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取り戻した日常
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今朝退院して、家まで冴木さんが車で送ってくれた。この人には本当に迷惑をかける。
申し訳ないが、ありがたい。
幸い今日の講義は昼からなので、ゆっくりと準備して、人が少ない時間を狙って電車に乗った。電車にたどり着くまでの間にあの三人がいないか警戒したが、出会うことはなかった。
肌の痣や切り傷は簡単には消えないので、それを隠すためにできるだけ露出の少ない服を着る。最近、若干寒くなってきたので長袖でも変ではないだろう。
今日は人が多めで席は空いていなかったが、腕を吊っているためか、優先座席を何回か譲られた。本当は座らなくても大丈夫なのだけど、譲ってくれたのに断ったら譲ってくれた人の良心が無駄になってしまう。それに、よかれと思ってやったのに「別にいいです」なんて言われたら、せっかく譲ってあげたのにと思うだろう。ここは素直にお礼を言って座るのが、互いにとって良い結果になるのだ。
大学に着くと、御園を含めた友人たちが早速話しかけてきた。
「遊沙、大丈夫かー?」
「階段から落ちるなんてドジだなあ」
「お前のアパート、ボロいんだから気をつけろよ」
御園から聞いたのか、皆笑いながら、しかし心配そうに声をかけてくれた。僕は「足滑らせちゃって」と笑いながら答えた。
講義中も講義後も、皆どことなく気を遣ってくれていて、良い友人たちを持ったものだと自分の人生に感謝する。
僕の講義が全て終わった後、全員で学食に来ていた。昼ご飯というには遅い時間で、夕ご飯というには早い時間だったが、僕は昨日からほとんど食べていないのでお腹が空いて仕方がなかったのだ。
皆に先に帰っていても良いよ、と言ったが、誰も帰ろうとしなかった。
僕が注文しようと席を立つと、御園が付いてきてくれた。
————————————————–+++————————————————–
去って行く遊沙と御園の背中を見送りながら、友人の一人が口を開く。
「なあ、遊沙のことなんだけどさ」
「どした?」
「なんか、首に痣みたいなのなかった?」
「あー、あったな」
「え、そう? 気付かなかったわ」
他の二人の内一人は同意し、もう一人は疑問符を浮かべた。
「首絞められたみたいな痕だったよな」
「分かる」
「そうだったのか。全然見てなかった」
「遊沙はさ、全然自分のこと言わないじゃん」
「うん」
「確かに」
「ああいうのって聞いちゃだめかもしんないけど、虐待……とかだったら、お前らどうする?」
「うーん……」
「遊沙が言いたくないなら、無理に聞かなくても良いんじゃないか?」
「まあ、そうかも」
「高校から一緒の御園が知らないんだったら、おれらが聞いても無駄な気が」
「それは分かる」
「じゃあまあ、ひとまず放置で」
遊沙が学食のおばちゃんに料理を注文している。
「それより、昨日のネットニュース見た? 青年が何者かに暴行されて重傷ってやつ」
「あ、見た! 集団で暴行って奴でしょ?」
「集団で暴行されて、ってやつだっけ」
「え? 集団に暴行されたんじゃなかったっけ?」
「ん? 被害者が一人ってことでしょ?」
「は? おれは被害者が複数ってことだと……」
一瞬黙る友人たち。
「……日本語って難しいな」
「うん……」
「頭おかしくなりそうだもんな」
「で、そのニュースがどうしたの?」
「ごめん、忘れた」
「なんじゃそりゃ」
「たぶん、やべーって言いたかったんだと思う」
「なるほど」
遊沙のラーメンを御園が持って帰ってきた。
「何の話?」
「いや、別に。てかラーメンかよ。食える?」
「……頑張る」
「御園、食べさせてやれば?」
「おけ、ほれ遊沙。あーんしろ」
「あ、いや、自分で食べるから」
御園は遊沙の顔が若干強張ったことに気付いた。
「そっか、ごめん。気をつけて食べろよ」
恐らく嫌なものを無理矢理食べさせられたことでもあるのだろう。御園はそう勘付いて、素直に箸を返した。
あーんができなかったことを少し残念に思いつつ、はふはふと麺を啜る遊沙を眺めていた。
申し訳ないが、ありがたい。
幸い今日の講義は昼からなので、ゆっくりと準備して、人が少ない時間を狙って電車に乗った。電車にたどり着くまでの間にあの三人がいないか警戒したが、出会うことはなかった。
肌の痣や切り傷は簡単には消えないので、それを隠すためにできるだけ露出の少ない服を着る。最近、若干寒くなってきたので長袖でも変ではないだろう。
今日は人が多めで席は空いていなかったが、腕を吊っているためか、優先座席を何回か譲られた。本当は座らなくても大丈夫なのだけど、譲ってくれたのに断ったら譲ってくれた人の良心が無駄になってしまう。それに、よかれと思ってやったのに「別にいいです」なんて言われたら、せっかく譲ってあげたのにと思うだろう。ここは素直にお礼を言って座るのが、互いにとって良い結果になるのだ。
大学に着くと、御園を含めた友人たちが早速話しかけてきた。
「遊沙、大丈夫かー?」
「階段から落ちるなんてドジだなあ」
「お前のアパート、ボロいんだから気をつけろよ」
御園から聞いたのか、皆笑いながら、しかし心配そうに声をかけてくれた。僕は「足滑らせちゃって」と笑いながら答えた。
講義中も講義後も、皆どことなく気を遣ってくれていて、良い友人たちを持ったものだと自分の人生に感謝する。
僕の講義が全て終わった後、全員で学食に来ていた。昼ご飯というには遅い時間で、夕ご飯というには早い時間だったが、僕は昨日からほとんど食べていないのでお腹が空いて仕方がなかったのだ。
皆に先に帰っていても良いよ、と言ったが、誰も帰ろうとしなかった。
僕が注文しようと席を立つと、御園が付いてきてくれた。
————————————————–+++————————————————–
去って行く遊沙と御園の背中を見送りながら、友人の一人が口を開く。
「なあ、遊沙のことなんだけどさ」
「どした?」
「なんか、首に痣みたいなのなかった?」
「あー、あったな」
「え、そう? 気付かなかったわ」
他の二人の内一人は同意し、もう一人は疑問符を浮かべた。
「首絞められたみたいな痕だったよな」
「分かる」
「そうだったのか。全然見てなかった」
「遊沙はさ、全然自分のこと言わないじゃん」
「うん」
「確かに」
「ああいうのって聞いちゃだめかもしんないけど、虐待……とかだったら、お前らどうする?」
「うーん……」
「遊沙が言いたくないなら、無理に聞かなくても良いんじゃないか?」
「まあ、そうかも」
「高校から一緒の御園が知らないんだったら、おれらが聞いても無駄な気が」
「それは分かる」
「じゃあまあ、ひとまず放置で」
遊沙が学食のおばちゃんに料理を注文している。
「それより、昨日のネットニュース見た? 青年が何者かに暴行されて重傷ってやつ」
「あ、見た! 集団で暴行って奴でしょ?」
「集団で暴行されて、ってやつだっけ」
「え? 集団に暴行されたんじゃなかったっけ?」
「ん? 被害者が一人ってことでしょ?」
「は? おれは被害者が複数ってことだと……」
一瞬黙る友人たち。
「……日本語って難しいな」
「うん……」
「頭おかしくなりそうだもんな」
「で、そのニュースがどうしたの?」
「ごめん、忘れた」
「なんじゃそりゃ」
「たぶん、やべーって言いたかったんだと思う」
「なるほど」
遊沙のラーメンを御園が持って帰ってきた。
「何の話?」
「いや、別に。てかラーメンかよ。食える?」
「……頑張る」
「御園、食べさせてやれば?」
「おけ、ほれ遊沙。あーんしろ」
「あ、いや、自分で食べるから」
御園は遊沙の顔が若干強張ったことに気付いた。
「そっか、ごめん。気をつけて食べろよ」
恐らく嫌なものを無理矢理食べさせられたことでもあるのだろう。御園はそう勘付いて、素直に箸を返した。
あーんができなかったことを少し残念に思いつつ、はふはふと麺を啜る遊沙を眺めていた。
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