職業通りの世界

ヒロ

文字の大きさ
上 下
76 / 104
第6章 正しい歪み

第75話 最初に見たもの

しおりを挟む

 あれから馬車を動かして街へと近づいているが、巧は一向に目を覚まさない。お嬢様も心なしか元気が無さそうだ。

 今日で1週間。そろそろ街が見えてくる頃だ。その間、幾度となく魔物に遭遇したが、お嬢様の魔法で一撃。実に快適な移動だったと言える。というか、《グランドウルフ》が出て来た状況がおかし過ぎただけだ。

「リクトさんっ、街が見えてきましたよ!」

 少し俯いていた間に見えたらしく、メサが嬉しそうな声をあげた。一応巧の方を見るが、未だ間抜け面で寝ている。次にお嬢様へと視線を向けると、暗そうな表情だったのにも関わらず、無理に笑顔を作った。それに対して、俺は何も言う事が出来ず、用意していた事を言う。

「お嬢様、街が見えたそうですよ」
「本当?見たいっ、見たいっ」

 お嬢様は普段と変わらない様子でカーテンが開かれているところから身を乗り出した。
 その横顔は紛れも無い普段通りのお嬢様。少しの間しか関わっていないメサたちはもちろん、高校から知り合っている巧たちですら気付かない完璧な笑顔。そこには一片の曇りも無く、太陽のように笑うお嬢様の素の笑顔に見える。だが、何十年と一緒に居た俺なら分かる、無理に作った笑顔。

 どうしてお嬢様はそんな悲しげにしているのだろう。気も回らず、察しの悪い俺には全く分からない。だから、何も言えない。それがこの上なく情けなく思う。

「陸人も見ようよ~」
「……ええ、もちろん」

 取り敢えず余計な事は忘れてお嬢様のそばに行き、隣で外を見る。

 見えてきた街は今までの街より防壁が分厚く、さらに背の低い防壁が主要の防壁より前のところに有り、2重になっている。背の低い防壁と主要の防壁との間には多少間があるようで、そこが検問所みたいになっている。
 背の低い防壁には門が東西南北の4方にしかなく、そこからしか入れないよう徹底されていた。

「どうする?普通にはいる?」
「もちろん、俺らが今まで非常識な事なんかした事ないだろ」

 普通に言ったつもりだったのだが、全員があり得ないとでも言いたげな顔で俺を見てくる。

「…えぇっと、設定としては、メサちゃんたちが私たちが雇った御者さんで、私が陸人のマネージャー、巧くんが広報担当者だったけど、魔物に襲われたと……で、陸人が肝心のパフォーマーで良かったんだよね」

 俺の発言を無かった事にしようと無理に話を進めたお嬢様の話に頷く。どうやら俺の知らない間に勝手に決めていたらしい。






「えぇと……曲芸師の《執事の戯れ》……さんですか?」
「はいっ!最近活動を開始したのですが、思いのほか好評だったので、是非!この街でも公演をしたいと思い、お訪ねした次第です!」

 お嬢様は持ち前のコミュニケーション能力で、門番の人の明らか怪しい俺たちの印象を緩和させる。
 だが、問題は髪だ。メサとメイカは茶髪だが、俺とお嬢様、寝ている巧は黒髪のままだ。勇者は黒髪だという情報は案外出回っているのだろうし、俺たちが勇者とでもバレたら曲芸師とか言ってる事に不信感を抱かれるぞ?

「……あぁ!曲芸師さんですか!!通りで勇者様の黒髪とかいう、命知らずな事をするんだと思ってたんですよ」

 お嬢様と話していた門番も、その後ろで何かしらのチェックをしていた門番も、すぐにでも通報しそうなほどの疑っている表情から急に納得したような表情になった。

「自分たちは田舎ぐらいしか公演をしていないので知らなかったのですが、勇者様の容姿を真似るのはそんなに不味い事なんですか?」
「もちろんです!ここには勇者様にお助け頂いた人がご先祖様に居るという家系が珍しく無いので。もし、面白半分とかでしていたらすぐ殺されますよ」

 さらっと言われた恐ろしい発言にお嬢様も少し脂汗を滲ませてしまっている。だが、すぐに気持ちを入れ替えたのか、滞りのない滑らかな口調で話す。

「そうだったのですか。確かに偉大な勇者様の真似をしようなど、おこがましい事でしたね。ですが、我々の芸は勇者様のように、人々を照らす芸を目指しているので、決して後悔はされないと思いますよ」

 ……何本人そっちのけで勝手にハードル上げてるの?簡単に済ませて情報収集をしようとしたこっちの目論見が既に破綻したんだけど?

「そうですか!それは何とも楽しみですね!公演日が決まったら大々的に宣伝してくださいね!自分も観に行きますから!!」

 さらにあまりよろしくない展開、門番が凄い興味を示してしまった。この門番が他の門番にも宣伝をしたら更に客が増えるんじゃないか?

「では、お通りください!良い芸を期待しています」

 結果的に何ら怪しまれずに通れたが、その分代償も大きかったように思う。

「……ゴメンね?勝手に色々言っちゃって」

 お嬢様は少し焦っている俺の様子を察したのか、申し訳なさそうに頭を下げる。
 だが、そもそもお嬢様の処世術があったから問題無く入れた訳で、ここでお嬢様が謝る事は無いだろう。

「構いませんよ。それに、お嬢様が執事である自分に謝る必要はありませんから」
「………そう……」

 思った通りの事を言ったら、またお嬢様の元気が無くなってしまった。今の言い方に問題があったのだろうか?

 頭の中を整理しようと考え込もうとしたが、門をくぐった先の光景に目を奪われてしまった。

 そこはまるで牢獄のようで、俺たちが通った門から別の門までの間に3階建の粗っぽい岩を積んで作られたマンションのような建物が外側の外壁に沿って建ち並び、その建物の前にはボロボロな服を着た人たちが老若男女問わず、横2列で整列していた。

 その列の前には数人の鎧を着込んだ男たちが居て、端から順に剣を持たせ、1対1での戦闘訓練のような事をされていた。
 幸いな事に食事には困っていないのか、しっかりとした肉付きだが、訓練は積んで居ない者が多いのか、片っ端から鎧を着込んだ男に倒され、他の男たちにズルズルと建物の中に引きずり込まれていく。
 ある程度戦える人は剣の打ち合いの後、鎧の男に何かを言われ、今度は自分たちがさっきまで並んでいた列と対を成すように並ぶ。

 その後、何があるのか気になったが、馬車は動きを止めず、豪華な街並みが見える門をくぐった。

 そこら中に建ち並ぶ武器屋、防具屋、アクセサリーのお店、服屋、靴屋、宿屋、酒場、食事処。それら全てが今まで行った街のどれよりも豪華で、品揃えも豊富、清潔感のある、理想通りと言っても過言では無い街並みだ。

 だが、そんな煌びやかな光景よりも焼き付いて離れないのがあの奇妙な光景。ほんの10数分見た程度の光景だ。

「…………リクトさん、アカネさん。こういう街ではあまり問題を起こさないでください。大抵、超人レベルの用心棒が居ますから」

 俺とお嬢様があの光景の真意を調べるとでも思ったのか、前もって釘を刺してきたメサ。隣のメイカも明らか顔色が悪い。どうやら2人とも予想だにしていなかった光景らしいが、それでも平然と馬を動かせたのはこの世界での処世術なのかもしれない。

「まずはタクミさんの治療を優先しましょう。話はそれからでも遅くないと思います」
「……そうだな」

 思った以上に俺は動揺していたらしく、メサの提案に頷く事しか出来なかった………。


============================================
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...