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第6章 正しい歪み
第83話 順調な流れ
しおりを挟む「それでどうしますか?ここの人たちを利用しますか?」
「……もう少し考えようかな」
お嬢様は少し悲しげに呟いた。その後ろ姿は何かを失ったように見える。……そう、例えば良心。普段のお嬢様なら絶対しないような事を平然と成した今のお嬢様ははっきり言って異常だ。
だが、俺は至って普通に受け入れている。理由は明確、その厳しさが俺たちを想っての事だからだ。
もし、あの男を生かしていたら?もし、あの女性を逃していたら?俺たちの事がバレて任務どころの話ではなくなるだろう。だから、お嬢様は身を斬るような想いで非道な事をしたのだ。それにとやかく言う従者が世界のどこにいるのだろうか。
「取り敢えず今は引きましょう。今日は大丈夫だと思いますが、男が死んだのがバレて捜査が始まるかもしれません」
「……そうだね」
お嬢様の前に立ち、先導して建物を出るとそこには女性が男に訓練させられている時に順番待ちをしていた人たちが出て来る人を待っているかのように立っていた。
人数は6人。年齢にも性別にも統一性は無く、寄せ集めのような連中の中で、一番しっかりしてそうな30代くらいの男が話しかけて来た。
「……あの、何かあったんですか?悲鳴やら叫び声が聞こえて来たんですけど……」
…しまった。あんなちんけな建物が防音性に優れている筈も無い。建物の近くに居たこいつらは聞いてしまったようだ。……なら、強い口止めが必要だな。
「いいか、今日あった事全て忘れろ。お前たちは何事も無かったように過ごせ。そして、見回りに来たような人が来たらこう言え。『彼は自分の力を誇示する為に隠れて森へ向かったきり、戻って来ない』と…。分かったか?」
俺は男の肩に手を置き、耳元で囁きながらスキル威圧視を発動させて言い聞かせる。男はもちろん、男と俺を見ていた奴らも恐怖で体が震えて後ずさっている。
「今、ここで殺されたくなければ従えよ?」
「…っ…は、はい…」
全員に恐怖を刻み込めたので、俺らを裏切る事は無いだろう。この世界には頼れる存在が居ない奴らが多い。なので、日本のように警察に頼って裏切る事は無いだろうと思う。
「お嬢様、行きましょう」
「………うん」
来るときに吊るしたままのワイヤーを頼りに、お嬢様を抱えて壁を駆け上がる。お嬢様が何かを呟いたように聞こえたが、風の音で何も聞こえず、何知らぬように駆け上がる事に専念した……。
「………全員殺してしまえば良かったのに…」
無事に誰にもバレる事なく、街の中へ戻れたので次なる予定、街の代表に会いに行く事にした。もちろん、《執事の戯れ》とか言うふざけた名前の曲芸師として。
目的はある。まずはその代表をその目で見て殺せるか確かめる。あの光景を作り出したのは間違いなく代表の筈だ。なら、その真意を聞き出し、さらに『暗転』の事を容認しているなら生かしておく必要も無いだろう。生かしていたら、俺たちが『暗転』を殺しても意味は無い。すぐに代わりを用意されて逆戻りだ。
「メサちゃんとかと合流しなくて良いかな?」
「はい。2人の目的地は遠めだったので帰って来るのは夕方くらいになるかと」
街の人に代表であるナハリヤという奴の事を聞いて回りながら並んで歩く。居場所自体知らなかったので、それを聞くついでに人柄を聞いていたのだが、皆口を揃えて優れた統治者だと言う。
『ナハリヤ様のお陰で高水準の生活が出来ているんですよ!』
『ナハリヤ様はあのSランク冒険者で、街に一度訪れたデカイ魔物を退治したらしいんですよ!』
『あのお方は凄すぎる!訳ありの人も街に匿って秘匿にしてくれるんですよ……!』
と、大絶賛。もう正直お腹いっぱいなのだが、居場所を聞き出す為にも聞かないといけない。なのに……一向に居場所を特定出来ない。
『ナハリヤ様は街の中央の建物に居るはずよ』
『確か……外壁に沿って建てられた大きな塔に居るって聞いた事がある』
『う~ん、この街の何処かに隠し路地が有って、そこに居るって噂があったような~』
どの人に聞いても3つまでしか候補を絞る事が出来ない。これだけの街だ、その資産を狙う輩から避ける為に身元を特定されないようにしているのか?だが、Sランク冒険者なのだとしたら、その必要は無いだろう。
Sランク冒険者はカレナさんに次ぐ最強の人たちだった筈だ。いや、もしかしたら他の族長の方が強いのだろうか……。
分からない、ここに来て手詰まりか……。元々目的に無かったとはいえ、放っておいて良いのだろうか…。
「やあ、お困りのようだね」
考え事に集中していて裏路地へと繋がる、狭い店と店の間の通路から声をかけられ、反射的に声のする方からお嬢様を守るように、お嬢様を少し下げて前に出る。
「そう警戒しなくて良いんじゃないかな?勇者様…」
「……何の事だ?」
声の主は影になっていて見えなかったが、俺たちの居る表路地へと出ると陽の光で照らされ、姿が見えた。
白い短髪に、短パンに上から外套を着た身軽で隠密性を優先した格好。緑色の目に少年のような声。幼い感じがある中性的な奴。
「そう考え込まなくて良いよ。僕は情報屋。情報でお困りなら僕を頼らない?」
ニカッと笑って自身に親指を向ける少年は怪しくはあるも、使えると思った。
「陸人、私たちじゃ時間の無駄になるかもしれないからこの人に頼む?」
「……それは彼次第ですね」
背中越しに少年を見たらしいが、お嬢様がそこまで嫌悪していないならそこそこ悪い奴では無いのかもしれない。
「要求額は?」
「金貨3枚で居場所と少しの行動パターン、金貨5枚で……目的まで。さあ、どれにする?どちらも僕だからこそ、調べられるよ!お得だよ~!」
なるほど、商売上手らしい。……今の手持ちの金貨は10枚か。まあ、まだスキル無限収納にあるし、確かに安い買い物だな。
「なら、金貨6枚で過去にこの街で奴が何をやったのかを調べてくれ」
「ありゃりゃ、こりゃあ上手いところ狙って来られちゃったな。……でも、問題無しっ!ご利用ありがとうございまーす!結果は3日から5日後にお渡ししまーす!」
少年は俺が投げた6枚の金貨を慣れた手つきで素早くキャッチすると、元気良く話しかけてきた裏路地へと繋がる通路へと駆けて行った。
それにしても、早くて3日で分かるとは……。やっぱり情報屋と名乗る程はある。職業が情報屋なんだろうな。
「さてと……、時間が空きましたね」
「なら、街を巡ろうよ~!偵察ついでにさっ!」
お嬢様は俺の手をグイグイと引っ張りながら歩く。その顔は今までの優しいお嬢様のものだ。……まるで、冷酷な事など無かったかのように。
「分かりましたから、引っ張らないでください…」
「よっしゃ~!早く行こっ!」
もう待てないのか、走り出したお嬢様について行くように俺も少し駆け足になる。思えば日本では誰かに見られるかもしれなくて、こうしているのはお嬢様は楽しいのだろうか。
俺も……楽しい。だが、これは個人の感情。それら全てを押し殺して俺はいつも通りを取り繕う。……決して、バレてはならない。悟られても溢してもいけない、俺の心は………。
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