憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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一方その頃Ⅱ(可香谷視点)

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その話題を耳にするようになったのは、ここ最近のことだ。
かつての患者である黒髪の青年・遊沙さんと、そのパートナーである有栖さんの話。今では時折連絡を取り合う仲になった冴木さんの息子達のことだ。
よく分からないが夜会の席か何かに行ったところを動画に収められ、それをネットにばら撒かれたらしい。ワイドショーでも大きめのパネルを用意して捲りながら説明されていた。
他に報道すべきことはないのだろうか。余程の暇人と見える。

内容的には有栖さんが女性を追い払ってまで迎えに来たのは誰か、どういう関係なのか、というのが主だ。取材の関係で親兼マネージャーである冴木さんの元に記者が押し寄せない訳がないので、彼に「大丈夫ですか」とLINEを送ってみたところ、数時間後に「全然大丈夫です」と顔文字付きで返ってきた。冴木さんは生真面目で礼儀正しい人で、LINEに気付けばすぐ返信してくれる。今までの返信時間は最長一時間程度だ。そんな彼が数時間も返信をしない、いや、出来ない状態が大丈夫な訳がない。

あの家族は一見有栖さんを冴木さんと遊沙さんが支えているように見えるが、その実一番しっかりしているのは有栖さんだと思う。冴木さんと遊沙さんは駄目だ。すぐ無理をするし、他人の顔色を伺いすぎる。その点有栖さんは仕事の引き際を分かっているし、言いたいことははっきり言うタイプだろう。病院の一度しか会っていないが、冴木さんからのLINEで大体の性格は想像できる。

毎日毎日誰かしらが家を訪ねてきて同じ質問ばかりするなど正気の沙汰とは思えない。そんな状況に晒される冴木さんの精神が心配だ。人間、大変な時に笑顔で大丈夫と言っている時はそれなりにまずい。
彼が過労で倒れる前にぼくが殴り込もうかと思い始めていた頃、冴木さんからLINEが届いた。彼の家族と相談した結果、新しい家に移り住むことにしたらしい。賢明な判断だ。
仕事とは言え何度も人様の家に押しかけて、良い情報が得られなければあの手この手で聞き出そうとする。うぜえハエみたいな連中だ。シロアリが巣食った家は、シロアリを駆除するか引っ越すしかない。駆除できない以上、引っ越すのは良い方法だと言える。


ワイドショーは未だに遊沙さんの正体までは掴めていないようで、冴木さんの頑張りのおかげかテレビではほとんど放送されなくなった。SNS上ではどうなっているのか分からないところが怖いが、今のところは大丈夫だろう。
ちょっとしたことでテレビ沙汰になるわ引っ越さなければならないわ、モデルというのは難儀な職業だな。他人の事情に首を突っ込むなよと言いたいが、こういう話題を好む輩も大勢いるせいか、テレビはそういった報道をやめない。不倫だの熱愛発覚だのスキャンダルだの、どうでもいいつまんねえ話ばっかりだ。
これだから嫌いなんだ。

遊沙さんと有栖さんが男性同士のパートナーであると知れたらどうなるか、容易に想像が付く。引っ越しには、バレないうちにさっさといなくなってしまおうという意図もあるのだろう。

多様性が認められる社会推進とか言っているくせに、社会に影響するテレビがこんなのなら、それが実現するのは何百年後になるのやら。


呆れやら何やらで数日荒れていたぼくだったが、最近冴木さんから送られてくる新居見学の文面から、彼が楽しそうであることが分かったのは救いだった。文章もしっかりしていて健康面も問題なさそうだ。
彼らが幸せになってくれれば、他のパートナー達だって勇気が出るというものだし、是非頑張って欲しい。

ぼくは冷めかけた珈琲を飲み干した。苦くはなかった。
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