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第6章 正しい歪み
第75話 最初に見たもの
しおりを挟むあれから馬車を動かして街へと近づいているが、巧は一向に目を覚まさない。お嬢様も心なしか元気が無さそうだ。
今日で1週間。そろそろ街が見えてくる頃だ。その間、幾度となく魔物に遭遇したが、お嬢様の魔法で一撃。実に快適な移動だったと言える。というか、《グランドウルフ》が出て来た状況がおかし過ぎただけだ。
「リクトさんっ、街が見えてきましたよ!」
少し俯いていた間に見えたらしく、メサが嬉しそうな声をあげた。一応巧の方を見るが、未だ間抜け面で寝ている。次にお嬢様へと視線を向けると、暗そうな表情だったのにも関わらず、無理に笑顔を作った。それに対して、俺は何も言う事が出来ず、用意していた事を言う。
「お嬢様、街が見えたそうですよ」
「本当?見たいっ、見たいっ」
お嬢様は普段と変わらない様子でカーテンが開かれているところから身を乗り出した。
その横顔は紛れも無い普段通りのお嬢様。少しの間しか関わっていないメサたちはもちろん、高校から知り合っている巧たちですら気付かない完璧な笑顔。そこには一片の曇りも無く、太陽のように笑うお嬢様の素の笑顔に見える。だが、何十年と一緒に居た俺なら分かる、無理に作った笑顔。
どうしてお嬢様はそんな悲しげにしているのだろう。気も回らず、察しの悪い俺には全く分からない。だから、何も言えない。それがこの上なく情けなく思う。
「陸人も見ようよ~」
「……ええ、もちろん」
取り敢えず余計な事は忘れてお嬢様のそばに行き、隣で外を見る。
見えてきた街は今までの街より防壁が分厚く、さらに背の低い防壁が主要の防壁より前のところに有り、2重になっている。背の低い防壁と主要の防壁との間には多少間があるようで、そこが検問所みたいになっている。
背の低い防壁には門が東西南北の4方にしかなく、そこからしか入れないよう徹底されていた。
「どうする?普通にはいる?」
「もちろん、俺らが今まで非常識な事なんかした事ないだろ」
普通に言ったつもりだったのだが、全員があり得ないとでも言いたげな顔で俺を見てくる。
「…えぇっと、設定としては、メサちゃんたちが私たちが雇った御者さんで、私が陸人のマネージャー、巧くんが広報担当者だったけど、魔物に襲われたと……で、陸人が肝心のパフォーマーで良かったんだよね」
俺の発言を無かった事にしようと無理に話を進めたお嬢様の話に頷く。どうやら俺の知らない間に勝手に決めていたらしい。
「えぇと……曲芸師の《執事の戯れ》……さんですか?」
「はいっ!最近活動を開始したのですが、思いのほか好評だったので、是非!この街でも公演をしたいと思い、お訪ねした次第です!」
お嬢様は持ち前のコミュニケーション能力で、門番の人の明らか怪しい俺たちの印象を緩和させる。
だが、問題は髪だ。メサとメイカは茶髪だが、俺とお嬢様、寝ている巧は黒髪のままだ。勇者は黒髪だという情報は案外出回っているのだろうし、俺たちが勇者とでもバレたら曲芸師とか言ってる事に不信感を抱かれるぞ?
「……あぁ!曲芸師さんですか!!通りで勇者様の黒髪とかいう、命知らずな事をするんだと思ってたんですよ」
お嬢様と話していた門番も、その後ろで何かしらのチェックをしていた門番も、すぐにでも通報しそうなほどの疑っている表情から急に納得したような表情になった。
「自分たちは田舎ぐらいしか公演をしていないので知らなかったのですが、勇者様の容姿を真似るのはそんなに不味い事なんですか?」
「もちろんです!ここには勇者様にお助け頂いた人がご先祖様に居るという家系が珍しく無いので。もし、面白半分とかでしていたらすぐ殺されますよ」
さらっと言われた恐ろしい発言にお嬢様も少し脂汗を滲ませてしまっている。だが、すぐに気持ちを入れ替えたのか、滞りのない滑らかな口調で話す。
「そうだったのですか。確かに偉大な勇者様の真似をしようなど、おこがましい事でしたね。ですが、我々の芸は勇者様のように、人々を照らす芸を目指しているので、決して後悔はされないと思いますよ」
……何本人そっちのけで勝手にハードル上げてるの?簡単に済ませて情報収集をしようとしたこっちの目論見が既に破綻したんだけど?
「そうですか!それは何とも楽しみですね!公演日が決まったら大々的に宣伝してくださいね!自分も観に行きますから!!」
さらにあまりよろしくない展開、門番が凄い興味を示してしまった。この門番が他の門番にも宣伝をしたら更に客が増えるんじゃないか?
「では、お通りください!良い芸を期待しています」
結果的に何ら怪しまれずに通れたが、その分代償も大きかったように思う。
「……ゴメンね?勝手に色々言っちゃって」
お嬢様は少し焦っている俺の様子を察したのか、申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、そもそもお嬢様の処世術があったから問題無く入れた訳で、ここでお嬢様が謝る事は無いだろう。
「構いませんよ。それに、お嬢様が執事である自分に謝る必要はありませんから」
「………そう……」
思った通りの事を言ったら、またお嬢様の元気が無くなってしまった。今の言い方に問題があったのだろうか?
頭の中を整理しようと考え込もうとしたが、門をくぐった先の光景に目を奪われてしまった。
そこはまるで牢獄のようで、俺たちが通った門から別の門までの間に3階建の粗っぽい岩を積んで作られたマンションのような建物が外側の外壁に沿って建ち並び、その建物の前にはボロボロな服を着た人たちが老若男女問わず、横2列で整列していた。
その列の前には数人の鎧を着込んだ男たちが居て、端から順に剣を持たせ、1対1での戦闘訓練のような事をされていた。
幸いな事に食事には困っていないのか、しっかりとした肉付きだが、訓練は積んで居ない者が多いのか、片っ端から鎧を着込んだ男に倒され、他の男たちにズルズルと建物の中に引きずり込まれていく。
ある程度戦える人は剣の打ち合いの後、鎧の男に何かを言われ、今度は自分たちがさっきまで並んでいた列と対を成すように並ぶ。
その後、何があるのか気になったが、馬車は動きを止めず、豪華な街並みが見える門をくぐった。
そこら中に建ち並ぶ武器屋、防具屋、アクセサリーのお店、服屋、靴屋、宿屋、酒場、食事処。それら全てが今まで行った街のどれよりも豪華で、品揃えも豊富、清潔感のある、理想通りと言っても過言では無い街並みだ。
だが、そんな煌びやかな光景よりも焼き付いて離れないのがあの奇妙な光景。ほんの10数分見た程度の光景だ。
「…………リクトさん、アカネさん。こういう街ではあまり問題を起こさないでください。大抵、超人レベルの用心棒が居ますから」
俺とお嬢様があの光景の真意を調べるとでも思ったのか、前もって釘を刺してきたメサ。隣のメイカも明らか顔色が悪い。どうやら2人とも予想だにしていなかった光景らしいが、それでも平然と馬を動かせたのはこの世界での処世術なのかもしれない。
「まずはタクミさんの治療を優先しましょう。話はそれからでも遅くないと思います」
「……そうだな」
思った以上に俺は動揺していたらしく、メサの提案に頷く事しか出来なかった………。
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