春の洗礼を受けて僕は

さつま

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親愛なるあなたへ

6話 梅雨

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「はあ、あっつー」
 Tシャツ短パン裸足の出立ちで、カヤが食堂に入ってきた。
「日本蒸しあっつうー、雨だるーい、こんなの聞いてないー。夏越せないわー」
 カヤが髪の毛をまとめて、クリップで留める。
「そんな格好で部屋を出てくるなよ」
 苦虫を噛み潰したような顔で、制服を着た夏伊が嗜める。
 インドネシアも暑いだろうと思ったが、向こうはカラッとしていて、気温もそこまで高くないという。
 外はザアッと音を立てて、雨が降り続いている。テーブルには、エッグベネディクト、ベーコン、ルッコラのサラダが並んでいた。
「母さんは?」
「部屋」
「話には聞いていたけど、本当に引きこもったままだね」
 母の自室の方をチラッと向いて、ぼそりと一言。
「父さんも父さんだよ」
 カヤは帰国したが、父はまだ海外赴任中で、夏伊は随分と長い間、父の顔を見ていない。
「父さんは、元気にしているのか」
「元気っちゃー元気だよ。相変わらず仕事ばっかしてるけど。仕事だーい好きなんだろうね、頭が下がります」
 ぺこりと演技して、ハハハと笑った。
 ナイフをすいと入れて、エッグベネディクトを一口。
「うーんおいしい、おいしいけど冷めてるな」
 カヤがつぶやくと、使用人のハナさんが「申し訳ございません」と入ってくる。
「いいよ、このままで。でも明日は温かいのが食べたいな」
「かしこまりました」
 ハナさんが下がってから、小声で耳打ちしてくる。
「ずっとこんな感じ?」
「そうだけど」
 カヤの顔が、少しゆがんだ。
「そんな事より、早く食べて支度しろよ。車の時間があるからな。準備が間に合わなかったら先に出るから」
「えー、雨なのに! それは困る!」
 カヤが慌てながら朝食を食べ進めた。


 雨だからか、バスのダイヤが乱れている。今日は歩いて登校することにした。
 ついこないだまで桜が咲いていたような気がするのに、ぼやぼやしてたらGWが去っていた。穏やかな日々はありがたくもある。
 夏伊は友達として、変わらずに接してくれる。多分、ヒロもカヤも異変を感じ取ってはいないだろう。そもそも二人に肉体関係があったことも知らないはずだ。
 だけどたまに、屋上で昼食をとる際、静かに視線を投げかけてくる時があって、そういうのは困ってしまう。
 金曜日は金曜日で、毎週のように図書館に来てはカウンターから見える場所で読書に耽っている。夏伊はわざわざ、カウンターが見られる席を選んでいるのだろう。たまに、目が合う時もある。
 でも、もちろん触れてこないし、閉館前に帰っていく。それが少し寂しくて、金曜日のオナニーはちょっと気持ちがこもってしまう。
「…何を考えているんだ何を」
 頭を振るって、学校に向かった。


 二年生の修学旅行が控えているのもあって、この時期は図書館でも、行き先に関する本を陳列する。
「去年の展示写真ってどこに保存してあったっけ」
 PCを前に悩む先輩に聞かれて、マウスを操作する。
「それなら、この…フォルダです」
「ありがとう」
 どういたしましてと伝えて、睦月はカウンターを出た。
 閉架の鍵を開けて、中に入る。
 修学旅行は例年、夏に出発する。今はもう行き先での自由時間のスケジュールを詰めていく段階だ。
「修学旅行、行かないんだって?」
 聞き覚えのある声に、ドアの方を向く。
「夏伊」
 カヤから聞いたのか。
「飛行機乗れないんだ。怖くって」
 本を探すふりをしながら、嘘をつく。
「それは初耳だ」
 背中を向けたまま、お土産待ってるよとリクエストした。
 閉架から本を持ち出して、館内閲覧用の棚に置いて行く。別の本をまとめてカゴに入れて閉架に戻る。
 夏伊はもう帰ったようだった。あまり長く顔を合わせたくはなかったので、ほっと息を吐く。
 本当は、睦月のクラスと夏伊のクラスで日程が被らなければ、修学旅行に行けたのになと、残念な気持ちもある。
 しかし好都合でもあった。睦月は夏伊が東京を離れる時を狙って、予定を入れている。まず千葉に行き、そのあと、ようやく連絡が取れた立花清風に会いに、富山へ向かうのだ。
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