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誘いの理由
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『なら俺の家に住め』
衝撃的な一言が送られてきてしばらく脳が機能停止してしまったが、とりあえず理由を聞いてみる。
『え……っと、話が見えないんだけど』
『お前の家、随分風通し良さそうだろ』
『雨漏りするくらいだからな』
『で、暖房器具もないんだろ?』
ああ、そういえば雨漏りの話もしたような気がする。決して欠陥住宅ってわけじゃないんだけど、とても古い建物だから雨漏りも仕方がない。大家さんは耳が遠いおばあさんで、僕が住んでなかったらこの家は壊す予定だったらしい。そこを無理に住まわせてもらっているし、家賃も格安だから直してもらうのも気が引ける。それで、結局そのままなのだ。
『まあ、そうだけど』
『ここ最近かなり冷え込んでるし、凍死でもしたら笑えないだろ?』
『そこで、だ。お前の生活は保障するから、代わりに飯を作って欲しい』
『俺も冴木も忙しいから、最近既製品ばかり食べていてな』
『作ってもらえるとありがたい』
あー、なるほど。つまるところ、僕を家政婦的な感じで雇おうってことか。僕は快適な暮らしが出来るし、彼らは家事をやってくれる人がいると助かる。互いにメリットがあって、デメリットも特にない。結構いい話かもしれない。
話の導入がかなり難ありだったが。有栖って実はコミュニケーション苦手なのかも。
『そういうことか』
『僕にとっても悪い話じゃないから、そちらが良ければ問題ないよ』
『分かった』
『なら、今から向かう』
……え、今から!? 急すぎるというか、フットワーク軽すぎるだろ! なんだこの人、行動力の塊か?
僕がわたわたしながらご飯をかき込んで、さっさと風呂に入って着替えて待っていると、聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。近くで停止する。
外の階段がものすごい音を立てて軋むので、誰かが上がってくることが分かる。
そっと扉を開けてみると、冴木さんがちょうどノックしようとしている所だった。
「あ、遊沙くん。ごめんね、本当。有栖ったらせっかちでねー、今時間あるから迎えに行けってうるさくて」
「いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど」
「ありがとう。……早速で悪いんだけど、荷物ってまとめられるかな? 大家さんには話しておいたからそこは心配しなくて大丈夫なんだけど」
「えーっと、ちょっと待っていてください。中に入っていただいてもかまいませんから」
僕は冴木さんを中に招いて適当に座ってもらうと、自分の荷物をまとめた。機械類がほとんどで、後は食材とか衣類とか。冷蔵庫は小型のやつなので、持って行けないこともない。テレビはうちにはないから、荷物にならなくて助かった。ベッドは備え付けだったし無視して良いだろう。鉄筋が剥き出しになりそうなのを何とかして繕って寝たのが懐かしい。母さんの布団は持って行くことにした。
結局僕の荷物は大体ダンボール三箱くらいと、冷蔵庫と机。冴木さんと一緒に車に積み込んで、忘れ物がないか確認したら、そのまま出発した。
後ろの席に座っていた有栖が声をかけてくる。
「急で悪いな。前々から考えてはいたんだが、連絡手段がなくてな」
冴木さんに連絡してもらえば良かったのでは、とか、連絡先を聞くくらいすぐ思いつきそうだけど、とか思ったが言わなかった。マリーアントワネットがパン以外の主食をお菓子しか思いつかなかったように、上の人間は庶民がぱっと思いつくものが思いつかないのかもしれない。
未だに状況が急すぎて頭だけ置いて行かれている気分だが、車が高級高層マンションの地下駐車場に入った辺りで、ようやく頭が追いついてきた。
えーっと、このなんかブルジュ・ハリファみたいなところで、モデルとそのマネージャーにご飯を…………。あ、ダメだこれ、また頭おかしくなりそう。
僕はとりあえず、考える事をやめた。
マンションのエントランスは映画とかで見かける回転式のガラス扉で、そこを抜けるともう一つ自動ドアがある。そして、そのドアの前に円筒形の機械が。数字のついたボタンが並んでいて、それを有栖が素早く押す。すると、目の前の扉が開いた。どうやら暗証番号を入れないと開かないらしい。最近の警備システムってすごいんだな。僕の家……というか、さっきまで家だったところは警備とか防犯の頭文字もないような感じだったけど。
家にエレベーターがついていることに驚きを隠せない僕には構わず、二人は当たり前のように10階のボタンを押す。見たところ12階建てなので最上階ではないにしても、かなり良いところに住んでいるようだ。
チン、と扉が開くと、ピカピカに磨かれた白タイルの床と赤いカーペットが敷き詰められた廊下に出た。廊下の先には所々扉があって、そこがどうやら住民の部屋(家?)らしい。僕この廊下でも住めそう。
二人についていくと、廊下の突き当たりの一番奥の扉で立ち止まった。鍵を取り出しているので、ここが彼らの住処なのだろう。
案内されて中に入ると、短い廊下だった。左側にある扉はトイレで、その横が風呂だと説明された。右側の扉を開けると、まるでホテルの一室のような空間が広がっていた。あまり物がなく片付いた部屋は、とても男二人が住んでいるとは思えない。部屋の右手にはアイランドキッチンと長方形のダイニングテーブルがあり、左手にはソファとめちゃくちゃデカいテレビがあった。点けていないときは姿見になりそうだ。
「遊沙、こっち」
有栖が手招きをしているのでそちらに行くと、二階に上がる階段が。え、なんで二階があるの? という当然の質問もさせてくれないまま、僕は大人しく案内された。
「この部屋、使って良いから」
そこは広くはないが狭くもない、二階の角部屋だった。見るからに寝心地良さそうなベッドと、本棚や衣装ダンス、机と椅子一式に小さなテレビまである。僕が思わず手に持っていたスマホを落とすと、ぽすっと柔らかい音がした。見下ろすとそこは部屋に敷いてある円形カーペットの端だった。そうでないとこも布張りで、もう何もかも僕には勿体ない部屋だった。
「良いの? こんな良い部屋」
「別に。使ってないし」
うーむ、これは本格的に住む世界が違う。家なのに全然寒くないし。暖房がついている風には見えないのにな。
まあ、家主がいいと言っているならいいか。ありがたく使わせてもらおう。
衝撃的な一言が送られてきてしばらく脳が機能停止してしまったが、とりあえず理由を聞いてみる。
『え……っと、話が見えないんだけど』
『お前の家、随分風通し良さそうだろ』
『雨漏りするくらいだからな』
『で、暖房器具もないんだろ?』
ああ、そういえば雨漏りの話もしたような気がする。決して欠陥住宅ってわけじゃないんだけど、とても古い建物だから雨漏りも仕方がない。大家さんは耳が遠いおばあさんで、僕が住んでなかったらこの家は壊す予定だったらしい。そこを無理に住まわせてもらっているし、家賃も格安だから直してもらうのも気が引ける。それで、結局そのままなのだ。
『まあ、そうだけど』
『ここ最近かなり冷え込んでるし、凍死でもしたら笑えないだろ?』
『そこで、だ。お前の生活は保障するから、代わりに飯を作って欲しい』
『俺も冴木も忙しいから、最近既製品ばかり食べていてな』
『作ってもらえるとありがたい』
あー、なるほど。つまるところ、僕を家政婦的な感じで雇おうってことか。僕は快適な暮らしが出来るし、彼らは家事をやってくれる人がいると助かる。互いにメリットがあって、デメリットも特にない。結構いい話かもしれない。
話の導入がかなり難ありだったが。有栖って実はコミュニケーション苦手なのかも。
『そういうことか』
『僕にとっても悪い話じゃないから、そちらが良ければ問題ないよ』
『分かった』
『なら、今から向かう』
……え、今から!? 急すぎるというか、フットワーク軽すぎるだろ! なんだこの人、行動力の塊か?
僕がわたわたしながらご飯をかき込んで、さっさと風呂に入って着替えて待っていると、聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。近くで停止する。
外の階段がものすごい音を立てて軋むので、誰かが上がってくることが分かる。
そっと扉を開けてみると、冴木さんがちょうどノックしようとしている所だった。
「あ、遊沙くん。ごめんね、本当。有栖ったらせっかちでねー、今時間あるから迎えに行けってうるさくて」
「いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしましたけど」
「ありがとう。……早速で悪いんだけど、荷物ってまとめられるかな? 大家さんには話しておいたからそこは心配しなくて大丈夫なんだけど」
「えーっと、ちょっと待っていてください。中に入っていただいてもかまいませんから」
僕は冴木さんを中に招いて適当に座ってもらうと、自分の荷物をまとめた。機械類がほとんどで、後は食材とか衣類とか。冷蔵庫は小型のやつなので、持って行けないこともない。テレビはうちにはないから、荷物にならなくて助かった。ベッドは備え付けだったし無視して良いだろう。鉄筋が剥き出しになりそうなのを何とかして繕って寝たのが懐かしい。母さんの布団は持って行くことにした。
結局僕の荷物は大体ダンボール三箱くらいと、冷蔵庫と机。冴木さんと一緒に車に積み込んで、忘れ物がないか確認したら、そのまま出発した。
後ろの席に座っていた有栖が声をかけてくる。
「急で悪いな。前々から考えてはいたんだが、連絡手段がなくてな」
冴木さんに連絡してもらえば良かったのでは、とか、連絡先を聞くくらいすぐ思いつきそうだけど、とか思ったが言わなかった。マリーアントワネットがパン以外の主食をお菓子しか思いつかなかったように、上の人間は庶民がぱっと思いつくものが思いつかないのかもしれない。
未だに状況が急すぎて頭だけ置いて行かれている気分だが、車が高級高層マンションの地下駐車場に入った辺りで、ようやく頭が追いついてきた。
えーっと、このなんかブルジュ・ハリファみたいなところで、モデルとそのマネージャーにご飯を…………。あ、ダメだこれ、また頭おかしくなりそう。
僕はとりあえず、考える事をやめた。
マンションのエントランスは映画とかで見かける回転式のガラス扉で、そこを抜けるともう一つ自動ドアがある。そして、そのドアの前に円筒形の機械が。数字のついたボタンが並んでいて、それを有栖が素早く押す。すると、目の前の扉が開いた。どうやら暗証番号を入れないと開かないらしい。最近の警備システムってすごいんだな。僕の家……というか、さっきまで家だったところは警備とか防犯の頭文字もないような感じだったけど。
家にエレベーターがついていることに驚きを隠せない僕には構わず、二人は当たり前のように10階のボタンを押す。見たところ12階建てなので最上階ではないにしても、かなり良いところに住んでいるようだ。
チン、と扉が開くと、ピカピカに磨かれた白タイルの床と赤いカーペットが敷き詰められた廊下に出た。廊下の先には所々扉があって、そこがどうやら住民の部屋(家?)らしい。僕この廊下でも住めそう。
二人についていくと、廊下の突き当たりの一番奥の扉で立ち止まった。鍵を取り出しているので、ここが彼らの住処なのだろう。
案内されて中に入ると、短い廊下だった。左側にある扉はトイレで、その横が風呂だと説明された。右側の扉を開けると、まるでホテルの一室のような空間が広がっていた。あまり物がなく片付いた部屋は、とても男二人が住んでいるとは思えない。部屋の右手にはアイランドキッチンと長方形のダイニングテーブルがあり、左手にはソファとめちゃくちゃデカいテレビがあった。点けていないときは姿見になりそうだ。
「遊沙、こっち」
有栖が手招きをしているのでそちらに行くと、二階に上がる階段が。え、なんで二階があるの? という当然の質問もさせてくれないまま、僕は大人しく案内された。
「この部屋、使って良いから」
そこは広くはないが狭くもない、二階の角部屋だった。見るからに寝心地良さそうなベッドと、本棚や衣装ダンス、机と椅子一式に小さなテレビまである。僕が思わず手に持っていたスマホを落とすと、ぽすっと柔らかい音がした。見下ろすとそこは部屋に敷いてある円形カーペットの端だった。そうでないとこも布張りで、もう何もかも僕には勿体ない部屋だった。
「良いの? こんな良い部屋」
「別に。使ってないし」
うーむ、これは本格的に住む世界が違う。家なのに全然寒くないし。暖房がついている風には見えないのにな。
まあ、家主がいいと言っているならいいか。ありがたく使わせてもらおう。
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