の奪還だ」


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