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序章
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「遊沙は、好きな子いないの?」
何回聞かれた質問だろう。
「いないよ、そんなもの」
僕は、いつだってそう答える。
照れ隠しだとか、運命の人に出会えていないとか、本当は同性が好きだとか――そんな馬鹿馬鹿しい理由じゃない。
分からないのだ。好きだとかいう感情が。
生まれたときからそうだったのかと言われると、そういうわけでもない。小学生後半とか、中学生前半とか、所謂思春期の頃には、あの子が好きだと周囲に言っていた記憶がある。
あるのだけど、今考えるとあれが本当に「恋心」という奴だったのか、よく分からない。
周囲が皆、女子も男子も恋バナをしていて、なんとなく好きな人を作らなければいけないのでは、という気持ちがそうさせていたようにも思える。
僕は転校生で周囲から浮いており、友達が少なく――簡単に言うと、虐められていた。転校生(特に思春期頃の)にはあるあるなのだが、ちやほやされるのは所詮最初の一週間程度で、その後は良くて無関心、ほとんどの場合は虐められる。
正直、その気持ちは分からなくもない。突然やってきた知らない人間が、自分たちと違う訛りで話し、ここでは暗黙の了解になっているルールを、知らずにぶち破る。
なんなんだ、アイツは、とならない方がおかしい。
でも、幼い僕にはそんなこと分からないわけで。唯一笑顔で話しかけてくれた、優しい人間を好きにならないはずもなかった。
……恋愛感情ではなく、自分を認めてくれる誰かが欲しかったのかもしれない。
結果として、それは自らの傷口を抉ることとなった。
クラス対抗の競技に出たとき、僕はルールが全く分からず、僕のチームは惨敗した。申し訳ないとは思ったのだけど、そもそもルールを教えてくれない彼らが悪いし、たかが競技の勝ち負けだ。僕は落ち込みこそすれ、チームの皆も許してくれるだろうと甘く考えていた。
しかし、チームに戻ってきたときに、僕が好きだった優しい人間は言った。
「あんたがいなければ勝てたのに。この役立たず」
汚いものでも見るような目だった。彼女のあんな顔は見たことがなかった。
胸の奥がズキリと痛んで、僕は顔を背けるしかなかった。大きなショックと、悲しみに似た何かが身体を襲い、そうすることしかできなかったのだ。
そんなことがあったというのに、僕は性懲りも無く別の人を好きになった。その相手というのが、クラスの人気者だったのだから笑えない。スポーツ万能で、よく馬鹿をやって先生に怒られて、皆を笑顔にする――そういう人だった。相手もどことなく僕を意識してくれて、クラス中から無視されている僕をあだ名で呼んでくれたりして。まあ、そのせいで針のむしろに座っているような状態が悪化したのも事実だけれど。
素直に嬉しかった。あの人に傷付けられた心も癒えそうだった。
僕は、人気者との関係をそれ以上望まなかったし、気持ちも伝える気はなかった。
だから、本人が突然、
「私のこと好きらしいけど、正直興味ないから」
と言ってきたときはびっくりした。何のことか分からない僕の目に入ったのは、クスクスと楽しそうな”友達”たちの姿だった。彼らは、虐められていた僕と遊んでくれた数少ない”友人”だった。
その辺りからだっただろうか?
僕は上手く感情を出せなくなった。人を好きになることも、その後一回もなかった。合ったばかりで”友達”だと言ってくる人を信用できなくなった。
作り笑いはとても上手になって、高校に入って小中の人たちから離れたこともあってか虐められることはなくなった。
代わりに、
「お前って怒ることあるの?見たことないんだけど」
「遊沙って本当心ないよな~」
「遊沙は良い奴だけどさ、何考えてんのかわかんないんだよ」
などと言われることが多くなった。彼らには悪意はなく、日常会話のついでにぽろっと言われるのだ。
僕としては怒るときは怒っているつもりだし、悲しいときは悲しそうにしているつもりなのだが、どうしてもそれが相手に伝わらない。
終いには家族にまで「感情が薄い」と言われる始末。何がいけないのだろう。
僕が大きくため息をつくと、
「どうしたの?」
と女性の声。
そういえばバイト中だった。商品陳列の単純作業をしている間に思想に耽ってしまっていたのだった。
何回聞かれた質問だろう。
「いないよ、そんなもの」
僕は、いつだってそう答える。
照れ隠しだとか、運命の人に出会えていないとか、本当は同性が好きだとか――そんな馬鹿馬鹿しい理由じゃない。
分からないのだ。好きだとかいう感情が。
生まれたときからそうだったのかと言われると、そういうわけでもない。小学生後半とか、中学生前半とか、所謂思春期の頃には、あの子が好きだと周囲に言っていた記憶がある。
あるのだけど、今考えるとあれが本当に「恋心」という奴だったのか、よく分からない。
周囲が皆、女子も男子も恋バナをしていて、なんとなく好きな人を作らなければいけないのでは、という気持ちがそうさせていたようにも思える。
僕は転校生で周囲から浮いており、友達が少なく――簡単に言うと、虐められていた。転校生(特に思春期頃の)にはあるあるなのだが、ちやほやされるのは所詮最初の一週間程度で、その後は良くて無関心、ほとんどの場合は虐められる。
正直、その気持ちは分からなくもない。突然やってきた知らない人間が、自分たちと違う訛りで話し、ここでは暗黙の了解になっているルールを、知らずにぶち破る。
なんなんだ、アイツは、とならない方がおかしい。
でも、幼い僕にはそんなこと分からないわけで。唯一笑顔で話しかけてくれた、優しい人間を好きにならないはずもなかった。
……恋愛感情ではなく、自分を認めてくれる誰かが欲しかったのかもしれない。
結果として、それは自らの傷口を抉ることとなった。
クラス対抗の競技に出たとき、僕はルールが全く分からず、僕のチームは惨敗した。申し訳ないとは思ったのだけど、そもそもルールを教えてくれない彼らが悪いし、たかが競技の勝ち負けだ。僕は落ち込みこそすれ、チームの皆も許してくれるだろうと甘く考えていた。
しかし、チームに戻ってきたときに、僕が好きだった優しい人間は言った。
「あんたがいなければ勝てたのに。この役立たず」
汚いものでも見るような目だった。彼女のあんな顔は見たことがなかった。
胸の奥がズキリと痛んで、僕は顔を背けるしかなかった。大きなショックと、悲しみに似た何かが身体を襲い、そうすることしかできなかったのだ。
そんなことがあったというのに、僕は性懲りも無く別の人を好きになった。その相手というのが、クラスの人気者だったのだから笑えない。スポーツ万能で、よく馬鹿をやって先生に怒られて、皆を笑顔にする――そういう人だった。相手もどことなく僕を意識してくれて、クラス中から無視されている僕をあだ名で呼んでくれたりして。まあ、そのせいで針のむしろに座っているような状態が悪化したのも事実だけれど。
素直に嬉しかった。あの人に傷付けられた心も癒えそうだった。
僕は、人気者との関係をそれ以上望まなかったし、気持ちも伝える気はなかった。
だから、本人が突然、
「私のこと好きらしいけど、正直興味ないから」
と言ってきたときはびっくりした。何のことか分からない僕の目に入ったのは、クスクスと楽しそうな”友達”たちの姿だった。彼らは、虐められていた僕と遊んでくれた数少ない”友人”だった。
その辺りからだっただろうか?
僕は上手く感情を出せなくなった。人を好きになることも、その後一回もなかった。合ったばかりで”友達”だと言ってくる人を信用できなくなった。
作り笑いはとても上手になって、高校に入って小中の人たちから離れたこともあってか虐められることはなくなった。
代わりに、
「お前って怒ることあるの?見たことないんだけど」
「遊沙って本当心ないよな~」
「遊沙は良い奴だけどさ、何考えてんのかわかんないんだよ」
などと言われることが多くなった。彼らには悪意はなく、日常会話のついでにぽろっと言われるのだ。
僕としては怒るときは怒っているつもりだし、悲しいときは悲しそうにしているつもりなのだが、どうしてもそれが相手に伝わらない。
終いには家族にまで「感情が薄い」と言われる始末。何がいけないのだろう。
僕が大きくため息をつくと、
「どうしたの?」
と女性の声。
そういえばバイト中だった。商品陳列の単純作業をしている間に思想に耽ってしまっていたのだった。
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