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第四章 兎とナイフ
69 封建領主
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囲まれてるこの状況、最も弱い部分から各個撃破していきつつ、逃亡するしかない。
とはいえ、馬車を使うなら、街道から外れるわけもいかない。
とにかく街道を西に行くしかないわけだが、それでは結局、騎馬の集団に南北から挟み撃ちにあうだけだ。
「なにか、策はあるのか?」
とヴェルに訊くと、
「策もなにも。あたしたちは走る、目の前に敵がくる、やっつける、さらに走る。それだけよ」
あ、駄目だ、こいつ脳筋だ。
対人ネトゲで鍛えた俺の勘が告げている、その通りにしたら囲まれた上に消耗戦になって、ヴェルと俺の法力が尽きた頃に第二軍の騎兵旅団とやらに蹂躙されて終わりだ。
「何を考えこんでるのよ、数十の戦争を勝ち抜いてきたあたしの勘がいってるのよ、この地理状況、この人数、策を弄する隙なんかないって! 時間がない、行くわよ!」
いや。
それでも。
何かはできるはずだ。
帝国随一の実力を持つヴェルといえど、数百の騎馬を引き連れる騎士団、その四つの集団に囲まれたら……。しかも、東から二千人の大兵力も迫ってきている。
待て、そういや、ヴェルは自分でもいっていたが有名人だったな。
「ヴェル、追ってきている騎士団の騎士と面識はあるのか?」
「そりゃもちろん、少しはね。ジュリーやカロル、それにヘルヴィとは共同で敵と戦闘したこともあるわ」
なるほど、ヴェルのことをきちんと知っているやつがいるならやりようはある。
「本気じゃなくてもいい、あの火球……火山弾とやらを、空に放てないか?」
「はあ? なんのために? わざわざあたしたちの居場所を知らせる必要があるの?」
馬に鞍を乗せながらヴェルがいう。
「――ある。そのジュリーやカロルってやつ、馬鹿で勇猛か?」
「ジュリーはクレバーな印象があるわね、カロルはどっちかというと臆病かも。あとの二人の騎士はよく知らないけど」
「それだけ聞ければ十分だ、頼む、法力を消耗しない程度にヴェルの火山弾を見せつけてやってくれ」
「――あ、なるほど、ね。ピンときたわ」
この帝国は、完全な中央集権ではない。
キッサに聞いたところによると、皇帝の直轄地は領土の半分程度で、あとの半分は上級貴族の荘園、それにヴェルみたいな地方領主の領地だ。
地方領主――というか、封建領主、といっていいと思う。
封建領主ってのは、その領地内のほぼ完全な支配権を持っている。
日本の大名みたいなもんで、もちろん各自、領地に応じた軍事力を保持していて、君主の命令があればそれを動員して馳せ参じる義務がある。
古い日本の言葉でいえば、『いざ鎌倉』ってやつだな。
でだ。
第二軍の騎兵旅団はともかく、他の四つの集団はひとつの意志の元に動いているわけじゃない。
それぞれが騎士という地方領主に飼われた、独立した集団だ。
ジュリーもカロルも、自らの領地で自らの軍事力を養っているわけで、それぞれがそれぞれの意志で動いている。
何がいいたいかというと、つまり。
「我を加護せしプルカオスの神よ! 我に怒れる大地の力を分け与えよ!」
ヴェルの詠唱とともに、バレーボールほどの溶岩でできた火山弾が浮き上がり、
「行け!」
という、ヴェルの号令に従って、その火山弾は爆音とともに闇夜の中、燃え盛りながら飛んで行く。
うん、これなら遠くからでも見えたはずだ。
「キッサ、どうだ?」
「…………騎士団の動きが、止まりました! 西北西、カロルの騎士団は方向転換して退がるみたいです……これは……?」
思った通りだ。
自他ともに認める、帝国最高の実力を持つ騎士、ヴェルがここにいるのだ。
とはいえ、今このときにおいては、ヴェルは自分の騎士団を率いているわけじゃない、一人だ。
数にまかせて同時に襲いかかれば、そうそう負けることはない。
だが、ヴェル一人といえども、その実力を知っている者なら、彼女と戦えば兵の損耗は避けられないことくらいはわかるだろう。
火山弾を見せつけることで、『ヴェルがいるかもしれない』程度の情報はあったかもしれない四人の騎士は、『ヴェルがいる』ことを確信した。
クレバーだったり臆病だったりするやつなら、次にこう思うだろう。
『自分が一番にぶつかって損害を被る必要はない。別のやつにその役をやらせて、自分はおいしいところだけ奪えば良い』
なにしろ、率いている兵隊は国から支給されたものではなく、自分自身の財産だからな。
情報の錯乱している反乱の最中、ヘンナマリのいうとおりにはしてみたが、その行為にどこまでの正当性があるのか疑っている、という可能性もある。
多大な損耗や犠牲を被るリスクと、俺たちを捕縛、もしくは殺す利益とを秤にかければ、及び腰になるのも当然だ。
できれば軍使でも出してこちらに寝返らせるのがベストなんだが。
なにしろ、ヘンナマリ派とはいえ、独立した領主だからな、利害を説けばそれができる可能性もある。
せめて一日程度の猶予があれば、それを試してみる価値はあっただろう。
だが、帝国の第二軍は、将軍たるリューシアこそ俺が殺したが、現在はヘンナマリの直接の命令で動いているはずで、つまり俺たちを確実に『殺し』にきている。
その第二軍の騎兵旅団がわずか十キロまで迫ってきているのだ、残念ながら寝返り工作をする時間的余裕がない。
「キッサ、どうだ、騎士団の動きは?」
「南西の、槍と竜の紋章の騎士団だけ、こちらに向かって再び動き出しました」
悪くない展開だ、各個撃破にはもってこいだな。
「よし、じゃあ行くわよ!」
ヴェルがひらりと馬に跨る。
俺と三十五番は馬車の御者席へ、ミーシアとキッサ、それにシュシュが馬車に乗り込む。
おっと忘れちゃいけない、プネルの妹、つまり山賊の首領の妹だ、そいつも馬車に押し込む。
うーむ、人質をとって敵と戦わせるとか、戦国の世ではよくあることではあるが、ものすごく悪人っぽいよな。
ま、戦争においては正義も悪もない、勝った方が正義をつくるのだ。
「よし、出せ!」
俺の声とともに、夜伽三十五番が馬にムチを振るう。
馬の嘶きとともに、馬車が動き出した。
とはいえ、馬車を使うなら、街道から外れるわけもいかない。
とにかく街道を西に行くしかないわけだが、それでは結局、騎馬の集団に南北から挟み撃ちにあうだけだ。
「なにか、策はあるのか?」
とヴェルに訊くと、
「策もなにも。あたしたちは走る、目の前に敵がくる、やっつける、さらに走る。それだけよ」
あ、駄目だ、こいつ脳筋だ。
対人ネトゲで鍛えた俺の勘が告げている、その通りにしたら囲まれた上に消耗戦になって、ヴェルと俺の法力が尽きた頃に第二軍の騎兵旅団とやらに蹂躙されて終わりだ。
「何を考えこんでるのよ、数十の戦争を勝ち抜いてきたあたしの勘がいってるのよ、この地理状況、この人数、策を弄する隙なんかないって! 時間がない、行くわよ!」
いや。
それでも。
何かはできるはずだ。
帝国随一の実力を持つヴェルといえど、数百の騎馬を引き連れる騎士団、その四つの集団に囲まれたら……。しかも、東から二千人の大兵力も迫ってきている。
待て、そういや、ヴェルは自分でもいっていたが有名人だったな。
「ヴェル、追ってきている騎士団の騎士と面識はあるのか?」
「そりゃもちろん、少しはね。ジュリーやカロル、それにヘルヴィとは共同で敵と戦闘したこともあるわ」
なるほど、ヴェルのことをきちんと知っているやつがいるならやりようはある。
「本気じゃなくてもいい、あの火球……火山弾とやらを、空に放てないか?」
「はあ? なんのために? わざわざあたしたちの居場所を知らせる必要があるの?」
馬に鞍を乗せながらヴェルがいう。
「――ある。そのジュリーやカロルってやつ、馬鹿で勇猛か?」
「ジュリーはクレバーな印象があるわね、カロルはどっちかというと臆病かも。あとの二人の騎士はよく知らないけど」
「それだけ聞ければ十分だ、頼む、法力を消耗しない程度にヴェルの火山弾を見せつけてやってくれ」
「――あ、なるほど、ね。ピンときたわ」
この帝国は、完全な中央集権ではない。
キッサに聞いたところによると、皇帝の直轄地は領土の半分程度で、あとの半分は上級貴族の荘園、それにヴェルみたいな地方領主の領地だ。
地方領主――というか、封建領主、といっていいと思う。
封建領主ってのは、その領地内のほぼ完全な支配権を持っている。
日本の大名みたいなもんで、もちろん各自、領地に応じた軍事力を保持していて、君主の命令があればそれを動員して馳せ参じる義務がある。
古い日本の言葉でいえば、『いざ鎌倉』ってやつだな。
でだ。
第二軍の騎兵旅団はともかく、他の四つの集団はひとつの意志の元に動いているわけじゃない。
それぞれが騎士という地方領主に飼われた、独立した集団だ。
ジュリーもカロルも、自らの領地で自らの軍事力を養っているわけで、それぞれがそれぞれの意志で動いている。
何がいいたいかというと、つまり。
「我を加護せしプルカオスの神よ! 我に怒れる大地の力を分け与えよ!」
ヴェルの詠唱とともに、バレーボールほどの溶岩でできた火山弾が浮き上がり、
「行け!」
という、ヴェルの号令に従って、その火山弾は爆音とともに闇夜の中、燃え盛りながら飛んで行く。
うん、これなら遠くからでも見えたはずだ。
「キッサ、どうだ?」
「…………騎士団の動きが、止まりました! 西北西、カロルの騎士団は方向転換して退がるみたいです……これは……?」
思った通りだ。
自他ともに認める、帝国最高の実力を持つ騎士、ヴェルがここにいるのだ。
とはいえ、今このときにおいては、ヴェルは自分の騎士団を率いているわけじゃない、一人だ。
数にまかせて同時に襲いかかれば、そうそう負けることはない。
だが、ヴェル一人といえども、その実力を知っている者なら、彼女と戦えば兵の損耗は避けられないことくらいはわかるだろう。
火山弾を見せつけることで、『ヴェルがいるかもしれない』程度の情報はあったかもしれない四人の騎士は、『ヴェルがいる』ことを確信した。
クレバーだったり臆病だったりするやつなら、次にこう思うだろう。
『自分が一番にぶつかって損害を被る必要はない。別のやつにその役をやらせて、自分はおいしいところだけ奪えば良い』
なにしろ、率いている兵隊は国から支給されたものではなく、自分自身の財産だからな。
情報の錯乱している反乱の最中、ヘンナマリのいうとおりにはしてみたが、その行為にどこまでの正当性があるのか疑っている、という可能性もある。
多大な損耗や犠牲を被るリスクと、俺たちを捕縛、もしくは殺す利益とを秤にかければ、及び腰になるのも当然だ。
できれば軍使でも出してこちらに寝返らせるのがベストなんだが。
なにしろ、ヘンナマリ派とはいえ、独立した領主だからな、利害を説けばそれができる可能性もある。
せめて一日程度の猶予があれば、それを試してみる価値はあっただろう。
だが、帝国の第二軍は、将軍たるリューシアこそ俺が殺したが、現在はヘンナマリの直接の命令で動いているはずで、つまり俺たちを確実に『殺し』にきている。
その第二軍の騎兵旅団がわずか十キロまで迫ってきているのだ、残念ながら寝返り工作をする時間的余裕がない。
「キッサ、どうだ、騎士団の動きは?」
「南西の、槍と竜の紋章の騎士団だけ、こちらに向かって再び動き出しました」
悪くない展開だ、各個撃破にはもってこいだな。
「よし、じゃあ行くわよ!」
ヴェルがひらりと馬に跨る。
俺と三十五番は馬車の御者席へ、ミーシアとキッサ、それにシュシュが馬車に乗り込む。
おっと忘れちゃいけない、プネルの妹、つまり山賊の首領の妹だ、そいつも馬車に押し込む。
うーむ、人質をとって敵と戦わせるとか、戦国の世ではよくあることではあるが、ものすごく悪人っぽいよな。
ま、戦争においては正義も悪もない、勝った方が正義をつくるのだ。
「よし、出せ!」
俺の声とともに、夜伽三十五番が馬にムチを振るう。
馬の嘶きとともに、馬車が動き出した。
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