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温泉
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部屋には浴衣が三人分置いてあって、旅館にいる間やちょっと散歩に出る時には着ていいみたいだった。
予約する時に三人であることは伝えてあるし、旅館の人が準備しておいてくれたのだろう。
バスタオルやハンドタオルも人数分と予備のもう一式が置いてあった。
僕らはそれらと新しい下着などを持って、一階にある浴場へと向かった。
男湯の暖簾を潜ると、そこは籠がいっぱい並んだ脱衣所だった。床は籐が敷いてあり、ひんやりと冷たくて足障りが良い。決して広くないが、無駄に広いより落ち着きがあった。
脱いだ服を籠に入れる時、他の何人かの衣服が入っている籠があったので、先客が既に入っているようだ。
有栖的にはあまり人に見られたくないと思うけど、それを聞いたら『こういう旅館の常連なら野暮なことはしないんじゃないか?』という希望的観測を聞かされた。
……まあ年配の方なら、有栖のこと知らない可能性もあるし。本人がいいならいいか。
僕らも脱衣を終えて、腰巻タオル一枚で浴場に入る。中には小さな湯船が一つと、洗い場が三つ。露天風呂も一つあるようだ。
室内の湯船には二人のおじ様が浸かって、仲良さげに話していた。僕達が入ってきたことに気付いて、軽く会釈をしてくれる。僕らも会釈を返して、洗い場に向かった。ちょうど三つなのでピッタリだ。
二人が座って、何故か真ん中が空いたのでそこに僕が座った。
ここで喋ることもないので、黙々と体を洗う。今日は川に入ったしバーベキューもしたからいつもより念入りに汚れを落とす。
有栖は筋肉質で引き締まった体を素早く洗うと、丁寧に髪の毛を洗っていた。旅館のシャンプーじゃなくて持参したミニボトルを使っているところを見ると、彼の髪へのこだわりが伺える。
川遊びの時も思ったけど、水も滴るいい男、って言葉がこれ程しっくり来るのは有栖くらいじゃないだろうか。
僕が体を洗いながらそう考えていると、
「?」
トントン、と肩を叩かれた。
そちらを見ると、冴木さんが困った顔でシャンプーとボディソープのボトルを持っている。
「どうしたんですか?」
僕が小声で聞くと、彼も小声で返してくる。
「私、眼鏡を取ると本当に何も見えなくて……。それに湯気があるからか余計に視界が悪いんだ。これ、どちらがボディソープか教えてくれないかな」
なるほど。確かに三人ともシャワーを使っているからか、湯気が凄くてただでさえ見にくい。目が悪いと余計見えないのだろう。
シャンプーとリンスならボトル側面の凹凸でどっちか分かるけど、ボディソープとシャンプーには付いてなかったのかもしれない。
僕は右手のがシャンプーで、左手のがボディソープだと教えてあげた。
「ありがとう」
冴木さんは嬉しそうに笑って、いそいそと体を洗い始めた。彼の白い体はお湯で流しただけのようで、もしかして今まで頑張って見比べようとしていたのだろうかと思わせる。……凄く気を遣う人だから、なかなか声をかけられなかったのかもしれない。
一足先に体を洗い終わった僕と有栖は、冴木さんにゆっくりしていいよと伝えてから湯船に浸かった。
「ねえ、君たちは“梅の間”に泊まってる人達?」
おじ様のうちの一人が声をかけてくる。梅の間とは僕たちが泊まっている部屋の名前だ。
「……そうです」
有栖が僕の代わりに返事をする。
「やっぱりそうか! あの部屋、いつも自分たち夫婦が取ってるから、先に予約が入っているのは珍しいなと思って」
「……なんかすみません」
「ああ、いや、非難している訳では無いんだ。誤解させてすまない。……あそこ、景色がいいだろう? 君たちみたいな若い子の宿泊が最近減っているから、いつも二人じめしていて申し訳ないと思っていたんだ。せっかくなら色んな人に見て欲しいからね」
おじ様はにこにこと笑っている。話を聞いていたその隣のおじ様も興味津々と言った感じで話しかけてきた。
「兄ちゃん、モデルみたいに綺麗だなぁ。そっちの子は弟かい?」
モデルみたい、ということは有栖が本当のモデルだとは知らないのだろう。
「弟……。えっと、まあ、そんな感じです」
有栖は少し困惑しながら答える。有栖がデカくて僕が小さいから、兄弟のように見えるのかもしれない。
有栖たちの会話を聞きながら、ふと冴木さんの方を見ると、体を洗い終わってこちらに来ているところだった。
そういえば、あまりよく見えないのに大丈夫だろうか。
そう思った瞬間、すてん、と冴木さんが滑ったのが見えた。
「あ」
バランスを崩した彼は、そのまま湯船にダイブした。
「え」
「え」
どっぼーん!
僕と有栖が唖然とする前で、一度沈んだ冴木さんがぷはっと顔を出す。
「だ、大丈夫か兄ちゃん……」
「生きてるかい?」
さすがのおじ様達も慌てている。
「だ、大丈夫です……」
冴木さんはお湯が熱いのか恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっていた。
今まで仕事の面しか見てなくて、しっかり者で生真面目な印象が強かったけど、冴木さんって意外にドジっ子なのかもしれない。
予約する時に三人であることは伝えてあるし、旅館の人が準備しておいてくれたのだろう。
バスタオルやハンドタオルも人数分と予備のもう一式が置いてあった。
僕らはそれらと新しい下着などを持って、一階にある浴場へと向かった。
男湯の暖簾を潜ると、そこは籠がいっぱい並んだ脱衣所だった。床は籐が敷いてあり、ひんやりと冷たくて足障りが良い。決して広くないが、無駄に広いより落ち着きがあった。
脱いだ服を籠に入れる時、他の何人かの衣服が入っている籠があったので、先客が既に入っているようだ。
有栖的にはあまり人に見られたくないと思うけど、それを聞いたら『こういう旅館の常連なら野暮なことはしないんじゃないか?』という希望的観測を聞かされた。
……まあ年配の方なら、有栖のこと知らない可能性もあるし。本人がいいならいいか。
僕らも脱衣を終えて、腰巻タオル一枚で浴場に入る。中には小さな湯船が一つと、洗い場が三つ。露天風呂も一つあるようだ。
室内の湯船には二人のおじ様が浸かって、仲良さげに話していた。僕達が入ってきたことに気付いて、軽く会釈をしてくれる。僕らも会釈を返して、洗い場に向かった。ちょうど三つなのでピッタリだ。
二人が座って、何故か真ん中が空いたのでそこに僕が座った。
ここで喋ることもないので、黙々と体を洗う。今日は川に入ったしバーベキューもしたからいつもより念入りに汚れを落とす。
有栖は筋肉質で引き締まった体を素早く洗うと、丁寧に髪の毛を洗っていた。旅館のシャンプーじゃなくて持参したミニボトルを使っているところを見ると、彼の髪へのこだわりが伺える。
川遊びの時も思ったけど、水も滴るいい男、って言葉がこれ程しっくり来るのは有栖くらいじゃないだろうか。
僕が体を洗いながらそう考えていると、
「?」
トントン、と肩を叩かれた。
そちらを見ると、冴木さんが困った顔でシャンプーとボディソープのボトルを持っている。
「どうしたんですか?」
僕が小声で聞くと、彼も小声で返してくる。
「私、眼鏡を取ると本当に何も見えなくて……。それに湯気があるからか余計に視界が悪いんだ。これ、どちらがボディソープか教えてくれないかな」
なるほど。確かに三人ともシャワーを使っているからか、湯気が凄くてただでさえ見にくい。目が悪いと余計見えないのだろう。
シャンプーとリンスならボトル側面の凹凸でどっちか分かるけど、ボディソープとシャンプーには付いてなかったのかもしれない。
僕は右手のがシャンプーで、左手のがボディソープだと教えてあげた。
「ありがとう」
冴木さんは嬉しそうに笑って、いそいそと体を洗い始めた。彼の白い体はお湯で流しただけのようで、もしかして今まで頑張って見比べようとしていたのだろうかと思わせる。……凄く気を遣う人だから、なかなか声をかけられなかったのかもしれない。
一足先に体を洗い終わった僕と有栖は、冴木さんにゆっくりしていいよと伝えてから湯船に浸かった。
「ねえ、君たちは“梅の間”に泊まってる人達?」
おじ様のうちの一人が声をかけてくる。梅の間とは僕たちが泊まっている部屋の名前だ。
「……そうです」
有栖が僕の代わりに返事をする。
「やっぱりそうか! あの部屋、いつも自分たち夫婦が取ってるから、先に予約が入っているのは珍しいなと思って」
「……なんかすみません」
「ああ、いや、非難している訳では無いんだ。誤解させてすまない。……あそこ、景色がいいだろう? 君たちみたいな若い子の宿泊が最近減っているから、いつも二人じめしていて申し訳ないと思っていたんだ。せっかくなら色んな人に見て欲しいからね」
おじ様はにこにこと笑っている。話を聞いていたその隣のおじ様も興味津々と言った感じで話しかけてきた。
「兄ちゃん、モデルみたいに綺麗だなぁ。そっちの子は弟かい?」
モデルみたい、ということは有栖が本当のモデルだとは知らないのだろう。
「弟……。えっと、まあ、そんな感じです」
有栖は少し困惑しながら答える。有栖がデカくて僕が小さいから、兄弟のように見えるのかもしれない。
有栖たちの会話を聞きながら、ふと冴木さんの方を見ると、体を洗い終わってこちらに来ているところだった。
そういえば、あまりよく見えないのに大丈夫だろうか。
そう思った瞬間、すてん、と冴木さんが滑ったのが見えた。
「あ」
バランスを崩した彼は、そのまま湯船にダイブした。
「え」
「え」
どっぼーん!
僕と有栖が唖然とする前で、一度沈んだ冴木さんがぷはっと顔を出す。
「だ、大丈夫か兄ちゃん……」
「生きてるかい?」
さすがのおじ様達も慌てている。
「だ、大丈夫です……」
冴木さんはお湯が熱いのか恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっていた。
今まで仕事の面しか見てなくて、しっかり者で生真面目な印象が強かったけど、冴木さんって意外にドジっ子なのかもしれない。
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