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猟犬と番犬
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朝起きて、ご飯作って2人を見送って、学校に行って家事をしてバイトに行く。帰ってきたら夜ご飯を作ってお風呂を沸かす。この忙しい生活にもかなり慣れてきた。
御園には相変わらず話せていなくて、一緒にも帰れないし遊びも断り続けている。このままだと友人達にも愛想を尽かされるだろう。早くなんとかしたいけど、仮に「モデルの有栖と一緒に住んでいる」と話したところで信じてもらえるかが怪しかった。付き合いが悪いのを誤魔化すために嘘を吐いていると思われるだろう。
さて、どうしたものか。
親戚の家だと言ってもいいのだけど、あの家から今の家への変わり様が凄すぎて、それも信じてもらえなさそうだ。かと言って、隠し続けるのも無理があった。
……いっそバイトをやめようか。家賃等々を払わなくて良くなったおかげで、前より貯金が増えている。次の学費はそれで払えるし、その次も何とかなりそうだ。その次は困るけれど、そうなったらまたバイトを探せばいいだろう。
夜ご飯を作りながらそんなことを考えていると、今日は仕事終わりが早かった有栖が手元を覗き込んできた。
「今日は何だ?」
「鮭のアルミホイル包み焼きとご飯。……ごめんだけど、スープはインスタントね」
僕が前の家から持ってきたインスタントスープが沢山余っていて勿体ないので、ここで消費しようと思ったのだ。
「そうか。……前から思っていたが、お前料理上手いよな」
「そう? ありがとう。よく母さんを手伝っていたから、一通りの家事はできるんだ」
「『いた』って……ああ、今は一人暮らしだから手伝ってないのか」
「あー…………うん、そう」
有栖にも冴木さんにも両親のことを話していないから、たまに話が噛み合わない。でもわざわざ話すことでもないし、別にそれでいいと思っている。
曖昧な返事に少し首を傾げた有栖には、スープを選んでもらうことにした。
「…………なんか、妙なやつばっかりだな」
「見た目と名前はアレだけど、味は結構美味しいよ」
「ほんとか?」
眉間に皺を寄せながらも、有栖は『山の魚介スープ』という一体なんの食材が入っているのか全く分からない何かを選んでいた。川魚味なのだろうか。
ちなみに冴木さんのは『色んな骨スープ』。なぜ肉を使わないのか、そして一体何の骨なのかが気になるところだ。
僕は『ミネストローネ・猪肉香草焼き風味』を選んだ。焼いたものをわざわざ汁物にしなくてもいいのに、とか風味? とか突っ込みどころは沢山あるが、この安売りスープ達には基本的に突っ込みどころしかないので、いちいち突っ込むのはやめにしよう。色々と無駄だ。
僕が鮭の乗ったフライパンを持とうとすると、有栖が横からフライパンを奪って、テーブルまで運んでくれた。
それと、冴木さんがお風呂を沸かしてくれて、とても助かった。
†―――――――――――――†
次の日の午後のことだった。講義終わりに、僕はいつも通り友人たちと別れを告げてそそくさと帰った。
そして、駅に行く途中の人気の少ない通りを歩いていた時だった。
突然腕を掴まれて、驚いてそちらを見ると、そこには御園が立っていた。何となくいつもと様子が違う御園にたじろぎながら、どうしたのか聞いてみる。
「…………誰なんだよ」
「…………え?」
「高いマンションに一緒に住んでるんだろ、オレの知らない誰かと」
御園にはまだ何も話していないはずだ。なぜ僕が今のところに住んでいると知っているのだろうか。
……いや、それよりも、これはまずいかもしれない。御園は今まで怒ったことがない。病院で怒られた時も、本心からではなくて、どちらかと言うと僕のためを思って怒ってくれていた。
だけど、今は違う。これは本当の、僕に向けられた怒りだ。いつもはシベリアンハスキーなのに、今は獰猛な狼のようだった。
「え、えっと……」
「前、遊紗の家行ったんだ。だけどいなくて。大家さんに聞いたらマンションに住んでるって言われた」
そういう事か。遊びは控えていても御園は僕の家を知っているんだから、そりゃあいつかはバレるだろうと思ってはいたけれど。いざそうなると、どうやって弁明したらいいか分からない。いや、先に謝るべきだよな。言わなかった僕が悪いんだから。
「御園、ごめ……」
しかし、御園は僕の謝罪を遮った。
「謝んなくていい。代わりに、誰と住んでるのか教えてくれよ。…………彼女とかなんだったら、オレだって応援するのに。何で何も言ってくれないんだよ。何で勝手にいなくなっちゃうんだよ」
……あ。
そうか、御園は待っててくれたんだ。黙って引っ越したことを聞きたくて、でも僕が言うまでは聞かないでくれた。なのに僕は言わなかった。それで痺れを切らしたのだろう。急にいなくなって、遊びも帰りも断られたら、それは不安になるよな。
友達関係って難しいな。いつか言おういつか言おうと思っていても、結局バレないならいいかとか思ってしまう。それはもう言わないのと同じ。信じてもらえないかも、本当のことを隠したいから嘘を言っていると思われるかも、と臆病になって、結果として彼を傷つけてしまった。
僕は高校まで友達がいなくて、初めてできた友達が御園だから、今までも意図しないところで傷つけてしまっていたのかもしれない。
「御園、今まで言えなくてごめんね。でもね、彼女ではないんだ。一緒に住んでいるのは、彼女じゃない」
本当は恋心さえ抱けない。
「……じゃあ、本当に親戚……?」
本当にってなんだろう。一緒に住んでいる人に対して、御園も色々と想像してたのかな。
「うーん、親戚でもなくて……」
そもそも親戚いないし……。
ただ、心做しか御園の表情が和らいでいてほっとする。
「おいおい、じゃあ誰なんだよ! そろそろ焦らさずに教えてくれたっていいだろー!?」
「お、教える! 教えるから! ちょっと心の準備させて」
「……心の準備がいるの?」
「う、うん」
僕は小さく深呼吸をする。大丈夫、御園なら信じてくれる。それで今日はこのまま一緒に帰ろう。その間に、言えなかったこと全部話そう。御園は有栖に会いたがっていたし、ついでに紹介してしまえばいい。
よし。
「一緒に住んでいるのはね、モデルの白沢あ――」
言いかけたとき、体が後ろに引っ張られて、結局最後まで言えなかった。僕の腕を掴んでいた御園の手が離れる。と同時に、目の前に大きな背中が見えた。
「お前、俺の連れに何か用か?」
地の底を這うような、ドスが利いた声が聞こえる。……え、有栖!? なんでここに? 仕事だったんじゃないのか?
「……な、なっ、え? アンタ、モデルの……」
有栖が大きくて御園が全く見えないが、声から困惑していることが分かる。うん、まあ、驚くよな。有栖はサングラスをかけていて帽子を被っているけど、見る人が見ればすぐ分かるし。
「お前が絡んでいたやつは俺の連れでな。何の用かは知らないが、ちょっかいかけてるならやめろ。そして失せろ」
あ、これ有栖勘違いしてる。多分また僕が襲われてると思って助けてくれたのだろう。でも、それは激しく誤解だ。彼は僕の友達で、あの人たちとは違う。
「待って、有栖。その人は僕の友達……」
「え、マジで!? 本当に有栖さんですか!? いやー、本物に会えるなんて! 感激です!」
僕が言いかけると、今度は御園が遮ってきた。声からして本当に喜んでいるようで、今日家で会わせる必要はなくなった。ちょっとせこいかもしれないけど、御園の機嫌が直って良かった。
「…………」
有栖は黙ったままで、御園はいつになく饒舌で話し始めた。
「遊沙はオレの高校からの親友で、今誰と一緒に住んでいるのか聞いてた所なんですよ! それがまさか貴方だったなんて……! 超びっくりです」
「遊沙からスーパーで会ったって聞いて、オレも会いたいなーなんて」
「でもその後店にいらっしゃらなかったので、お話する機会もなくて」
「話したいことがあったんです。今もたっくさんお話したいことあるんですけど、きっとお忙しいでしょう?」
「なので一番言いたいことだけ言います」
「……ああ、本当に。一緒に住めるなんて本当に羨ましいです」
「…………今言いたいことはそれだけですか? すみませんが俺は忙しいので失礼します。ほら、行くぞ、遊沙」
有栖に手を引っ張られて、僕はその場から強制退去させられた。
「え、ちょっ有栖……! ごめん、御園! また今度ちゃんと説明するからー!」
僕が何とか手を振ると、御園も手を振り返してくれた。
御園には相変わらず話せていなくて、一緒にも帰れないし遊びも断り続けている。このままだと友人達にも愛想を尽かされるだろう。早くなんとかしたいけど、仮に「モデルの有栖と一緒に住んでいる」と話したところで信じてもらえるかが怪しかった。付き合いが悪いのを誤魔化すために嘘を吐いていると思われるだろう。
さて、どうしたものか。
親戚の家だと言ってもいいのだけど、あの家から今の家への変わり様が凄すぎて、それも信じてもらえなさそうだ。かと言って、隠し続けるのも無理があった。
……いっそバイトをやめようか。家賃等々を払わなくて良くなったおかげで、前より貯金が増えている。次の学費はそれで払えるし、その次も何とかなりそうだ。その次は困るけれど、そうなったらまたバイトを探せばいいだろう。
夜ご飯を作りながらそんなことを考えていると、今日は仕事終わりが早かった有栖が手元を覗き込んできた。
「今日は何だ?」
「鮭のアルミホイル包み焼きとご飯。……ごめんだけど、スープはインスタントね」
僕が前の家から持ってきたインスタントスープが沢山余っていて勿体ないので、ここで消費しようと思ったのだ。
「そうか。……前から思っていたが、お前料理上手いよな」
「そう? ありがとう。よく母さんを手伝っていたから、一通りの家事はできるんだ」
「『いた』って……ああ、今は一人暮らしだから手伝ってないのか」
「あー…………うん、そう」
有栖にも冴木さんにも両親のことを話していないから、たまに話が噛み合わない。でもわざわざ話すことでもないし、別にそれでいいと思っている。
曖昧な返事に少し首を傾げた有栖には、スープを選んでもらうことにした。
「…………なんか、妙なやつばっかりだな」
「見た目と名前はアレだけど、味は結構美味しいよ」
「ほんとか?」
眉間に皺を寄せながらも、有栖は『山の魚介スープ』という一体なんの食材が入っているのか全く分からない何かを選んでいた。川魚味なのだろうか。
ちなみに冴木さんのは『色んな骨スープ』。なぜ肉を使わないのか、そして一体何の骨なのかが気になるところだ。
僕は『ミネストローネ・猪肉香草焼き風味』を選んだ。焼いたものをわざわざ汁物にしなくてもいいのに、とか風味? とか突っ込みどころは沢山あるが、この安売りスープ達には基本的に突っ込みどころしかないので、いちいち突っ込むのはやめにしよう。色々と無駄だ。
僕が鮭の乗ったフライパンを持とうとすると、有栖が横からフライパンを奪って、テーブルまで運んでくれた。
それと、冴木さんがお風呂を沸かしてくれて、とても助かった。
†―――――――――――――†
次の日の午後のことだった。講義終わりに、僕はいつも通り友人たちと別れを告げてそそくさと帰った。
そして、駅に行く途中の人気の少ない通りを歩いていた時だった。
突然腕を掴まれて、驚いてそちらを見ると、そこには御園が立っていた。何となくいつもと様子が違う御園にたじろぎながら、どうしたのか聞いてみる。
「…………誰なんだよ」
「…………え?」
「高いマンションに一緒に住んでるんだろ、オレの知らない誰かと」
御園にはまだ何も話していないはずだ。なぜ僕が今のところに住んでいると知っているのだろうか。
……いや、それよりも、これはまずいかもしれない。御園は今まで怒ったことがない。病院で怒られた時も、本心からではなくて、どちらかと言うと僕のためを思って怒ってくれていた。
だけど、今は違う。これは本当の、僕に向けられた怒りだ。いつもはシベリアンハスキーなのに、今は獰猛な狼のようだった。
「え、えっと……」
「前、遊紗の家行ったんだ。だけどいなくて。大家さんに聞いたらマンションに住んでるって言われた」
そういう事か。遊びは控えていても御園は僕の家を知っているんだから、そりゃあいつかはバレるだろうと思ってはいたけれど。いざそうなると、どうやって弁明したらいいか分からない。いや、先に謝るべきだよな。言わなかった僕が悪いんだから。
「御園、ごめ……」
しかし、御園は僕の謝罪を遮った。
「謝んなくていい。代わりに、誰と住んでるのか教えてくれよ。…………彼女とかなんだったら、オレだって応援するのに。何で何も言ってくれないんだよ。何で勝手にいなくなっちゃうんだよ」
……あ。
そうか、御園は待っててくれたんだ。黙って引っ越したことを聞きたくて、でも僕が言うまでは聞かないでくれた。なのに僕は言わなかった。それで痺れを切らしたのだろう。急にいなくなって、遊びも帰りも断られたら、それは不安になるよな。
友達関係って難しいな。いつか言おういつか言おうと思っていても、結局バレないならいいかとか思ってしまう。それはもう言わないのと同じ。信じてもらえないかも、本当のことを隠したいから嘘を言っていると思われるかも、と臆病になって、結果として彼を傷つけてしまった。
僕は高校まで友達がいなくて、初めてできた友達が御園だから、今までも意図しないところで傷つけてしまっていたのかもしれない。
「御園、今まで言えなくてごめんね。でもね、彼女ではないんだ。一緒に住んでいるのは、彼女じゃない」
本当は恋心さえ抱けない。
「……じゃあ、本当に親戚……?」
本当にってなんだろう。一緒に住んでいる人に対して、御園も色々と想像してたのかな。
「うーん、親戚でもなくて……」
そもそも親戚いないし……。
ただ、心做しか御園の表情が和らいでいてほっとする。
「おいおい、じゃあ誰なんだよ! そろそろ焦らさずに教えてくれたっていいだろー!?」
「お、教える! 教えるから! ちょっと心の準備させて」
「……心の準備がいるの?」
「う、うん」
僕は小さく深呼吸をする。大丈夫、御園なら信じてくれる。それで今日はこのまま一緒に帰ろう。その間に、言えなかったこと全部話そう。御園は有栖に会いたがっていたし、ついでに紹介してしまえばいい。
よし。
「一緒に住んでいるのはね、モデルの白沢あ――」
言いかけたとき、体が後ろに引っ張られて、結局最後まで言えなかった。僕の腕を掴んでいた御園の手が離れる。と同時に、目の前に大きな背中が見えた。
「お前、俺の連れに何か用か?」
地の底を這うような、ドスが利いた声が聞こえる。……え、有栖!? なんでここに? 仕事だったんじゃないのか?
「……な、なっ、え? アンタ、モデルの……」
有栖が大きくて御園が全く見えないが、声から困惑していることが分かる。うん、まあ、驚くよな。有栖はサングラスをかけていて帽子を被っているけど、見る人が見ればすぐ分かるし。
「お前が絡んでいたやつは俺の連れでな。何の用かは知らないが、ちょっかいかけてるならやめろ。そして失せろ」
あ、これ有栖勘違いしてる。多分また僕が襲われてると思って助けてくれたのだろう。でも、それは激しく誤解だ。彼は僕の友達で、あの人たちとは違う。
「待って、有栖。その人は僕の友達……」
「え、マジで!? 本当に有栖さんですか!? いやー、本物に会えるなんて! 感激です!」
僕が言いかけると、今度は御園が遮ってきた。声からして本当に喜んでいるようで、今日家で会わせる必要はなくなった。ちょっとせこいかもしれないけど、御園の機嫌が直って良かった。
「…………」
有栖は黙ったままで、御園はいつになく饒舌で話し始めた。
「遊沙はオレの高校からの親友で、今誰と一緒に住んでいるのか聞いてた所なんですよ! それがまさか貴方だったなんて……! 超びっくりです」
「遊沙からスーパーで会ったって聞いて、オレも会いたいなーなんて」
「でもその後店にいらっしゃらなかったので、お話する機会もなくて」
「話したいことがあったんです。今もたっくさんお話したいことあるんですけど、きっとお忙しいでしょう?」
「なので一番言いたいことだけ言います」
「……ああ、本当に。一緒に住めるなんて本当に羨ましいです」
「…………今言いたいことはそれだけですか? すみませんが俺は忙しいので失礼します。ほら、行くぞ、遊沙」
有栖に手を引っ張られて、僕はその場から強制退去させられた。
「え、ちょっ有栖……! ごめん、御園! また今度ちゃんと説明するからー!」
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