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第二章 サソリの毒針
21 決断
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そう、キッサの立場ならばそう考えるのが当然だ。
キッサにしてみればヴェルもミーシアも元は敵。
二人に付き従って自分たちまで死ぬ理由はひとつもない。
敵の敵は味方、という言葉もある。
妹の命を第一に思うならば、キッサは俺にそうさせるのがもっともよい方法で、たぶん俺がキッサの立場でも同じことを考えただろう。
だけど。
でも。
俺はミーシアの顔を見る。
表情をこわばらせた十二歳の少女。
俺はキッサを殺したくなくて、ミーシアを説得した。
そして今度は自分が助かるためにミーシアを見捨てる……?
前の人生では、意味のない死を経験した。
コンビニで缶コーヒーを買った。
ただそれだけ。
そのわずか数十秒後、コンビニの駐車場につっこんできた暴走自動車によって俺は轢き殺された。
思えば前の人生はいやなことから逃げて逃げて。
他人に馬鹿にされ続けて。
最後には特に理由もなく、死んだ。
誇りの持てない人生、誇りの持てない死。
今度は、どうする?
俺は、俺は……。
もう一方の俺の腕に、シュシュが抱きついてくる。
「おにいちゃん、こわいよお……」
半べそを書いて俺を見上げる紅い瞳。
九歳の女の子が、俺にすがっている。
燃え上がり、攻撃を受け続ける帝城。
俺たちがいる西の塔は、忘れ去られたかのように静かだ。
地獄のような光景を、充血した碧眼で眺めるヴェル。
魔王軍の攻撃は激しさを増し、わずかにあった帝城からの反撃もほとんどなくなっている。
素人の俺にもわかる。
もう、クーデターは成功したのだ。
「おにいちゃん、逃げよ? ほら、みんな一緒に逃げようよお、はやく、はやくぅ……」
シュシュはもうほとんど泣き出している。そりゃそうだ、まだ九歳の女の子、パニックになるのが当然だ。
その言葉に、ミーシアが大声で反論する。
「私は逃げません! 帝都を見捨てて逃げ延びるなど、許されるはずがありません! いいでしょう、ここで死ぬ運命ならそれを受け入れます。帝都とともにあり、帝都とともに死ぬ。それが皇帝たるものの義務であり責務であります。いえ……むしろ、私の首と耳、そして帝国の象徴マゼグロンクリスタルを敵に渡さぬためにも……」
まっすぐ俺たちを見つめるミーシアの黒い瞳は真剣だった。いや、それどころか鬼気迫るものがあった。
「ここで自害し、私の遺骸は我が最愛の臣下、ヴェル・ア・レイラ・イアリーに焼き尽くさせましょう。クリスタルは破壊不可能ですからどこか遠くへ捨ててもらいます。ヴェル、やってくれますね?」
真っ赤な鎧に身を包んだ女騎士ヴェルの目の端から、ぼろぼろと涙の粒が流れ出てきた。
ヴェルは袖でそれを拭う。
そしてミーシアの足元に膝をつき、親友で主君である女帝の足にすがりついて顔を伏せた。
声をあげて泣くのを我慢してるのだろう、ヴェルの喉からは、ひぃーっ、ひぃーっ、と悲痛な音が漏れでている。
「へ……」
ヴェルの声はかすれている。
「陛下の、ご命令とあらば……」
こんな非常事態で、俺は感動していた。
わずか十二歳の少女。
日本でいえば小学六年生か中学一年生だ。
その彼女が、自らの運命と死を受け入れ、皇帝としての最期を遂げようとしている。
その臣下のヴェルだってまだ十代だろう。
日本なら女子高校生だ。
その彼女は今、年下の親友が自害するのを承諾し、おそらく介錯し、その遺骸を焼き、そしてその後逃げ延びて国家の秘宝を廃棄することまで受諾した。
一番の貧乏くじだ。
そのあと自分だけ生き残るなんて……できるわけもないだろうに。
ああ、こいつらは……立派だ、偉いよ。
偉いと思う。
だけど。
だけどさ。
あんまり賢くはないな。
俺は十代の女の子ではない。
男だ。
男ってのはな、ときに女性よりも冷静に状況を判断できることがある。
特に、女の子の命がかかっているときには。
滅びの美学もいいけれど、俺にはまだそこまでとは思えなかった。
最低最悪の状況まで追い込まれてはいない。
皇帝陛下はここに生存しており、国家の象徴だというクリスタルもここにあり、ここから逃げ延びるための能力をもった人間までいる。
逃げ延びたとしても絶望だというならまだわかるが、そうではないはずだ。
「なあ、ヴェル、おまえの領地には軍がまだあるんだよな?」
「……イアリー家の騎士団一万は健在……」
「ほかにヘンナマリに与しない勢力はあるか?」
「……第三軍の将軍のラータ……。でも今は遠く西の戦線に派遣されてる……間に合うどころの話じゃない……」
「それだけか?」
「……第一軍は東の戦線だけど、こいつはどっちにつくかわからない……。ほかには……西と北に陛下と先帝陛下の恩顧の騎士がいる。南と東はヘンナマリの親戚だらけ」
「なら」
俺は言った。
「逃げるべきだ」
キッサにしてみればヴェルもミーシアも元は敵。
二人に付き従って自分たちまで死ぬ理由はひとつもない。
敵の敵は味方、という言葉もある。
妹の命を第一に思うならば、キッサは俺にそうさせるのがもっともよい方法で、たぶん俺がキッサの立場でも同じことを考えただろう。
だけど。
でも。
俺はミーシアの顔を見る。
表情をこわばらせた十二歳の少女。
俺はキッサを殺したくなくて、ミーシアを説得した。
そして今度は自分が助かるためにミーシアを見捨てる……?
前の人生では、意味のない死を経験した。
コンビニで缶コーヒーを買った。
ただそれだけ。
そのわずか数十秒後、コンビニの駐車場につっこんできた暴走自動車によって俺は轢き殺された。
思えば前の人生はいやなことから逃げて逃げて。
他人に馬鹿にされ続けて。
最後には特に理由もなく、死んだ。
誇りの持てない人生、誇りの持てない死。
今度は、どうする?
俺は、俺は……。
もう一方の俺の腕に、シュシュが抱きついてくる。
「おにいちゃん、こわいよお……」
半べそを書いて俺を見上げる紅い瞳。
九歳の女の子が、俺にすがっている。
燃え上がり、攻撃を受け続ける帝城。
俺たちがいる西の塔は、忘れ去られたかのように静かだ。
地獄のような光景を、充血した碧眼で眺めるヴェル。
魔王軍の攻撃は激しさを増し、わずかにあった帝城からの反撃もほとんどなくなっている。
素人の俺にもわかる。
もう、クーデターは成功したのだ。
「おにいちゃん、逃げよ? ほら、みんな一緒に逃げようよお、はやく、はやくぅ……」
シュシュはもうほとんど泣き出している。そりゃそうだ、まだ九歳の女の子、パニックになるのが当然だ。
その言葉に、ミーシアが大声で反論する。
「私は逃げません! 帝都を見捨てて逃げ延びるなど、許されるはずがありません! いいでしょう、ここで死ぬ運命ならそれを受け入れます。帝都とともにあり、帝都とともに死ぬ。それが皇帝たるものの義務であり責務であります。いえ……むしろ、私の首と耳、そして帝国の象徴マゼグロンクリスタルを敵に渡さぬためにも……」
まっすぐ俺たちを見つめるミーシアの黒い瞳は真剣だった。いや、それどころか鬼気迫るものがあった。
「ここで自害し、私の遺骸は我が最愛の臣下、ヴェル・ア・レイラ・イアリーに焼き尽くさせましょう。クリスタルは破壊不可能ですからどこか遠くへ捨ててもらいます。ヴェル、やってくれますね?」
真っ赤な鎧に身を包んだ女騎士ヴェルの目の端から、ぼろぼろと涙の粒が流れ出てきた。
ヴェルは袖でそれを拭う。
そしてミーシアの足元に膝をつき、親友で主君である女帝の足にすがりついて顔を伏せた。
声をあげて泣くのを我慢してるのだろう、ヴェルの喉からは、ひぃーっ、ひぃーっ、と悲痛な音が漏れでている。
「へ……」
ヴェルの声はかすれている。
「陛下の、ご命令とあらば……」
こんな非常事態で、俺は感動していた。
わずか十二歳の少女。
日本でいえば小学六年生か中学一年生だ。
その彼女が、自らの運命と死を受け入れ、皇帝としての最期を遂げようとしている。
その臣下のヴェルだってまだ十代だろう。
日本なら女子高校生だ。
その彼女は今、年下の親友が自害するのを承諾し、おそらく介錯し、その遺骸を焼き、そしてその後逃げ延びて国家の秘宝を廃棄することまで受諾した。
一番の貧乏くじだ。
そのあと自分だけ生き残るなんて……できるわけもないだろうに。
ああ、こいつらは……立派だ、偉いよ。
偉いと思う。
だけど。
だけどさ。
あんまり賢くはないな。
俺は十代の女の子ではない。
男だ。
男ってのはな、ときに女性よりも冷静に状況を判断できることがある。
特に、女の子の命がかかっているときには。
滅びの美学もいいけれど、俺にはまだそこまでとは思えなかった。
最低最悪の状況まで追い込まれてはいない。
皇帝陛下はここに生存しており、国家の象徴だというクリスタルもここにあり、ここから逃げ延びるための能力をもった人間までいる。
逃げ延びたとしても絶望だというならまだわかるが、そうではないはずだ。
「なあ、ヴェル、おまえの領地には軍がまだあるんだよな?」
「……イアリー家の騎士団一万は健在……」
「ほかにヘンナマリに与しない勢力はあるか?」
「……第三軍の将軍のラータ……。でも今は遠く西の戦線に派遣されてる……間に合うどころの話じゃない……」
「それだけか?」
「……第一軍は東の戦線だけど、こいつはどっちにつくかわからない……。ほかには……西と北に陛下と先帝陛下の恩顧の騎士がいる。南と東はヘンナマリの親戚だらけ」
「なら」
俺は言った。
「逃げるべきだ」
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