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第6章 正しい歪み
第73話 静かな異変
しおりを挟む「グルガァァァー!グルゴォォォー!ィギィィッ!」
俺に付けられた胸から右後ろ足までの斬り傷から黒く濁った赤い血を流し、苦痛に悶える《グランドウルフ》。恐らく、ここまで傷ついたのが初めてだったのだろう。深さはそれなりにあるが、致命傷にはなり得ない程度なのに、奴は強い痛みを知らなさ過ぎた。
「お嬢様!」
「これで終わって!"フレイガスト・フリーズブレイク"!!」
お嬢様が放った、勢いの強い炎の霧のようなものが《グランドウルフ》の全身を焼き、炎が消えた瞬間に大きな氷に閉じ込め、大きな音を立てて内側から爆発したように破片となった。
《グランドウルフ》は原型こそ保っていたが、流石に全身から血を流していた事による失血によって倒れた。大きな巨体が倒れた事により、軽い地響きが起こる。
「ハハッ……、まさか本当に倒せる…とはな…」
「巧っ!」
かなりの重傷だった巧は緊張によってギリギリ意識が保っていたようで、その緊張の糸が切れた今、背中から倒れた。
駆け寄って手当をしようとしたが、身体中に出来た傷からは何故か血は出ていなかった。もしかして、この世界で強くなった事で出血を抑える血小板も……。
「ご無事ですか!?」
巧の様子に呆気を取られていた間に、メサとメイカが馬車から降りてこっちに向かって来ていた。
「メサ!お嬢様を馬車の中へ!!」
「はいっ!」
「メイカ!巧の傷の手当てをするから手伝え!」
「了解!」
魔力が欠乏した事で顔を青ざめて、具合を悪そうにして座り込んでいるお嬢様の事はメサに任せ、刀はなおして、道具作成で消毒液、包帯、縫合用の針と糸、ハサミ、ガーゼを作り出す。
巧は《グランドウルフ》の爪によって肉を抉られ、大きく肉体が欠損している。縫合するにしても間が空き過ぎているため、ここは新たにスキルを手に入れるしかない。
執事たる者、傷の手当てを完璧にこなせるべき。
スキル
・応急処置 (執事たる者、応急処置レベルの処置は出来るべき)
を獲得しました。
くそっ!相手がお嬢様じゃないからか、回復魔法レベルのスキルは獲得出来なかったみたいだ。でも、今はこれでどうにかするしかない。
「メイカっ、この布にこの液をかけて傷口を拭いてくれるか?」
「わ、わかった。やってみる!」
メイカにガーゼと消毒液を渡し、俺は目を閉じ、スキルに集中する。このスキルはどうやら出血を抑え、欠損している部位は欠損したままだが、特別な魔法みたいなもので外部からの菌などを防ぎ、歩くなどの程度の運動なら出来るようにするスキルのようだ。
スキルの詳細も感覚的に理解出来たので、目を開けて素早く縫合する準備をする。縫合の技術も紅葉さんに教えられたものだ。本来は自分が怪我を負ってもある程度動けるようにと教えられたものだが。
「ある程度出来たわ!」
「ありがとうな。よし、やるか!」
メイカによって清潔に綺麗になった傷口は改めて見て結構グロいが、こんな事で狼狽えるほど俺の精神はやわではない。
素早く傷口の端、間がそれほど空いていないところを縫合していき、大きく空いたところにはスキル応急処置を使う。
一つの傷につき5分程度で終わらせ、計13箇所の縫合とスキルの使用が終わった。
「すごいっ、糸と針で布を縫うように傷を塞ぐなんて…」
「俺たちの居た世界ではむしろ、魔法で治せる事の方が驚きなんだけどな」
本当に凄そうに目を輝かせるメイカを軽く流し、少し苦痛そうな顔をしている巧へと視線を向ける。
……こいつがここまで傷付いたのは俺のせいなんだよな。俺がもっと早くこの刀を作り出せていたら…。
俺は無意識に無限収納から真っ黒な刀を取り出して両手で持っていた。
その刀は俺の心境なんか気にも留めていないように黒い光沢を放ち、俺を宥めるかのように所々に散りばめられた白い光が時々チカチカと光る。もちろん、当たっている日の光の加減だと思うがまるで意思を持っていると思ってしまうほどの存在感を放っているのが不気味だ。
「その剣……もしかして"古代石"?」
横からメイカが俺が手に持っている刀を覗き込んだ。好奇心80%、呆れ20%という表情だ。
「ああ、俺が作り出した最後の剣だ」
「"古代石"製の武器なんて…国宝級なんだけどねっ」
あ、呆れ100%になった。
「まあスキルを失ったんだから、相応の対価だろ」
「……はぁ、リクトと話してなら常識が分からなくなっちゃう」
メイカは完全に呆れた顔で肩を落とした後、巧の腕を持ち、肩を貸して、右腕で支えるために腰辺りに腕を回して馬車へと歩き始めた。
急に何も言わずに進み出したので俺が手伝おうとしたところ、「これくらい出来るわよ」と言われてしまった。
メイカが男を抱えて歩けるなんて思ってもみなかったので少し呆気に取られたが、馬車の近くで手を振るメサの声で意識が戻り、既にかなり進んでいるメイカと巧の背中を追うように、俺は駆け足で馬車へと向かった………。
「………これはっ…」
既に日は落ち、昼間の騒がしい騎士たちの掛け声が消えて風のささやき、虫の音だけが聞こえる静まり返った夜。私は少し陸人さんたちが気になって《ナサーハ》の事を調べるためにランプのみで照らされた書庫で資料を漁っていた。
住民の名簿、金の流れ、出入りした商人や商業団体の記録を見ても特に異常は無かったのだが、死亡者の死亡原因をまとめて種類別に死亡率が書かれた資料を見て唖然になってしまった。
あの街には『暗転』が居るため、刃物による他殺が主な割合を占めていると思っていたのだが、この資料には魔物による死亡が半数も占めていた。
「何故魔物による死亡者が多い?あそこはそこそこ強い魔物こそ居れ、高くてもAランクかどうかの魔物しかーー」
ーコツンッ
あらゆる可能性を頭の中で模索していたのに気を取られたからか、この部屋に誰かが入って来た事に足音が鳴るまで気付かなかった。
足音はゆっくりと私の方へと向かっている。もう今更隠れる事も出来ないだろうし……何より来ている奴は騎士ではない。
「何者だ?」
独特の雰囲気を感じ取り、腰から宝剣を抜いて足音のする方、本棚が向き合っている通路へ剣を構える。
私の近くに置かれたランプが次第に近づいて来ている奴を照らしていく。
「お前は……」
「お久しぶりです、カレナさん。いえーー」
闇夜に紛れ込むための黒い外套を身に付け、顔に右耳の付け根から顎先まで痛々しい刃物による傷を付けた男。
「あり得ないっ、貴様は私がこの手で殺したはずのっ!!」
目の前の光景が信じられなくて私は資料が雑に置かれた机にぶつかるまでたじろいてしまった。
「ええ、殺されましたよ。カレラナ・ホォード」
男の言葉に耳を澄ましても、目を見開いて男を凝視しても、目の前の男が本物であると頭が訴えている。だが、あり得ないっ!こいつは私が生死を確認したはず!
私は柄にもなく、酷く動揺していて目の前にまで迫っていた私の白銀の宝剣と真逆の赤黒い魔剣に気付かなかった………。
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