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第94話 elastic force

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「じつは、最初、われわれ古来から存在するモンスターにとっても突如現れたダンジョンの存在は謎だった。中にはいれば魔力は増幅され、地球上の大気では生成できないマジカルアイテムの製作もできるし、火薬や人工の電気で行う攻撃はダンジョン内に満ち満ちた魔力によってほぼ無効化される。われわれモンスターたちにとって居心地のよい空間だったよ。で、このダンジョン、誰が、何のために作ったものなのか?」

「それが、お前にはわかるというのか」

「いや、わからんさ。調べてはみたが、ダンジョン内は実際に存在する地球とは違った歪んだ空間ということまでしかわからなかった。宇宙の歪みが、なぜかダンジョンとして現出したんだ」

「歪み……」

「だが、歪めばそれを治そうとする力も働く。ばねを伸ばしたり縮めたりしたら元に戻ろうとするだろう? それと同じさ。だから、われわれは、アレのことをelastic forceと呼んでいる」

「アレ?」

「アレはな、ダンジョンをひとつひとつつぶして回っている。突如、消え去るダンジョンの話を聞いたことがあるか?」

 なんだそれ、そんなことがあるのか?
 だけど、アニエスさんが頷いて言った。

「ある。誰にラスボスを倒されたわけでもないのに、突如消え去るダンジョン。噂でしかないが、今まで四つほどのダンジョンが攻略されていないのに消え去ったと聞く」

「それだ。ここ一年ほどで現れたんだ、elastic forceが。ダンジョンというこの歪みはわれわれ絶滅しかけていたモンスターにとっては僥倖であった。ここの亀貝ダンジョンのように人里近くのダンジョンであれば君たちのような探索者に攻略されることもあるが、深い海の底、高い山の上、広い森の奥、人類がめったに足を踏み入れぬ場所にも人知れずダンジョンが形作られ、そこにモンスターが住み着いている」

 なるほど、人類が把握していないダンジョンもまだたくさんあるということか。そしてそこがモンスターたちの居場所になっている。

「elastic forceは突如現れ、せっかくわれわれの安住の地になるはずだったダンジョンをつぶして回っている。何度かアレを倒そうと挑戦したが、恥ずかしながらあえなく敗れ去ったよ。君も、このダンジョンで何度もSSS級モンスターに出会っただろう?」

〈そういえば、ダンジョンのラスボス級のSSS級モンスターだらけだったよな〉
〈ちょっと多すぎだよな、SSS級モンスター〉
〈アンジェラもそうだけど、バジリスクにデュラハンにセイレーンも多分あの種はSSS級だろうって言われてるし、ヒュドラだってそうだ。SSS級が多すぎだった〉

 アンジェラは薄く笑って、

「アレ――elastic forceを倒すために、SSS級モンスターが集まったのだ。強大な力を持つモンスターであればダンジョンからダンジョンへと移動する方法があるからな。せっかくのSSS級モンスターも君たちがあっさり倒してしまったが。ずっと見てたよ」

「見てた?」

「ああ、私は下級モンスターを中継地点として視覚情報を得ることができるといっただろう?」

 そうだった、たしか地下十階ではコウモリをカメラ代わりにしていたんだったな。

「コウモリなんていたか……?」

「はは、何を言っている、そいつだよ」

 アンジェラが指さした先にいたのは、オレンジ色のスライムの、ライムだった。

「わが血液を薄めてスライムを作り、お前らを監視させていたのだ。……血の容量が濃すぎてどうやら自我を持ってしまったようだがな。そのうえ、お前たちの血まで吸収してしまった。そのため多少の知能も芽生えてお前らになついたようだな。お前たちを追尾するように教え込んでいたが、今じゃペットみたいじゃないか、かわいいもんだろ? 別にスライムなどいくらでもつくれる、そいつはお前らにやるよ」

「なんか、こいつ、ギューキに食われかけてたぞ……?」

 と、そこに今まで黙っていたアリシアが声を上げた。

「あのね、あのね、あんときはあたしが直接操作してたんだけど、あたしってばFPSが苦手だからついつい操作を間違っちゃったの、てへっ☆」

 …………こいつ、こんな軽い感じのやつだったの?
 初登場の時、禍々まがまがしくも冷たい笑顔で俺たちを襲ってきてたけど。
 まあ、いいや。
 なるほど、それでこのスライムは俺たちにまとわりついてきてたのか。
 まー、こっちも情がわいてきているし、くれるっていうならもらってやるさ。

「で、さっき、忠告とお願い、といっていたな。お願いってなんだ?」

「elastic forceを倒してほしい。あいつは、ダンジョンをつぶして回っている。それは我々モンスターにとって困ることなんだ。いまや地球上に我々の居場所なんてダンジョンくらいしかなくなっているからね。もちろん、私がお願いするまでもなく、君たちがここから生還するにはアレを倒さなければならないが」

「そのとおりだな、別にいわれんでもやるぞ、俺たちは」

「だが、依頼は依頼だ、ただでとは言わん。前払いで報酬をやろう。そんななまくら、いつまで使っているつもりだ? これを使え」

 アンジェラが差し出したのは一本の刀だった。

「私のコレクションから適当にみつくろってきた。銘はヤスツナ。古来より鬼を多く斬ってきた彼の作品の、知られていない一本だ」

〈ヤスツナ!? 童子切安綱とか鬼切丸とかの刀匠じゃねえか〉
〈やべえもん持ってきたな、本物なら国宝間違いなし〉
〈待って、その刀、数億円しそうなんだけど税金どういう扱いなの? まさか贈与税?〉
〈モンスターから手に入れたんだからドロップ品扱いだろ……贈与にはならんから大丈夫〉
〈みんな税金の心配しすぎ〉
〈国税庁というモンスターは恐ろしいからな〉

「さて、そこのドアを開ければラスボスのご登場だ。事前準備は怠るなよ」

 そう言うと、二人の少女は空気の中に溶け込むようにすうっと消え去った。
 あとに残されたのは俺の手の中のヤスツナのみ。
 ……いよいよ、最終決戦だ。

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