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第32話 そこがいいとこ
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自らの治癒魔法によって完全回復した由羽愛は、少し離れたところで壁に背中をつき、膝を抱えて縮こまっていた。
その傍らには霊体のツバキが寄り添っている。
光希はチョコレートバーを持って由羽愛の隣に座った。
怒られるとでも思ったのか、ビクン、と身体をこわばらせる由羽愛。
「ほら、甘いものでも食べな」
光希がチョコレートバーを差し出すが、由羽愛は顔を膝に埋めて受け取ろうとしない。
「よくがんばったな、由羽愛。治癒魔法もけっこう高度なのを使えていてびっくりしたぞ」
「…………」
光希の言葉に由羽愛は答えない。
それでも続けて言う。
「ほかの治癒魔法も使えるんだろう? たとえば……状態異常の治癒魔法も使えるのか?」
「はい……」
そこでやっと由羽愛は答えた。
顔は膝に埋めたままだ。
「ふーん。毒とか麻痺とかも直せるんだな。呪いの解呪もできるしな」
「はい……解呪はわりと得意です」
「ツバキを解呪したあれは見事だったもんな。そのうち石化の解除魔法も使えるようになるかもな。あれは難しいけど」
「それも、使えます……」
その返答に光希は少し驚いた。
よほどの熟練魔術師でもない限り、それだけの治癒魔法を全部使える人なんてわずかなのだ。
それを小学生で扱えるとは……。
「さすが、天才小学生探索者だな。俺達にとって、すごい戦力だ。これからも頼むぞ」
「あの……」
「なんだ?」
そこで由羽愛は初めて顔を上げると、正座すわりなおして、頭を下げた。
「一人で暴走しちゃって、ごめんなさい……」
「結果俺達は勝ったんだからいいんだよ」
「でも、敵の姿を見たら……。あのとき、みんな疲れてぐっすり眠っていて……自分が見張りだってわかってたんですけど、私が倒さなきゃ! って思っちゃって……」
「いいんだ。由羽愛はダンジョンアルパインスタイルだもんな。こうやって一つのパーティメンバーの一員として戦ったことなんて、なかったんだろう? パーティとしての戦い方も知らないのは仕方がない」
実際、由羽愛は天才といえども小学生なのだ。
まだ経験が圧倒的に足りない。
判断力もだ。
小学生に経験に基づいた適切な判断を期待するのは酷というものだ。
「こういうときはまず仲間を呼ぶ。寝ていてもだ。叩き起こしてくれ。悪かった、教えておくべきだったよ。誰も教えてくれなかったんじゃないか? 教えてもらえてないことはできないのが普通だからな」
「でも、お母さんは自分の頭で考えるのが大事だって……」
「例えば、現代の数学者でピタゴラスの定理をさ」
「は?」
突然の話題転換に由羽愛は不思議そうな顔をする。
その隣でツバキはニヤニヤしながら会話を聞いている。
「ピタゴラスの定理を自分で考えた現代の数学者なんていないと思うんだ。物心ついたときには誰かから聞いたか何かで読んでで知っていたはず」
「はあ……?」
「先人が人生と命をかけて編み出した方法を、自分の頭で一から考え直す必要なんてない。先人の知恵を受け継いで、さらに先へと進めるときに使うもんだ、頭なんて」
「…………?」
そこにツバキが口を出す。
「車輪の再発明することなんてないってことさ。教えてもらってないことはできない、これは本当にそう。自分で工夫して道を切り進んでいくのは基礎ができてからの話さ。10歳の女の子はまだ基礎をやる年齢だよ。で、つまりこの会話の下手なモテないおじさんが言いたいことはね、」
「おじっ……!?」
光希はまだ22歳である。
とはいえ、小学生からみたら……いやそれでもおじさんは言いすぎだろう、と光希は少し傷ついた。
「このおじさんはさ、要は気にすんな、気をとりなおして元気に笑顔でヴェレンディを倒しに行こう、って励ましてるのさ。本当に会話が下手でモテなさそうだよねえ」
:音速の閃光〈会話が下手なのはほんとにそう〉
:見習い回復術師〈まあそこがいいとこじゃないか〉
:フレーシェ〈まあ不器用なとこは逆に好感もてるけどな〉
:ルクレくん〈パーティメンバーの田上和人なんてペラペラ舌がまわって軽そうだったもんな〉
「はい……わかりました。私、頑張ります。せっかく私を助けに来てくれたんですもん、私が足をひっぱっちゃったら駄目ですよね……。役に立たなきゃ」
「そうだ、がんばろうぜ」
「カメラ」
「ん?」
「カメラ、オフにしてるんですよね? オンにしていいですよ」
「まあ、別にこいつら音だけでもいいだろ」
:レモンモンモンモン〈いくない〉
:パックス〈ミシェルのお尻をみるためにこの配信きてるんだぞ〉
:Kokoro〈俺は由羽愛ちゃんの顔が見たい〉
「ほら、みなさんもこう言ってるじゃないですか。私のこと、ニュースになってますよね? だから、私を映すと同時接続者数も増えますよね? 少しはお金、入るんですよね? 私、役に立ちたいから」
「んー別に配信なんてやらなくても本当はいいんだぞ?」
「いえ。私、迷惑ばかりかけてちゃ駄目なんです。その分、役に立たなきゃ。お父さんとお母さんも、私が生きて帰れば喜ぶはずです。だってすごいニュースになって有名になるもん。あの由羽愛の両親だって自慢できるもん。だから、私、頑張ります」
そんな由羽愛の思いがどれほど歪んだものかを光希が知るのは、もう少し後のことになるのだった。
その傍らには霊体のツバキが寄り添っている。
光希はチョコレートバーを持って由羽愛の隣に座った。
怒られるとでも思ったのか、ビクン、と身体をこわばらせる由羽愛。
「ほら、甘いものでも食べな」
光希がチョコレートバーを差し出すが、由羽愛は顔を膝に埋めて受け取ろうとしない。
「よくがんばったな、由羽愛。治癒魔法もけっこう高度なのを使えていてびっくりしたぞ」
「…………」
光希の言葉に由羽愛は答えない。
それでも続けて言う。
「ほかの治癒魔法も使えるんだろう? たとえば……状態異常の治癒魔法も使えるのか?」
「はい……」
そこでやっと由羽愛は答えた。
顔は膝に埋めたままだ。
「ふーん。毒とか麻痺とかも直せるんだな。呪いの解呪もできるしな」
「はい……解呪はわりと得意です」
「ツバキを解呪したあれは見事だったもんな。そのうち石化の解除魔法も使えるようになるかもな。あれは難しいけど」
「それも、使えます……」
その返答に光希は少し驚いた。
よほどの熟練魔術師でもない限り、それだけの治癒魔法を全部使える人なんてわずかなのだ。
それを小学生で扱えるとは……。
「さすが、天才小学生探索者だな。俺達にとって、すごい戦力だ。これからも頼むぞ」
「あの……」
「なんだ?」
そこで由羽愛は初めて顔を上げると、正座すわりなおして、頭を下げた。
「一人で暴走しちゃって、ごめんなさい……」
「結果俺達は勝ったんだからいいんだよ」
「でも、敵の姿を見たら……。あのとき、みんな疲れてぐっすり眠っていて……自分が見張りだってわかってたんですけど、私が倒さなきゃ! って思っちゃって……」
「いいんだ。由羽愛はダンジョンアルパインスタイルだもんな。こうやって一つのパーティメンバーの一員として戦ったことなんて、なかったんだろう? パーティとしての戦い方も知らないのは仕方がない」
実際、由羽愛は天才といえども小学生なのだ。
まだ経験が圧倒的に足りない。
判断力もだ。
小学生に経験に基づいた適切な判断を期待するのは酷というものだ。
「こういうときはまず仲間を呼ぶ。寝ていてもだ。叩き起こしてくれ。悪かった、教えておくべきだったよ。誰も教えてくれなかったんじゃないか? 教えてもらえてないことはできないのが普通だからな」
「でも、お母さんは自分の頭で考えるのが大事だって……」
「例えば、現代の数学者でピタゴラスの定理をさ」
「は?」
突然の話題転換に由羽愛は不思議そうな顔をする。
その隣でツバキはニヤニヤしながら会話を聞いている。
「ピタゴラスの定理を自分で考えた現代の数学者なんていないと思うんだ。物心ついたときには誰かから聞いたか何かで読んでで知っていたはず」
「はあ……?」
「先人が人生と命をかけて編み出した方法を、自分の頭で一から考え直す必要なんてない。先人の知恵を受け継いで、さらに先へと進めるときに使うもんだ、頭なんて」
「…………?」
そこにツバキが口を出す。
「車輪の再発明することなんてないってことさ。教えてもらってないことはできない、これは本当にそう。自分で工夫して道を切り進んでいくのは基礎ができてからの話さ。10歳の女の子はまだ基礎をやる年齢だよ。で、つまりこの会話の下手なモテないおじさんが言いたいことはね、」
「おじっ……!?」
光希はまだ22歳である。
とはいえ、小学生からみたら……いやそれでもおじさんは言いすぎだろう、と光希は少し傷ついた。
「このおじさんはさ、要は気にすんな、気をとりなおして元気に笑顔でヴェレンディを倒しに行こう、って励ましてるのさ。本当に会話が下手でモテなさそうだよねえ」
:音速の閃光〈会話が下手なのはほんとにそう〉
:見習い回復術師〈まあそこがいいとこじゃないか〉
:フレーシェ〈まあ不器用なとこは逆に好感もてるけどな〉
:ルクレくん〈パーティメンバーの田上和人なんてペラペラ舌がまわって軽そうだったもんな〉
「はい……わかりました。私、頑張ります。せっかく私を助けに来てくれたんですもん、私が足をひっぱっちゃったら駄目ですよね……。役に立たなきゃ」
「そうだ、がんばろうぜ」
「カメラ」
「ん?」
「カメラ、オフにしてるんですよね? オンにしていいですよ」
「まあ、別にこいつら音だけでもいいだろ」
:レモンモンモンモン〈いくない〉
:パックス〈ミシェルのお尻をみるためにこの配信きてるんだぞ〉
:Kokoro〈俺は由羽愛ちゃんの顔が見たい〉
「ほら、みなさんもこう言ってるじゃないですか。私のこと、ニュースになってますよね? だから、私を映すと同時接続者数も増えますよね? 少しはお金、入るんですよね? 私、役に立ちたいから」
「んー別に配信なんてやらなくても本当はいいんだぞ?」
「いえ。私、迷惑ばかりかけてちゃ駄目なんです。その分、役に立たなきゃ。お父さんとお母さんも、私が生きて帰れば喜ぶはずです。だってすごいニュースになって有名になるもん。あの由羽愛の両親だって自慢できるもん。だから、私、頑張ります」
そんな由羽愛の思いがどれほど歪んだものかを光希が知るのは、もう少し後のことになるのだった。
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